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『去年も今年も来年も。 』
藤井・葛1312)&藍原・和馬(1533)&藤井・蘭(2163)


「和馬、蘭、きびきび行くよ、きびきび!」
 大晦日直前の平日。
 年末年始に向けた買い物を後に残しながら、藤井葛は、汚れてもいいシャツにGパン、エプロンに三角巾を装備して、同じ格好の2人を前に雑巾片手に指示を出す。
「まずは拭き掃除。それが終わったら順次向こうの部屋の整理に入るから頼んだよ。掃除が終わんない限り、正月は来ないからね」
「ラジャー!」
 司令官である彼女の言葉を受けて、部下2人は揃って敬礼。そして互いの顔を見合わせる。
「かずまおにーさん、おねがいなの!」
「よっしゃ、まかせとけ」
 居候歴を順調に重ねている蘭を、ここに住んでいる訳ではないけれどすっかり一員となってしまった藍原和馬がニカッと笑って肩に担ぎ上げた。
 長身の彼に乗ってしまえば、この狭いアパートで届かない場所などない。
 しかも、初めてウチに来たときは手の中に収まりそうだった新緑色のクマのぬいぐるみも、一年経った現在、帽子並の大きさになって頭に乗って嵩を増している。
「ふきそうじ隊しゅつどうなのー」
 一体どこからこのやる気がやってくるのか。
 肩車ではしゃいでいるようにしか見えない2名(もしかすると3名、かもしれない)だが、蘭の雑巾は天井近くの梁に溜まったホコリをずずーっと一気に拭き取っていく。
 コクマはコクマで、どうやらぬいぐるみでありながら大掃除に参加すべく雑巾を装備させてもらったらしい。天井そのものを拭けるように両手をバンザイの形で固定していた。
 黒尽くめの大男と緑の少年と新緑色のぬいぐるみの年末大掃除コラボレーション。
 これはなかなか面白い眺めかもしれない。
 思わず吹き出しそうになりながら、葛も自分の仕事に向かう。
 自分の割り当てはキッチン回りだ。
 つまみ食いを得意とする彼等を遠ざけて、早々に冷蔵庫の整理をはじめる。
 居間の方のドタバタとした物音を背中に聞きながら、手際よく食材の状態をチェックして。
 二人暮しで出来る限り節約しながら買い物をして、料理の際にも残量に気を使っているはずなのに、いつのまにか使い残したまま消費期限の切れたものが眠っているのだ。
 それでも、おせちなどの材料を買い込んでも充分なスペースが瞬く間に確保される。
 こういう時、あまりものに執着しない性分というのは楽である。
 捨てるという行為に対し、ほとんど逡巡しないのだから。
 ただし問題は冷凍室だ。
「……う……これ、は……」
 呻き声とともについ手が止まる。
 冷凍食品に覆い隠されるようにして、記憶の奥底に封印したまま忘れ去ってしまったかのような謎の箱が鎮座ましましていた。
 触れることすらためらうパンドラの匣。
 中に入っているのは絶望のみ。
 この部屋には時折、生物兵器を持ち込む者がいるのだ。
 誰とはいわないが葛と血の繋がった者の所業である。
 シュークリームか、ブッシュ・ド・ノエルか、はたまたプリンか、そのいずれかを作ろうとした末に常軌を逸したモノであったような気がしつつも、手は伸ばせない。
 だが。
「これは有毒の域すら超えているな……いつ汚染が始まってもおかしくない」
「しきゅうきんりんにひなんかんこくを、なの」
「うわ!」
 いつのまに。
 謎の物体を前に座り込んで葛藤していた自分の背後から、いきなり手が伸びてきて、次いでふたつの顔が左右からぬっと覗き込んできた。
「いっぱんじんはきけんなの。あんぜんくかくへのたいひをめいじるなの」
「蘭?」
 小さな手が葛をほんの少し後ろへと引っ張る。
 そのため完全に和馬と蘭で冷蔵庫の前が塞がれてしまったのだが、パンドラの匣を前にしては対応すべき言葉も見つけられない。
「生物兵器処理班の到着はまだか?」
「いまこちらに向かっているとのほうこくが入ってる、なの」
「な、な……」
 自分を挟んで剣な顔でやり取りする和馬と蘭に、葛は別の意味で言葉を失う。
「待て。解凍が始まったようだ。異臭が洩れ始めている」
「かなりじょうきょうはせっぱくしているなの」
「処理班はまだか」
「とちゅうでてきのしかけたトラップにかかったもよう、なの」
 蘭につられる形で振り返ると、コクマが大きなゴミ袋に埋もれてジタバタしている。
「時間がない。ここは我々がなんとかすべきだ」
「ラジャーなの」
「では撤去!」
 冷凍室の奥でひっそりと異空間を作り出していた危険物は、2人の勇敢なる男たちによって葛の手を煩わせることなく消滅した。
 何のことはない。
 単に蓋つきのダストボックスに投入されただけなのだが。
「これできけんぶつはぶじてっきょされたなの。なにかあったらまたいつでもよんでください、なの」
「では我々はこれで失礼する!」
 しゅたっと敬礼し、まだビニール袋と戯れていたぬいぐるみを拾い上げるように回収して、和馬と蘭はあっという間に自分たちの持ち場へと戻っていった。
 そうして再び、向こう側からはドタバタとした大掃除とは思えない騒音が聞こえてくる。
「いまのって……」
 後には呆然と床に座り込む葛が残されるのみだ。
 唐突な展開に頭がうまく追いつかない。
 2人の会話が今年公開された人気特撮シリーズの劇場版だと気付くのにもかなりの時間を要した。
 それでも、多少タイムラグが発生したにせよ、果敢に手助けに来てくれた彼等に感謝はしておくべきかも知れないと思い至る。
「和馬、蘭、ありがと!」
 さすがに特撮のモノマネは出来ないが、それでも精一杯の感謝を込めて。
 肩車のヒーローたちはそんな声援に笑顔のサムアップを返してくれた。
 ぬいぐるみと蘭もだが、和馬と蘭という組み合わせも、アレはアレで意外といいコンビなのかも知れない。
「実は精神年齢、一緒かもな」
 和馬が聞けば暴れそうな呟きを小さくこぼしつつ、葛も改めて自分の持ち場に向き直る。
「それじゃ、続き、やるか」
 冷蔵庫さえ片付けば、あとは普段からきれいにしている所ばかりだ。
 コンロ回りやシンクタンクを軽く磨いたあとは、この間ネット通販で入手した洗剤とボロ布を駆使した換気扇の掃除に挑戦である。
 かなり真剣に磨きにかかったのだが、単純作業の隙をついて、今年の出来事がふわふわと浮かんでくる。
 二十歳を過ぎると一年があっという間。
 いつどこで誰からそんな言葉を聞いたのかは思い出せないのに、藤井葛はその『速度』を思い切り実感していた。
 蘭はいつのまにか手の届く場所がどんどん増えていて、そして、クマリュックとコクマを相棒に、ひとりでどんどん冒険をするようになった。
 いつのまにかオリヅルランの少年は見えないところで成長しているのだ。
 見せてもらった超大作の絵日記は、どれも本当に楽しそうで。
 だが、変わったのは自分も同じかも知れない。
 大学院に進んでから、山のような資料に囲まれ、レポートと論文に追われ続ける毎日。
 その合間合間で和馬と蘭、2人のおかげで、去年以上に様々なところへと出かけて行った。
 そして、気付いたのだ。
「藍原和馬、か……」
 つい先ほども蘭と同列な扱いをしてみたけれど、でも、心のどこかでほんの少しの違和感を覚えている。
 ネットの世界では相棒で、数々の試練を共にくぐり抜けてきて、装備からレベルから欲しいものから戦闘方法まで熟知している相手。
 でも現実世界では、どちらかというと知らないことの方がずっと多い相手。誕生日どころか正確な年齢すら自分は知らない。
 いつもどこかで誰かと何かをしている和馬。
 でも、いつどこにいて誰と何をしていても必ず連絡はくれるようになった和馬。
 この変化はいつから始まっていたのだろうか。
 分からない。
 でも、決定的に自分の中で何とも名状しがたい感覚がカタチになったのはクリスマスの夜だ。それだけは確かだ。
 ほんの数日前の出来事。
 なのにひどく遠いような気がする、触れるのが怖いのかもしれないあの日の出来事。
 好きだ。
 傍にいたい。
 一生理解出来ないと思っていた『言葉』と一緒に渡されたのは、思わず目を奪われるほどキレイなブレスレットだった。
 華奢な作りだけれど、しっくりと馴染むデザインで。
 今日みたいな日には壊れるのが怖くてつけられない。
 でも、身につけている間はずっと贈ってくれた相手の存在を感じる。
 数あるアクセサリーの中でも、ブレスレットは浮気防止効果抜群のアイテムだなんて解釈を見つけてしまって、妙におかしかったのを思い出した。
 しかもソレとほぼ同じタイミングで、神託とも取れる文句とまで出会ってしまったのだ。
『恋なんて勘違いと思い込みの産物よ』
『でも思い込んだら命懸け』
 今までの自分なら、こんな文句に目を止めたりしなかった。
 でも今の自分には、不思議な呪文のように心に刻まれている。
「傍にいたい、か……」
 考え事をしていても、葛の手はきちんと仕事をしている。
 けして広くはないキッチンを隅々まで磨き上げた頃、葛の心もゆっくりと現実に戻ってくる。
 そしてふと首を傾げた。
 いつのまにか居間はしんと静まり返っていたのだ。
 拭き掃除を終えて奥の部屋の片付けに移行したのだとしても、あまりにも物音がしなさ過ぎる。
 何をしているのか、どこかにでも行ったのかと訝しみつつ、奥へと行けば。
「やけに静かだと思ったら……」
 蘭が一年間描きためた絵日記を思い切り床に広げている。
 和馬まで一緒になって、『大事バコ』と命名されたブリキ缶数個を一気に開いた状態で中のモノをひとつひとつ取り出しては眺めていた。
 さらっと確かめるつもりで、すっかりのめり込むというのはよくあることだ。
 本の整理でも同じことが言える。
 中身は読まない。捨てる捨てないの選択は直感で。深入りはけしてしないこと。
 そんな鉄の意思で挑まなければ、懐かしさと意外な発見とに阻まれて、この手の片付けは永遠に終わらないのである。
 それどころか、更に散らかして終わりという可能性だって出てくる。
「ほら!片付けが全然進んでないよ!」
「わぁ!」
「うおう!」
 パンっと両手を打ち鳴らした途端、蘭と和馬の体がオモチャのように跳ねあがった。
「片付けが終わんなきゃ、買い出しにも行けないからな。当然ふたりの分の年越しそばもおせちもお雑煮もなかったことになるよ」
「だめー!それはだめなのー」
「なんだ?俺まで抜きか?」
「当然だろ?」
「でもね持ち主さん!あのね、あのね、すっごいなの!」
 思わぬ家主の勧告にわたわたとしつつも、蘭が整理の終わっていない写真の入ったブリキ缶を掲げて駆け寄ってくる。
「そうだ、葛。これもすごいぞ。蘭は才能があるんじゃないか?季節ごとでちゃんと整理しててちょっと見直したぞ」
 和馬も一緒になってブリキ缶を開けてみせる。
 そこにはぎっしりと詰め込まれた鮮やかな写真たちと、そして蘭の宝物や想い出の品が顔を覗かせていた。
 溢れだすのはオモチャ箱のようなトキメキ。
 あるいは、胸を締め付けるような懐かしさ。
「……これ、夏祭りの時のか?」
 つい葛まで、自分が射的で落とした景品を手に取ってしまう。
「あ、なんか今すっげぇ切ない思い出が蘇ったぞ!?なんかこう、胸を締め付けられるような」
 トラップだと知り、けして手を出さなかった葛とは逆に、大物を狙って完敗をきした和馬が屈辱の悲鳴を上げる。
 一瞬葛の中に浮かんだ想いとシンクロした言葉を選んだ分、その内容が情けない。
「……和馬」
 呆れて見下ろしてしまった冷たい視線に、更に傷を抉られたらしい。
「葛!何だ、その目は!なんかもう、なんかもう、俺はいじけるぞ?」
「かずまおにーさん、よしよし、なの」
 シクシク泣きだしそうな和馬の頭を、蘭がコクマと一緒に背伸びをしてなでなでする。
「蘭はいい子だなー」
「僕、いい子なのー」
 ひしと抱き合う2人を横に置いて、葛は別のブリキ缶を手にする。
「あ、これは」
「もみじさんたちとお話した山なのーまた来てねって言ってくれたなの〜」
 秋には紅葉狩りにも行ったのだ。
 もみじ鍋の絶品さももちろんだが、それ以上に道案内をしてくれた、あの木々たちの鮮やかな色彩が目に、そして優しいさざめきが耳に蘇ってくるかのようで口元がほころぶ。
「いい色だったよな……あいつ等も今頃は真っ白になってるな、きっと」
「雪、凄かったからな。たぶん一面白銀だ」
 蘭を片腕で抱いたまま、和馬は記念に拾い集めたもみじの葉を栞代わりにした絵日記に手を伸ばす。
「春になったら、お顔見にいきたいなの」
「3人で今度はハイキングってのも悪くないか。どうだ、葛?」
「論文の締め切りで死んでなきゃね」
 今度は一緒に行きたいと、蘭の頭をたしたしと叩くぬいぐるみの存在に苦笑しながら、来年の約束がひとつ増える。
 新緑に萌える山道。
 その時にはどんな言葉が聞こえてくるのだろう。
「お、蘭、葛。こっちはほら」
 絵日記の別のページを開いて手招きしてくれる和馬につられて、蘭と一緒に覗きこむと、
「あー!」
「お」
 和馬が手に入れてくれた招待券の半分が丁寧に糊付けされている。
 もちろんあの時購入したパンフレットの裏表紙には、ヒーローのスタンプがしっかり押された状態で本棚に大切にしまわれている。
「次もね、次のもいっしょに行くなの」
「約束だからな。年末も年明けも、なんなら来年の夏だってお供するぜ?」
「しかし、ホントに蘭はたくさん描き残してくれてるんだな……」
 感慨深げに、葛は目を細めてしまう。
 この絵日記には、そして、このブリキ缶には、キラキラとした思い出が大切に大切に保管されている。
 頭の中に溜め込んだ記憶はいつか色褪せてしまうかもしれないけれど、蘭が残してくれた一枚一枚の記録が鮮明な光景を想い出と一緒に蘇らせてくれる。
 時々取り出して眺めてみたい。
 蘭の目を通した世界、蘭の中で生きている想い出に触れてみたい。
 結局、司令塔である葛まで一緒になって部屋に溢れた想い出たちに浸り、ただ片付けるだけなら2時間も掛からないはずの作業は、昼食を挟み、夕方を過ぎてもまだ終わらなかった。
 そして、いつのまにか小さな少年は相棒のクマと一緒に、お気に入りのビーズクッションにうつぶせて寝入ってしまっていた。
「お、チビすけは潰れたか」
「これはしばらく起きないかもね」
「晩飯は少し遅くなるかな」
「ああ……あ……」
 意識しなければ、それは普段とたいして変わらない。
 だが、意識してしまったら、葛の鼓動はむやみにドキドキと高鳴り始める。
 蘭が眠ってしまった今は、和馬と2人きりの時間だ。
 この微妙な緊張感に、相手は気付いただろうか。
 腕に付けているわけではないブレスレット。
 でも実は、服のポケットにこっそりと忍ばせているブレスレット。
 それがひそかに存在を主張し始めているようで落ち着かない。
「葛……」
 床に座り込んだ和馬が見上げる視線。ほんの僅かに熱を帯びているような、その瞳に見つめられる事が妙に苦しい。
 でも、少し、嬉しい。
 去年もこんなふうに新年を迎える準備をした。
 今年も和馬を呼んで新年を迎える準備をしている。
 来年も多分同じように新年を迎えるのかもしれない。
 いつから習慣になったのだろう。
 分からないくらい馴染んでしまっているから習慣なのかもしれない。
 特別な約束をしなくても、同じ時間を過ごしている。
 繰り返し繰り返し、同じだけの時間を重ねていってくれる。
 それは友人であっても変わらないのかもしれない。
 だが。
 和馬は好きだと言ってくれた。
 傍にいたいと告げてくれた。
 自分は本当はどう思っているのだろうか。
 分からない。
 でも、傍にいたいとは思った。
 好きという気持ちを理解してみようと思ったのだ。
「そうだ。せっかくだからさ。初日の出、一緒に見に行くか?」
 和馬がなにか言い出す前に、葛はとっさに視線を外してこんな提案を口にする。
 一年の終わりと一年の始まり、日付とともに年も代わるその一瞬を、ネット世界ではなくリアル世界で共有してみたいと思ってしまったから。
「蘭と3人でさ、どう?まあ、アンタ、もしかするとバイト入ってるかもしれないけど……もしよかったら、さ」
「それって約束か?」
「確約、かな」
「そっか!確約か!よっしゃ!それならこの和馬様が絶好のロケーション、確保するから楽しみにしてろよ?」
 ぱっと子供みたいな笑顔が弾ける。
「ああ、期待してるよ」
 自分は和馬の何も知らない、かもしれない。
 でも、この笑顔は信じられるから、たぶんそれで良いんじゃないかとすら思える。
 こんな、言葉にはしないけれどどこかで望む、心の底でこっそりと祈るような約束も悪くない。
 去年と今年と来年の、大切な時間を一緒に。
 少しずつ変わっていく、けして普遍ではない世界で、ずっと一緒に……



END
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東京怪談
2005年12月26日

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