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『『船上からあけましておめでとう』 』
藤野 羽月1989



○オープニング

『ニューイヤーパーティー・2006、ただ今受付中』
 そんなチラシが、旅行ガイドに記載されていた。それを目にした客は、旅行案内の女性に、首を傾げて尋ねてみた。
「このパーティーは、船の上で行われるのかい?」
「はい。港を31日の夕方に出発し、ディナーや余興を楽しんだ後、船上でカウントダウンを行います。そして、カウントダウンのあとに、船の上でご自由に過ごしてもらい、明け方、船の上から、一番に見える初日の出を見る、という流れになります。もちろん、初日の出のあとも、ご自由にして頂いて構いません。船内で、スタッフ達が料理や音楽、ショーや映画等、様々なイベントを行っておりますから」
「成る程な。じゃあ、客は基本的に、船の上で自由にしていていいわけだな。どんな船なんだ?」
 客に言われ、女性は笑顔で、その船の上のパーティーのガイドブックを差し出した。そこにある写真には、豪華客船の姿が雄雄しく映し出されていた。
「楽しいイベントも盛り沢山です。是非、お友達やご家族と、御参加下さいね」



「大好きな海に船で出られるなんて夢みたいです!」
 リラ・サファト(りら・さふぁと)は、これから『ニューイヤーパーティー・2006』が始まる豪華客船を目の前にし、まるで幼い少女のような笑顔を浮かべていた。
 今日は特に寒さが厳しかったので、リラはふかふかのガウンを羽織っている。吹き付ける風は冷たいけれども、羽月の、その手を握っている手はとても暖かい。
 船へ乗れる事が楽しみでもあったが、何よりも一番嬉しいのは、最愛の人とこの場所へ来られた事であったからだと、藤野・羽月(とうの・うづき)は思っていた 。
 羽月は洋装を着こなし、ブラックジーンズにブルーグレーのセーターという格好であった。リラとはすでに結婚をしているから、日常でも一緒にいるのだが、特別な日に普段は来れない様な場所へ来るのは、とても嬉しいものだ。
「リラさん、寒くないか?」
 羽月は、船の桟橋を渡り搭乗口へ向かう間も、ずっとリラの手を放さない。
「ただでさえ、リラさんは手足が冷たいんだからな」
「大丈夫ですよ…。羽月さんが、握っていてくれてますし…!」
 リラは自分の夫である羽月に、嬉しさと楽しさの混じった笑顔を贈った。
「そうか。だけど、今でもこの寒さだ。夜になるともっと冷えるかもしれないな」
「そうですね。でも…、それを考えて上着も厚手のものを持ってきましたし。船の中は暖かいでしょうから…」
 二人は雑談をしながら船へ乗り込み、この船のツアーを申し込んだ時に送られてきたチケットを係りへと手渡した。
「藤野・羽月様と、リラ様ですね。お待ちしておりました。お部屋までご案内致します」
 赤い絨毯の敷かれた廊下を、足音を立てながらスタッフについていく。
「結構賑やかなんですね」
 リラは歩いている間も、興味深々でまわりのものを見回していた。
 船はかなりの大型の船で、母親に手を引かれた幼女、杖をついた老人、友人同士で騒いでいる女子学生に、落ち着いた雰囲気の中年夫婦等がいる。皆、羽月達と同じく、この船で行われる年越しイベントに、参加する者達なのだろう。
「パンフレットには、この船のツアー、2000人ぐらいの参加者がいるらしいな」
「そんなに沢山いるのですね。まるで動くホテルみたいです。ますます、楽しみになってきました…!」
 スタッフに案内されて、二人はツインの部屋へと入った。
 部屋に入ると、まず白いシーツのかかったベッドが目に入った。小さなテーブルのそばには、テレビと冷蔵庫も置かれ、白の壁が何とも上品な雰囲気のある部屋で、壁には古代の羊飼いの風景画が描かれた絵画が飾られていた。二人は部屋に荷物を置くと、早速船内の探検を始めた。
「せっかく、こんな大きな船に乗ったんです。隅々まで見ないと、勿体無いですよね…!」
 リラが羽月をせかすようにして、部屋の外へと出た。
「リラさん余り急がぬように。転んだら大変だから…リラさん!」
 羽月が注意したそばから、リラは絨毯に足を引っ掛け、転んで廊下に転がってしまう。
「落ち着いて行動して。リラさんが怪我でもしたら、大変だから」
 そう言って羽月はリラに、優しく手を伸ばした。
 羽月達が船の中を歩き回っていると、館内放送が流れて、船が港を離れた。
 まわりにいた客達は、思い思いに船を歩き回り、今年最後のパーティーを、楽しんでいるようであった。
「夕食まで、色々な所へ行って見ましょう」
 羽月とリラは、まるで探検隊のように、船内を歩き回り、目に付くものは手当たり次第に見て回った。
 船の中にある温室のプールでは、水着を持ってくれば良かったと思い、ゲームセンターでは、羽月はリラの為にと、クレーンエゲームで可愛い犬のぬいぐるみをとってあげた。カラオケルームはかなりの混雑で、順番待ちだけであと3時間はあかないと聞き、ロビーには人が多く、混雑に紛れて、あやうく二人は離れ離れになってしまいそうになった。
 リラは新しいものを見つけるたびに、羽月へ、あれは何をしているんでしょう?ここは何する部屋かしら?と、聞いてきた。羽月はその度に解説をし、リラはますます船内の探検に、時々はしゃぎすぎて転びそうになりながらも、興奮し続けるのであった。
「あ、街が見えますよ!」
 船の部屋から外へ出て、デッキに上がったリラは、夕日に照らされた小さな港町を見つめていた。何という名前かはわからないが、小さな島のその港町は、夕暮れに染まり、とても美しかった。
「私達がいた港は、すでに見えなくなっているみたいだ」
 羽月にそう言われ、リラは船の後ろの方に顔を向けた。
 すでにその方向には夜が訪れているので、羽月は、暗闇しか見る事が出来なかった。船は、それほど遠くまで進んでいる、ということだろう。



 海をしばらく眺めた後、二人は船の中へと入り、ディナーの会場である大ホールへと向かっていた。その途中、羽月は歩みを止めて、プールバーを見つけたのであった。
「わぁ、ビリヤード台!」
 大人のシックな雰囲気のそのバーには、ビリヤード台が置かれていた。
「羽月さん、ビリヤードやるんですか?」
「いや、そんなにやった事はないが。しかし、せっかくだしな。挑戦してみるか。ゲームは、ポケットにするか」
 羽月とリラはバーに入ると、早速ビリヤード台を借りた。
「がんばって下さい!」
 キュースティックを握り締め、羽月は一息つくと、リラさんに見られては失敗は出来ぬ、と自分に言い聞かせた。そして、神経を集中させて、キュースティックで目の前にある白いボールを静かについた。
 ボールは転がったかと思うと、他のボールへと当たり、軽快な音を立てながら、見事に台にあるボールが全てポケットへと落ちていった。
「羽月さん、凄いです…!」
 リラは羽月のゲームに感動したのだろう、笑顔で祝福してくれるのであった。
 その後、二人は大ホールへと行き、しばらくの間のディナータイムを楽しむ事にした。大ホールはまるで高級ホテルのような作りで、床には色とりどりの花が描かれた上品な絨毯が敷かれ、天井には、まるで欧州の美術館をイメージさせるような、天使や自然風景等の絵画が描かれている。
 百合のような形のライトがついたシャンデリアがホールを照らし、羽月達がホールに到着した時にはすでに、先に来た客らが食事をしている所であった。
「かなり、混雑していますね?」
「空いている席を探そう」
 羽月とリラはようやく空いている席を見つけると、そこに荷物を置き皿を取って、食事が所狭しと並べてある長テーブルへと足を運び、料理を自分のテーブルへと運んだ。
「とても、美味しいですね」
 食事は一流の料理であるが、何よりも大切な人と食べるからこそ一段と美味しいのだ、羽月はリラを見つめて、そう思うのであった。
 食事を終えた二人は、再び船内の探検を始めた。船はかなり大きいから、1日だけではとても全てはまわれそうにもなかった。
 食事はどんな場所で作っているのだろうと、羽月達は食後一番の探検場所に、この船の厨房を選んだ。
「広い!」
 リラが船の厨房を見て、驚きの声を上げていた。さすがに豪華客船だけあり、厨房には100人以上の調理人がおり、厨房の中をあちこち駆け回っている。2000人近くの人間の腹を満たすのだから、そこはまるで巨大な工場のようにも見えた。
 リラが入り口の近くで休息を取っていたコックの一人に話し掛けると、先程食べた料理の内容や作り方を聞いてみた。シチューのような簡単なメニューの作り方も、そのコックは丁寧に教えてくれた。
 だから、リラが会話の途中で羽月の方を振り向いた時、彼女がその料理を作ってくれるのを楽しみにするとしようと、笑顔を返して見せた。
 さらに進んでいくと、今度は、楽団が控えて練習をしている場所を見つけた。彼らはすでにステージ衣装を着ており、間もなく出番であるのが伺える。今度は羽月が、楽団の人々の方へと歩いていき、これからどんな演奏をするのか、楽器は何を使っているのかと、楽しく雑談する事となった。
「リラさん、もうすぐ彼らが、デッキにあるステージで演奏会をやるそうだ。行ってみないか?」
 話を終えた羽月がリラにそう尋ねると、彼女は元気よく頷いて見せた。
「楽しそうですね!私も是非見てみたいです!」
 特設ステージは外に作られているが、寒さは先ほどよりもいっそう厳しくなっていた。羽月とリラは強く手を握り合い、ステージ前の椅子へと腰掛ける。
 ステージの前は、大勢の人で賑わっていた。なぜなら、これからカウントダンに向けて、盛り上がりを見せる時であるからだ。
「もう、11時を過ぎたんだな」
 船の上の方の屋根に、巨大なデジタル時計があり、それが刻の変化を告げていた。あと1時間ほどで、今年も終わるのだ。
 羽月は、演奏会で奏でられる「第九」を聞きながら、そう感じていた。演奏会の旋律は素晴らしく、この海に美しい音色が響き渡っていた。
「わわっ!口から火がっ!お腹の中が火事なんでしょうかっ?」
 演奏会が終わった後も、ステージでは沢山のショーが続いた。火を使った大道芸、動物の可愛らしいパフォーマンス、どこに仕掛けがあるのかまったくわからないマジックショー。リラはそのひとつひとつが、楽しくて仕方がなかった。



 やがて、年の終わりの時が近づいてきた。皆がいっせいに、船の上にある時計に目をやった。時刻は31日・午後11時59分。
 誰かが、カウントダウンを始めた。それに乗せて、皆も一緒に刻を数え始める。
「11時59分30秒」
 まわりが興奮に包まれていく。
「20秒」
 船の乗客の心が、そのカウントの為に1つになる。
「10秒」
 新しい年がどんどん迫ってきた。リラが羽月の手をそっと握った。
「9,8,7,6,5」
 羽月も、リラの手に自分の手を添えた。
「4,3,2,1!」
 その瞬間、羽月は笑顔でリラの顔を見つめ、額にそっとキスをした。
「今年も宜しく」
 そう言って羽月は、リラの体を同時に打ち上げられた花火の中で、そっと抱きしめた。
 演奏者は元気の良い音楽を演奏し始め、まわりの人々は言葉をかけたり、手をとったりして、新しい1年の訪れを喜び合っている。
 二人はステージから離れて、静かな甲板へと移動した。
「街の灯りが遠いから、凄く綺麗に星が見えますね…星の明かりまで海面に映るのを、見るのは初めて」
 海面はまるで宝石を散りばめたようであった。町の中では、このような星空を見る事は出来ないだろう。羽月は何も言わず、黙ったまま海面を、リラと一緒に見つめていた。
「くしゅんっ!ちょっと寒いのが難ですが…一緒にいれば暖かいですね。今年も宜しくお願いします」
 海風は冷たかったが、心は温かい。
「今夜は本当に冷える。もう少ししたら初日の出だ。それまで、船の中にいようか」
 羽月達は、自室でのんびりとしながら、初日の出の時刻を待った。
 時刻が午前6時をまわろうとしている頃、二人は再び甲板へと出て、初日の出を待った。
 やがて、海の向こうがうっすらと白く染まり始め、デッキにいた人々は、海へと身を乗り出した。雲はうっすらとかかっていたが、初日の出の障害となるような厚い雲はない。逆に、太陽の黄色い光が雲を照らして、絵画のように幻想的な風景となっていた。
「わあ、綺麗…!」
 はしゃぎまわったせいだろう、羽月の肩に頭を当てて、うとうとしかかっていたリラは、この美しい風景を見て目を覚まし、ただただ、新しい日の出を眺めているのであった。
「海での日の出、本当に綺麗ですね」
 この風景を一緒に見られて幸せだよ、と、羽月はリラに心の中で呟いていた。
 初日の出後、羽月達は自室で休み、朝食をとった。夕食の時と同じ場所の大ホールには、きちんと重箱に入れられ、おせち料理が並べられている。黒豆、伊達巻、カズノコ、田作り、蒲鉾にくりきんとん、錦卵。どれも正月を感じさせるものばかりであった。
「新年の味だな」
 羽月とリラは、雑煮やおせちを存分に楽しみ、お互いに、この船で新年を迎えられた喜びを、交し合った。
「初めての再びだったが、とても充実していたよ。2人で来れた事に感謝の気持ちを込めて、また来年もここに来よう」
 羽月の言葉に、リラは微笑をして頷いた。2人で笑いながら、新年を迎えられた事が、何よりも羽月にとっては、嬉しい事なのだ。(終)




◆登場人物◇

【1879/リラ・サファト/女性/16/家事?】
【1989/藤野 羽月/男性/17/傀儡師】

◆ライター通信◇

 藤野 羽月様

 はじめまして。あけましておめでとうノベル2006にご参加頂き、ありがとうございました。WRの朝霧です。
 初めてでしたので、プロフィール等を参考にしながら、羽月さんを描かせていただきました。やや寡黙な所もありますが、リラさんへの気持ちがとても強い。今回は羽月さんを、そんなイメージで書いてみました。
 尚、今回のノベルは、この場面は、このセリフに対応しているんだろうな、というのを、お二人のプレイングを照らし合わせて描いております。その為、プレイングにあった行動が、違う時間帯になっているものがあります。(羽月さんの方では、カウントダウン前になっている行動が、リラさんの方ではカウントダウン後として書かれていたり等、ばらつきがあったので、統一させて頂きました。申し訳ありません(汗))
 楽しんでいただければと思います。それでは、ありがとうございました!
PCあけましておめでとうノベル・2006 -
朝霧 青海 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2006年01月05日

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