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『三度目の出会い 』
相生・葵1072)&藤咲・愛(0830)

 ――君がその仕事を続けるつもりなら、悪いけどもう付いていけない。

 そんな台詞を言われたのは初めてではなかったけど、今回は自分が思っていた以上に相手へ入れ込んでいたらしい。
「仕方ないわ、あたしの天職だもの」
 恋人にフラレたと店で笑い話に紛れて話し、最後にそう締めた藤咲愛は、その後も精力的に仕事を行っていたが、それが無理をしているように見えたのだろうか。
 それとも、もう掛かってくる筈の無い携帯を、空き時間に見ている表情を見られていたのだろうか。
「ねえ、愛……こういう場所があるの、知ってる?」
 DRAGOで、一人の同僚がそっと秘密めいた表情で話してくれた話に参加する気になったのは、余程自分でも気持ちを持て余していたからだったのだろう。

 『夜の蝶同好会』。
 風俗系の店で伝説として囁かれる会員制の集いがある。
 この東京の中でも『超』が付く有名店に勤め、尚且つその店で十本指に入っている事が大前提であり、その上現会員からの推薦がなければ入会も出来ないという、その名を知るものには憧れの集まりである。
 愛も全く知らないわけではなかったが、今までは興味も無く行くつもりなど無かったから、話に聞いていた以上の事は知らないままだったが、気晴らしになるわよと同僚に勧められて、気晴らしになるかもと出かけたのだった。

*****

 新宿のとあるバー。
 一晩貸切で行われる夜の蝶の集いの中で、愛はカウンターの隅に座って漫然と店内を見渡していた。流石に伝説になるだけはあって、面識は無くても顔や名が広まっている者たちの姿がある。恐らく、向こうも愛の事をそう見ているのだろう――そう考えながらゆっくりとグラスを傾けた。
 同じような仕事に携わっている者たちだけの集まりだからだろうか、店内に流れている雰囲気は決して悪いものではなく、もっと早くここに来ても良かったかな、などとそんな事を考えていた時、
「――あれ」
 どこかで聞いた声がくすぐったく愛の耳を打った。
「……あら……」
 緑色に髪を染めているだけでなく、その者の持つ雰囲気が目を引かずにはいられない――そんな青年が、驚きと親しみを込めた視線を向けているのを、愛もまた驚いて見返していた。
 青年の名は相生葵。売れっ子ホストと言う呼び声に恥じず、独特の雰囲気を漂わせる存在で、以前に『仕事』以外で顔を合わせた事があり、最近も別のバーで再会していた。
「奇遇だね。こんなところでキミと会えるなんて」
 葵のテノールは、いつ聞いても心地良い。そんな事をふと思って小さく笑みを浮かべた愛が、葵に隣の席を手で勧めながら、
「あたしも驚いたわ。……でも考えてみれば当然よね。葵くんにだってここに来る資格はあるんだから」
「そりゃあね。もっとも僕としてはナンバーワンとしてここに推薦されてみたかったけど」
 目を細め、子どものように笑いながら、葵が愛へ身体を向けながら椅子に座る。
 内心はともかく、女性への人懐っこい姿勢を崩さない葵と、ある種孤高を保つように見える愛の対照的な二人。仕事でSM女王をやっているために自然とそれが身についたのだろうが、今こうして見る限りでは、二人ともごく自然な雰囲気で柔らかな笑顔を浮かべていた。
「でも、良かった」
 笑顔で世間話に興じていた二人がふっと無言になった後で、葵がそう呟く。
「良かったって、何が?」
「今日ここに来てさ。だって、愛さんに会えた」
「……もう。そんなおべっかを使っても何も出ないわよ」
 くすくすと笑いながら、口にした酒のせいだろうか、ほんのりと目元に朱を浮かべる愛に、とんでもないとぱたぱた手を振る葵。
「本当だってば。そりゃ僕だって仕事柄お世辞は良く言うけど」
 この集いの雰囲気は葵も嫌いではなかったが、何となく今日は気だるく直前まで迷っていたのだと葵が言う。
「ほら。今は仕事じゃないでしょ? だから今の言葉は僕の本音。キミにまた会えて嬉しいよ」
「ありがと。あたしもそうね、あんたに会えて驚いたけど嬉しかったわ」
 ほんの気晴らしにと参加してみたものの、もし葵がいなければ適当なところで切り上げていたに違いない。
 以前の二度の出会い。その時から、なんとなくではあるが葵の事が気になっていた愛と――愛は知らないが、同じように考えていた葵が微笑み合う。
 ――葵くんなら……あたしの事、理解してくれるかしら……受け止めてくれるかしら……。
 さり気なく女性を立て、愛の世話を焼く葵へ目を細めながら、そんな事を考える愛。
 二度の出会いは偶然。では、三度目は――そう言ったのは、誰だろうか。
 意図せずに葵に会ってしまった事で、愛は内心の動揺を押し隠しながら、それ以上に会えた喜びに浸っていた。

*****

 一方で、葵も自分の中から生まれてくる感覚にずっと戸惑い続けていた。
 今日で三度目になる出会いに喜びは当然ある。だが、それとは別の何かが、葵の中に存在していた。
 今日、愛を見つけた時に、最初声をかけようとして躊躇いを覚えたのは、彼女の横顔を見たからだ。その憂いのある顔に何かあったのかと思いながら、きゅうと胸が締め付けられる感覚に戸惑ってしまう。
 それが、愛のあの顔を見たからだと、気付かないまま。
 そんな自分の状態を打破すべく愛へ声を掛けた。その、憂いから驚き、そして喜びへと変わった表情の移り変わりに何故かどぎまぎしてしまう自分がそこにいた。
 ホストの仕事としてだけではなく、女性はもとから大好きだ。けれど、今まで女性に対して、自分の感情をコントロール出来なかった事は無かった。
 笑顔を浮かべさせてやろう、自分を好きにならせてやろう、そう思っていた。
 けれど今は――彼女に、もっと笑っていて欲しいと思う。その笑顔を見せて欲しいと思う。
 何故だろう。
 自分を見詰めて来る愛を見る度に、どうして――こんなに胸が暖かくなるのだろう。
 彼女が仕事をしている時の生き生きとした輝きと、プライベートでの繊細で優しい気遣いを見せる愛。その両方とも知っている自分がどう言う訳か誇らしい。
 そんな感情が何であるのか、葵はまだ気付いていなかった。
 普段自分が接している全ての女性と、愛との間に明確な違いが生まれている事にも。

 特別なのだと。
 自分にとって、特別な女性なのだと。
 ――憂いの表情を見せる愛は、見たくないのだと――そんな感情が生まれつつある葵は、まだそれが何であるのか自覚するまでには至っていなかったのだった。

*****

 静かに始まった集いは、静かなまま終了した。
 騒がしさに慣れている人々だからこその、穏やかな空間作りは毎回好評で、だからこそこの集まりが絶える事が無いのだが、
「……終わっちゃったわね」
「そうだね」
 その先が続かない二人にとっては、あまりにも短い時間で、名残惜しいものだった。
 お疲れ様、と声を掛け合って三々五々散っていく人々を横目に、閉じた店の前で立ち尽くす二人。
 お互いに立ち去りがたく、と言ってここにいつまでもいる訳にもいかず、互いに互いの顔を見ながらどう言葉を続けようか戸惑う二人。
 やがて、先に口を開いたのは、愛。
 ふっ、と何か諦めたように肩の力を抜き、
「今日は楽しかったわ。こんな事なら、また来ようかしらね」
 そう言って笑みを浮かべる。
「僕も――次も来るよ」
 そんな愛に合わせてにこりと笑った葵が、何か言おうとして口を開きかけて閉じた。
「……」
 愛もまた、同じように何か言おうとしたのか、口をちょっと開いてから微笑を浮かべ、
「また、会いましょうね。――それじゃあ」
 最後は声を少し落としながら、そう言ってくるりと背を向けた。
「あ――あのっ」
 そんな彼女へ、葵が声を掛ける。
「どうしたの?」
 すぐにまたくるりと振り返って、葵をじっと見る愛。
「……こ……」
「?」
「この後、暇っ?」
 まるで、思春期真っ盛りのお子様じゃないか、と内心で思いながら、自慢のテノールではなく、トーンが上がりひっくり返った声に歯噛みする。これじゃ魅力も半減だなと肩を落とした時、
「……どこかでお茶でもする? それとも飲み直し?」
 微かに弾んで聞こえる、愛の柔らかな声が葵の耳に飛び込んで来た。
「どっちも良いね。移動しながら決めようか」
 いいのと訊ねれば愛が遠慮しそうな気がして、慌てて頷きながら愛の隣に急ぎ移動する。そんな葵をくすっと笑って、愛が葵と同じペースで歩き始めた。
 互いに心が弾んでいるのを、相手に見せまいと思いながら。
 でも、相手が浮かべている極上の笑顔を、ずっと見ていたいと思いながら。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年01月13日

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