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『ドキワクスゴロク 』
綾和泉・匡乃1537


●序

 正月といえば、お年玉におせち料理。神社参拝、墓参り。そして忘れてならないのは正月遊びだ。
 外で元気に遊ぶならば、凧揚げや独楽回し、それに羽根突き等もいいだろう。
 家の中で百人一首やカルタをやるのもいいかもしれない。ぱしんっという音と共に札を弾くのは、爽快感を齎すだろう。
 だが、そんな正月遊びの中には「スゴロク」という遊びも存在する。
 ルールは至って簡単だ。サイコロを振って、出た目だけ進み、止まった所で起こる出来事をこなせばいいだけだ。一回休み、スタートまで戻る、三コマ進む等など。そうしていち早くゴールに到着した者が優勝という、ただそれだけだ。
「……できた」
 自称発明家、正田・月人(しょうだ つきと)はそう呟いた。目の前にあるのは、広大な地に作られた巨大スゴロクだ。
「正月と来れば、これをしなくてはね」
 両手で抱えるくらい大きなサイコロに片足をかけ、庄田は「はっはっは」と笑った。ついでに言うならば、途中で冷たい空気を思い切り吸い込んだらしく、クシャミを3回くらい続けてしていた。風邪かもしれない。いや、馬鹿は風邪をひかないから、違うだろう。
「さあ、集え!優勝商品は絶品巨大黒豆だ!」
 正田はそう言い、土鍋から除く大きな黒豆を空に掲げた。1メートルくらいあるらしい巨大な黒豆は、土鍋から飛び出ている。おいしいかどうかは不明だ。更にいうならば、どうやってそれを手に入れたかも不明である。
「……正月だもんなぁ」
 正田はそう呟き、再び「はっはっは」と笑った。びゅう、と冷たい風が再び正田を襲った。正田は当然の如くクシャミを連発した。先程よりも一回増えた、4回であった。


●集合

 正田の目の前には、4人が立っていた。4人とも、巨大な黒豆に興味津々のようだ。
「黒豆って、大きいだけなのですか?味がそのまま大きくなって、大味だったら嫌なのですが」
 マリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)はそう言って、じっと黒豆を見つめる。正田は「ちっちっ」と言いながら、指を横に振る。格好をつけているつもりかもしれないが、ちっとも格好よくない。
「味は一流だとも!なにせ、この僕が作ったんだからね」
 妙な自信である。
「それ、もう調理済みなのか?そうだとしたら、味付けはなにを使っているんだ?そして、原産地はどこだ?香りはどうなんだ?」
 王・鈴炎(わん りんいぇん)はそう言って、立て続けに質問をする。正田は「ちょっと待って」と言って、一つ一つ質問を確認する。
「ええと、まだ未調理。と言う事で、まだ味付けしていないよ」
「それじゃあ、原産地は?」
 鈴炎が尋ねると、正田は胸を張りながら「もちろん!」と叫ぶ。
「僕の畑だ!」
 力いっぱい答えたものの、4人の目は至って冷たい。正田は少しだけ、寂しくなってしまった。切ない気持ちでいっぱいである。
「別に興味はないですけど……ああ、碇女史への手土産にしてもいいですね」
 いつものスーツとは違った普段着で、綾和泉・匡乃(あやいずみ きょうの)は言った。ダウンのロングコートに手袋といった、防寒がしっかりとなされている。
「手土産……ええと、君自身にこの黒豆に興味があるとかは」
 動揺気味の正田に、匡乃はあっさりと「無いですね」と言って微笑む。
「まあ、息抜きには丁度いいですよね。黒豆が手土産になるかどうかも分かりませんし」
 色んな意味で、とぼそりと匡乃は付け加えた。正田はその言葉に「息抜き……」と言って呆然とする。
 そこに門屋・将太郎(かどや しょうたろう)が「いやいや」と言って声をかける。
「やるのが楽しそうだぜ?スゴロク。でかいモンだし。ワクワクするぜ!」
 将太郎の言葉に、正田は嬉しそうに目を輝かせながら「そうだろう、そうだろう」と繰り返した。
「こんなもんでも、いくつ進むとか、振り出しに戻るってルールは変わんないんだよな?」
「そりゃ、スゴロクだからね」
 不思議そうな正田に、将太郎は「念のためにな」と付け加える。
「こいつ仕様の特別ルールとかあったら、困るだろ?」
「大丈夫、普通のスゴロクだよ。巨大なだけ」
 正田はそう言って、再び「ふっふっふ」と笑う。
「それじゃあ、ルールの説明を一応しておくよ。ルールは普通のスゴロクと同じ。サイコロを振って、出た目の分だけ進む。止まったコマに書いてあることをやればいい。そして、最終的にいち早くゴールした者がこの黒豆を手に入れられるという訳だ」
 正田はそう言い、巨大黒豆をぺしりと叩いた。土鍋から飛び出ている黒豆は、つやつやとして太陽の光を反射している。
 一粒だけ誇らしげに存在するその黒豆が、どうやってなっていたか、そしてどういう味なのか、全く持って不明である。
「何か質問はないかい?」
 正田が尋ねると、将太郎の手が上がった。
「サイコロは、どれを使うんだ?」
「ああ、これこれ」
 正田はそう言って、大きなサイコロを持ち上げた。両手で抱えるくらいのもので、可愛らしいパステルカラーで、数字の面が彩られている。意外とファンシー好きなのかもしれない。
「発泡スチロールで作っているから、軽いよ。持ってみるかい?」
 正田はそう言い、参加者達に差し出す。確かに、軽い。
「サイコロがでかいと、振りにくいな」
 将太郎は実際にサイコロを持ち、そう感想を漏らす。抱えるようなサイコロは、まるで枕のようだ。
「……因みに、これが遠くまで投げた場合なんですが」
 ふと何かを思いついたらしく、匡乃が尋ねる。正田は「なんだい?」と言いながらも、嫌な予感がよぎる。それに構わず、匡乃は言葉を続けた。
「目の確認と、拾いに行くという作業は主催者が行うんでしょうか?」
 その言葉に、4人の目が正田に集中した。正田は「うっ」と小さくうめき、考え込んだ。
 遠くに投げ、投げた本人が確認と拾うという作業をした場合、目を都合の良いものに変えられる可能性がある。いや、良心に任せればいいだけなの話なのだが、公平な判断をする者が行う方が確実だろう。
 つまり、自分が。
 正田は暫く考え込んだ後、ゆっくりと「分かった」と口を開いた。
「その場合は、僕が行こう。でも、遠くに投げないでくれ」
 正田の言葉に、皆は「一応、了解」と言わんばかりに頷いた。口元には笑みが零れている。匡乃に至っては、ぼそりと誰にも聞こえない声で「誰かやらないかな」と呟いてもいた。
「他に、何かあるかな?」
 正田が尋ねると、マリオンの手が上がった。
「その黒豆で豆腐なんか作ったら美味しいですかね?」
 突然の発言だった。正田が「へ?」と尋ねると、マリオンはにっこりと笑う。
「黒豆一つあれば、豆腐が作れるでしょう?そうしたら、湯豆腐なんて良い感じなのです」
「おお、そうしたらおいらが湯豆腐を作ってやるぜ!」
 そう言って、鈴炎がぐっと拳を握った。マリオンは「良かったのです」と言ってほっとする。
「私は食べる専門なのです。作ってくれそうな人を、探そうと思っていたのです」
「そういう事なら、任せろ!おいらは料理人だからな」
 鈴炎の言葉に、一同がぱちぱちと拍手した。美味しい湯豆腐にありつけるかもしれない。
「それじゃあ、そろそろ始めようか。まずは順番を決める為に、一度サイコロを振ってもらおう」
 正田がそう言うと、四人が一度ずつサイコロを振った。結果、匡乃と鈴炎は3が出、将太郎が2、マリオンが5であった。
「数が少ない順だから、門屋君が一番でマリオン君が四番だね。綾和泉君と王君はもう一度サイコロを振って、二番目と三番目を決めてくれ」
 正田の言葉に、匡乃と鈴炎が再びサイコロを振る。またしても、二人とも3が出た。そこで、再びサイコロを振る。三度目にして、匡乃が5で鈴炎が3という違う数字が出た。
「それじゃあ、王君が二番目で綾和泉君が三番目だね。よし、始めようか!」
 正田が高らかに宣言し、皆はスタート地点へと進んだ。巨大スゴロクを、始める為に。


●開始

 トップバッターは将太郎である。
「俺の番だな。それじゃ、振らせて貰うぜ!」
 将太郎はぐっとサイコロを掴み、気合を入れて「そうれっ!」と掛け声をかけつつ、投げた。コロコロとサイコロは転がっていき、出た目は3だった。
「3、だな」
 将太郎はそう言って、3マス進んだ。目的のコマに立つと、コンピュータの可愛らしい音声でマスの説明が響いてきた。
『サンバのリズム!ハッスルして踊ろう!』
「……サンバ?」
 不思議そうに小首を傾げていると、賑やかな音楽が流れてきた。そしてマスの一部分が開き、下から派手な衣装とマラカスが置かれた台が出てきたのである。
「これを身に付けて踊れって?俺が?」
 派手な衣装に戸惑いつつ、とりあえず頭の部分の飾りだけ将太郎は身に付けた。そしてマラカスを両手に持ち、音楽に合わせて振った。
 シャカシャカとマラカスが鳴り響き、正月なのにサンバでダンス。思わずスタート地点にいる三人もリズムに合わせて手を叩く。何故か、正田まで踊りだした。いや、一番ノリノリなのは正田なのだが。「イエー」とか言っているし。
 豪快な音楽が終わりを告げると、皆から盛大な拍手が起こった。踊りきった将太郎は「どうもどうも!」といって、頭を下げた。寒い筈の正月が、一時だけの熱を感じた瞬間であった。
「意外と踊ってみたら、楽しいもんだな」
 将太郎はそう感想を漏らし、こくこくと頷く。
「それじゃ、次はおいらだな」
 鈴炎はそう言って、サイコロを手に取る。ひょいっと投げて転がすと、またもや3が出た。
「……3って」
 鈴炎はそう言って、3コマ進む。そこにいるのは、将太郎だ。
『サンバのリズム!ハッスルして踊ろう!』
 先程と全く同じ台詞が聞こえてきた。鈴炎がどうしていいか悩んでいると、将太郎が笑顔でマラカスを手渡す。そして頭に派手な飾りをかぶせる。
「意外と楽しいぜ?」
「……よっしゃ!」
 将太郎の勧めに、鈴炎は半ば自棄になったかのようにサンバを踊り始めた。再び響く、熱いメロディ。二度目なのに衰えない、正田のノリノリ。サンバが好きなのだろうか。
 音楽が終わると、再び拍手が起こる。
「楽しいけど、何でサンバなんだろ?」
 ぽつりと、鈴炎が呟く。明確な理由は不明であるが、恐らくは正田が好きなのではないかという予想はつく。何しろ、正田が一番ノリノリなのだから。
「次は僕ですね」
 匡乃はそう言い、思い切り遠くに投げようかと迷った後、びくびくした目で見ている正田に気付いて止めた。同時に、誰かやればいいなぁだとか考えながら。
 サイコロを転がすと、1が出た。真っ赤な目が、妙に憎らしい。匡乃は苦笑しつつ、1マス進んだ。マスの上に立つと、コンピュータの音声が響いてきた。
『1だ、めでたい!赤の目って事で、幕の内弁当を食べよう!』
「……幕の内弁当?」
 匡乃が小首を傾げていると、マスの一部ががこんと開き、下から幕の内弁当が出てきた。結構、大きい。
「これを食べ終えないと、先に進めないと言う事ですか?」
「その通り!早く食べ終えれば次にすぐサイコロを振れるが、駄目だったら一回休みとなる!」
 匡乃は赤い目の梅干がある幕の内弁当を見る。どこの駅弁か、コンビニ弁当かと見つめていたが、見たことも無いパッケージだった。
「これは、見たことの無い幕の内弁当ですね」
 匡乃がそう言うと、正田は誇らしそうに笑った。
「ふっふっふ。僕はあくまでも手作りにこだわるんだよ。ということで、僕の手作りだ!」
 匡乃は改めて幕の内弁当を見る。おかず部分が少し少ないにしろ、野菜が多く入った煮しめやいい色に焼けている鯖の塩焼き、焦げた部分が見つからぬ卵焼きや出汁がたっぷり含んでいそうな高野豆腐など、完璧な弁当であった。
「中々美味しそうですね」
「ええ!おいらにも見せて見せて!」
 鈴炎はそう言って、匡乃に手を振った。料理人として、気になったのかもしれない。匡乃が2つ先のコマからも見えるようにしてやると、鈴炎は「おお」と声を漏らす。
「凄いじゃん!良かったら、おいらに後で作り方を教えてよ」
「いいとも!」
 妙に嬉しそうな正田。
「私も食べたいのです。……後で余っていたら、欲しいのです」
 マリオンがいうと、将太郎も「いいねぇ」と便乗する。
「俺も食いたいねぇ。お土産に貰っていいか?まだ、在庫はあるんだろ?」
 二人の言葉に、正田は嬉しそうに何度も頷く。一人細々と手作りした弁当が、こんなに高評価を得るとは思わなかったのだろう。
「……ああ、いい味付けですね」
 味も良いらしい。匡乃は実にのんびりと、幕の内弁当を食べていた。急ぐ事はせず、のんりと楽しんでいるようだ。
「次は私なのです。……1が出るといいのです」
 ちらりと匡乃の食べている幕の内弁当を見、マリオンは言った。サイコロを投げると、出てきた目は5だった。マリオンは少しだけ残念そうに、だが一気にトップへと踊り出て嬉しそうにマスを進んでいった。
 マスの上に立つと、大分お馴染みになってきたコンピュータ音声が響いた。
『レッツ甘栗!甘栗10個を剥こう!』
「甘栗、なのですか」
 マリオンが呟くと、マスの一部分が開いて甘栗が出現した。きっちり10個。
「これも、剥き終えるまで進めないっていうのですか?」
「その通りだ!」
 地味な作業だ。手は黒くなるし、中には剥きにくいものもあるだろうに。一応、おしぼりは置いてあるのだが。
「剥き終えたものは、どうするのですか?」
「ああ、それはお土産として持って帰って良いよ」
 甘栗を剥く意味が、やっぱりよく分からない。まあ、そういうスゴロクなのだと思うしかないだろう。
 こうして一巡した時点で、マリオンがトップで甘栗を剥いている。続いて将太郎と鈴炎がサンバを踊り終えて同位。最後に匡乃がのんびりと幕の内弁当を食べているという状態である。勝負の行方は、さっぱり分からない。
 たかだか12マスしかないスゴロクだが、進む事がこんなにも困難なのかと皆思ってしまうのだった。


●決戦

 再び将太郎に順番が戻ってきた。再び気合を入れてサイコロを転がすと、今度は4が出てきた。サンバのコマから4進むと、いつものようにコンピュータが説明する。
『小金だ。100円ゲット。ラッキー』
 ラッキーと言っている割に、テンションの低い声だった。マスの一部がかこんと開き、100円が出てきた。
「び、微妙じゃねぇか!」
 嬉しいやら、どうでもいいやら。微妙である事は間違いない。将太郎は思わず苦笑を漏らし、それをポケットに納めた。本当に、小金である。
「次はおいらだな。今度はトップへと進んでやるぜ!」
 鈴炎はぐっと気合を入れ、サイコロを勢い良く投げた。勢いが良すぎて、ちょっと遠くまで飛んでいってしまった。それを見て、匡乃が「ああ」と言って微笑んだ。
「正田さん、出動ですよ」
 妙に嬉しそうなのは気のせいだろうか。
 ともかく、正田は慌ててサイコロが転がっていった所まで走っていく。そして、転がり終えたサイコロを掴み、ダッシュでこちらへと戻ってきた。はあはあと肩で息している辺り、本当に真剣に走ったのだという主張が見られた。
「3だ!」
「3かー。6とか出たら、一気にトップなんだけどな」
 鈴炎はそう言って、サンバのマスから3進んだ。マスの上に立って待っていると、いつものようにコンピュータ音声が聞こえてきた。
『スタートに戻る!……ゴメン』
「ええっ!」
 ゴメン、じゃない。そんな軽く謝られたからといって、許されるわけではない。そんなたくさんの思いを胸に抱きながら鈴炎は叫んだ。が、無情にも鈴炎が乗っているマスはがこんと動き出し、スタートへと強制的に連れて行った。
 これで、鈴炎が一番最後となってしまった。
「なんだよー!」
 文句をいう鈴炎に、正田は「だから」と言って口を開く。
「謝ったじゃないか。ゴメンって」
「んな軽く言われたって、嬉しくもなんともねーよ!」
 当然の抗議である。勝負の行方がわからなくなってきた。
「次は僕ですね。……ああ、幕の内弁当は食べ終えましたよ。ご馳走様です」
 匡乃がいうと、正田は「お粗末さまでした」と言って頭を下げた。どうやら、綺麗に食べて貰えた事が嬉しいらしい。
「高野豆腐が絶品でした。出汁からちゃんと取ったんですか?」
「そうなんだよー。あれは隠し味に……って、今はその話はいいから」
 正田は慌ててサイコロを指差す。傍で聞いていた鈴炎が「ちぇー」と言葉を漏らす。
「隠し味、聞きたかったな」
「後で教えるから!今はスゴロク、スゴロク」
 正田にせかされ、匡乃はサイコロを振った。出た目は4だ。匡乃が進んでいくと、そこには黒くなった指先をおしぼりでふく、マリオンがいた。
「甘栗ゾーンにようこそ、なのです」
「また僕は食べ物のマスに止まっちゃいましたね」
 匡乃は思わず苦笑する。先程聞いたとおりのコンピュータ音声が響き、甘栗10個がやってきた。匡乃はそれにやっぱり苦笑を漏らし、甘栗を剥く作業に取り掛かった。
「次は私なのです。甘栗も剥いて、ばっちりなのです」
 マリオンはそう言い、おしぼりを置いた。剥いた甘栗を口に放り入れながら、サイコロを転ばす。出た目は、1だった。
「……さっき、1を見たような気がするのです」
 それはそうだろう。つい先程、鈴炎が止まってしまったマスなのだから。
 即ち、スタートに戻る。
 再びマリオンが乗っているマスががこんと動き出し、スタートへと強制的に連れて行った。鈴炎が「仲間だ」と言って、嬉しそうな顔をしているスタートへと。
「ゴメンという、軽い言葉が何となく腹立たしいのです」
「だから、謝ったじゃないか」
「それが妙に腹立たしいのです」
 マリオンの言葉に、正田は「だって」と口を尖らせる。可愛くも何ともない。
 周りの状況を見、将太郎はぐっと拳を握り締めた。次は自分の番なのだ。このまま突っ走れば、ゴールは目前。巨大黒豆は自らの手に入るのである。
 ゴールまで、残りのマスは5である。5か6が出れば、将太郎が優勝となる。確率実に、三分の一!
「よし、やるぜ!」
 それ、と掛け声をかけて将太郎はスゴロクを投げた。運命の出目は……6だった。
「よっしゃあ!」
 将太郎は足取りも軽く、マスを進んでいった。小さく「いち、にー」と数えながら。
 そうして「ごー」と言った時点で、ゴールへと到達したのである。
「やったぜっ!」
 大きく両手を天に向けて振りかざし、将太郎が叫んだ。それを見、正田がピピーと笛を吹いた。
「門屋君、ゴール!」
 他の3人が、それを聞いて拍手を送った。将太郎は嬉しそうに「どうもどうも」と言って手を振った。
「でも一応、後一回ずつ他の人もサイコロを転がしてから優勝を決めるから。まだ、一巡して無いからさ」
 正田が提案すると、将太郎だけが「えー」と言って抗議した。一番に着いたから優勝ではないのか、という不満である。
「いや、でも皆それぞれの位置からだったら、どう足掻いても門屋さんが優勝ですよ」
 周りを見回して、匡乃が言った。現時点で鈴炎とマリオンはスタート地点にいるし、二番手である匡乃ですら一番大きな目である6が出ても、ゴールの一歩手前なのだ。
「ゴールにいける、とかいうマスが出たら駄目じゃん」
 将太郎が言うと、正田は「まあまあ」と言って宥める。
「そういう卑怯なのはないよ。……マス移動はあるけど」
 最後の呟きが気になるものの、とりあえずゴールにまっすぐ進む駒が無いことを聞いてようやく将太郎は納得した。他の皆にとって、優勝は既に駄目だろうという気持ちで一杯だ。それでもサイコロを振るのは、単に興味であった。巨大スゴロクをやる機会など、そんなにないのだから。
「それじゃあ、最後に振るか」
 鈴炎はそう言って、サイコロを振る。出た目は、またもや3だ。
「……ここまで来ると、もう運命とか感じちゃうな……おいら」
 鈴炎は苦笑交じりにそう言い、とぼとぼと3マス進む。すると、既に2度目となるコンピュータの説明が響いた。
『サンバのリズム!ハッスルして踊ろう!』
「いや、もうそういう場合じゃないし」
「何を言っているんだい?止まったからには、サンバサンバ!」
 正田が踊るのを渋る鈴炎をせかした。鈴炎は半ば自棄になりつつ「ええい!」と言いながら、マラカスを掴んだ。
 熱いリズム、響くマラカス、燃え上がる情熱!……三度目。
 それでも、正田は楽しそうに踊っていた。ノリノリである。やっぱりサンバが好きなのだろう。
 熱い音楽が終わると、匡乃が黒くなってしまった手をおしぼりで拭ってから「じゃあ」と言ってサイコロを投げた。そうして出た目は、6だった。
「一気に進みそうですね」
 そう言って匡乃は進んでいく。止まったマスは、なんとゴールの一歩手前である。もしもこのマスが『1マス進む』とかだったりしたら、将太郎と匡乃の同時優勝なんていう状況になるかもしれない。
 正田が言った、最後のルールの所為で。
 将太郎が見守る中、匡乃のマスの説明がなされる……!
『ウェディングケーキを食べ尽くせ!』
「……はぁ?」
 思わず匡乃が突っ込む。同時優勝はなくなったものの、それ以上にマスの説明に奇妙な引っ掛かりを覚えるのだ。
 ウェディングケーキ。正月に、何故。
 皆が呆気に取られている中、マスの一部分からいつも通りウェディングケーキが登場した。ご丁寧に、結婚式でよく流れる音楽付きだ。
「いやー、実は急にケーキを作りたくなってね。折角だからと一杯作っていたら、もう取り留めない状況になっててさー」
 正田はそう言って「はっはっは」と笑った。笑って済むような代物ではない。何しろ、
そのウェディングケーキは豪華五段重ねなのだから。一番上に、これまたご丁寧に新郎と新婦の飾りがついている。
「これを一人で食べるのは無理なんで、この後皆で食べましょうね」
 匡乃はそう言って提案した。皆一同にこっくりと頷く。正田も入れたとして、5人かかりでも食べきれるかどうか……。
「最後は、私なのです」
 マリオンはそう言って、サイコロを振った。そうして出た目は、4だった。進んでいくと、コンピュータが説明を始める。
『餅をつこう!一升分』
「……お、お餅ですか?」
 マリオンが呆気に取られていると、マスの一部分が開いて下から餅つきセットが現れた。
「これ、私一人でつくのですか?」
「もちろん、それは無理だろうからわんわん1号君を貸し出そう」
「わんわん1号君?」
「戌年という事で、わんわん1号君だ!」
 正田が嬉しそうに叫ぶ。わんわんというからには、きっと犬のような愛らしいものなのだろう。そう、皆が期待した瞬間だった。
 出てきたのは、体がムキムキで顔だけ可愛らしい犬の姿をした物体だった。はっきりといえば、気持ち悪い。
「どうだ、凄いだろう?わんわん1号君は、いざとなったらボディガードにもなってくれる頼もしいAIロボットなのだ!」
「……気持ち悪いのです」
 マリオンの率直な感想に、正田は寂しそうな表情になった。余程の自信作だったらしい。
「でも、もう私でスゴロクは終わりなのです。なので、お餅もつく必要はないのです」
 マリオンの言葉に、わんわん1号君と正田はがっくりとうな垂れた。確かにその通りではあるのだが、折角出てきたのに……という思いで一杯なのだろう。
「……それじゃあ、優勝は門屋君と言う事で」
 力なく正田がいうと、将太郎は「よっしゃ!」と言ってその場を飛び跳ねた。皆がぱちぱちと拍手を送る。
「それにしても、疲れたぜ」
 将太郎はそう言って、大きく息を吐いた。こうして、将太郎の優勝によってスゴロクは終了したのだった。


●表彰式

 将太郎の手に、巨大な黒豆が受け渡された。将太郎はそれを嬉しそうに撫でる。
「すげー、本当に黒豆だぜ」
「おめでとう。……美味しく食べてくれ」
「ああ。せっかくだから、湯豆腐案を採用してもいいかもな」
 将太郎はそう言って、皆を見回した。つやつやと光る黒豆が、妙に輝いている。
「そうそう、それを携帯で写真撮ってもいいですか?話の種に」
 匡乃の申し出に、将太郎は「いいぜ」と快く了承した。パシャ、という音と共に写真が取られる。ライトもきっちり反射していた。
「これから他のお野菜とかも買い物して、具に追加するのはどうですか?正田さんの幕の内弁当とか、今出てきた餅つきセットで餅をついて」
 マリオンがいうと、匡乃は「いいですね」と言って微笑む。
「デザートにウェディングケーキもありますしね。あったまりたいですし」
「それなら、おいらが料理を作ってやるよ。湯豆腐も、他のもんも」
 鈴炎がいうと、正田が「あのさ」と声を出す。
「誰もマスに止まらなかったから出なかったんだけど、実はお雑煮もあるんだよ」
「よっしゃ、それじゃあ今から食べようぜ!新年会ってことで」
 将太郎が言うと、皆が「おおー」と言いながら拍手した。
「新年会兼、門屋君の優勝祝いだね」
 正田はそう言って、ぐっと拳を握る。
「そして、そこでもスゴロクをしよう!」
 正田はそう言って、ぐっと手を掲げた。皆が「え?」と言って巨大スゴロクを思わず見た。だが、正田は悪戯っぽく笑って「違う違う」と否定する。
「巨大スゴロクをしようと思って、案だけ出していた小さなスゴロクで」
 正田の言葉に、皆が笑った。
 巨大スゴロクも確かに楽しかったが、やはり卓上のスゴロクがいい。何となく、それを実感してしまったのだ。
「景品も、勿論黒豆なんですよね?巨大な」
 匡乃はそう言って確認する。正田は「へ?」と思わず聞き返す。思わぬ答えが返ってきたからだ。だが、皆既に卓上のスゴロクの商品も巨大黒豆だという認識を、してしまっていた。
「次も黒豆をいただきだぜ」
と、将太郎。
「手に入れたら、おいら流にアレンジしてやるぜ」
と、鈴炎。
「やっぱり、写真ではなく本物を見せたいですしね」
と、匡乃。
「次はまた違う料理にして貰うのです」
と、マリオン。
「……もう一つ、持っていく気なんだね」
 意気揚々とした5人に対し、正田だけが遠い目をして呟いた。
 まだまだ、スゴロクによる黒豆争奪戦は続くようであった。

<第二回戦に意気込みを寄せつつ・了>


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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛
<東京怪談>
【 1522 / 門屋・将太郎 / 男 / 28 / 臨床心理士 】
【 1537 / 綾和泉・匡乃 / 男 / 27 / 予備校講師 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】

<聖獣界ソーン>
【 3029 / 王・鈴炎 / 男 / 15 / 料理人(バトルコック) 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、霜月玲守です。この度は「ドキワクスゴロク」にご参加いただき有難うございます。
 あけおめノベル、という事で。あけおめノベル→色々な世界から参加できる→正月っぽい遊び→スゴロク、となりました。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。因みに、正田は正月なので「正田・月人」です。安易ですいません。更に、戌年なのでわんわん君だったりします。ああ、本当に安易ですね。
 改めまして、昨年は本当にお世話になりました。今年も宜しくお願いします。
 綾和泉・匡乃さん、再びのご参加有難うございます。のんびりモード、それに加えてサイコロを遠くに投げたら、という好奇心が素敵でした。
 今年一年が皆様にとって素敵な年になられることを、心からお祈り申し上げます。
 ご意見・ご感想等お待ちしています。それでは、またお会いできるその時迄。
PCあけましておめでとうノベル・2006 -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年01月16日

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