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『■好いて好かれて■ 』
オーマ・シュヴァルツ1953



 どこぞの異世界では『付喪神』なる言葉があるという。
 あるいは『付喪』を『九十九』とも呼ばわるそれは簡単に言うならば、器物に魂が宿ったそれであるとの事で。


「てぇと、コイツも魂が宿ってもおかしくねぇよなぁ」

 戯けた思考というものは、ある日突然降ってくるものだ。
 オーマ・シュヴァルツもまた、巷の例に洩れず、延々と寝かせた記憶を程良く漬け込んでから後日思い出した。
 そうしてしみじみと眺めるのはヴァレルと呼ばれる具現能力者には必要な装いであるのだが、ソーンでは日常的に着用している為に周囲には「あの病院の先生ったら着たきりでねぇ」と噂されかねない程であるというか、稀にある。
 とはいえ、別にご近所のそんな噂を聞いたオーマが衝撃を受けてイロモノフレンズに暑苦しく慰めて貰った話なぞはどうでもいい。当人にとってはフレンズの愛を思い知った程の熱意溢れる慰めだったと陶酔する記憶だとしても今は重要ではない。この先も多分重要になる事はないのだから――ともあれ話を戻そう。
 さて、その突然降ってきた戯けた思考。
 つまり『ヴァレルも長い付き合いだからそろそろ付喪になるかもしれない』というそれをオーマは素直に信じてみた。
 彼だって随分と苦労もした身である。期待しても現実との差は常に縮む訳ではない事くらいは知っている。だけれども同時に、こちら次第でその差は縮められるという事も知っているし信じてもいる。
 なので今回もそんな気持ちでもってまず『信じて』みた。

 そして思考は発展するのだ。

「まあなぁ、魂っつーか心っつーか、宿るのはいいが好きにどっか行っちまったりしたらそれはそれで大変なんだよなぁ」
 ううむと腕を組んで一人思案するオーマの現在位置は街の中。詳しく言うなら店舗の並ぶ通りのど真ん中。
 いくら彼の人為を知る者の多い聖都エルザードであっても流石にちょっと変な目で見られてばかりなのだが、当人は何処吹く風というか気付いていないかもしれない。
 なんとなれば、彼の脳内は今現在『ヴァレルに魂が宿るならばどうするか』という半分以上が予想以前の議題を提示され、一人脳内会議にてあれこれと意見を出し合っているのだから。絵とするならばおそらくミニオーマが親父愛溢れる意見を互いに出しつつ時に脱線しながらも――彼の脳内から戻ろう。
 つまりオーマは周囲にどんな目で見られようとも疑問も抱かないという訳だ。
 周囲に譲って己の意志を曲げる人物ではないが、今回はそういう意味でもない。
「やっぱずっと世話になってるワケだしなぁ」
 フレンズとはまたちっと違うしどうしたもんかね、と更に考える。
 聖都のお子様でなければ、強面に分類されるオーマが難しい顔で考える姿に遭遇した途端に大絶叫の大号泣間違いなしな気もする彼の思案顔。
 どうしてそんなに渋く考え込んでいるのだろうか。
「だが迂闊なモン見せても礼にゃあならねぇしなぁ」
 どうやら脳内ミニオーマ群による一人複数会議で『何か良い物見せてやろうよ』的な結論が議題は知らねど出たらしい。
 付喪というか、魂が宿っているかも定かではない現在のヴァレルに礼をするだの良い物見せてやるだの考える辺りは微妙にずれている気もしないでもないが、おそらく彼を知る人間であれば「オーマらしい」と笑うのではないだろうか。彼の優しさから出ているものだときっとすぐに知れるから。
「良い物、良い物、なんか綺麗なモンとかかねぇやっぱ」

 だからと言ってあらぬ方向を睨み据えながら道の中央を陣取って唸っていいものでもない。


** *** *


「――てぇワケで!これが日頃の助けに対する礼だ!」

 びし!と着たままのヴァレルに見える訳もないのにポーズを決めてみたオーマ。
 延々と通行の邪魔になりながらも彼が考えた『付喪になるかもしれないヴァレルを早速労おう計画』的なものは、つまり聖都から随分と離れた谷へと訪れる事で一応の結論としたらしい。
 通常であれば日数もかかるだろうに、オーマは有翼の銀獅子に変じて駆けたのである。
 子犬程度の大きさであれ、その銀が陽の光を駆けた後に散らした光景を思えばさぞや美しい事だろう。当人は、知る由も無いが。
 その当人であるオーマは、谷の中央にどっかと腰を下ろして深く息を吸う。
 ウォズの存在が無い事は確かめてある。必要が無ければ封印も避けて共存を、と思うがそう上手くはいかないものだ。だから戦闘の心配が無い事を確かめてから、と。
「いまいち俺一人な感じは避けられねぇが、綺麗だろ」
 座り込んだ地面は何か柔らかなもので溢れていた。
 口元を緩めながらヴァレルの袖をその地面に滑らせてみれば柔らかなものはとろとろと微かな手応えを返す。それは雪のような、花のような。
 見上げる空を遮るように枝が張り出し、それらに同じ柔らかなものが溢れているところを見れば花だろうか。かつて在った場所では見かけなかった。
 しんとした空気の中でしばらくオーマは空の何処かを穏やかに眺めていたが、思い立った様子で上半身をヴァレルから脱いだ。鍛えられた、むしろ一般の方々からすれば尋常でない胸筋が顕わになる。その中央より左、まさしく心臓の位置に鮮やかに刻まれたタトゥ――ヴァレス。
「そうか……お前もだなぁ」
 ヴァレルを周囲の積もった場所に広げて「とくと味わえ!」とびしりと指を突きつけて、その半分は己の身体を今も包んでいるというのに別物のように言ったオーマ。
「俺の一部じゃああるが、世話になってるな」
 突きつけた指を緩めて手を戻し、その掌でぽんと胸を叩いて労う。
 ヴァレスを刻むという事は、簡単に言えば力の通り道だという事だ。直下に位置する心臓の負担は如何ばかりか。今でこそ制御にも長け負担もかつてのように凄まじくはないが、改めて過去を振り返れば「頑張ってくれてるな俺の心臓」というところだ。
 ぽんぽんとまた叩いてから見上げる空は柔らかい。花なのか雪なのか雲なのか、空自体が柔らかいのか。
 いつ、どういった経緯で見つけた場所なのかは覚えていないけれど。
「こういう場所で骨休めってのも悪くねぇやな」
 付喪とやらになるのか、ならないのか、そもそも意識を持つ兆候が見えているのかも解らないヴァレルを労い、特に強くかかる負荷に耐えてきた自らの心臓を労う。
 そして自分の気持ちからも力を抜いて。
「土産に一枝貰っていきたいところだが、見事過ぎてなぁ」
 目を細めて張り出した枝を見上げるオーマ。
 彼はきっと付喪がどうのという事は実際には重要視しないのだろう。
 人にも物にも、オーマという男は好意を向けて慈しむ。そんな風に優しい筈だ。
「――お」
 だから目の前に、不自然に落ちてきた見事な一枝があってもおかしくはない。
 彼は世界を好きで、世界も好いてくれる彼を好きだろうから。

 つまりオーマ・シュヴァルツという男は、誰にでも好かれる人物であるのだ。



 ただし、筋骨隆々巨躯の強面という第一印象と、ある種独特の言い回しと、それらを乗り越えればの話。
 初対面でちょっと損するタイプなオーマ・シュヴァルツ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
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聖獣界ソーン
2005年12月29日

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