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『プレゼント 』
ジェイド・グリーン5324)&高遠・弓弦(0322)

 ――ありったけの想いを込めて。

「よおおおっっし!」
 12月19日、早朝。
 高遠家に、いつにも増して元気な声が響き渡った。
 腹の底からの声を上げて、朝ご飯を作ろうとしていた高遠弓弦の目をまん丸にさせたのは、三人目の同居人、ジェイド・グリーンのやたらと張り切った声。
「さあっ、弓弦ちゃん! その手の菜箸とおたまを渡して! 今日は俺、張り切っちゃうからね〜!」
「……ええと……はい」
 何が何やら分からないまま、ジェイドの言葉に素直に菜箸を手渡す弓弦。そんな彼女へにんまりと嬉しそうな笑顔を浮かべたジェイドが、菜箸を握ったままぱちんと両頬を叩いて、ばちりと箸を思い切り顔に叩きつけ、そのまま顔を押さえてしゃがみ込んだ。
「だっ、大丈夫ですかジェイドさん」
 おろおろしながら声を掛ける弓弦に、涙目ながらすっくと立ち上がったジェイドがひらひらと手を振って平気平気と笑い、
「いつも世話になってるのにこれくらいしか出来ないからさ、俺」
「……?」
 軽く首を傾げる弓弦。さらっ、とその透き通るような白い肌の上に髪が流れるのを見ながら、びし、と親指を上に立てて、
「今日はほら。お祝いだろ? 弓弦ちゃんの、誕生日」
 にっ、と笑ってみせる。
「だから俺、少しでも役に立ちたくて。というわけでさ、今日一日は弓弦ちゃん休んでていいから。家の中の事から何から全部俺に任せて!」
 え、でも――と何か言いかけた弓弦をいいからいいから、と椅子に座らせ、腕まくりをしつつ、ジェイドはしきりと弓弦に話し掛ける。
「あの、ジェイドさん……お鍋が」
「えっ」
 慌てて後ろを振り返れば、沸騰しすぎてぐつぐつ煮立っている味噌汁と、危うく黒コゲになる直前の目玉焼きが目の中に飛び込んで来た。

*****

 弓弦の家族が出かけるのを見送った後、特に黒い部分としょっぱくなった味噌汁を引き受けたジェイドがそれを何とか食べ終え、気を取り直して弓弦がいつもやっているように掃除機を取り出す。
「……いいんですか?」
 先程の様子を見て不安になったのか、心配そうな表情を浮かべる弓弦に、今度こそはとにっこり笑顔を浮かべたジェイドがどんと自分の胸を叩く。
「任せてってば。さっきはちょっと失敗しただけ。俺が器用なのは弓弦ちゃんも良く知ってるじゃない」
「それは、そうなんですけど……」
 けれど、家事と言うものはただ見ただけで簡単に真似られるようなものではない。家の中のどこに何があるのかを把握し、段取りを組み立てながら、その上で予測できない出来事にも対処できるよう、柔軟な部分も持ち合わせないといけないのだ。
 それを長年家で少しずつこなせるようになって今に至っている弓弦と、弓弦の側にいるものの、そうした物をあまり見ていないジェイドでは、家事のやり方に雲泥の差があるのは仕方ない事だろう。
 おまけに、
「ジェ、ジェイドさん、これは私がやりますから……っ」
「あっ、ご、ごめん」
 女性が一人でも住んでいればどうしても避けて通れない下着の洗濯を、弓弦が顔を真っ赤にしながら止めたり、姉妹の部屋の掃除をしようとするジェイドをやはり止めたりと、結局弓弦もジェイドの側にぴたりと張り付いていなければならない状態になり、ジェイドが目論んでいた『弓弦の誕生日に弓弦を一日休ませてあげよう計画』は、昼食前の時点であっさりと頓挫してしまっていた。
 尤も――家事の得手不得手だけでなく、やたら張り切りすぎて力の加減が分からなくなったジェイドにもその一因があった事は間違いない。
 かくして、ようやくおやつの時間となり、粉の分量を間違えて四、五人分のクッキーを焼いてしまったジェイドが、肩を落として激しく落ち込むと言う羽目になったのだった。
「……ごめんな」
 弓弦が淹れてくれた紅茶と山盛りのクッキーを見ながら、ジェイドが言う。
「掃除も洗濯も、料理もぜーんぶ中途半端でさ。俺、かえって弓弦ちゃんに迷惑かけたみたい」
「そんな事ありませんよ。だってほら――」
 途中何度かやり方を教えて貰ったとはいえ、さっくりと焼きあがったクッキーを美味しそうに口に運んだ弓弦が目を細め、
「ちゃんと美味しく焼きあがっているじゃないですか」
「でもさ、量間違えてたんだよ?」
「それじゃあ、ご近所にたくさんおすそ分けが出来ますね」
 にこりと儚げな雰囲気を持つ少女が、それでも嬉しそうな笑顔を見せると、
「私はその気持ちだけで十分です。だって、ジェイドさんが一緒にいて下さるだけで元気が出るんですから」
 そう、ほんの少し照れた様子を見せながらもきっぱりと言う。
「――ほんとに?」
「はい」
「ほんとにほんと?」
「はい、本当に本当です」
「ほんとにほんとに……っていいや、何言ってんだろ俺」
 じわじわと湧き上がる喜びに口が笑みの形になるのを抑えられず、顔に手を当てたジェイドがすううっ、と大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
 大事なのは、形ではなく、心を込める事。
 だから弓弦はジェイドを責めはしなかった。彼が弓弦のためを思って一所懸命やっているのが見て取れたから。――誰が、そんな彼を責められるだろうか。弓弦の笑顔が見たくて、弓弦に頼りにされたくて、空回りであったけれど必死だったジェイドの事を。
 やっぱり、弓弦ちゃんにはかなわないなぁ……そう思ったジェイドが、もう一度呼吸を繰り返すと、弓弦の目をまっすぐに見て、
「これをまず言わなきゃいけなかったんだった。弓弦ちゃん。誕生日、おめでとう」
「……うん。ありがとう、ジェイドさん」
 ほんのりと頬に血の色を浮かべながら、弓弦が微笑む。その笑顔を何より見たかったジェイドが内心でガッツポーズを浮かべながら、
「もう一言、いいかな? なんだか恥ずかしいんだけどさ」
「なんですか?」
 軽く首を傾げる仕草に再び口の笑みが広がるのを感じながら、
「生まれて来てくれて、ありがとう」
 どれほどの想いを込めてもまだ足らない、そんな一言を、ゆっくりと噛み締めるように言い放った。
「――――」
 その言葉を耳にした途端、弓弦は自分の口へ手を押し当てる。何かの言葉を噛み殺すように、そして、その手は上へ伸びて顔を覆った。
「え、え、え、お、俺悪い事言っちゃった? ごめんな、ごめん、ほんとうにごめん気が利かなくて」
「――」
 声も無く、ふるふる、と弓弦が首を左右に振る。
「……違うの」
 喉から搾り出された声は、ジェイドがそうと注意を払わなければ気付かない程微かに震えていた。
「――もう……ジェイドさんたら……突然そんな事を言われたら、驚いてしまうじゃありませんか」
 それから少しの間、呼吸を整えた弓弦が、ゆっくりと言葉を紡ぎながら顔から手を離す。
 その瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「いやだって俺本当の事を言ったんだし。そりゃ偶然かもしれないけどさ、弓弦ちゃんが生まれてなかったら、俺を助けてくれるなんて事も出来なかったんだよ? そんな風に、俺の命の恩人になってくれた弓弦ちゃんが生まれた事を感謝しなかったら罰が当たるに決まってるじゃないか」
 ジェイドもそれに気付いたのだろう、いつになく早口でそう捲くし立てると、乾いた口の中を潤そうと紅茶をぐっと煽る。
「そうですね……私がいなかったら、今ここでこうしてジェイドさんとお茶を飲む事も出来ませんものね」
「そうそう、そう言う事」
 弓弦ちゃんも分かってきたじゃない、そう言ってジェイドが笑い、弓弦がその笑顔に釣られて微笑んだ。

*****

 その日。
 夕方、いつものように食事の支度をする弓弦の隣で、真剣な表情で手伝いをするジェイドの姿があった。
 自分ひとりで何もかもやろうと意気込むよりは、こうしてちょっとした事でも手伝った方が弓弦が喜ぶのだと気付いたらしい。
 それに、日の高いうちはいくら冬の日であっても外に出られない彼女に代わり、買出しや細々とした用事を言い付かる事だって出来ると知って、ジェイドは今度こそ頼りにして貰おうと、笑顔でそれらの用事を引き受けるよ、と言い。
「あ、でも、無理にやらせてって言ってるんじゃないからね? 今日みたいに弓弦ちゃんの気を揉ませっぱなしにはしたくないからさ」
「……そうですね」
 くすっ、と今日一日のジェイドの奮闘振りを思い出したか、弓弦が笑い、
「分かりました。その時にはジェイドさんにお願いする事にします」
 いつになく幸せそうな笑顔を浮かべた弓弦が、隣でサラダにする野菜を一所懸命洗っているジェイドを目を細めて見詰めた。
 こうして――派手なパーティもプレゼントも無いまま弓弦の誕生日が終わって行ったが、ケーキを買って帰って来た家族が心配してその事を言ったものの、
「いいえ、私はとっても素敵なプレゼントをいただきました。他の何にも替え難いものを」
 何を貰ったかは口を噤んで答えようとはしなかったが、弓弦は心底嬉しそうに胸を押さえつつ、微笑んで見せたのだった。


-了-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
東京怪談
2006年01月11日

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