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『新年明けまして、のおはなし。 』
藤井・蘭2163)&稲荷ノ・椿(NPC1490)


「おおそうじー、大掃除、なのー♪」
 師走も末のある日、藤井家の居候、藤井・蘭(ふじい・らん)の声が、押入れの中から聞こえてきていた。
 大掃除のお手伝い。ごそごそと物音を立てては、蘭は押入れの中身を外に運び出している。今年は押し入れも徹底的に整理しよう、ということで、蘭は「全部出す」係なのだ。
 押入れには、地層のようにその家族の歴史が詰まっている。もう使っていないクッションや、古い絵本の束。部屋の中には、色々なものが並んでいた。
「ちょっと重いの……。うんしょ、なの!」
 最後の大物は、使わなくなって久しい旧式の石油ストーブだ。それを、微力ながら手伝ってくれる新緑クマさんと一緒に、ずりずりと引っ張り出して、蘭は額の汗を拭った。
「ふう、なのー。もう、からっぽ?」
 薄暗い押入れの中を覗き込み、蘭は目を瞬いた。
 一番奥の隅っこに、蘭の腕で一抱えほどの箱が、ぽつんと残っている。


              +++


 墨を含んだ筆が、真っ白い半紙の上を滑った。
「よっしゃ、できた」
 最後の一画を勢い良く跳ねると、八束稲荷の神体、椿(つばき)は半紙の上端を摘んで掲げる。
 書き上げられた文字は「真剣に遊ぶ」。ひとしきり自分の字を眺めた後、椿は筆と半紙を放り出して、ごろりと床に転がった。
「っちゅうか……できてしもうた……。ああ……暇や……」
 ここは、製薬会社の自社ビルの屋上に建てられた社である。
 そして現在、お正月。出社している社員がいる筈も無く、外部から初詣客が来るほど有名な神社でもなく。
 必然的に、椿は一人、暇を持て余すことになっていた。
「全日本稲荷神協定で正月中は社でお勤めせえー、てお達しやから、出かけられへんしー……」
 退屈の大嫌いな稲荷は、床の上をごろごろと転がる。退屈しのぎに始めた書初めは、墨を手で摺るところからやったというのに早々に終ってしまったし、お神酒も飲み尽くしてしまったし、誰も来る気配がないし。
「つまらん正月やわぁ……」
 椿が呟いたとき、しゃらん、と社の鈴が鳴った。弾かれたように椿が跳ね起きると、格子の向こうに小柄な人影。
 中をのぞきこんでくる、陽光を浴びてきらきら光る緑色の瞳に、もちろん椿は覚えがある。
「あけましておめでとうございます、なのー! 遊びに来たのー!」
 元気の良い、男の子の声がした。
「蘭の坊(ぼん)〜、よう来てくれたなあ〜!!!!」
 飛びつく勢いで椿が社の戸を開くと、そこには蘭が、一丁前の晴れ着姿で立っていた。鳩羽色の袴に、浅葱色と鳥の子色の市松模様の羽織で、淡い色合いが蘭の雰囲気によく似合っている。
「お。男前にしてもろとるやないか、坊」
「お家のひとに着せてもらったのー!」
 褒められて、蘭は嬉しそうに飛び跳ねた。マフラーの裾が一緒に跳ねる。何枚も着込む和服はそれだけでもかなり温かいのだが、屋上に行くということで、ふかふかのマフラーや耳当て、毛糸の帽子も、羽織袴の色にあわせた淡いクリーム色のものを着けてもらっていた。
「そうかー。坊は可愛がってもろうとるんやなあ」
 手編みらしい毛糸の帽子の上から蘭の頭を撫でて、椿は目を細くしている。
「これどうぞ、なの!」
 蘭は懐に手を入れると、一枚の葉書を出した。
「これは……」
「お年賀なの」
 椿は葉書の裏面を見た。クレヨンで、鏡餅の絵が描いてあり、その横に「あけましておめでとう」の文字が書いてある。もちろん、蘭の手書きだろう。
「ほんとは郵便やさんで出したかったんだけど、ここの住所、なんて書いたらいいのかわからなかったの〜」
「そうかあ。わざわざありがとなあ、坊〜」
 先ほどまで寂しさ絶好調だったこともあり、椿は半泣きだ。
「お礼、言うのもおかしいけど、お屠蘇の代わりにジュースでも飲んで行き」
 初詣記念品の素焼きの杯を出すと、椿はそこに濁り酒ならぬ乳酸飲料を注いで、蘭に差し出した。
「わーいなのー!」
「その杯は持って帰るとええよ。今年一年、つつがないように、ちゅうお祈りの杯やからね」
「ツツガ?」
「坊と家族の皆が、病気とかせんと幸せな一年送れますように、ていうことやな」
「うん! お祈りするのー」
 手に下げていた細長い巾着袋を床に置くと、蘭は椿から杯を受け取った。
「ん? これ、何や?」
 巾着袋の口からは、なにやら木製の柄が飛び出ている。
 その厚さ、形状。
 見覚えがある気がして、椿が首をかしげていると、ジュースを飲み終えた蘭がその袋を開いた。
「お家のお掃除してたらあったの。きれーなのー」
 出てきたのは、古いが色鮮やかな――少女漫画調のお姫様の絵が描かれた、女の子向けと思しき羽子板と、ピンクの羽だった。押入れの奥底に眠っていた、オモチャ箱の中から見つけたのだ。
 椿の目が輝いた。
「羽子板かあ! 羽根突きか、ええなあ、正月の遊びやなあ!」
「一緒に遊ぼうと思って持ってきたのー!」
 蘭の言葉に、椿の目がますます輝く。
「そうか。遊ぶか!」
「遊ぶのー!!」
 というわけで話は決まり、二人は社を飛び出した。


              +++


「ええか、坊。前も言うたけど、遊びっちゅうもんは真剣にやらなあかん!」
 屋上で、手に手に羽子板を持った椿と蘭は、数メートルの距離を開けて向かい合っていた。
 幸いにも空は晴れ、風は弱く、羽子板日和である。
「真剣なの〜!」
 羽織を脱ぎ、和服の袖が邪魔にならないように襷(たすき)を結んでもらって、蘭は羽子板を掲げ上機嫌で飛び跳ねている。
「打つの〜!」
 カン!
 蘭の声と共に、羽子板がムクロジの実を打つ軽やかな音が響いた。
 放物線を描いて飛んだ羽を、椿が待ち構えて打ち返す。
「やるな、坊! おりゃあっ」
 カン!
 珍妙な掛け声と共に、羽はまっすぐに蘭へと返される。
 屋上の隅っこには、書初めで残った硯がちょこんと置いてあった。墨には小筆が漬かっている。何に使うかといえば、もちろん、ミスをしたら顔に墨、のルールを実行する為である。


              +++

 小1時間ほど後、お互い墨が入りまくった顔を見て、椿と蘭は笑っていた。
「おひげ描くなんてひどいのー!」
 ひとしきり相手の顔で笑った後、社の中の神鏡で自分の顔を見て、蘭はまた笑った。ほっぺに、猫のようなひげが左右に三本ずつ。折角の晴れ着が台無しだ。
「坊かて、人の顔パンダみたよにしよってからにー!!」
 隣から自分も鏡を覗き込んで、椿もまた目の周りにお約束の丸印を入れられたり、鼻の頭を黒く塗られていたりする自分の顔に大笑いしている。
 真剣勝負は、どちらも同じくらいのミス、という決着がついたようである。
「ほな、お家の人びっくりさせへんように、ちゃんと顔きれいにしてから帰ろか」
 どうやったものか(これも一応稲荷神ゆえの技なのか)、椿は温かいお絞りを用意して、蘭の顔を拭き始めた。
「くすぐったいのー!」
 ほっぺたの墨を拭われながら、蘭はくすくす笑っている。
 蘭の顔を元通りにしてやると、椿は羽織とマフラーや帽子も元のように着せてやろうとした。
「うーん。暑いから、いいの」
 と、運動して温まっているものだから蘭が言ったが、椿は頭を振った。
「すぐに冷えるんやから、ちゃんと着とかんと。折角羽突きで病気のお払いしたのに、帰りに風邪ひいたらアカンやろ?」
 言われて、蘭はきょとんとする。
「羽子板も、お屠蘇と一緒でお祈りなの?」
「そやで。お家の人にも聞いてみ。お正月の遊びは、みぃんな、この一年もつつが無う、てお祈りの意味があるんやで」
 古いおもちゃ箱の中には、羽子板の他にも独楽や凧も入っていた。それを思い出して、蘭は顔を輝かせた。
「うん! 帰ったら聞いてみるの。それで、いっぱい遊んでお祈りするのー!」
 マフラーと帽子を元通りつけてもらうと、蘭はぴょこんとお辞儀をして、社を出た。
「お祈りやからな。皆で、真剣に遊ぶんやでー!」
 背中を追ってくる椿の声に、
「はーい、なの!」
 蘭は振り返って、元気良く返事をした。


 日差しはうららか。今日もまだ一日は残っているし、お正月休み中の天気予報は連日晴れ。
 蘭のお正月は、まだまだ大忙しの予定になりそうだった。







<ライターより>
ご発注ありがとうございました!
今回も、楽しんで書かせて頂き……しかも、うちの異界NPCをご指定くださり、とても嬉しかったです。
お正月ネタなので、何かそれらしくて可愛らしい格好を、と考えて、このような描写をさせていただいております。和装にマフラーって、ちょっと大正ロマン的で可愛いかな、とか思ってみたり……。
では、今年も本当に残り僅かになりました。
雪がすごかったり寒かったりしますが、お体にお気をつけて、良いお年を!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月28日

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