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『その者己を知らず 後 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&ユンナ(2083)&ジュダ(2086)

「こっちよ。入って」
「……ああ」
 それは、打ち捨てられた地に建てられた小さな建物だった。後で知ったのだが、その場所はゼノスフィアと言う、空飛ぶ大陸ゼノビアの周りを飛び交う小規模の居住区として作られたもののひとつで、実験に失敗し落ちた場所を利用し住んでいたようだった。
「狭いけど」
 いくつかの部屋に分けられたその建物の中を、誰かを探すように目を動かしながら案内していくユンナ。男はその様子を見ながら、それぞれの室内にある物たちに目を見張らせていた。
 何よりも驚いたのが、とある部屋で栽培されていた植物。
 それは、男がこの世界で意識を目覚めさせてから初めて見る、きちんと成長した姿のものだった。中には花を咲かせているものさえおり、思わず顔を寄せて匂いを嗅いでしまう。……甘い、切ない香りに頭のどこかがくらくらした。
「ああ、気に入ってくれたの? それは良かったわ」
 その言葉にユンナがこちらを観察していた事に気付いた男が慌てて顔を上げ、横を向いて咳払いをする。くすっ、と小さな笑い声がその耳を打った。
 その他にも動いているのを初めて見た機械などをしげしげと眺めた後で、連れて行かれたのはそれまでと打って変わってパステルカラーを基調に心地よさをこれでもかと言うくらい強調した居間だった。その奥の扉は寝室らしく、ユンナが開けて覗き込んだ後ろから見ると、布張りの清潔そうなベッドが並んでいるのが見えた。
「いないわね。どこに行ったのかしら。……まあいいわ、そこに座って少し休んで」
 クッションが置かれたソファに男が黙って腰掛けると、ユンナは対面のソファにゆっくりと体を横たえてう〜〜んっ、と伸びをした。
 その様子はとても気持ちよさそうで、再び男の心の中の何かが小さくざわめく。
「――」
 そのままでは息が詰まりそうな気がして、何か言わなければと口を開けたその時、がちゃりと二人が入ってきたドアのノブが回って、ひょこんと一人の男が顔を出した。
「ユンナ、帰って来てたんだね。――ああ、いらっしゃい」
 植物や機械を育てたり整備したりするのがユンナのイメージとまるで違ううえ、ユンナが自分ひとりではないような口ぶりだったために誰かがいるのだろうと思っていたが、何だかいい匂いがするエプロン姿の線の細い男はユンナ以上に男のイメージとかけ離れていた。
「……他にもいるのか?」
 だから、男が最初に聞いたのはその一点で。だが、青年はにこりと人畜無害な笑顔を浮かべると、
「うん、もう一人ね。ああ、僕はジュダ。きみは?」
「……俺には名前なんて無い」
「そうか。――まず何か食べるかい? 新しい料理を作ったんだ。あ、ユンナを起こしておいてくれるかな」
 そう言うだけ言ってまた顔を引っ込めた青年から目を外すと、ソファに長くなったままユンナは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「……何で俺が」
 そして男は、そう呟いたものの、言われるがままに立ち上がってユンナをそっと揺り起こしていた。寝入りばなを起こそうとする無粋な手をぺしぺしと何度か払われながら。
「むぅ……せっかく気持ちよく寝ていたのに」
「きみが連れ帰って来た客の前で寝てどうするつもりだったのかな」
 困ったように青年――ジュダが笑う。ユンナはむぅともう一度文句ありげに唸りながら、出来たての料理を目の前に出されるとさも当然と言ったように食べ始めた。
「さ、きみも」
「……いい、俺は――」
「食べなさい」
 びし、と据わった目のユンナにフォークを突きつけられて男がたじろぐ。
「せっかくジュダが作ったものと言うだけじゃないわ。この食料が貴重な世界で客をもてなす最大限のもてなしに手を付けないと言うのは失礼にあたるのよ。いいから食べなさい。美味しいんだから」
 ぱくぱくと食べている様子を見れば、大丈夫と分かるのだが……意を決してフォークを握り、ユンナが食べている大皿から直接一口分だけ取って恐る恐る口に運ぶ。
「味は、どうかな」
「言う事なしよ。でもそうねえ、もう少し綺麗に切れない? いつも思うんだけどジュダってこういうところ少し雑よね」
「そ、そうかな」
 ジュダとユンナが話をしているあいだ、男は無言で。
「――あ」
「あら」
 無言で、だが勢い良く皿の中に並べられた料理を口に運んでいた。
「ああ、ごめん、ちょっと全部食べるのは待って」
 その食べっぷりに、目を細めて嬉しそうに見ていた青年が途中で止め、ユンナの手も止めさせると小皿に少し取り分けて席を立つ。
「きみもどうぞ。今日はこのくらいでいいかな」
「――っ!?」
 まだ誰かいたのかとジュダの立った方へ目を向けた男の表情が一瞬にして変わる。
 そこにいて、ジュダの持った皿を受け取ったのは、一体の異形のもの――ウォズと世間で呼ばれている存在だったからだ。
「はいはい。その殺気を止めないともうジュダはあなたにご飯を作ってくれないわよ」
「……そういう言い方をしなくても……言わなくてごめんね。この子は無害だから気にしないで」
「気に、気にしないでってどういう!」
 がたんと立ち上がった男にも怯える様子は無く、部屋中に膨らんだ殺気を受けても平然と男を見返すウォズから離れたジュダが、男の目の前に立つ。
「言葉どおりだよ。――あれは、大丈夫なんだ」
 その柔らかな物言いの中に、決して譲るまいとする気配を感じ取った男がたじろいで、そして再びすとんとソファに腰を降ろす。
「常に喧嘩腰は良くないわよ? 私たちと暮らす以上はね」
「……俺が?」
「知りたいんでしょう? 知りたくて、付いて来たんでしょう?」
 ユンナの言葉は、さくりと男の心の中に突き刺さり、そして腑に落ちて行く。
「こんな事で驚くようじゃ、まだまだね」
 そんな男へ、ユンナはソファにまた体を伸ばしながら、艶然と微笑んで見せた。

*****

 ジュダの言うように、大人しくしているウォズに首を傾げながらも、攻撃の意志を緩めた男に気を良くしたのか、ジュダがユンナと男を伴って先程通り過ぎた植物の沢山育てられている部屋の隣、大事な植物を育てたり実験したりするラボへと案内する。
「……これは、ルベリアという花でね。どうにかこの世界で根を降ろさないかと研究しているところなんだ」
 人の想いを乗せる花で、偏向性があってね、と説明されて、男が不思議そうに首を傾げる。想いを乗せる、という意味が良く分からなかったものらしい。
「そうだね……ええっと……」
 どう説明したものか、困ったように眉を寄せながらジュダが腕組みをし、
「どういう風に言えばいいと思う?」
 隣のユンナに助けを求めた。もう、と頬を膨らましながらユンナが言い、
「ジュダが育ててるんでしょ? そのくらい説明できなくてどうするの」
 ちょっと肩を竦めながら、生きているものが持つ強い感情を受け取って共鳴作用を起こす花なのだと、簡単に説明する。
「例えば、そうね」
 ユンナがちょっと首を傾げて、一輪の花へそっと手を当てた。何をする気かと男がそんなユンナと、手の先にある花を凝視する。――と、今までは他の花と同じ色を見せていたその花だけが、つやつやと真珠のような白さと輝きを見せ、そしてふわりと輝きを発して、光を散らせた。
 ふうと小さくユンナが息を吐いて、手を離すまで。
「こんな風にね」
「珍しいものだな」
「薬になったりもするのよ。それに、花の中には結晶化するものもあると言うわ」
 それも、想いの力でね、とユンナが言ってにこりと笑う。
「それでいいのよね?」
「え? あ、うん。その説明で間違っていないと思うよ」
 自分へと話題を振られたジュダが自信なさそうな笑みを浮かべながらこくりと頷くのを見て、男が眉を寄せる。
 この家の主はジュダのようだが、もしかしたら影の主はユンナの方なのではないか、と。
 それから再び居間へと戻った三人は、めいめい居心地の良い場所に腰を据えて、やや固くなっている男に柔らかく微笑みかけながら、様々な話を口にし始めた。
 この世界の事。
 ラボで育っている植物の中でも気に入っている花の香りや、実が出来るまでの苦労を重ねた、けれどとても楽しそうな思い出話。
 気付けば、男も口を開いて、二人の会話に参加していた。口を挟まれてもいやな顔ひとつせずに耳を傾ける二人や、二人が話す内容が、じわりと男のどこかへ染み込んでいく。
「そうだ――きみにも名前が必要だね」
 暫くそうやって他愛も無い話を続けていたジュダが、ユンナがここに来る時の思い出話を語っていた時に、男にも名前が無いと気付いて目を輝かせる。
「そうね。これだけ上背もあるんだし、雄雄しい名前がいいんじゃない?」
 人に名前を付ける事の何が面白いのか良く分からないが、男が二人の様子に気おされつつ、次々と上げられる名前に聞き入る。
「……どれもしっくり来ないわね。もっとばーんと凄い名前は無いの?」
「凄い名前じゃ、呼ぶときに大変じゃないか。――そうだね」
 ジュダが、上から下までじーっと男を見て、ぽんと軽く手を叩いた。
「『オーマ』で、どうかな」
「『オーマ』?」
「戦の神なんだけど、僕の知る神話に出て来る神の弟なんだ。知恵と勇気を司り、剣を携えた神という姿でね」
「あら、結構いいじゃない? どう?」
「え」
 突如言葉を向けられた男が、二人にじぃっと見つめられながら、今出された名を口の中で吟味する。
「……悪くは、ないな」
 そう、男が呟くのと、
「決まりね。ジュダにしてはいい名前を付けるじゃないの」
「え……そ、そんな事は無いよ。あ、ああ、お茶のお代わりを持って来るね」
 ユンナに褒められて照れたか、ジュダがお盆を手に足早に部屋を去って行き、それほど時間も経たないうちに何かを引っくり返す音がして、ユンナがふうと呆れたように肩を竦めながら、
「全く、相変わらずなんだから」
 何が起こったのか良く分からない『オーマ』に言い聞かせるように言ったのだった。

*****

 オーマが自らの名に慣れた頃には、三人は遥か昔からの知り合いのようになっていた。ひたすら人が良く、時々とんでもないドジをして、それでもユンナの言う事を聞いて幸せそうにしているジュダと、そんなジュダを、そして新たに仲間になったオーマをもこき使いながら女王様然としているユンナ。
 そんな二人を見ながら、ジュダの手伝いをしながら、オーマは時間があれば三人で言葉を交わす事が何よりの楽しみになっていた。
 『具現』と言う力を使いこなす技も、ジュダやユンナから少しずつ教わり、それはオーマ自身のセンスの良さもあったのだろうか、オーマはあっという間にそれらの技術を習得して行った。それは見た目に似合わず底なしに見える力を持つジュダとユンナの二人でも驚く程の速さで、ひとつひとつ覚える度に目を丸くして驚くのを見るのが楽しく、オーマは知らず知らず真剣に技を学ぶ事を覚えるようになっていた。
 いつしか。
 三人の間で誰からとも無く語られるようになったのは、全ての命を繋ぎ、紡ごうとする想い。それは、人であれ異形であれ、自分たちのような特殊な能力を持つ『異端』と呼ばれる者たちであれ、心を持っているのだからいつかはきっと分かり合える筈だと――日に日に激しくなる、異端狩りの噂を持って戻って来るジュダに話を聞きながら、三人は確りとした希望を持ち始めていた。
 今はまだ無理でも。
 いつか、きっと、と。
「そう言えばジュダ」
「うん?」
 ラボから試験的に外に出され、庭に植えられた桜の木が淡い色の花を満開にしているその下で、オーマが最近任されるようになった料理をテーブルクロスの上に並べながらジュダへ顔を向ける。
「この間あの本を読んだんだが。ほら、俺の名前の元になった神話の本だよ」
「うん。あれがどうかした?」
「あの中に出て来るオーマって、戦神の側面を持っているだけで、本来は知恵者なんだってな。どうして俺にそんな名前を付けたんだ?」
 大きなごつい身体と好戦的な顔つきは戦には向いてるだろうが、知恵者なんて柄じゃないぞ、とオーマが首を傾げるのを、ジュダがくすっと笑って言った。
「僕はね。君に、武でもって戦って欲しく無いんだ。君が持つ力の可能性を知るからこそ言うんだけど」
「どう言う事だ?」
「今はまだ分からないかもしれないけど」
 ジュダが、ちょっと考え込んでから顔を上げる。
「この世界が、本当に大変な事になった時に、君の力が、そして、君が見た全てのものが必要になる。その時に、君には考えて貰わなければ、そして……選んでもらわなければならないんだ」
「何かを選ばなきゃならない日が来るって事なのか」
「そう考えてくれて構わないよ。と言ってもまだまだ先の話だけどね」
 オーマの名は、僕にとって希望でもあるんだよ、とジュダがそう言って、食器の中に紛れ込んだ花びらを摘み取りながら見事に咲いた花を見上げる。
「これだって、想いの力がなければ、こんな綺麗に花を咲かせるのは無理だったんだよ」
 繋いだのはユンナだったけどね、と言ってジュダがほんのりと口元に笑みを浮かべた。
「何よ、男二人でこそこそ話しちゃって」
「な、何でもないよユンナ。それよりほら、せっかく花が咲いたんだから外で食べよう。きみだって花が咲くのを楽しみにしてたじゃないか」
「あら、もう出来たのね。オーマって外に出るより家事に徹した方が似合ってるんじゃないの?」
「料理は楽しいから好きだが、家事全般はなぁ。――ジュダに任せた」
「え? ええ? ――って、わ、わあああっ」
 驚いたように身を仰け反らせて、そのまま後ろへひっくり返ってしまうジュダ。
「これさえなけりゃなあ」
「それを言っちゃ可哀想よ」
 生まれ持ったドジ属性なんだから、とからかい混じりの笑顔を向けたユンナが手を差し伸べ、ジュダがそれに掴まった。
 はらはらと、上から降りてくる花びらを見上げながら、いつしか食事の手も止めて柔らかな曲を口ずさむユンナ。
「……」
 それに耳を傾けるジュダと、オーマ。オーマの目からは、この家に来た当初の険はすっかり薄れ、今は穏やかに笑みを浮かべる事が出来るまでになっていた。
「いつか、青い空の下で満開の花を愛でながら美味しいご飯が食べたいわね」
「……ああ」
 そうだね、とジュダが頷き、オーマもおう、と口に出して大きく頷く。
「その時にゃ、今日みたいに三人一緒でよ。俺、これでもかってくらい美味い料理を作ってやらあ」
「もうすっかり僕を抜いてしまったみたいだね」
 最近ではお茶を淹れたりする事を除いては台所に立つ事が無くなったジュダが少し寂しそうに言ったが、その後で気を取り直してにこりと笑い、
「大丈夫。オーマなら、きっとね」
 何か確信でも得たのか、嬉しそうな表情でそう言いきった。

 それが。どれだけの祈りを込めて伝えられた言葉なのか、その当時も――いや、今もオーマとユンナに知る術は無い。
 二人はただ、いつかは、あの大地のどこかに木を植えて花を咲かせ、その下で花見をやろうと言う、そんな小さな約束がまだ果たされていない事を、春が来る度にほんの少し疼く胸の中で思い出すだけだ。
 ――オーマなら、きっとね。
 呟くように言ったジュダの、どこか嬉しそうな声を何度も繰り返し噛み締めながら。


-END-
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2006年01月05日

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