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『ひかり消えゆく聖夜に 』
伏見・夜刀5653

 街角は華やかなイルミネーションがそこかしこに灯され、赤・白・緑のクリスマス・カラーがいたる所に溢れていた。
 人々は親しい相手、もしくは一年間努力した自分自身への贈り物を選ぶために雑踏の中へと繰り出している。
 そんな浮き立った雰囲気の中、伏見夜刀は悩んでいた。
 両親への贈り物が今年はまだ決まっていなかったのだ。
 ――何がいいのかな……。
 改まって贈り物を、と考えると中々良いアイディアが浮かばない。
 今年のクリスマスは特に誰かと出かけるという予定も無く、家で両親とのんびり過ごすつもりだった。
 友人がいないわけでもないが、にぎやかなパーティーはどこか居心地が悪く、クリスマス・カードを出して挨拶に代えた。
 学校という場所へ正式に通った事のない夜刀は交友関係も薄く、中々深く付き合う相手には恵まれていない。
 それは多分に、夜刀がどこかでまだ自分の魔力、能力に不安を抱いているせいかもしれなかった。
 深く関われば、自分を取り巻く大きな流れに相手を溺れさせてしまうかもしれない。
 そう思うと相手に踏み込んだ関係を作るのは難しかった。
 今の両親の元へと来てから――正式に魔術を学び始めてからも六年が過ぎようとしている。
 それでもまだ、夜刀はどこかで心が揺らいでいるのだった。
 ――考えすぎても、どうしようもないんだけど。
 ショーウィンドウに映った自分の顔が思った以上に暗くて、夜刀は苦く笑った。
 ――ルーカさんがここにいたら、また『考えすぎだ!』って怒られるんだろうな。 
ルーカ・バルトロメオはある魔術ソサエティに属する魔術師で、口調も性格も荒い人物だ。
 しかし夜刀の事情も知っている数少ない人間で、夜刀との年齢差もあってか何かと子供扱いをするのが癪だが言動・行動には筋の通った男だった。
 二人が出会った頃夜刀はまだ子供だったので、ルーカはその印象が強いのだろう。
 ――ルーカさんにもしばらく会ってないな……。
 感情を表に出す事が珍しい夜刀だが、ルーカの前に出ると何故かむきになって反発していた子供の頃に戻ってしまう。
 ――何でだろう。嫌いな訳じゃないのに。
 そんな堂々巡りの思考を遮ったのは、携帯電話の呼び出し音だった。
 相手先は家にいる母からだ。
「……もしもし? 何かありましたか?」
 どうやら自分を相手に客人が訪れているらしい。
 美術品の調査を依頼したいようだ。
「……わかりました。これからすぐ、戻ります」
 夜刀はコートの裾を翻し、家路を急いだ。


 星辰館に続く坂道を歩きながら、夜刀は振り返って坂の下の景色を眺めた。
 夕暮れの海から空へ、藍から紫がかった柔らかな闇が広がっている。
 その中で、海のそばに立てられたツリーがきらめく光をまとって輝いていた。
 海をすぐ近くに臨む山の中腹に建てられた星辰館は小さな洋館で、白い壁と青緑色の屋根が爽やかなコントラストを見せる建物だ。
 と、聞かされていたのだが、一向にそれらしき建物が見えてこない。
 夕闇が迫ってくると、夜刀の不安もどんどん募ってきた。 
 ――ルーカさん、怒ってないかな……。
 知り合った当初はその荒い口調に何度も身をすくませたものだった。
 理不尽な怒り方をする人ではないとわかっていても、指定された時間からすでに一時間以上たっている。
 近くを歩く人に聞いてみたのだが、土地勘の無い夜刀には数百メートルの距離を掴むのさえ難しかった。
「……ま、また同じ所に……」
 見覚えのある場所に再び出てしまい、夜刀はますます心細くなってきた。
 ふと顔を上げてよく見れば、細い通路の先、木々の合間に洋館が建っている。
 鉄製の門の側には『星辰館』の文字もある。
「よ、良かった……!」
 夜刀は急いで門をくぐり、建物の入り口へと向かう。
 入り口の側はすぐにロビーになっているらしく、長めの金髪を上げ、スーツに身を包んで珈琲を飲むルーカの姿も見えた。
 ――ここで間違いないんだ!
「……お、遅くなりました。ルーカさん……お久しぶりです」
 荒い息で挨拶する夜刀に、ルーカはのんびりと声をかけた。
「よお。迷ったのか?」
 遅れてきた事に対しては気分を害していないようだ。
 眼鏡をかけたスーツ姿からは想像しにくいが、ルーカは身長も高く、鍛えられた身体を持っている。
 美術品を扱うカラビニエリといえども、軍部に属する人間だからだ。
 ルーカが目の前の椅子を勧めてくれたので、素直に座った。
「……坂道の上と聞いてたんですが、この辺り坂が多くて、それで」 
 ――う、上手く説明できないなぁ。
 急に暖かな場所に出たせいか、思考がまとまらない。
「とりあえずそのコート脱いだらどうだ?」
「あ、はい」
 夜刀は焦りながらマフラーとコートを脱ぎ、隣のソファに置いた。
 それでもきちんと畳む所が行儀良くしつけられた夜刀らしい。 
「……詳しい事は、ルーカさんから聞くように言われたんですけど」
 ルーカは眼鏡の奥で眉を寄せ、組んでいた足を解いて立ち上がった。
「ああ、そうだな……ま、実物見るのが手っ取り早くて良いか」
 ルーカは夜刀にもかいつまんで説明してくれた。
 星辰館の由来は、地上の星座である夜景や夜空の星を見られる館という意味はもちろん、離れになった建物が大きく関係している。
 丸屋根を頂いた円筒形の建物内部には、プラネタリウムのように星座が光で示されている。
 しかしプラネタリウムと異なる点は、星座の輝きを光ではなく魔力によって形作っている事だ。
 建物に入った人間が何らかの魔力を持った者ならば、それに反応し星は強く輝く。
 だが最近、一つだけ示されない星が現われてしまった。
 おおいぬ座シリウス。太陽を除く恒星の中で一番明るい星。
 その原因を追究・解決するのが今回の二人の仕事だ。
 中庭を横切り、二人は離れへと歩いて行った。
 一通りルーカが説明したが、魔力によって建物自体に細工が施されたものを見るのは夜刀も初めてだ。
 木々の奥、夜目にも白い壁がはっきりと見える。
 オーナーから借りた鍵でルーカは扉を開いた。
「照明は点けないから、足元気を付けろよ。段差あるから」
「……はい」
 二人が建物の中に足を進めると、まわりの壁が燐光を放ちだす。
 足元がより強く光り、室内を満たしていく。
 二人の魔力に反応しているのだ。
「夜刀、上を見ろ」
「星が……!」
 半球になった天井いっぱいに星が輝いている。
「星は読めるか?」
「ええ、これは……冬の星座を描いているんですよね」
 夜空に放り出されたような浮遊感が治まると、確かにシリウスだけが消えている。
 ――プラネタリウムみたいだけど、星が平面じゃなく、空間自体に置かれてる……。
 夜刀はこの場に置かれた魔力を感じた。
 内部にいる人間の魔力に反応するよう作られたものだが、作り手の意志もまだかすかに漂っている。しかし、その中にわずかだが、何か肌を焦がすような違和感も含まれている。
 建物の中に入ってからずっと続く感覚に、夜刀は眉を寄せた。
「アレクシエルを呼ぶ。少し下がってくれ」
 ルーカの言葉に夜刀は下がった。 
 ルーカは眼鏡を外しスーツの上着へと滑らせる。
 魔術ソサエティ<矢車菊の守り手>の中で、<白鍵騎士団>所属『白の第二鍵』にだけ召喚が許された存在、アレクシエル――その姿は大きな翼を持つ天使に酷似しているが、実の所は定かでない。
 はっきりしているのは、アレクシエルが絶大な力を持つ存在だという事だ。
「……我は、汝を召喚す。
我が同胞にして最愛の隣人アレクシエルよ、至高の天主よりの力を持ちて我は力をこめ汝に命ず。
彷徨える羊飼いの杖。
六番目の指を持つ子供。
泉に落ちる乙女の髪。
安寧にまどろむ緑滴るかの地の名により。
絶対封魔の護り手シャンク・ランク、デルエル、および全ての翼あるものの名によりて。
および白鍵騎士団における第二騎長・滅紫ヴォズハーンの名によりて……」
 よどみなく詠唱を続けるルーカの目で、空間が一点を目指して凝縮されていく。
「ここに汝、アレクシエルを召喚す!」
 ルーカの頭上に白い翼を広げたものが実体化した。
 確かに天使の姿に似ているが、まとった雰囲気は決して優しいものではなく、むしろ心弱き存在を全て否定するような荒々しさを持っている。
 それがアレクシエル、白の第二鍵であるルーカだけに従う存在だった。
 アレクシエルは冷ややかな瞳で周りを一瞥し、シリウスの星のあるべき位置に視線を固定した。
 ――アレクシエルにもわかるんだ。
 ルーカは夜刀を呼び寄せた。
「この建物の中からシリウスは消えていない。
原因はわからないが、この場にある魔力で擬似的な命を得たようだ。
夜刀はシリウスがどこにいるのか探れ。俺が捕まえる」
 緊張した面持ちで夜刀は頷いた。
「……わかりました」
 そして瞳を閉じて精神を集中する。
 ――どこだろう……シリウス……おおいぬ座の輝く星。
 光をイメージしながら、夜刀は建物全体を包み込むように意識をめぐらせていく。
 夜刀の邪魔をしないように気を配りながら、ルーカは懐から短剣を取り出して構えた。
 白銀の短剣は魔力付与されており、魔力を帯びたものにも有効だ。
 沈黙の中、鼓動だけが聞こえる。
 ――頭の上……もっと上の方が、熱い!
 その静寂を破ったのは夜刀だった。
「……来ます! 上からです!!」
「アレクシエル!」
 大型犬ほどの大きさの獣が天井から駆け下りてきた。
 夜刀を狙ったその牙をアレクシエルの翼で守り、ルーカは素早く踏み込んで短剣をなぎ払った。
 ――闘わずに済む方法はないのかな……。
 対峙した獣、シリウスは灰色の炎をまとい、じりじりと二人に迫ってくる。
「……夜刀、アイツを探れるか? 時間は俺が稼ぐ」
「やってみます」
 その声にルーカはシリウスの前に立ち、噛み付いてきた一瞬を逃さず首を押さえた。
 牙と爪がルーカの服と皮膚を切り裂くが、アレクシエルの加護『リジェネーション』が発動し傷がふさがってゆく。
 とはいえ傷付けられる痛みは変わらないので、そう長い間はシリウスを押さえられない。
 夜刀の心に、ある衝動が感じられた。
 ――全てを消し去りたい。
   焼き尽くして、無かった事にしたい。
 それはシリウス自身が自ら願った事ではなく、ここをかつて訪れたある女性の想いだった。
 その女性は自分に魔力がある事も、またそれほどに強い願いを抱いていた事も自身では気付いていなかったのだろう。
 ただ、取り残された想いを拾い上げたシリウスだけが、その願いを叶えた。
 行き場の無い想いだけが、ここに取り残されていたのだ。
 誰かに消してもらうために。
「……あなたが僕らを襲っても……それは、意味が無いんですよ」
 夜刀がそう話しかけても、純然たる衝動の化身であるシリウスには通じない。
 ――僕にもっと力があれば、戦わずに済ませられるのに……!
 ルーカは説得の通じない相手と判断したようだ。
「話してわかんねぇなら……俺がその我執、壊してやる」
 ルーカはシリウスに向かって再び短剣を構え、襲い掛かる爪も構わず深く突き刺した。 
 そして暴れる獣を抱きしめて囁いた。
「空に帰りな」
 その一言で短剣からシリウスは蒼い粒子なり、再び天井へと戻って行った。
 プロキオン、ベテルギウス、リゲル……そしてシリウス。
 あるべき場所で輝くシリウスは一際強く光を放っている。
 眼鏡をかけて髪をかき上げるルーカに、夜刀は駆け寄った。
 ルーカのスーツはぼろぼろになり、頬や腕にも傷が多く走っている。
「ルーカさん、大丈夫ですか!? 傷、痛みませんか!?」
 リジェネーションで大方の傷は塞がっているので、服が修復不可能な以外は問題ない。
 夜刀もリジェネーションの効果は知っていたが、やっぱり心配せずにいられない。
「心配すんなよ」
 そう言ってルーカは夜刀の頭を撫でた。
 その感触は子供の頃、まだルーカを見上げていた頃と同じ温かさを持っていた。
 ――大丈夫みたいだ……良かった……。
 最初は素直に頭を撫でられていた夜刀だったが、ルーカが面白がっているのに気付いて頬を膨らませた。
 機嫌を損ね、先になって建物を出る夜刀を追いながらルーカは言った。
「飯済ませて、今度は本物の星でも見に行こう」

 
 星辰館での夕食後、ルーカと夜刀の二人はクリスマスツリーの前にいた。
 もうすぐ消灯のカウントダウンが始まる事もあってか、ツリーのまわりには大勢の見物客が集まっている。
 間近で見るツリーは大きく、にぎやかな場所が苦手な夜刀にも楽しい気分をもたらした。
 ルーカはホットワインとコーンスープを買い、スープの方を夜刀に渡した。
「未成年にはスープな」
「……わかってますよ」
 ――ルーカさんて、いつも一言多いんだよ。
 けれどルーカの渡してくれたコーンスープの温かさは、カウントダウンが始まるまで夜刀の指先を温めた。
 ルーカは優しい言葉ばかりをかけてくれる相手ではない。
 その言葉が時には耳に痛く感じられるのは、夜刀が目をそらそうとしてもできない問題に、正面から向き合っているからなのだと思う。
 自然と俯いてしまっていると、ルーカが声をかけてきた。
「……夜刀、さっきのシリウス、『自分にもう少し力があれば、もっと別の解決法があったんじゃないか』って思ってるのか?」
 夜刀は一瞬言葉に詰まったが、頷いた。
「……はい。僕はやっぱり、まだ働きかける力が足りないのかなって……」
 ――僕にもっと力があれば、もっと良い方法を選べたはずなんだ……。
 ルーカが淡々と言葉を繋いだ。
「俺はあの時、シリウスを壊してやるのが最善だと思った。
俺に出来る事の中でだ。
出来ない事まで選択の範囲に入れるのは、時間の無駄だ。夜刀」
 厳しい言葉に夜刀は再び俯く。
「けど、選択肢を広げる原動力になるのは、悔しいと思う気持ちだ。
今の自分に満足してるようじゃ、きっと何も変わらない」
 そこまで言ってルーカは表情を変え、夜刀の肩を明るく叩いた。
「ま、済んだ事はどうしようもないって事だ。
ホラ、カウントダウンが始まるぞ」
 カウントダウンを告げる声が響いた。
「……3、2、1!!」
 ツリーの明かりが消されると同時に港に停泊している船から汽笛が鳴り、花火が打ち上げられる。
 花火を見上げるように夜空へ視線を上げると、頬に小さく冷たいものが触れた。
「……雪だ。それに、花火も。冬の花火って……何だか不思議な感じですね」
 そう言うと、ルーカも安心したように笑った。
「……ルーカさん」
「ん?」
 声を出すのが時折こんなにも難しく感じられる。
 自分の思いを言葉にするのは難しい。
 そこに聞いて欲しい相手がいるから、尚更に。
「ありがとうございます……僕は、すぐに立ち止まってしまいますね……」
 ――僕は……ルーカさんのようには、いかないけれど。
「それで良いんじゃないのか?」
 二人はしばらくの間黙って冬の夜空に散る花火の光を見つめ、その雪雲の上に広がる星の光を思い描いた。
 

(終)


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【 5653 / 伏見・夜刀 / 男性 / 19歳 / 魔術師見習、兼、助手  】
【 5951/ ルーカ・バルトロメオ / 男性 / 33歳 / カラビニエリ・美術遺産保護部隊隊員 】

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■         ライター通信          ■
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伏見夜刀様
ご注文ありがとうございました!
今回の夜刀君はちょっと感情が表に出ている感じで書かせて頂きました。
子供の頃を知っている相手の前では、ついその頃の名残で振舞ってしまうのではないかと思います。
夜刀君にとっては子供扱いしてくれる人も貴重な気がします。
同じくご参加下さいましたルーカ・バルトロメオ様とは同じ内容ながらも、視点を変えて描写していますのでお時間ありましたらそちらも御覧頂ければと思います。
口調や表現で気になる部分、訂正がありましたら遠慮なくお申し付け下さいね。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
クリスマス・聖なる夜の物語2005 -
追軌真弓 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月22日

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