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『【 淡く滲む世界の中で 】 』
桐生・暁4782)&梶原冬弥(NPC2112)




 雑多な町並み。
 聞こえてくるのは誰かの声。
 ふっと息を吐けば白。
 儚げに揺れて溶け消える。
 寒いと思うのは、ほんの刹那。
 見上げたそこで、空は凛とした威厳をたたえていた。



 約束の時間はまだまだ先。
 普通の感覚ならば、こんな寒空の下で1時間も2時間も待とうなんて思わない。
 それでも―――暁はボウっと一人で佇んでいた。
 今日会う人に早く会いたいからとか、待っていて驚かそうとか、そんな考えがあったわけではない。
 ギリギリまで家にいて、待ち合わせの時間少し過ぎくらいにここに到着して、笑顔で「ゴメンゴメン、寒かったからさ〜」なんて、冗談っぽく言えば良い事で・・・。
 何でこんなに早く出て来ちゃったんだろう。
 心底そう思う。
 自分の行動が自分で解らなくなるなんて、俺ももう歳か〜?なんて、朧気に思ったりして・・・。
 何処を見るでもなく、しいて言うなれば町全体を見渡すようにして、暁は佇んでいた。
 顔立ちが元から良い分、人目を惹く。
 けれどそれはあくまで、何かの拍子に暁の方を見て、その顔の良さを確認してからだ。
 そして直ぐに目を背ける。
 何も見ていない、何も感じていない、何も考えていない―――まったくの無の表情で、雰囲気で、佇む暁は異様なもののようにさえ思える。
 空気と言うよりは存在感があり、人と言うよりは存在感がない。
 無と有の丁度真ん中辺りで暁はウロウロとしていた。
 そう・・・人形と言っても良いのかも知れない。
 固体としては存在し得るのに、ココロ―――即ち“存在”としては無に等しい。
 確かにそこに“居る”のに、決してそこに“イル”わけではない。
 心はどこか遠く。それこそ、暁すらも知りえない場所に“アル”のに・・・どうしてだか、鼓動と呼吸はしっかりと働いていた。
 意識をしているわけではないのだけれども・・・。


 「あれ?暁じゃん?」
 背後からそんな声が聞こえて、暁は振り返った。
 聞き覚えのある声―――ヘラリと、暁特有の調子の良い笑顔を浮かべる。
 「お前らどしたん?」
 見慣れた顔を前に、明るい口調でそう言う。
 「あー、これから合コン行くんだけど・・・暁も来いよ。」
 暁と同い年の、茶色い髪の少年はそう言うと、ニカっと笑った。
 「そーだよ!暁が居ないと・・・」
 その隣では、耳に重たそうなピアスをつけた少年が、そう言って暁の首に手を回した。
 「合コンねー。どーせ俺“馬鹿な事やってー”の役っしょ?」
 悪戯っぽい笑顔でそう言った暁から、全員が視線を外す。
 ・・・どうやらその通りのようだった。
 「なんで視線外すんだよっ!ま、どっちにしろ今日は無理。また今度っつーコトで。」
 「えー!暁来ないとふべ・・・っとっとっと・・・寂しいじゃん〜!」
 全然間に合っていないが、少年がそう言い直すと目元に手を当てた。
 嘘泣きと言うわけだ・・・。
 「たまには盛り上げる苦労を味わいナサイ。」
 「暁が居ないと盛り上がんないんだも〜ん!」
 「そーそ、お前、何気女の子ウケ良いからさ〜!お前がやってもOKな事でも、俺らがやるとNGなわけよ〜!酷くねー!?現代社会!見かけ重視かよ〜!」
 「なんだそれ・・・」
 暁は思わず、ふっと笑った。
 「あ、テメ・・・笑いやがって・・・!」
 一人が暁の首を絞めにかかる。
 「うわ・・・ギブギブっ・・・!モー!ヤメロってばー!」
 バンバンと腕を叩きながら、暁は笑っていた。
 楽しげなその様子は、先ほどの暁を見ていた者が見たならば、酷く混乱するだろう。
 それほどに表情が違っていた。
 「暁は俺らと遊びたくないんだーっ。」
 うわーんと、明らかに嘘っぽい声を上げて一人が泣き崩れる。
 それを見ていた仲間内からは、非難の視線が浴びせられる。
 「違くって、おまえらと遊びたくナイんじゃなくて、待ち合わせしてんの。」
 「・・・待ち合わせ〜?」
 嘘だーと、思い切り視線が言っている。
 ―――なんか、信用ないなー俺。
 「嘘じゃないって。酷いわっ!俺いい子なのにっ!今時こんないい子居なくね?」
 「自分で言ってちゃお仕舞いだよね〜。」
 「は〜い、終了〜!」
 「うわっ・・・ちょっ・・・勝手に終了にするなよ!」
 「はい、閉店でーす。」
 「終点でーす。」
 「超酷っ!」
 次々に言葉の攻撃を受け、暁はその場に倒れこんだ。
 メソメソと泣き真似をするものの―――残念ながら助けてくれるものなど一人もおらず、それどころか心なしか段々みんなが離れて行ってしまっているような・・・・・。
 「うーわ、やーねあの子一人で。」
 「なになに?一人演技??」
 「ちょっ・・・!なんでみんなそんな離れてんの!?俺一人で変な人みたいじゃん!」
 「心配しなくても、暁は十分変な人だから。」
 「え・・・肯定!?肯定なのっ!?」
 「ってか桐生クン。仲間だと思われたくないからあっちに行ってて。」
 「うわ!酷っ!桐生クンとか、初めて呼ばれたし・・・なぁんか違和感。」
 「つーか、結構キモくね?」
 「え!?直球でそう言っちゃうわけ!?」
 「んで、相手って誰?彼女?」
 そう言われて暁は曖昧に微笑んだ。
 彼女・・・“女”でない事だけは確かだが・・・。
 「なに!?暁のハートを射止めたやつがいる!?え!?え!?誰!?うちのクラスのヤツ?」
 「いや。そもそも年上だし〜。」
 「マダムキラー!?」
 「や。そんな年上じゃなく・・・19・・・だったかな?」
 「女子大生!?」
 ・・・“女子”ではないのだが・・・。
 「つか、男だし。」
 「は!?暁が男との待ち合わせで時間通りに来るとか有り得るの!?」
 「失礼な・・・ってか、まだ待ち合わせの時間じゃないし。」
 そう言ってクシャリと髪を弄った。
 「こりゃゾッコンだな・・・」
 「だからぁ。男だっつってんジャン。」
 「だから、その男に。」
 ―――そう言われてはたと考え込む。
 ぞっこん・・・意味は違うかも知れないが・・・あながち外れてもいない・・・ような?
 好きか嫌いかと訊かれれば当然好きな部類だ。
 そうでなければわざわざこんな寒い中会おうとすら思わない。
 「まぁ。いつか会わせろよ。その・・・お前の彼氏に。」
 「だから・・・あー。ハイハイ。解ったよ。ま、今の俺は彼に夢・中☆だからね〜。」
 反論しようと思って、暁は止めた。反論したって無駄な事を知っていたからだ。それだったら、そのノリに乗ってしまった方が断然ラクだし、楽しいし―――。
 「あはは!んじゃな、暁子ちゃん♪」
 「・・・せめて暁菜で・・・」
 「今度は一緒に行こうな〜!」
 大きく手を振る友人達に、小さく手を振り返す。
 見えなくなるまでその後姿を追ってから―――暁はふっと、また無表情になった。


 一人になった途端に、暁の心の奥底にひっそりと置かれてあった何かが突然消え失せた。
 今まで張り詰めていた“モノ”だったのかも知れない。
 言うなれば“桐生 暁”と言う人物が消えたのだ。
 それは暁自身の崩壊と言うわけではなく、暁が思い描く桐生 暁の崩壊だった。
 誰も居ない。ここには、暁を知っている者は誰も居ない。
 こんなにも人が通っているのに、彼らの目に暁は留まらない。
 勿論、数人の目には留まるだろう。金髪で、赤い瞳をした男の子・・・けれど、それっきり。
 彼らは暁の名前も、歳も、どう言う人物なのかも知らない。
 だから・・・彼らには何も見せなくて良い。
 暁も“桐生 暁”も、彼らの心には居ないのだから。
 けれど先ほどまでの友人達の中には、確実に“桐生 暁”が居る。
 絶対的な存在感で、いつだってヘラリと微笑んで、いつだって―――。

   “無敵”

 その2文字が胸に深く突き刺さる。
 “桐生 暁”はそれに等しかった。
 皆の人気者で、ヘラリと微笑むその姿は敵を作らない。いつだって話の中心。いつだって、関心の中心。それでいて、弱い部分なんて見当たらない。弱みはない。
 凄い・・・と、思う。
 暁は―――“本当の桐生 暁”は、そうは行かない。
 自分の嫌なところなんて、知り尽くしている。良いところは・・・見つからないのに。
 本当・・・“桐生 暁”を取ったら何も残らないんだな、俺って。
 そう思った瞬間、酷く不安になった。自分の全てを否定された気がして―――。
 心細い・・・。
 街中を彩る色彩が、どこか不鮮明にぼやける。
 度の合わない眼鏡をかけているかのように、ジワリと景色が滲む。
 キュっと唇を噛むと、暁は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 そして・・・音になるかならないかくらいのか細い歌を紡いだ。
 それは暁の即興で―――それ故、言葉は意味を成さなかった。
 出鱈目に知っている英単語を並べて行く。接続なんて関係ない。ただ、心に浮かんだ単語を音に乗せる。


   I am still here
   It is waiting for your return
   Although not coming back knows
   It still continues waiting
   It is in order that a wind may blow however
   It is in order that snow may fly down however
   It is trusting and waiting for you

   Even if it compares and this thought does not arrive・・・


 歌い終わり、ふと前を見ると・・・そこには冬弥の姿があった。
 「アレ・・・冬弥ちゃん、何時来たの?」
 「さっき。つーか、どーしてお前の歌ってこーも物悲しい曲調のが多いんだ?」
 冬弥はそう言うと、ふっと小さく微笑んだ。
 「ってかお前、いつ来たわけ?」
 「んー・・・さぁ。ちょっと前?」
 「嘘つけ。」
 「ま、いーじゃん。」
 暁はそう言うと、柔らかく微笑んだ。
 先ほどまでの無表情から一変、急に魂が宿ったかのような表情になる。
 とても人懐っこく―――勿論、自分では気がついていないけれども・・・。
 「冬弥ちゃん、冬弥ちゃん。」
 暁に手招きされた冬弥がこちらに近づき・・・暁は腕を絡めた。
 「ぎゅ〜♪はは、あったかー。」
 「うぅっわ、おまっ・・・冷たっ・・・。」
 「今日は寒いからね〜☆」
 「ったく。風邪ひくんじゃね?」
 「俺はそんなに弱くないって。」
 「違うだろ?俺はそんなに頭良くないって・・・だろ?」
 からかう様に笑う冬弥に、ペシリ、パンチを繰り出す。
 「んで?今日はなんだよ?」
 「んー・・・デ・ェ・ト☆」
 「・・・帰らせていただきマス。」
 「わ・・・ちょっ・・・嘘だってば!う・そ!お買い物に付き合って欲しいな〜って。」
 「あれか?荷物持ちか?」
 「流石冬弥ちゃん♪頭良いw」
 「誰かさんとは違って?」
 そう言って笑う冬弥をペシリと叩く。



  ふっと思う―――
  “これ”は誰なのだろうかと・・・。
  “桐生 暁”ではない・・・
  それだったら、暁なのだろうか・・・?
  それは、解らない。
  それでも心が温かくなる―――



   ―――このキモチは、誰のモノ?





          〈END〉


PCシチュエーションノベル(シングル) -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月26日

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