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『お正月のプレゼント 』
阿佐人・悠輔5973

 お正月と言えば初詣。
「寒いな、今日は……」
 いつも通りの赤いバンダナを額に巻き、今日はマフラーも巻いて、阿佐人悠輔 (あざと・ゆうすけ)は近くの神社へとお参りにやってきた。
 まだ朝も早く、白くけぶるような景色の中を小走りに走っていく。
 こんな時間でも、神社は人でいっぱいだった。
 悠輔は何となく人気を避けて、神社のまわりにたくさん植えてある木々を通って近道をしようとした。
 と――
「こんにちは」
 ――目の前に、小さな少女が現れた。
 としのころは五、六歳ほど。和服に、おかっぱ。
 見るからに『座敷童子』的な少女――
「おまいりにきてくれて、ありがとう」
 少女ははかなそうな顔で、微笑んだ。
「お前……誰だ?」
 悠輔の問いに、ふんわりと微笑むだけで答え、後ろ手で隠していたものを前に出す。
「おれいに……これ、あげる」
 差し出されたのは――数枚のおふだ。
(何かご利益でもあるのか?)
 受け取りながらそう思っていると、少女はか細い声で優しく言った。
「そのおふだをね……てにとってねんじると……ほしいものにへんしんするの……」
 お年玉の代わりにね、と少女はにっこり笑った。
「そのおふだで……すきなもの、あげるね」

     ********

「好きなもの、好きなもの……ね」
 悠輔は悩んだ。
 お札は三枚もある。少女の言うことを信じれば、好きなものが三つ手に入るということになる。
 しかし……
「思いつかないな……」
 ――魔物が徘徊していた地獄のような世界からこの東京へ来て、人の優しさに触れた。
 人の優しさに触れることで充分満足を得ていた悠輔には、物欲があまりなかった。
(しかし……このままいらないというのも、この子に悪い気がするな)
 少女はにこにことどこかはかない笑顔を浮かべたまま、悠輔を見上げている。
(「じっくり考えて、後で好きなものに変える」とでもかわすか? いや――)
 そうだ。
 欲しいもの――ひとつだけ思いついた。
 悠輔は地面に片膝をつき、しゃがみこんだ。
 きょとんとする少女と、視線の高さを同じにして。
 悠輔はほんの少しだけ微笑んだ。
「何か欲しいものはないか?」
「……え……?」
「今、俺が欲しいものは、お前が喜ぶ顔だ。お前が喜ぶ顔を見たい」
「………」
 少女が両袖で顔を半分隠した。
 隠れた部分が赤くなっていることは、悠輔にも分かる。
 そして、隠されなかった目元が嬉しそうに微笑んでいることも。
「あなた……とってもいいひと……」
「いい人とは違うさ」
 悠輔は苦笑する。「お前が先に、いいことをしようとしたんだ……当然のお返しだろう」
「いいこと……?」
「俺に、プレゼントをくれようとしたんだろう?」
「……でも……それはわたしのおしごと……」
 少女の瞳が、悲しそうに揺らぐ。自分のしたことは「お仕事」であり、「いいこと」ではないのだ、と彼女は思って悲しんでいる。
「『おしごと』でも、いいことには違いない」
 悠輔はじっと少女の目を見つめた。
「俺が感じたことが間違いでなければ」
「……かんじた、こと……?」
「お前も、俺を喜ばそうとしてた。俺はそう感じた。違うか?」
「―――」
「お前の欲しいものは?」
 少女は少しの間、黙ったままだった。
 考えている。そう思って、悠輔も黙ったまま待った。
 ――それにしても不思議な少女だ。この世界に怪奇現象など当たり前にあるとは言え、こんなにやさしげではかない印象の存在を、悠輔は初めて見た。
(正体は……何だろうな)
 知りたいとも思ったが、それも無粋な気がした。
「……あのね……」
 やがて少女が、ぽそりと、恥ずかしそうに、言葉を紡いだ。
「……わたしもね……あなたの、よろこぶかお、みたいな……」
「―――」
「だから、おふだ、わたしたの……」
 どうしよっか……
 少女は困ったように、小さい笑みを浮かべた。
 悠輔は――笑った。
「ははっ。お互いにお互いの喜ぶ顔を見たがってたんじゃ、堂々巡りだな」
「うん……。こまった、ね……」
「困ることはないさ」
 悠輔は手を伸ばす。そっと、少女に向かって。
 その柔らかそうな黒髪を、壊れものにでも触るかのような手つきで触れようとして――
 しかし手は、少女の体をすりぬけた。
「ああ、お前触れないんだな……」
 悠輔は残念に思い、ふと手元の札に視線を落とす。
(できるか?)
 分からなかったが、強く念じてみる。
 すると――
「きゃっ」
 ぽんっと少女が跳ねて、その拍子に悠輔の腕の中へどさりと倒れこんできた。
 お札が一枚消滅した。
 代わりに腕の中に、「触れることのできる」少女が現れた。
「よし。これで撫でてやれる」
 綺麗な黒髪を優しく撫で、その小さな手を取る。
 悠輔は人間のぬくもりをよく知っている。だからこその行動だった。時折思うのだ――一度死んだ幽霊も、人のぬくもりが恋しくてこの世に戻ってくるのではないかと。
「……あったかい……」
 悠輔の腕の中で、少女はくすくすと笑った。
「はじめて……」
「見つけた」
 悠輔は言った。
「お前が喜ぶ顔、見つけた」
 少女は顔をあげた。そして悠輔を見て言った。
「みつけた。あなたがよろこぶかお、みつけた」
 二人は笑い合った。
 悠輔は少女を抱き上げ、立ち上がった。
「兄妹ってことにして、二人でおまいりでもするか」
 少女は少し表情をくもらせた。
「ううん……わたし、もうすぐきえちゃう……」
「―――」
 悠輔はもう一枚の札に念じる。
「あと一時間、お前がこの世にいますように」
 ――お札が消滅した。それはきっと、願いが叶ったということなのだろう。
「本当はずっといますようにとでも言いたかったが……それはきっと、お前にとっても困るんだろう」
 少女が、抱き上げられた腕の中で、嬉しそうに頬を染めた。


 悠輔が少女をおんぶして、二人は神社の中を一周した。
 二人で並んでお参りもした。
(……「お参りにきてくれてありがとう」ってことは……こいつは参られるほうなんだろうが……)
 それでも少女も、丁寧にお参りをしている。
 悠輔の顔に笑みが浮かんだ。
 細かいことはもう、どうでもいい。
 二人で、おみくじを引いた。
 少女のほうに大吉が出て、「良かったな」と悠輔は少女の頭を撫でてやった。少女はくすぐったそうに笑った。
 二人で屋台店に出ているものを食べて、二人で絵馬に願いごとを書いた。
 少女の願い事は、
『たくさんのひとのえがおをみられますように』
 だった。
 この後も、少女は何人もの人間に、お札を配って回るのだろうか。生まれたり、消えたりしながら……
 悠輔は絵馬に願いごとを書きこんだ。
『この子の願いが叶いますように』
 その絵馬は決して少女に見られることのないよう、隠すように飾った。
 お守りを買い、鐘つきをし、二人であらゆることをし……
 一時間の時が過ぎていく。


「もう……おわかれ……」
 少女はさみしそうにそう言った。
「おわかれに……なっちゃうね……」
 うつむいた顔。さらさらの黒髪が、少女の表情を隠してしまう。
 悠輔は急に罪悪感にかられた。長くこの世にい続けさせることで、この世に未練を残させてしまったかもしれない。
 それは苦しいことだ。消えなくてはならないものが、消えることを嫌だと思ってしまうことは。
「でも……あなたのよろこぶかお……たくさんみられた……」
 少女は顔をあげ、嬉しそうに微笑んだ。
「それだけでいい……。わたし、だいじょうぶ……」
「―――」
 悠輔はポケットから、お札の最後の一枚を取り出す。
 使わないだろうと、思っていたのだけれど。
「――来年も、お前に会えますように」
 念じると、お札は応えるようにきらめいて……そして消滅した。
 少女がにっこりと笑った。
「ありがとう……これで、らいねんもあえるんだね」
「ああ」
 それにしても、今年が始まったばかりだというのにもう来年の話か――
 そう言って悠輔が笑うと、
「ことし……あなたにね……きっといいこといっぱいあるよ……」
 少女はそう言って、微笑んだ。


 少女の輪郭がきらきらと輝き出す。
 さようなら、とはお互いに言わなかった。
 ただ、悠輔が最後に言った言葉はひとつだけ――
「またな」
 少女は手を振った。輪郭がぼやけてぼやけて、そしてやがて消えていく。

『またね……』

 聞こえた気がした小さな声。
 寒い朝の空気に、それは鈴の音のように綺麗に響いて、悠輔の耳の奥に優しい何かを残していった。


  ―Fin―


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┗━ ★PCあけましておめでとうノベル2006★ ━┛

【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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阿佐人悠輔様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はあけおめノベルにご参加くださり、ありがとうございましたv
少し悠輔君のクールさがなくなってしまったかな……と不安なのですが;少しでも喜んでいただけたら嬉しいです。
本当にありがとうございました。
またお会いできる日を願って……
PCあけましておめでとうノベル・2006 -
笠城夢斗 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月27日

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