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『 −A PIECE OF MEMORIES− 』
ヒール・アンドン(w3a705)&古(w3f463)



 12月20日。
 それはヒールと古にとっては特別な日だった。
 結婚記念日―――2人揃って新たな人生を歩み始めた門出の日。
 いつもはなかなか2人きりになる機会がないのだが、この日ばかりは夫婦の時間を大切にしようということで、2人は温泉旅行に出かけていた。1泊2日の短い旅行とは言え、夫婦水入らずで過ごす時間は貴重だ。
 旅館へと向かうバスの窓から外を覗いてみると、辺りは一面の雪景色。けれども今日の天気は晴れだし、予報では今後もしばらく吹雪く予定はなさそうだ。温泉旅館にはスキー場も併設されているので、ウィンタースポーツを楽しむには絶好の日和。天からのささやかなプレゼントかもしれない。
「……こうして2人っきりになるのは久しぶりですね〜……。晴れてくれて、本当に良かったです」
 こう妻に語りかけるヒールの顔に、いつも着けているはずの仮面はない。それどころか、荷物の中にも仮面はひとつも入っていなかった。人前で素顔を晒すことを苦手とし、常に何かしらの仮面をかぶっているヒールにしては、とても珍しいことだ。
 せっかくの2人きりの旅行なのだから、せめてその間は素顔のままで過ごしたい……そう思ったからこその決断だった。そんな夫を優しく微笑んで見つめ、古は嬉しそうに答える。
「ほんと、せっかくですから甘え貯めすることにいたします〜」
 こう言って肩にもたれかかってきた古を、ヒールもまた優しい眼差しで見つめる。
「……思い出に残る旅行にしましょうね」
「はい。でもヒールさんと2人で過ごすことができるなら、それだけで私にとっては大切な思い出になりますよ?」
「そ、そうですね……っ」
 季節は冬。けれども2人の間には、寒さなど跳ね除けてしまいそうなほどの暖かく甘い空気が流れていた。



 旅館でチェックインを済ませ、荷物を預けると、2人は早速スキー場へと足を運んだ。
 ヒールはスキー、古はスノーボードで滑ることにして、それぞれ身支度を整える。
「……ええと、古さんはスノボの経験は……?」
「スキーはそこそこ滑れますが、これは前に一度だけですから……どれだけ覚えてますかね〜」
「でも……スキーなんかは、一度できるようになれば体が覚えているそうですから……。スノボも、しばらく滑ればきっと思い出しますよ〜」
「ですね♪」
 こうして、ゲレンデに繰り出す2人。
 古はまだ感覚が思い出せず、多少不慣れな感じでフラフラしているので、まずは初級者用コースで体を慣らすことにする。それなりにスキーが得意なヒールも、古に付き合ってゆっくり滑ることにした。
「きゃっ!」
「わわ……っ?!」
 思わずバランスを崩して倒れ込む古と、突然しがみついてきた彼女を支え切れず自分も一緒によろけてしまうヒール。2人でぼふっと雪の中に埋もれてしまう。
「うう……ごめんなさい、支え切れなくて……。私、かっこ悪いですね……」
 情けなさそうに俯くヒールだが、古はヒールの帽子についた雪をそっと払い落としながら微笑む。
「そんなことないですよ? ヒールさんのかっこいいところも、私、ちゃんと知っていますから。それに、こういうのも楽しくありません?」
「……そうですね。たまにはこういうのも、悪くないです」
 照れ笑いを浮かべながら、ヒールは古に手を貸して助け起こしてやる。
 そしてその後も、古は転びそうになる度にヒールの腕や背中にしがみついた。最初こそ一緒になって転んでしまっていたヒールだが、ちゃんと古を支えてやれるよう、彼なりに必死の様子。よろけた古をしっかり受け止め、照れながらも微笑む。
「……ほら、今度は支えられましたよ〜」
「はい……頼もしいですわ、ヒールさん♪」
 そんなこんなで練習するうち、古も次第に感覚を掴んで、すっかり上級者並みの滑りを見せるようになる。そこで、コースを移して本格的に滑ることにしたのだが、リフト乗り場に向かおうとする2人に見知らぬ男性が声を掛けてきた。
「ねえ、2人だけで来たの?」
 見るからに軽そうな感じの青年2人組。ナンパしようとしていることは明らかだが、どうやら、ヒールが男性であることにはまったくこれっぽっちも気付いていないようだ。
「ふ、2人だけですけど……」
「へ〜、そうなんだ。俺たちも2人なんだよね〜。良かったら一緒に滑ろうよ」
「俺たち、ここのスキー場は詳しいからさ」
「……はわわわ……」
 突然の事態に、冷や汗を浮かべて慌てるヒール。
 しかし古は夫が必ず守ってくれると信じているので、相変わらず笑顔のままヒールに寄り添っている。そんな古の様子に気付き、ヒールは意を決して言った。
「……あ、あの……私達は結婚していますからっ……! す、すいませんっ……!!」
「へ?」
 耳まで真っ赤になりつつも、ヒールは古の手を引いて、急いでその場から離れた。
 男性2人は残念そうにその後ろ姿を見送る。恐らく、2人とも夫がいるから駄目という意味に取ったのだろう。よもや、ヒールが夫で古が妻なのだとは思いもしなかったに違いない。
 毅然とした対応……と言うには少々あたふたしていたけれど、それでもしっかりと守ってくれた夫を、古は誇らしげに見つめていた。手袋越しのはずなのに、何故か繋いだ手のぬくもりが伝わってくるように思えるのは、気のせいだろうか?
「ふふ……やっぱりヒールさんは男らしくてかっこよくて、でも可愛くて、素敵な旦那様ですよ」
「?? 今……何か言いました?」
「ヒールさんのことが大好きですと言ったんです♪」
「!!」
 またもや照れて真っ赤になってしまうヒール。
 古はそんなふうに照れている夫の姿を見るのが大好きなので、にこにこととても嬉しそうな笑顔でずっとヒールを見つめていた。



 スポーツで思い切り体を動かした2人は、軽く温泉に入って疲れを落としてから夕食にありついた。
 この季節の定番はやはり鍋。あつあつのカニ鍋を仲良くつつき、地元の新鮮な素材をふんだんに使った料理に舌鼓を打つ。全体的に豪勢と言うよりは素朴な雰囲気だが、それがかえって好ましい。
「旅館のお料理って、量が多すぎて残してしまうこともありますけど……今夜のはちょうど良かったですね〜」
「ええ、どのお料理も美味しかったですし。ヒールさんが良いお宿を選んでくれて良かったです」
 事前に色々調べて、あれこれ比較して吟味した上で最終的にここに決めたのだが、どうやらその選択は正解だったようだ。そういった下調べもまた、旅行の醍醐味のひとつである。その下調べの中で、ひとつとっておきの情報を見つけておいたのだが……
「……ええと……」
 その情報について話そうとして、ヒールは少し口ごもった。
 そのまましばらく恥ずかしそうに俯いていたが、やがて思い切って続きを口にする。
「……ここの旅館は2人で貸し切れる混浴の温泉があるらしいですよ〜……」
「あら〜、じゃあそれは外せませんねぇ? こんな機会めったにありませんし、ゆっくり、まったりいたしましょう♪」
 古にぴったりと寄り添われて、ヒールはますます照れて真っ赤になりつつも、こくこくと頷く。
「……あ……はいー……一緒にゆっくり入りましょう〜」
 そしてヒールは古の肩をそっと抱き、2人並んで浴場へと向かうのだった。



 混浴風呂は露天で、春夏秋冬の美しい風景を一望できる造りになっている。
 はらはらと粉雪の舞う中、2人は雪化粧に覆われた白銀の景色を眺めながら湯に浸かった。
「きれい……幻想の世界みたい」
 うっとりと呟き、ヒールの肩に軽くもたれかかる古。
 透き通るような白い肌と銀の髪を持つ古は、まるで雪の妖精のようだ。
 都会の喧騒から離れ、車の走る音も聞こえない。時折ちゃぷりと水面がたゆたう音と、風が木々を揺する微かなざわめき、そして2人の話し声……今ここにある音はそれだけ。本当に、異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚さえ覚える。
「……それにしても静かですね〜……こんなに静かだと、なんだか……世界にいるのが私たち2人だけみたいな、そんな気分になってしまいます」
「ふふ、そうですね。今だけは2人きりの世界……」
 2人はそのまま寄り添い、しばらく黙って風の音に耳を済ませていた。
 けれどもふと思い出したように、ヒールが呟く。
「……なんだかあっという間に1日が過ぎてしまって……明日にはもう、帰らなければならないんですね〜……」
 本当に一瞬のように過ぎ去ってしまった1日だった。
 とても充実して楽しかっただけに、この時間が終わってしまうのが名残惜しい。
「また2人で旅行しましょうね」
「はい、もちろん……旅行だけじゃなく、2人でたくさんたくさん思い出を作りましょう」
 振り向けば、そこにはいつも思い出という名の過去がある。
 これからずっと歩んでゆくその軌跡が、2人の思い出で溢れたなら、それはとても幸せなことだ。
 今日の日の出来事も、きっとそんな思い出の中のひとかけらになることだろう。
 いつか立ち止まり振り返った時に、そのかけらが鮮やかに輝くように……ヒールは今こうして2人で過ごす喜びを噛み締めながら、古の肩を優しく抱き寄せた。



















fin.
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
初瀬川梟 クリエイターズルームへ
神魔創世記 アクスディアEXceed
2005年12月27日

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