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『新年の良き日に 』
藤井・葛1312

 誰かと一緒に過ごす。
 その区分けは明確な様で居て、とても曖昧。

 第一、「誰か」と言うのは「誰でも」と言うのと同じような気がしてしまう。
「誰か」なら、「誰」でも同じなんじゃないの?
「誰」と一緒に居ようと構わないんじゃないの?

 ――等と考えてしまう。

 未だ、恋愛への道は喩えようもなく難しく、遠い。

 過ごすと言う事だって話していれば他愛なく時間が過ぎる、そんなものかも知れないのに。

 なのに。
 誰かと言う区切りに一人の名前を当てはめると、全てががらりと変わる。

(本当に不思議)

 曖昧な様で居て明確で。
 明確な様で居て、不確か。

 それは、決して同じ場所に居続ける事の出来ない存在と言うものも、関係しているのだろうけれど。

(面白いなと言う言葉は不謹慎かもしれないが)

 解らない何かを、一人の人物に当てはめる事のできる面白さに、葛はくすくす笑い、そうして、時計を見る。
 AM11:00
 あと少しすれば迎えに来るだろう人物に、こんな事を考えていた、と言ったら、どんな顔をするだろう?
 笑うか、困るか。

 それとも――……?


 葛の一瞬の思考を読むように、玄関のベルが軽やかな、音を立てた。

 ぱたぱた、軽い足音を響かせ、葛は玄関へ向かう。「いらっしゃい」と言おうとか、そう言う挨拶は全て、頭の中へと追いやって。

「今日」という日の時間は、限られているのだから




「よっ。準備は出来たかー?」
「出来てる。直ぐ、出れる」
「ん。じゃあ何処行く? 定番?」
 定番かと問い掛ける藍原・和馬に笑い、頷く。
「勿論。神社は定番だけれど悪くないと想わないか? 新年だし」

(それに、)

(――お願い事もあるし)

 言わずに飲み込んだ言葉に、葛は「良い、かな?」と、和馬を見る。こんな時の自分は、目の前の人物には、どう映っているのだろう、そんな風にも思いながら。

「ああ、俺は葛が行きたいなら文句なんてないし、それに、新年の抱負……だっけか? ああいうのを書いてくるのも悪くないだろ」
「うん。じゃあ、行こうか」
「ああ。はい、お手をどうぞ、お姫様?」
「……何、寝ぼけたこと言ってるんだか」
 差し出す手に、手を差し出し返す事も無く葛は玄関から出ると鍵をかけ、すたすたと歩き出した。
 焦り、追いかける和馬。
「お、おいっ、今日はゆっくり羽を伸ばせる日だってのに!」
「あんまりに恥ずかしい事を言う和馬が悪い」
「あ?」
「普通、そう言われて”はい♪”って。手を差し出す人は居ないと思うんだ」
「いやあ、解らないぞー? 世の中広いんだからな。色々な人が居て当然だし」
「そう言うものかも知れないけれど」

 アパートの敷地から、歩道へと場所を変え、二人は歩きながら会話を続ける。
 神社は此処から歩けば数十分程で辿り着ける所にあり、また、散歩のコースとして、年配の方々が良く利用している道でもあった。

 葛のさらさらとした黒髪が歩く度に揺れ、それと同時に頭の中で葛は言葉の続きを探し出す。

 恥ずかしいと言うのとは違う、と思う。
 差し出された手が、友人たちであれば「冗談」だと言うのは解るから。
 なのに、相手が傍らに居る人だと思うと「冗談」と言うわけでないから――……、

「……ゴメン、和馬」
「?」
「解んなくてもいいんだ、とにかく、ゴメン」

(怖いんだって気付くのは嫌なものだね)

 其処にあった存在に気付き葛は、自らに納得する。まだ良く解らないけれど、この感覚を越えていかなければ更なる理解を自分が得ることは難しいに違いない。

 友人と、目の前の人物と。
 何処が、どう違うのか。
 見極めても行かなければならないのだ。

 たまらず、葛は和馬の腕へと手を伸ばし「和馬の言う通りかもしれない」と、小さく呟いた。自分の価値観以外にも違う事がある、人と一緒に過ごすのは、その違いを面白いと感じる所にもあるかも知れないのだから。

 一方、和馬は、と言えば。
 傍らで、揺れる髪を見ながら「葛には話してないことが多いような気がする」と言うことに気付いた。

 自分自身では、とても当たり前な事だから、
 だから、
 言わなくても、もしや気付いているんじゃないかとか。

 言う前に気付いてくれるんじゃないかって、時にご都合主義な夢を見てしまうことがある。

 けれど。
 現実は、そうは上手くは行かなくて。そうして時に、残酷だ。

(だから、一瞬焦ったよ)

 まるで、思考を読んだかのように謝って来た葛の表情を見、考える。話が葛の言葉で中断されていたから、今のは、それに対する謝罪の筈。
 だが、どうして謝るのかが良く解らないだけに言葉を継ぐことさえ出来ず、ゆるりと重ねられた腕に不思議な感覚を覚えていた。

 距離が、近い。

 ただ、それだけなのに。目に見える距離よりも、ずっと近くに感じられる事が出来る存在の不思議さ。

 こうして、「今」の葛とどれだけの年を重ねていけるだろう。
 自分には決して重なる事の無い「年齢」。
 時から忘れ去られ、ただ、河を流れていくだけの潅木にも似た自分自身は、いつまで傍らに立っていられるのか。

(別れは何時か確実にやってくる)

 だが、これは「今」ではないから。和馬は精一杯、今この時を、葛と生きていられたら良いと願うだけだ。

 ホンの僅かに翳る和馬の表情を見落とす事無く、葛は、緩く眉間へと皺を寄せた。時折、和馬は物凄く昏い表情を浮かべることがある。大抵の場合、直ぐに表情を変えてしまうけれど、浅黒い顔に浮かぶ、その表情は葛にはとても遠く、また「何故だろう」と思うことの一つでもあった。

(どうして)
(人と人はこんなにも違うのだろう)

 重ねた腕に、自分自身と違う温もりを感じながら、葛は、瞳の端に大鳥居の存在を捉え、
「ついたね」
 と、呟いた。
 数十分は、あっという間で、自分達の歩は確実にしっかり神社への歩みを刻んでいたらしい。
 これには和馬も驚きを隠せないようだったが、時間と言うのは集中している時と、していない時では流れ方が全く違うと言う事を、随分前に務めたバイト先で聞いたのを思い出し、「なるほどなあ」と心の中で大きく頷いた。

「さて、まずはどうする?」
「まずは…やっぱ、お賽銭?」
「おし! じゃあ、バイトで培った礼の仕方を葛に伝授しよう」
「……無駄に和馬ってバイト経験豊富だよね」
「まあ……、趣味だから」

 軽く笑い、参道を通り抜け、本宮へと向かう。所々で見る屋台や、自販機で買う飲み物から、温かな湯気が零れている。これもまた、新年独特の風景だ。




「え? 十五円? 二十五円じゃなくて?」
「な…ッ!? 葛は二十五円なのかっ?」
「二重にご縁がありますようにって……」
「重々ご縁がの方が絶対いいって!」
「……それは随分欲張りじゃないか? 十五円しか払ってなのに、良いと思っているのか」
「……意見ごもっとも。でも俺は十五円にする」
「お好きに、と言う奴だな。さて、と……」
 葛が投げ入れるより先にお賽銭を投げ入れると、和馬は「バイト先で培った」礼の仕方を葛へと見せる。対する葛は「ふむ」と呟くと、和馬のやった通りにやろうとした、ものの。
「ごめん…どうしても、いつもの癖が出る……」
 と、軽く手を合わせ謝った。
「いや、まあ直ぐには出来ないもんだし。願い事、ちゃんと出来たか?」
「うん。後は絵馬に書いて更なる形にしようかなって思ってる」
「……真面目だなあ」
「真面目と言うわけじゃなくて。其処にあれば、いつでも思い出せるから」
「は?」
「願ってるだけじゃ、願いなんてコロコロ形を変えてしまうだろ?」
「成る程なあ……」
 口の端に笑みを浮かべ、和馬はその小さな手を握り締め、そして歩き出した。
「な…何っ?」
「いや、絵馬を買いに行くんだろう? 良い絵柄があるか早く行ってみようと思って」
「あ、ありがと。けど、手を繋ぐ必要性は……」
 言いかけ、葛は言葉を失った。
 先ほどお賽銭を投げた場所に比べれば、社務所はとても混雑しており、手でも繋いでなければはぐれてしまう事が明確だったからだ。
 肩を竦め目配せする和馬を見上げると、
「混雑してるのが見えたからさ」
「…納得」
 そんな答えが返ってきて葛は頷かざるを得ないまま、飾られている絵馬やお守りを見、家族に一個くらい買った帰ろうかと想い馳せた。




 混雑から漸く開放され、絵馬を納める場所には数本のサインペンが備え付けられているのを見た和馬は、それらを指で軽く弾く。
 所在無く揺れるサインペンは、まるで、振り子のよう、ゆらゆら揺れて。
「近頃の神社はサインペンまで用意してくれてるんだな」
「うーん…受験生は、まずサインペンを持って来ようとする事さえ忘れるからじゃ?」
「いや、受験生以外にもお願い書く人居るし。多分、皆も来ればあると思ってるんじゃないかな…っと、悪い、和馬」
「は?」
「後ろ、向いてて」
「あ、そっか。悪ィ」
 書かれてる内容を見られたくないのだと察し、「ちょい、野暮用」と和馬は席を外した。
 その、さりげない気遣いに感謝しながら葛は絵馬へと願い事を認める。

 クリスマスの日に、少しだけ関係が変わった。
 友人じゃなくて、まだ完全に「恋人」でもないけれど。
 告白された時に感じた気持ちを忘れずに、歩んでいきたいと思うから。

(辛い時も、泣きたくなる時も、)

(お互いに傍に寄り添って支えてあげられたら良い)

 どうか、と葛は願う。
 まだ追いつかない自分でも、そう言う支えになれるようにと。

 そうして。
 先ほども浮かべていた表情の理由を、いつか話してくれたら良い。

(まずは、一つずつ片付けていくよ)

 絵馬に願いを書き終え、見えない場所へとそっと掛ける。

 どうか、願いが叶いますように。






 戻ってきた和馬の姿を確認すると葛は目の前にまでやってきた人物へと問い掛ける。
「何処まで行ってたんだ?」
「だから野暮用だって言ったろ? ほい、手を出す」
「??」
 何処へ行ってたか聞きたいだけなのに、答えてくれない事にほんの僅かな疑問を持ちながらも、葛は手を出す。
 すると。
「あ、温かい……」
「さっき繋いだ時、冷たかったから。あ、それ俺のおごりだから遠慮なく飲んでいいぞ」
「ありがと♪」
 缶の温かさを受け取り、葛は幸せそうに微笑む。
 些細な事だけれど、気にしてくれた事が嬉しい。
「あ、そう言えばおみくじ、どうする?」
「おみくじ? そりゃあ勿論引くしか! あ、頼むから引く前から凶とか言うなよ?」
「……だって、和馬っていつも……」
「あー、あー、あー!!」
 続きを言わせてなるかと奇声を発し、ごふごふと咳き込む。
 ちょっと、二人の近くに居た方々が訝しげにこちらを見たけれど、あえて気にしない。気にしちゃいけない……、うん。
 気にしたら、負けだ。
 和馬は、取りあえず、そう思う事にした。そうして、「まあ、確かに貧乏くじ引きまくりだけど……」と小さく呟きながら、「これでも良いのがでるように毎年願いつつ引いてるんだ」そう、力を入れた。
「じゃあ、今年こそ良いのが出るといいな」
「ああ。あ、缶はまだ大丈夫か?」
「うん、温かい。もう少し温くなったら飲み始めるから」
「じゃ、引きに行って大丈夫だな。行こう」
 二人が歩き出し、おみくじを引いた。その結果は、葛が中吉、和馬が末吉と言うもので。
 いつもより若干いいものの「大吉」に辿りつけない和馬が肩を落とす。
「俺、運に見捨てられてんのかな」
「でも、悪くても後はあがるだけだっていうし。逆に良いと、後は下がるだけだから」
 喩え貧乏くじでも、めげる事ない。
 葛は綺麗に籤を折ると高い場所へと結び付けようと背を伸ばす。
 それを少し手伝いながら、和馬は言われた言葉に驚く。
"悪くても後は上がるだけ"
 そう、言い切れる事の何と素晴らしい事だろう。

 和馬はおみくじを結び終えると彼女へと向き合い、
「なあ、今日は寄り道してもいいか?」
 と、聞いた。返って来る表情は、いつもの葛の表情で。
「別にいいけど。珍しくないか? 和馬がそう言うの」
「たまには良いだろ。二人だから」
「そうだな。帰りは?」
「当然、葛のアパートまで送るよ」

 どちらからともなく、差し出した手を握り、二人は神社を背にして、歩く。
 ゆっくり変わる陽の如く、僅かずつでも距離を縮めて行くように。






―End―

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛

【1312 / 藤井・葛(ふじい・かずら) / 女性 / 22 / 学生】
【1533 / 藍原・和馬(あいはら・かずま) / 男性 / 920 / フリーター(何でも屋)】


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■         ライター通信          ■
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 藤井・葛様、こんにちは。
 今回、こちらのノベルにご参加頂き本当に有り難うございました!

 藍原さんとご一緒と言う事で、最初と絵馬の場面が個別になっております。
 お二人ともとても素敵なプレイングで互いの存在を感じ、とても幸せな気持ちにさせて頂きました。
 書かせてくださり有り難うございますv
 僅かな部分でも楽しんでいただけたら幸いに思います。

 藤井さんにとって、今年と言う年が少しでも良い年でありますように。
 また何処かでお会いできる事を祈りつつ、本年もどうぞ宜しくお願い致します。
PCあけましておめでとうノベル・2006 -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年01月19日

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