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『『真実』 』
シェラ・アルスター5267)&嵐・晃一郎(5266)



「ああ、おかえり」
 嵐・晃一郎(あらし・こういちろう)が、布のバッグを持って棲家に帰ってくるのを、シェラ・アルスター(しぇら・あるすたー)はいつもの、少しだけ抑えた笑顔で迎えた。
「町はすっかり冬だなあ。クリスマスも、正月ってのも終わって、少し前よりは落ち着いた感じだったぞ。これから、バレンタインっていうイベントがあるそうだが」
 晃一郎はコートを脱ぎ、壁にあるハンガーへかけると、袋を持ったままテレビの前へと座り込んだ。
 普段は、草間興信所からの依頼や、この世界の勉強、また使えそうなものをゴミ捨て場から拾ってきて、修理をしたりして過ごすシェラと晃一郎であったが、この日は何も予定がなく、二人にとっては久しぶりの休日となっているのであった。
 もともとは異世界に住んでいたシェラと晃一郎は、ひょんな事からこちらの世界へとやってきたのだが、数ヶ月生活をしていくうちに、すっかりこちらの世界に馴染んでしまったようであった。
 勿論、シェラも、もといた自分達の世界の事を忘れてしまったわけではない。しかし、戦乱の中にあったもとの世界に比べて、今いるこの世界は、問題は数多くあるけれども、少なくともこの日本と言う国は、表面上はとても豊かで、平和な国であった。
 草間興信所からの依頼で、二人は町へ出て行く事も多いが、街を行き来する者の中には、笑ったり、楽しそうな表情をしている人間達も数多くいる。それを見ても、ここはとても平和な場所に違いないと、シェラは思うのであった。
「バレンタイン?確か、教科書に載っていた様な」
 シェラは勉強した事を思い返すが、いまひとつ思い出せない。
 一方、晃一郎は、テレビに接続してある、ビデオデッキの電源スイッチを入れて、布のバッグの中からカセットを取り出し、それをビデオデッキの中へと入れた。
「ビデオを借りてきたんだ。シェラも一緒に見ないか?」
「いや、私はいい」
 シェラは丁度、当番であった昼食の片付けを全て終わらせたばかりであった。晃一郎がテレビの前からこちらを振り返っていたが、せっかくの休日、今日はゆっくり休もうかと思ったシェラは、晃一郎の申し出を断り、自室へと戻る事にした。



「ビデオね。私も今度、何か借りに行くとするか」
 シェラは、自室のベッドの上へと横たわり、何をするわけでもなく、ベッドの上でゴロゴロと寝そべっていた。
「この世界へ来て、どれぐらいたったんだろうか。向こうの連中は、今頃何をしているのか。相変わらず、戦いをしているのだろうな。いなくなった私や晃一郎を、探しているのだろうか」
 天井を見つめながら、シェラは呟いた。
「私と晃一郎が、一緒に暮らしているなんて、夢にも思っていないだろうな」
 急に小さな笑みが、シェラの口から漏れる。自分でさえ、夢にも思わなかっていなかったのだ。かつての敵と共同生活するなどとは。
 魔族であるシェラは、人間達よりも長い時間を生きているが、この世界で色々な事を知った時、自分の知らない事が、世の中には沢山あるのだと、思い知らされたものだ。
 しかし、一番わからないのは、他人の心の内かもしれない。晃一郎は、自分の事をどう思っているのだろうか。少なくとも、この世界で一緒に生活をするパートナー、ぐらいには思ってくれているだろう。
 だが、その先はどうだろうか。先月、幼稚園のクリスマス会を手伝った時、子供達に晃一郎の事が好きなんだろう、と言われた時、胸の中がとても熱くなった。
 自分の気持ちは良くわかっていた。一緒に生活をし、何度も晃一郎に助けられていく間に、晃一郎の良い面が見えてくるようになり、同時に彼に惹かれていくようになった事を。それは、有能な上官に部下が惹かれてく気持ちとは違う。シェラは一人の女性として、晃一郎という男性に恋するようになっていたのだ。
 世間的に見れば、自然な感情かもしれないが、かつてはシェラと晃一郎は敵同士であった。それが、今までの、いや、今でもシェラの思いの障害となってしまっている。自分の変なプライドが壁になり、シェラは自分の中に閉じ込めているある言葉を、晃一郎に言う事が出来なかったのだ。
「いい意味でバカになれれば、自分の気持ちなんて楽に言えるかも知れないな」
 天井を見つめながら、シェラは長いため息をついた。
「本当に、私も変わったものだよ。いつか、あいつに言った事があったっけ『私はいつか、あなたを越えて見せる』って」
 元いた世界の朽ちた遺跡で、晃一郎と一緒に初めて戦った時の事を、シェラは思い出していた。
「私は、あいつを超える事が出来ただろうか」
 枕に顔をうずめ、シェラは晃一郎の戦う姿を思い返す。昔からそうであったが、晃一郎は、人間とは思えない程の力を持っている。魔族である自分を上回る、身体能力と魔力を秘め、頭の回転もかなりのものでる。
 シェラは眉をひそめた。何故、晃一郎はあそこまでの力を持っているのだろうか。
 そういえば、以前、決闘をし、シェラが負けた時も、お前よりも長生きしてるからな、と晃一郎が呟いた事があった。あの時は、自分も大怪我を負っており、また彼に敗北し、精神的にもダメージを受けていたから、あまり深くは考えなかったが、今、改めて考えてみると、それは何とも不可解な言葉に思えてきた。
 少なくとも、晃一郎が普通の人間なら、シェラより長く生きられるはずがない。のんびりとした性格の晃一郎であるが、あの時は冗談を言う時ではなかったはずだ。
 そう思った瞬間、晃一郎への疑問が次々に頭の中に現れた。シェラはベッドから起き上がり、自分の中に沸きあがった疑問を考え、首を捻ったが、どう考えてもそれらを解決させる事は出来なかった。自分の思い過ごしとも思ったが、晃一郎の事を考えれば考えるほど、その疑問は大きくなるばかりであった。



 シェラはベッドから降りると、テレビのある居間へと向かった。
 壁から音を立てずに様子を見ると、晃一郎が相変わらず、テレビの前でビデオを見ているのであった。
 しかし、先程とは違い、晃一郎の表情は真剣そのもので、とてもビデオを楽しんで見ているとは思えなかった。戦闘中にあるわけでもないのに、真剣な表情をしている晃一郎を不思議に思いシェラは、彼のそばへ寄ると、そっと声をかけた。
「どうした?珍しいじゃないか。何にもないのに、嵐がそんな顔をするとは」
「いや、このビデオの内容が、な」
 シェラに顔を向け、晃一郎はすぐにまたテレビへと視線を向ける。そう言われてシェラも、テレビへと顔を向けた。
 そこには、一人の若い男が、単身でどこかのアジトのような場所へ入り、そこにいる柄の悪そうな大勢の男達と、戦いを繰り広げているシーンが映っていた。若い男は銃弾を浴びているが、その体は撃たれても撃たれても大きな傷を負う事はなく、やがて若い男は次々に敵をやっつけ、アジトの奥深くへと向かっていった。
 シェラは、テーブルの上に置いてある、ビデオのケースを手に取り、裏に書いてある粗筋に目を落とした。晃一郎が見ている映画は、悪の組織に体を改造された男が、単身で組織に戦いを挑むという、いわゆるヒーローものであった。
「これがどうかしたのか?真剣な顔で見てたけど、ただの映画じゃないのか?」
 よっぽどこの映画にのめりこんでいるのだろうか、と思いつつ、シェラは晃一郎へと問い掛けた。
「いや、こっちの世界でも『こういう』物語があるんだな、と思ってさ」
 軽く笑いながら、晃一郎が答えてみせる。
「こういう物語?どういう意味だ?」
 シェラは晃一郎が答えた言葉の意味がわからなかった。ただ、晃一郎が何かを隠していると、その表情を見て思ったのだ。晃一郎は再びテレビに顔を向けて映画を見ていたが、今しか自分の疑問を尋ねるチャンスはないと思い、シェラは思い切って言葉を口にした。
「嵐、以前から思っていたんだよ。嵐は人間とは思えないほどの力を持っている。それに、前に私に言ったよな?私より長生きしていると。その意味を」
「俺、人間兵器の実験台になったんだよ」
 シェラの言葉の途中で、晃一郎は答えを口にした。
「人間兵器?」
 驚きのあまり言葉を失ったシェラの唇から、やっとのことで返事が押し出される。
「簡単に言えばこうだ。骸骨型のリビングアーマーに、生身の俺の内臓や皮膚組織等を融合させる事で、俺は高い戦闘力と強い耐久力を得た。永い耐用年数もな」
「じゃあ、その体は」
 シェラが晃一郎の顔から、体へと視線を移動させる。
「遠い昔のことだけどね」
 それだけ言うと、晃一郎は何事もなかったようにテレビへと顔を向けた。
 シェラは何を言っていいかわからなくなった。人間兵器になる。それは、果たしてどんな気持ちだったのだろうか。
 自分の体のパーツを使うとは言え、体そのものは機械化されるのだ。自分の体が、自分の体でなくなってしまう。いくら高い戦闘能力を得たとは言え、肉体的にも精神的にも、負担は大きかったはずだろう。
 それなのに、晃一郎はのんびりとビデオなどを見ている。本当は、心の奥深くで、人間兵器となってしまった自分を、嘆いているのではないか。
 シェラは晃一郎の顔を見つめ、これまでと同じような言葉をかける事が出来なくなっていた。自分がもし、人間兵器になってしまったらどうするだろうか。そんな事ばかりを、晃一郎の横顔を見ながら考えていた。
「そう深刻な顔するなよ。いくら人間兵器であろうとも、俺は『俺』をやめたワケじゃないし、それに、この体のおかげで」
 シェラへと顔を向けて晃一郎はそう言うと、静かに言葉を続けた。
「シェラと同じくらいの時間を生きられて、一緒にいられるワケだからさ。お前と一緒にいられるなら、この体も悪くないかなって」
 晃一郎は優しい笑顔で、シェラに語りかけた。
「だからさ、そんな難しい顔をするのはやめ」
 シェラは晃一郎が言葉を言い終わらないうちに、彼へと飛びつき、その唇に自分の唇と重ねていた。
 しばらくそのまま時間が経過し、唇を離した後、我ながら何と思い切った事をしたのだろうと思い、顔が熱くなった。
「驚いたなあ、シェラ」
 晃一郎の表情を見つめながらシェラは、自分の顔だけでなく、目元までもが熱くなるのを感じた。
「嵐は、まったく、のんびり過ぎるのよ。自分がそんな体になったって言うのに」
 シェラは涙の流れるその顔を晃一郎に見られていても、話を続けた。
「だけど、不思議だよ。本当は悲惨な状況なはずなのに、私は凄く嬉しい。同じ長さの時間を、嵐と一緒に過ごせるとわかったのが、とても嬉しいんだよ」
「シェラ」
 晃一郎は、感情が高ぶったシェラの涙を、指でそっと拭った。
「きっと、今のお前と俺、同じ気持ちなんだな。こういうのを、惹かれ合うって言うのかな。これからも、同じ気持ちで、同じ時間を共に出来るんだ。そう思ったら、悲しい気持ちよりも、嬉しい気持ちにならないか?」
 晃一郎のその言葉に、シェラは小さく頷いた。
「じゃあ、きっと、お前が流している涙は、嬉涙だな」
 笑顔の晃一郎に、シェラも涙を拭って笑顔を返した。やっと、気持ちを伝える事が出来た。同時に、晃一郎の素性を知る事も出来た。
 もう、シェラにとって晃一郎は、敵組織の人間ではない。自分にとって大切な人へと変わっていた。
 シェラは晃一郎の横に、体を寄せるようにして座ると、一緒にビデオを見つつ、その手に自分の手を重ねて置き、今までで一番の笑顔を、彼へと見せるのであった。(終)



◆ライター通信◇

 いつも発注、ありがとうございます。WRの朝霧です。
 今回は、とうとう告白の物語を書かせて頂きました。発注内容を見た時、いよいよきたー!と、ちょっと興奮してしまいました(笑)
 物語の前半は、シェラさんが一人で考えていくところを、後半では晃一郎の真実を交えつつ、ラストではラブロマンスを展開させてみました。楽しんで頂ければ、と思います。
 それでは、どうもありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年01月20日

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