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『年越し舞踏会 』
3009

●事の発端
 年の瀬が迫る中、1通の手紙がアルマ通りの白山羊亭に届けられたのは、雪がこんこんと降り積もるある日の朝であった。

『【花の都・ウィユベール年越し舞踏会へのご招待】
 親愛なるルディア・カナーズ様

 白銀色で街がすっかりと多い尽くされる季節、いかがお過ごしでしょうか?
 さて、本日は来る年末に向けて、我が館にて開催されます年越し舞踏会のご案内をさせていただきました。
 これは選び抜かれた紳士、淑女をご招待し、夜通し行われる社交の場であります。
 ぜひ、ご友人をお誘い合わせの上、ご参加いただきますようお願い申し上げます。(以下略)

 舞踏を愛さん会会長 レディ・ケイ』

 やたらと豪勢な装飾が施された、けばけばしいどピンク色の便箋を握り締め、読み終えたウェイトレスのルディア・カナーズがよっしゃーっ!! とガッツポーズを作ってみせる。
 カウンター席で朝食Bセットのココアをまったりと啜っていたリード・ロウにしてみれば、たまったものではない。口に含んだものを一気にぶーっと吹き出した。
「……年頃の娘さんが、その格好はないと思いますけど」
 マスターからおしぼりを受け取って、口の周りを拭きつつ、いつもの調子で突っ込むリード。毎度のことながらデリカシーの欠片もないその発言に、ルディアがきっとねめつける。
「お黙り! 私はね、選び抜かれた淑女なの。貧乏吟遊詩人とは格が違うんですからね」
 すっかりその気になっているルディアにより、びしぃっと突き付けられた便箋を受け取って、リードが仕方なく目を落とす。それが、冒頭の内容であった。
 一番下には、ご丁寧に略式の地図まで描かれている。何ということだ。

 読み終わったリード青年が軽い眩暈に苛まれながらも次に顔を上げた時、これ以上ないくらいの満面の笑みを浮かべるルディアがそこにいた。
 ……ダメだ。完全に舞い上がっている。この娘には、皆まで言ってやらねば分かるまい。いやいや、説明したところで理解するかも怪しいものだが。
 深い深い溜息をつき、リード、開口一番に
「あのですね、明らかに怪しいと思いませんか?」
 訴えるような……いや、むしろかなり諦めモードでしかし、切々と諭していく。
「どこが? どういう風に?」
「どこもかしこもですよ。何ですか、この団体名。『舞踏を愛さん会』って……。第一、『選び抜かれた』など、誰がいつ選んだんです? 何が基準かも定かではないのですよ」
 言って招待状を粗雑に置くと、くるみパンを自棄気味にかじりだした。
 渋い表情の彼とは打って変わって、こちらは不気味な含み笑いまで漏らす始末のルディア。心はもう、遥か彼方の舞踏会へすっ飛んでしまっている。
「それはほら、白山羊亭の看板娘っていう噂が広まって、それがさる貴族の方のお耳にまで届いたのだわ」
 看板娘程度で舞踏会の招待状が来るならば、商店街在住の年頃の娘全員の元へ同じものが届いていることだろう。

「私、ウィユベールって行ったことないのよー。何でも一年中、四季折々の花々を愛でることが出来るって話じゃない。ああ、楽しみ!」
「…………」
 下手なことに関わる前に、ここはさっさと退散するに限る。
 そう決め込んだリードが黙々とBセットを口へ運んでいると、何と突然、ルディアがとんでもないことを言い出した。
「そんなに私が心配なら、貴方が着いて来れば良いのよ! ね?」
 ぽん、と手を合わせ、これは妙案とばかりに瞳を覗き込んでくる。最後の「ね?」は疑問系であるにも関わらず、選択肢はないにも等しそうな勢いだ。可愛らしい仕草とは裏腹に、これはもう、脅迫に近い。
「ちゃんと私をエスコートしてね」
 などと追い討ちまでかけられては、首を縦に振らねば、あるいは命はなかったかもしれない。
 哀れ、詰めの甘いヘタレ吟遊詩人であった。

●おいでませ、花の都
 聖都エルザードより南へ半日程歩いた所に、ウィユベールはあった。
 もっとも、舞踏会仕様で各々がドレスアップしていることもあり、ちょっぴり奮発して大型馬車へと乗り込む7名。ルディア以外はいずれも冒険者である。多難な依頼と日常生活との板ばさみでいつも走り回っている彼らも、本日は大いに宴を満喫しようと考えての1つの演出といえよう。

 一行の中でも一際大柄の男性、オーマ・シュヴァルツは例のけばけばしさ120パーセント満載色の招待状を握り締めながらるんたった状態。
 彼のトレードマークである眼鏡やアクセサリーの類を外していると、いつもの雰囲気とは随分異なる。代わりに、愛妻のお手製黒タキシードの胸元には、出身地である異世界ゼノビアに咲くルベリアの花が一輪飾られていた。人の想いを映し見て、贈った者と永久の証絆で結ばれるという伝承の偏光に輝く希少な花である。
 また、39年前の家族写真入りロケットは内ポケットにしっかりしまってあった。家族想いのこの御仁。
 もっとも、
「ふっふっふ、ナウ筋ギラリマッチョ腹黒紳士に番犬愛淑女で溢れかえるお耽美社交界……。考えただけでどっきり胸キュン(死語)だぜ!」
 とまあ、普段のノリまでは変わらないのだが。

「きらきらドレスに綺麗な音楽、美味しいお料理に何と言ってもデザート! 楽しみです」
 オーマ同様、ぽわわんとした目つきで胸の前にて手を組むリラ・サファト。いつも何かしら甘いものをポケットにしのばせるという癖を持つ彼女は、招待のお礼にと律儀に花束を持参していた。
 『花の都』と名の付く街である。このような手土産は、無意味だろうか。いやいや、贈り物とはどんな品にしろ、どのような想いで贈るかが重要なのだ。品自体で価値が決まるのではない。 純粋な信念を貫くリラのいでたちが、また実に可愛らしい。ふわふわのシフォンをふんだんに用いた淡いピンク色のロングドレスに、髪はアップにして上品な銀細工の髪飾りをあしらっていた。シャンデリアタイプのムーンストーンのピアスが音もなく揺れる。
 とはいえ、それらどの飾りよりも左薬指の指輪こそが、彼女の魅力を一番輝かせているアイテムであるのは、いうまでもない。
 彼女の隣では、夫の藤野羽月(とうの・うづき)が何故か滝汗をかきながら、かぶりを振ったりぶつぶつ呟いたりと、何やら怪しげ。
「舞踏を愛さん会……つまりは『舞踏を愛さんかい!』か……? いや、命令されなくても愛すべき優雅さではあると思うのだが……」
 生真面目な羽月ならではの密かなご意見であった。リラとお揃いの指輪を嵌めた左手でこめかみの辺りを強く抑える。
 その羽月も黒のタキシード、白シャツ、白ベストで上下と靴の色を黒で統一していた。和装の多い彼のこの変わり様は、これまた一段と新鮮であった。
 ところで、藤野夫妻の膝の上に乗っかっている大きな風呂敷包み、さっきから物凄く気になるのだが。ここはあえてスルーしておこう。

 こちらは落ち着いたグレーのタキシードを纏い、純白の手袋を嵌めた手を顎に軽く当てて、ウィユベールへしみじみと思いを馳せる馨(カオル)。
「花の都……美しい名です」
 出来ることなら帰り際に花の種をもらって、自宅の庭で愛でてみたいものだ。そう、例えば清芳(さやか)と一緒に。
 その清芳、元々黒い僧侶服を装備しているのだが、やはりこの日も漆黒のキャミソールドレスで着飾っていた。但し、ギャザーの入った胸元に大きなコサージュが飾られていたり、はたまた裾から見える美脚を編みタイツで包んだりと、身だしなみに余念がない。銀製の十字架のチョーカーが緩く巻いた黒髪の美しさを際立たせていた。
 これで眉根を寄せながら小首を傾げていなければ、更に様になっていたはずなのだが……。
「舞踏会……武道会なら知っているが、これまた随分と……。ところで舞踏会とは何をするものなのだろう?」
 趣旨を理解していない人、ここに約1名。

 ウィユベールに入ると、そこここで警備兵が物々しく行き交っていた。各国の要人でも訪れるのだろうか。
 だがしかし、そんなことよりも一同が驚いたのはウィユベールの町並み、その風景であろう。色とりどりの花々が咲き乱れ、小鳥は歌い、柔らかな光で溢れかえっているのかと思いきや、枝に雪を乗せた針葉樹と葉の散った街路樹ばかりが目立つ。これではエルザードとあまり代わり映えしない。
「まあ、冬ですし。ああ、でもシクラメンやプリムラ、セントポーリアなどどいった可憐な花でしたら今の時期、室内で栽培されていますからね。件の会長が花を愛する繊細な心の持ち主であるならば、きっと会場内でお目にかかれると思いますよ」
 リードの気慰みを半疑に受けつつ、馬車は花の都の大通りを進む。

 主催者であるレディ・ケイは、街でも3本指に入る地主であるようだ。会場となる館も、城と見紛う程の規模と造りを誇っている。
 煌びやかな装飾が施された鉄格子の門を馬車のまま潜ると、すぐ目に飛び込んできたのは巨大な噴水。円形に縁取られた中心に聖獣、マーメイドが水瓶を傾けていた。そこから絶え間なく水が滑り落ちてくるのを小人や精霊達が見上げているのである。どの像もその身に祝福を受け、喜びに満ち溢れている光景は、皆の内面をそのまま映しとっているようであった。
 一行を乗せた馬車が舞踏会会場に到着した頃には、既に他の招待客で溢れていた。豊かな色彩の衣装が視界に入る度、心は浮き立つ。

 おいでませ。花の都、ウィユベールへ!

●麗しの社交界
 舞踏会開催まで、まだ多少の時間はあったものの、今回の会場となる『黒薔薇の間』からは、既にゆったりとした四重奏が流れていた。待ちきれずにその曲に合わせて踊る者もいれば、グラスを手に談笑している者もいたり。まさに上流階級の優雅な日常が、そこには存在していた。
 だが勿論のこと、一行のように一般庶民からの参加者もいるわけで、
「む、これじゃ足りんな」
 清芳などは、ウェルカムドリンク1杯を速攻で空にしてしまうと、傍を通りかかったボーイにお代わりをもらっている。どうやら、本腰を入れて飲もうとしているらしい。
「いえあのですね、清芳さん……」
 苦笑気味に馨が事態をやんわりと諌めようとしている。けれど、どうしても視線は豪華な料理へと行ってしまうのだ。
「ほう、この飴細工はよく出来ているな。こっちはコンソメのゼリー寄せか。ハート型がこれまた乙女心を擽る逸品。おお、エディブルフラワー(食用花)を利用したマリネとは! 流石、花の都だな。さて、味はどんなもんだろう」
 オーマが秘密の桃色親父バイブルにメモを書き留めつつ、目にも留まらぬ速さで摘み食いしていると、リラも負けじとはしゃぎ立てる。
「まあ、何て可愛らしいアーモンドブーシェなんでしょう。クラフティ・ア・ラ・クレームも素敵。きゃあ、羽月さん! あそこにおっきなデコレーションケーキが!!」
「リ、リラさん。今はちょっと……。また後でにしよう」
 ドレスの裾を翻して、オーマよろしくデコレーションケーキ方面へと駆けて行こうとする妻を背後から抱きかかえる羽月。
 その羽月と馨に対して、周囲から同情の眼差しが向けられていたことにすら彼らは気付いていない。
「ちょっと皆さん、落ち着いて!」
 珍しくまともな意見を吐くリードに、一同がはっと我に返る。
「いいですか。今日、私達は何をするためにここへ来たのか、もう一度よく考えてみて下さい」
「勿論、いい男をゲットするためよ!」
 ぐっと拳を握ってすかさず力説しようとするルディアであったが、彼らの殆どが妻子持ち、恋人持ちである。この意見はあまり支持されなかった。
「ええ、そんな邪な考えがあったっていいでしょう。でもね、本題はもっと別のところにあるはず。まずは会場のムードを掴むこと。そして、あの素晴らしい演奏に浸る。食事に舌鼓を打つのはそれからです」
 人が変わったように滔々と説教をたれるリード青年に、並々ならぬものを感じたのか、この一角だけ空気の色が一瞬にして変化する。今や皆の思いは1つであった。
 そう、「へたれリードのくせに!」と。

●Shall we dance?
 四重奏の音量が段々小さくなると同時に、上手のステージに垂れ下がっていたビロード幕がゆっくりと上がる。まるで、演劇のオープニングを連想させるような演出であったが、その派手さとは裏腹に、登場したのはマスカレイドを付けた1人の女性。大胆なスリット入りの深紅のセクシードレスを纏っているのは、身体のラインに相当な自信がある表れか。
 彼女はまず、会場を見渡してこの満員御礼状態を確認する。その満ち足りた顔はご満悦この上なしといったご様子。
「皆さん、御機嫌よう。わたくしは『舞踏を愛さん会』会長であり、主催者を務めますレディ・ケイです。本日は、我が館へお越しいただき、本当に有り難う。皆さんにとって良き日となりますよう、存分に楽しんでいって下さい」
 マイクや拡声器など使用していないのに、艶やかな声はよく通るもの。いかにも大人の色香漂うしっとりとしたそれに、男性陣から溜息が漏れる。これで、彼女の流し目なんぞ喰らおうものならイチコロかもしれない。
 そんなわけで、舞踏会はここに開幕した。

 さて、招待状を受け取り、こうして訪れたものの、馨はダンスというものをよく知り得ていない。
「戦うんじゃなくて、踊るのか。困ったな。馨さん、ここはどういう風に振る舞うべきだろう?」
 と、当然のことながら、舞踏会を武道会の親戚か何かと勘違いしている清芳とて同じ。パートナーに求めるわけにもいかず。
 しかし、すぐに馨の中である1つの考えが浮かんだ。
「リードさんとルディアさんに会場の隅でご教授いただきましょう」
 すると、早速人込みに紛れて美男子を漁りに行こうと腕捲り(それとも舌なめずり?)していたルディアが、彼の台詞を耳聡く聞きつける。
「ええ、任せといて!」
 性質なのか、はたまた仕様なのか。イケメンの声は決して聞き逃さない。

「1、2、3、はい、ここでターン。……そう、その調子よ」
 優雅に踊る参加者達とは遠く離れた会場の傍らにて、馨&ルディアペアのレッスンが行われていた。
 軽く30分もステップを踏んだ頃、
「馨さんってば、本当に今日が初めて? 運動神経が良いからかしら。私が教えることなんて、殆どないみたい」
 やや頬を紅潮させてルディアが息をつく。
 彼女はこの日のためになけなしの給料を投資してまでダンス教室に通い、どうにか見られる程度の形にまで仕上げていた。しかし、馨の上達ぶりといったら、この短時間でルディアの数日間分を会得してしまったのである。
「そんなことありませんよ。これもルディアさんの教えが良いからこその結果です」
 あくまで謙虚な馨は、相手を立てることを忘れず、且つにっこりと微笑む。この笑顔に清芳もやられたに違いないと、ルディアが思ったかはさておき。
 ふと横を見れば、清芳&リードペアが練習の真っ最中。談笑しながら、かなりの至近距離で、これまたリードのくせに清芳を上手く導いている。あの様子ならば、いつでも群集の輪に入っていけるだろう。
 だが、…………何かむかつく。

 急に舞踏への熱が冷めたように面白くない気持ちになっていく。
 ルディアに丁重な礼を述べた後、馨は清芳達の方へとゆっくり歩んでいった。
「ああ、馨さん。どうだった?」
 いち早く馨の存在に気付いた清芳がリードの手を振り解き、そちらへ駆けて行く。彼女のへ答える代わりに少し笑ってみせてから、
「すみません。なかなかコツが掴めなくて。よろしければ私もお相手願えませんか?」
 例えリードでなくとも至極丁寧な物言いに疑う余地などなかった。その笑顔の裏に何か別の感情が隠されていたとしても、である。
「ええ、構いませんよ」
 案の定、馨の申し出に快諾するリード。この後、地獄の裁きが待ち受けているとも知らずに。

 悲劇は起きた。
 男性2人が手を組んだ途端――
「失礼、つい組み手の鍛錬の癖で……」
 何と、目にも留まらぬ早業でリードの身体が宙に浮いたのだ。帯剣せずとも、身一つが既に驚異的な武器という馨ならではの瞬殺技であった。
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
 なすすべもなく、ごろごろと情けなく転がっていくリード。他の招待客を跳ね飛ばし、飛び切り豪勢な料理てんこ盛りのテーブルに激突する。
 悲鳴が木霊し、怒声や食器の割れる音が飛び交う。この一帯で暫くてんやわんやの大騒動が勃発したのはいうまでもない。
「か、馨さんに投げ飛ばされた……あの物腰柔らかな馨さんに、しかももの凄い人の良さそうな笑顔で……」
 ディップやサワークリームなどで全身を汚しながら、自失呆然状態のリードがふらりと起き上がる。あまりのショックからなのか、口からうっすらと魂が出かかっていた。
「おーい、リードさん。大丈夫か?」
 リード同様、いまいち目の前の事態を飲み込んでいない清芳が、それでも一応彼を心配してかぶんぶん両手を振ってみたりする。リード、それにも無反応。
 そうこうするうちに、騒ぎを聞きつけた制服姿の警備兵が数名、怒りの形相で駆けて来る。
「何をしているか!」
「ひっとらえろ!」
 万事休す。青年吟遊詩人の命、もはやこれまでか。と思いきや、
「うわぁーん、ぐれてやるぅ!」
 寸でのところで正気付いたのか、警備兵に摘み出される前にちゃっかり逃走を図った。そのリードへ「お前は駄々っ子か!」と心の中で突っ込みを入れつつ、誠に穏やかな瞳で見送った馨であった。

●我らツバメ団
 一方、ミニ獅子オーマのおかげで、レディ・ケイは大変ご立腹であった。
「きぃーっ!! あたしはね、獣は大嫌いなのよ! もうこうなったら、茶番はおしまい。我がツバメ団総員、出動!」
 心なしか、言葉遣いすらちょっぴり砕けていた。
 ステージの袖から、2人の男が進み出てくる。一方はチビ、一方はマッチョ。まるで対照的な彼らに唯一共通していることといえば、それぞれが異なる魅力を持った美形であること。レディ・ケイ率いるツバメ団なる団体は団長を入れて3名の構成となっていた。

「何の騒ぎだ?」
 ステージ上での一騒動なぞ知る芳もない羽月が訝しがる。
 一休みして珍しい料理をたっぷり堪能しようと思っていたリラと清芳も、この騒ぎではそれどころではない。
 同じく開いた口が塞がらない馨の足元へ、オーマが素早く逃げ込んでくる。その後を警備兵達が靴音を荒げて過ぎ去っていった。
 レディ・ケイの豹変振りに、参加者は皆、驚くやら言葉を失うやら。
 どよめく会場内に、レディが良く通る声で一括する。
「シャラーップ!! お前達、あたしが舞踏会なんてシケたイベントを開くとでもお思い? はっ、ばかばかしい。そんな暇があるならどこぞのリゾート地でのんびりリラーックスしてるわよ!」
「それでは、『舞踏を愛さん会』というのは……」
 ステージに程近い紳士から上擦った声が上がる。
「んなアホな会があってたまるかっての! それもこれも、全てはあんた達、世の男共を誘き出すがための作戦よ」
 ――集団誘拐(男性限定)。それこそが、レディ・ケイの狙いだったのである! 招待状からご馳走まで用意して、巧みな計画的犯行だ。彼女のような大富豪でなければ決して真似出来ない。

 彼女は突然、弱々しく涙ながらに続けた。
「1番上の姉は16歳で恋愛結婚。2番目の姉だって留学先で美青年と恋に落ちて、そのままゴールインしたのよ。それなのに、あたしは目を見張るようなドラマチックな恋愛を一度たりとて経験することもなく一人身のまま、とうとう明日で虚しく30回目の誕生日を迎える。ああ、行かず後家は嫌ぁっ!!」
 つまり、今宵のパーティはお婿さん探しだったということか。それにしても、大掛かりな仕掛けだこと。
「行かず後家って……」
 身勝手な行いに、もう呆れ声しか出ない馨の言葉を遮り、ルディアが挙手。
「ねぇ、ちょっと待って。じゃあなぜ私達女性にも招待状が届いたのかしら?」
 もっともな疑問に、周囲の淑女達が一斉に頷いた。
「招待状の中身をもう一度、よく見てごらん。『ご友人をお誘い合わせの上』ってあるだろう。そう書けば、あんた達小娘共のこと。見栄を張って必ずや色男にエスコートさせるだろうって読んだわけよ」
 鼻で笑うレディ、反論につまるルディア。
 そういえば、理由はどうあれ彼女もリードへ対してエスコートを頼んだ口である。但し、そのパートナーが色男かは、かなり謎だが。
「女連中はもはや用済み。さっさと去ね!」
 高笑いを決め込むレディ・ケイへ、リラが静かに歩み寄る。
「独りが寂しいお気持ちは良く分かります。けれど、こんな方法で果たして幸せになれるものでしょうか?」
 羽月と廻り合うまで、嘗ては自分も孤独との葛藤に苛まれただけに、リラの口からついて出たものは思いやりそのものであった。しかし、そんな暖かな感情をもこの高飛車女は無下に蹴散らす。
「何よ何よ何よ、その左薬指の指輪は! 結婚しているからっていい気になってんじゃないわよ!! 勝ち組? ふん、そんなこと言ってられるのも今のうちなんだからね。年を重ねれば重ねる程、相手の嫌な部分がいーっぱい見えてくるもんよ」
「でも、私は全部含めて羽月さんを愛していけたらと思います。『結婚とは、忍耐である』、そんな言葉もありますけれど、我慢だけじゃ悲しいから。互いを認め合い、高め合う。そんな風に思える方が、いつか会長さんにも現れますように……」
「……あんた、既婚者の割にはまともな意見言うじゃない」
 では、既婚者の殆どはまともな意見を持ち合わせていないとでも言うのか。
「リラさんの言う通りだ。おまけに多勢に無勢ときている。このような華やかな場で、出来れば無粋な真似はしたくない」
 ゆったりとした口調とは裏腹に、清芳がわざとバキボキ腕を鳴らしてみせる。ドレスアップしていても、逞しさは健在なのである。
 にじり寄る参加者。これでは部が悪いと懸命に悟ったのか、たじろぎつつ、
「ぐっ……今日のところは許してあげる。でもね、次に会った時はあたしとあんたらは敵同士。容赦しないからね。覚えておき!」
 よく分からない捨て台詞と共に、騒ぐだけ騒ぎまくって去っていくレディ・ケイ。

 彼女と、それからツバメ団。一体、何がしたかったのか。
 そして、次などあるのか!?
 それはまた別の物語にて語るとしよう。

●宴の終わりに
 主催者の去っていった会場では、何事もなかったかのように宴が続けられていた。「気分を害された」と早々に切り上げる者も何人かはいたが、招待客の殆どは折角訪れたのだからと、最後まで舞踏会を堪能していくつもりであったのだ。
 何より、ここはレディ・ケイ自らの館である。本当に集団誘拐だけが目的ならば、それも叶わぬ今、参加者全員を追い出すこととて可能なはず。それを黙認しているのだから彼女自身、根はお祭り好きでいい人なのかもしれない。ただ、熱意がやや間違った方向へ走ってしまっているというだけで。

 羽月&リラ夫妻は、改めて食事につこうと例の風呂敷包みを取り出した。やはり、というべきか。風呂敷をはらりと開くと、漆塗りの大きな4段のお重が現れた。
 社交の場はペット禁制である。来られなかった飼い猫の茶虎のためにと、羽月がデザートメインで起用にどんどん詰めていく。何でも、甘味好きな子なのだとか。
 茶虎の愛くるしい姿を思い浮かべつつ、ふと箸を持つ手が止まる。柑橘類と生クリーム、アラザンで綺麗にトッピングされたミルクレープが誘惑の香を放っているのである。そして、隣にはリラが食べきれない数の料理に感心しつつも、どれからいただこうかと頭を悩ませていた。
「ほら、このケーキが美味しそうだ。一口、どうだ?」
 小さく切ったミルクレープをフォークで突いてリラの前に差し出す。抵抗することなく、妻もまた、思わずあーんと口を開けてそれを頬張る。その後、すぐにしまったといった様子で、
「えっとこれは……じょ、条件反射です!」
 などと慌てふためく姿に羽月の穏やかな微笑が加わる。
「美味しければ何よりなのだが」
 お互い食べ物を勧めあい食べつつ、その場の空気をもご満喫といった様子の2名。

 前述の夫妻とは裏腹に、こちらのカップル(というか、主に片一方)は料理との格闘を繰り広げていた。
「本来は食事に手を出すものなのだろうが、今は苺の季節。今、食べなければ罰が当たるじゃないか!」
 妙に説得力のある台詞で、嗜好物を摂取するべく清芳がストロベリーパフェに手を伸ばす。馨が見ている前であっという間にそれを平らげてしまうと、次に苺ジャムがふんだんに乗っかったマフィンを3つ、皿の上に盛る。
「清芳さん、デザートばかりじゃなくてバランス良く食べないといけませんよ」
 馨にゆるりと窘められる清芳であったが、聞いているのかいないのか(多分、聞いていない)。
「あ。馨さん、そこに置いてあるのは全部私が食べるやつだから、食べるなら他のを当たってくれ。つまみ食い禁止だ」
 いやはや……とにもかくにも食欲が旺盛なのは健康である印なのだから、彼女が幸せならばよしとしよう。

 彼らのテーブルから視線を逸らすと、会場の端ではやっとこさ人間に戻ったオーマがハンカチで汗を拭っている姿があった。
「いやぁ、酷い目に遭ったもんだ。女ってのはつくづく未知数な生き物だぜ。あー、くわばらくわばら」
 元はといえば、彼の行動がレディの逆鱗に触れたわけだが、ここら辺がいかにも彼という愉快な人物を物語っている。
 冷たい夜風に当たろうと、人気のないバルコニーへ向かう。
 そこには既に先客がいた。
 リード・ロウ。ずっと姿が見えないと思っていたが、まさかこんな所にいたとは。
「よう! お疲れさん」
 背後から軽く肩を叩くと、余程驚いたのか猫が全身の毛を逆立てるようにびくりと震えた。
 この過敏なまでの反応は何だ? しかもなぜだかタキシードも最初に着ていたものとは異なっているじゃないか。
 実は馨との間に起きた珍事件により、彼は別室のシャワーと着替えを拝借したわけだが、それら一切をオーマは知らない。
 オーマが激しく悩んでいると、リード青年、首だけを恐る恐るこちらへ回した。
「オ、オーマさんでしたか。脅かさないで下さいよ」
 これまたなぜか濡れた髪を無造作にオールバックにしているのだが、何があったのか尋ねようにも気の毒な気がしてならない。
 これは独りにしてやるべきかと考えあぐねているところへ、件の人物、馨が何の気なしにこちらへ歩いてきた。
「か、かかか馨さん!?」
 血相を変え、今にもバルコニーの手摺りを乗り越えてしまいそうな勢いのリードに、馨は苦笑の色を隠せない。
「先程は失礼致しました。どうぞお許しを。リードさんとは探究心が強い所が似ています。この機会に様々なお話をうかがいたいと思いまして」
 この上ないまでの丁寧な物言いに、初めは疑っていたリードも、すぐさま警戒心を解いてしまった。所詮、その程度の男である。
 一気に安堵の息を吐き出すと、大気中に白く散った。手摺りに軽く持たれて、いつになく気だるげである。
「私のこと、ですか……。しかし貴方のように素晴らしい方とは似ても似つかない。ええ、非常につまらない男ですよ」
「いんや、俺もお前にゃ、ちぃーっと興味あるぜ。例えば、何もかんも抱え込んじまっているところとかな。ま、話したくなけりゃ無理に言う必要はねぇさ」
 ぶっきらぼうな言葉も、オーマが口にすればたちまち温かいものに変わる。馨も同意しているのか、笑みを崩さない。
「敵わないな、貴方達には。何もかもお見通しなのですね」
 つられてリードも表情を緩める。眼差しにどこか寂しげな影が過ぎるのを、2人は見逃さなかった。

「そうですね。妙な話になりますが……私には幼い頃の記憶がありません。いや、4年前ですらかなり危ういかな。過去がね、留まらないんです」
 淡々と語るには、あまりにもかけ離れた内容に、オーマは目を見開き、馨は息を飲んだ。
 彼らの反応はあらかた予期していたのだろう。リードは静かに続ける。
「だから、こうして皆さんと同じ時間を過ごしても、それがいつか消えてしまうのだと思うと、自分の価値といいましょうか、時々、存在そのものの意義が分からなくなる。ここにいるのは本当にリード・ロウという人間なのか、それとも以前は全くの別人として暮らしていたんじゃないかってね」
 衝撃的な身の上話に、誰も何も言わない。会場から漏れて来る華やかな音楽が、この場には不釣合いで、耳障りにすら感じられた。
 そんな話を切り出しておきながら、沈黙に耐えられなかったのは、むしろリードであった。
「オーマさんも馨さんも、そんなに深刻な顔をなさらないで下さい。今が楽しいことに変わりはないのですから」
 2人に軽く笑ってから、くるりと向きを変えて、視線を空へ投げる。もうそれ以上は何も語ろうとしなかった。

●そして宴は終幕を迎える
 清芳が大好きな甘味づくしでお腹を満たした頃、馨がふらりと戻ってきた。心なしか、浮かない顔をしているように見えなくもない。
「馨さん?」
 上目遣いに覗き込む瞳。そこには紛れもなく清芳が映っていたが、彼の目はもっと別の何かに向けられているような気がする。
 しかし、それもほんのわずかで、
「ああ、すみません。バルコニーで夜風にあたってきたら、少し身体が冷えてしまって」
 浮かべる笑顔はいつもの馨そのもの。
 心から安堵する清芳に、馨が思わずくすりと漏らす。
「踊りましょうか」
 差し出される手を取って、皆の傍から離れていく。2人だけの場所へと。
「ここならば、ステップに拘ることもありません。楽しく踊りましょう」
 腰に優しく手を回す馨に合わせ、清芳が舞う。 
 ゆっくり、ゆったりと、僅かな距離を保ちながら――。

 今年もまた、幸せであるように。
 貴女の傍にいられるよう、そっと願いを込めて。


―End―


【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】

◆オーマ・シュヴァルツ
整理番号:1953/性別:男性/年齢:39歳(実年齢:999歳)
職業:医者/ヴァンサー(ガンナー)/腹黒副業有り

◆リラ・サファト
整理番号:1879/性別:女性/年齢:16歳(実年齢:20歳)
職業:家事?

◆藤野 羽月(とうの・うづき)
整理番号:1989/性別:男性/年齢:17歳(実年齢:17歳)
職業:傀儡師

◆清芳(さやか)
整理番号:3010/性別:女性/年齢:20歳(実年齢:21歳)
職業:異界職(僧兵)

◆馨(カオル)
整理番号:3009/性別:男性/年齢:25歳(実年齢:27歳)
職業:地術師

※発注順にて掲載させていただいております。


◇リード・ロウ
NPC/性別:男性/年齢:23歳
職業:吟遊詩人

◇その他NPC:レディ・ケイ/ルディア・カナーズ


【ライター通信】
 こんにちは。毎度お世話になっております。日凪ユウト(ひなぎ・―)です。
 この度は、PCあけましておめでとうノベル『年越し舞踏会』にご参加いただきまして、誠に有り難うございます。そして、お疲れ様でした。

 やや時期がズレつつも、お正月ネタの本作品。舞踏会を取り上げてみましたが、いかがでしたでしょうか。参加PC様の殆どがダンス初体験組ということで、筆者の思惑以上になかなかコミカルなものに仕上がったのではないかと思います。
 また、レディはご覧の通り悪系女王様なのですが、企ての殆どが失敗してしまうという典型的お間抜けさんな敵キャラです。今後のお話で使いたいサブNPCとして、スットクさせていただこうかと。

 とても楽しいプレイングを有り難うございました。パソコンの前でお腹抱えて笑ってしまいましたよ! 清芳さんとリードの練習風景に嫉妬する馨さんが可愛らしいなぁ、と。
 これからも是非、お2人の仲睦まじいお姿を拝見出来れば幸いにございます。
 なお、違和感などありましたら、テラコンにて遠慮なく著者までお申し付け下さいませ。

 それでは、またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願い申し上げます。


 2006/01/20
 日凪ユウト
PCあけましておめでとうノベル・2006 -
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聖獣界ソーン
2006年01月20日

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