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『■+ 欲望の祭典 +■ 』
モーリス・ラジアル2318)&相坂・有里人(5006)

 やたらと本が詰め込まれているそこは、現在人口密度が限りなく低かった。
 確かに、大して広さもあるとは言えない部屋だが、それでも十名前後が出入りする様な場である。だから、たった二人しかいないと言う状況は、日頃のそれを鑑みるに、大層清々しいまでのスペースを確保することが出来ていた。
 「それにしても、色んな本がありますよねぇ。専門は法学……ではなかったのですか?」
 そう言うのは、艶やかな金髪を持つ青年、モーリス・ラジアルである。彼は何処か悪戯っぽい表情を、唇の端に浮かべていた。
 「まあ、ここにある本は、殆どが先生のものですからね。僕のものはあまりありませんよ。……もっとも、退屈しのぎにはなるんですけどね」
 それに対し、穏やかな笑みを返すのは、蒼天の髪を持つ白衣姿の相坂有里人(あいさか ゆりひと)であった。
 互いに共通点があるとするなら、その瞳の緑。
 そして、後もう一つは、……すぐに明らかになるだろう。
 適当に本を引っ張り出しては、ぱらぱらと捲り戻す。そんな動作を繰り返しているモーリスを横目で見つつ、有里人は何かを思いついたかの様に、笑みを深くした。
 「ねえ、モーリスさん」
 またもや別の本に手を伸ばしていたモーリスのそれを、人差し指でくいと自分の方へと向ける。
 どうしたのかと小首を傾げる彼に、有里人はゆっくり続きを話した。
 「お暇、……ですか?」
 暇も何も、気紛れに有里人のこんなところへ遊びに来るくらいなのだから、今更聞くまでもないのだが。
 更に言えばこの二人、知り合ってからの時間がさほど長い訳でもないのである。
 いや、時間は関係ないだろう。重要なのは、互いの相性だ。
 ……多分。
 ただ恐らくは、この光景を見た某研究室仲間なら、彼らを昔年よりの友人だと思うことは間違いがない。
 けれど、繰り返し言うが、彼らがお互いをそれなりに知ることになったのは、ホンのつい最近の話なのだ。



 多分、それは雨上がりの日。
 ……だったかもしれない。
 路面が濡れていたし、人々は少しばかり湿った傘を持って歩いていたから、きっとそうだろう。
 何処か清々しい空気の中歩いていたモーリスは、不意に目に止まった喫茶店へと入った。クラシカルな雰囲気を持つそこは、入った途端、コーヒー豆の良い香りが鼻を擽る様な店である。
 すっと店内を見回すと、居心地良さそうなそこであるのに、何故か空席が目立った。
 「まあ、穴場、なのかもしれませんね」
 そう呟きつつ、ある一点で視線を止める。
 見覚えのある青い髪を見つけ、モーリスの足は自然とそこへ向かっていた。
 「有里人さん……?」
 「おや、モーリスさん。こんなところでどうしました?」
 「たまたま通りかかっただけですよ。有里人さんは、良くこちらに?」
 彼の通う大学が近かったことを思い出したモーリスは、そこが彼のテリトリーであるのかなと思ったのだ。
 「そうですねぇ。ここは静かですから」
 流れている音楽は、クラシック。マスターは恰幅の良いひげ面のお父さんと言った、まるで絵に描いた様な喫茶店だ。
 有里人の手元には、まだ暖かいコーヒーと数枚のメモ用紙、そして手で包んでしまえそうな小瓶が幾つかあった。
 座っても? と、視線で尋ね、彼が頷いたことで腰を下ろす。
 ヤケに目を引いた小瓶に手を伸ばし、これはと聞こうとしたところで、有里人から待ったがかかる。
 「あ、ダメですよ!」
 可成り大きな声だ。
 手を引っ込めかけるが、その一つに手が当たり、小瓶が揺れる。
 「あ──っ! ……良かった」
 本当に安心した風な有里人を見て、モーリスはおやと思ってしまう。彼のそんな様子が、何処か奇妙に思えたのだ。
 「済みません」
 「いえいえ、僕も大きな声を出してしまいましたから」
 にっこり笑って答える有里人だが、聞き捨てならぬ言葉を、モーリスは聞いた。
 『……危なかったですね。こんなところでこれがかかってしまったら、大騒ぎですよ』 大騒ぎになる様なもの。
 「有里人さん、それは一体……?」
 普通なら流してしまえることなのだが、その言葉に不穏な、けれど何処かお楽しみを感じたモーリスは、好奇心からそう聞く。
 「ウサギの耳が生えてくる薬……と言えば、信じられますか?」
 己の持つ瓶をちらと見ると、にっこりと愛想笑いを浮かべた。



 己の言ったその言葉が、こうして二人の距離を縮めることになったとは露とも知らぬ有里人だが、そこから更に深まったモーリスとの関係から、どうやら御同類であることを感じたのである。
 そう、二人のもう一つの共通点は、悪戯好きと言うことでもあったのだ。
 そして有里人が暇かと問うなら、モーリスは必ず是と返すだろうことは、十二分に解っていた。
 「ええ、退屈の虫が騒ぐくらいには」
 「それは良かった」
 「?」
 有里人の話を聞こうと思ったのか、モーリスは手にしている本をぱたんと閉じる。
 「僕の趣味、ご存じですよね?」
 「……法律の?」
 その答えに肩を竦めてみるも、その実、モーリスがそう思っていないことくらい、瞳を見れば解った。
 確かに有里人は大学生で、専攻は法学。そう返されても不自然ではない。
 だが彼に取って、最も好とするものは、それではない。
 「違いますよ」
 腹に一物な笑みを浮かべると、モーリスも同じくそうでしょうねとばかりに笑み返す。
 「ああ、あちらですか」
 「ええ、あちらなんです」
 「趣味ではなく、本業……でしょう?」
 簡素なパイプ椅子に腰掛けると、モーリスは『それで?』とばかりに小首を傾げる。
 「この前なんですが、また新しいものを作ったんです」
 ここにあるのかと思ったらしく、有里人が使用しているキャビネを見るが、彼が軽く首を振ったことで、その中にないことが解ったらしい。
 「一度尋ねてみたいとは思っていたのだけれど、一体どれくらいの数を?」
 「……さあ? 数えたこともありませんけど、まあ年の数よりは多いですよ」
 実際は、きちんとリストを作って管理はしている。だから最終ナンバーが何処まで行っているかは、そのリストを見れば解るのだが、敢えてそんなことをする必要もないだろう。ちなみに年の数とは、可成りいい加減な話でもあるのだが。
 「この前にねぇ、作ったと言うより、偶然で出来たんですよ」
 「へぇ、どう言ったものなのですか?」
 ちょいちょいとばかりにモーリスを呼び、耳元でそっと有里人は囁いた。
 『飲むとメイドさんになる薬です』
 「……」
 だがモーリスの反応は、今一だった。
 メイドさんなら、オタクの聖地に行けば、地引き網でさらえそうなくらいに沢山いますよと言いたいのかも知れない。
 だが、有里人が作る薬だ。
 そんな『なんちゃってメイド』ではない。
 まあ、そこにいるメイドさんをそう呼べば、一部反論もあろうが。
 「一番最初に見た人を、ご主人様と認識するんですよ」
 「ご主人様、……ですか?」
 「ええ、期限は一日ですけれど」
 「それはつまり……」
 「つまり、そう言うことです」
 にやり。
 そんな笑みが浮かぶ二人の顔は、造作は違っていても、瓜二つに思えた。
 「楽しそうですねぇ、それは」
 「ただ惜しむらくは、おいそれとは試せないと言うことなんですが」
 はあと、大袈裟なくらいに溜息を吐く有里人を見て、モーリスの唇の端が、更につり上がった。
 「少なくとも、男性は除外ですね。面白くもなんともありません。……まあ、人によるとは思いますけれど。日頃高飛車である人を跪かせるのも楽しいですけれど、そう言った方は、薬の力を借りても面白味はありませんしねぇ。人並みの常識、そして羞恥心を持ち、欲を言えば見目も宜しい女性が適任かと……。ああ、そう言えば、適役がいるではありませんか」
 モーリスの言葉は、有里人にとある後輩の女性を思い出させた。
 成程。
 彼女なら加減を間違えなければ、大丈夫かもしれない。
 「ここだと、他の学生も来てしまうかもしれませんね。詳しいことは、あの喫茶店ででも」
 ひっそりと微笑み逢った二人は、そっと研究室を後にしたのである。



 「まずは手順です」
 しっかりイケイケ状態な二人は、クラシックが程良く流れる品良い喫茶店で、悪事の計画を立て始めた。
 「普通に渡しても、まず飲んではくれませんからね」
 流石に慕っている先輩と言えど、そんなに簡単に行かないことくらい重々承知だ。
 ふむとばかり、有里人は考えると一口コーヒーを口に運ぶ。
 「そろそろクリスマスですけれど、それにかこつけてと言うのも、後々のことを考えると、良い手段とは思えませんし。クリスマスは、今回の件のフォローと言うことで」
 モーリスも同じく、紅茶を口に含んでそう考える。
 「何かに混ぜるのは必須として、……ああ、そう言えば、薬はそれだけにするのですか?」
 「やはり、基本の線も抑えておきたいところですよね」
 「それはそれは、お可哀想に」
 アクマのホホエミを浮かべた有里人に、モーリスは全く可哀想とは思えない顔と声音でそう返した。
 「混ざっても大丈夫なのですか?」
 心配処はそこかいと言う突っ込みが、第三者がそこにれば入っただろうが、生憎テーブルについているのは、常識はあっても良心の有り様が人様とは少しばかり違う二人のみである。
 そんなものは入る筈もなかった。
 「大丈夫だと思いますよ。……まあ、相乗効果が出たら、それはそれで興味深いですけど」
 有里人が提示した『基本の線』は、『思わず脱ぎたい気分になっちゃう薬』、『天使の羽が生える薬』などである。
 「……確かに、相乗効果があれば、面白そうなものばかりですね」
 真顔で納得しているモーリスは、更に追加とばかりに問いかけた。
 「そう言えば、あの時のウサギの耳が生えてくる薬は、もうないのですか?」
 「勿論、ありますよ。……ウサ耳メイドさんになりますねぇ」
 しっかり追加された様だ。
 「ちょっとしたお茶会と言うことで、お誘いするのはどうです? 場所なら、私が提供出来るかと思いますよ」
 勿論、人が入って来ない様な場所を、と、モーリスの瞳が語っている。
 「気を遣わせない様、そしてこちらの思惑が知られない様、それぞれがお気に入りの何かを持ち寄ると言う形にしましょうか」
 実に姑息な手段であるが、言った有里人も、聞いているモーリスも、全く以て関知していない様だ。
 終わりよければ全て良し。勿論、自分達の。
 そう言った雰囲気が、彼らの周囲には満ち満ちている。
 「自分の持ってきたものなら、きっと素直に口にしていただけるでしょうね。ああ、そうそう、最初の効果を誤魔化す為にも、お酒など飲んで頂きましょうか」
 哀れな子兎ちゃんをハメる計画が、着々と出来上がりつつある。
 「まずは、メイドさんの薬を飲んでもらって、次ぎにウサ耳、そして天使の羽に最後はちょっと大人気分の薬と言う順序にしましょう」
 うんうんと頷く有里人に、モーリスは妖しく瞳を輝かせた。
 「ご主人様の言うことを聞かず、脱ぎたくなってしまう子には、お仕置きをしなければなりませんよねぇ」
 「言葉責めですか?」
 これが麗しの美形二人組の会話でなければ、一体何処のエロ親父の企みかと思うところだろう。
 「取り敢えず、悪戯の範囲に止めましょうね。泣かせるのは、私の本意ではありませんから」
 「勿論ですよ。僕だって、彼女からの信頼をなくしたくはありませんから」
 それだけやったら十分だと一般の皆様ならば思うだろうが、二人に取って、これは序の口なのだ。
 『越後屋よ、お主も悪よのぉ』、『いえいえ、お代官様には敵いませぬ』と言う副声音が、何処からともなく聞こえて来たのは、きっと気の所為だろう。
 「取り敢えず、クリスマスに何かフォローを入れる為にも、計画は早めに実行致しましょう」
 モーリスの言葉にこっくりと頷く有里人は、九割方確定した未来に向けて、想像の翼を羽ばたかせた。
 「楽しみですねぇ」
 「ええ、本当に」
 心底楽しそうな二人を止める者はいるのだろうか。
 それは永遠の謎であった。


Ende
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
斎木涼 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月20日

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