『水操師のお仕事 』

シルフェ（2994）

　わたくしは、シルフェ、と申します。
　水操師のお仕事をしていますの。
　うふふ、どうぞ宜しくお願いしますね。




　シルフェは長い髪の毛と、端正な…だがおっとりとした容姿の持ち主だった。
　綺麗になびく髪は青く、そして毛先に向かうに従い、薄く透けていた。
　額には、小指の先程の大きさをした、小さな菱形の青い石。
　水のエレメンタリスだ。

　街中はそれなりに賑やかで、辺りに並ぶ煉瓦造りの建物には統一感が見えて気持ちがいい。
　赤やオレンジの壁に陽の光が当たって、ぽかぽかと幸せだ。
　
　彼女はのんびりと道を散歩していた。
　………と。

　ばたん！と大きな音を立ててシルフェのすぐ前にあった扉が内側から開かれた。
　男が一人、用心棒らしいごつい男に蹴り出されてくる。
　蹴り出された男は反動で、往来を一つ前に回転してから、起きあがった。
　彼は埃を払うのももどかしいように、扉を振り返るが無情にも扉は既に固く閉じられている。

「……あら。びっくり」

　いつもの如く、あんまりびっくりはしてなさそうなシルフェの声に、男が振り向いた。見られた事に少し気まずそうな表情だ。

「あのぅ、どうなさったんですか？」

　対照的に、暖かくて幸せな笑顔のままシルフェが問いかけると、男はかぶりを振って扉をさして見せる。
　少し豪奢な作りになったその茶色い扉の上には、「占い館」と彫られたプレートが埋め込まれていた。

「どうもこうもないよ！こっちは高い金を払ったってのに、あのヘボ占い師め、あんな不吉な未来視をしやがって…！………ん？よ、よく見たらあんたも水操師だよな？
な、なあ、俺を占ってくれよ！良い未来視で、あの占い師がインチキだって証明したいんだ！」

　男は拳を握りしめてひとしきり毒づいた後、シルフェに目をやり顔を輝かせた。
　目がきらっきらしている。
　シルフェは、とりあえず彼に微笑んで見せた。
　彼女的には、「まあ、お元気な人だわ」位の気持ちだったのだが、藁にも縋る思いの男には、彼女が同意してくれたようにうつった。

「えーと。えーとだな、じゃあ俺がこの先、結婚出来るのかどうかについて占って欲しいんだッ！あの占い師め、俺は生涯独身だ、なんて予言しやがって！」

　それなりに人の通る道だと言うのに、男は声を大にしてのたまった。
　通行人が何名か、唐突に軽く吹いたり、彼に気の毒そうな視線を送っていたりもする。
　だがしかし、シルフェはおっとりのんびりと笑顔を浮かべたまま、首を傾げて見せた。
「お断りします」
　笑顔のまま、笑顔のまま。
　彼女は彼の願いを一蹴した。
　男が愕然とした表情を見せる。
「わたくしも、水操師のはしくれですから、それは未来視も出来ますが…。
ふふ、でもわたくし、先に起こる事を予想するのは楽しみが減るようなものだと思いますから」
　男は何か言おうとした。言おうとした、が言葉が出てこなかったらしく、なんだか手をわたわたさせただけで沈黙する。
「…まあ。面白い」
「失礼だなッ！？」
　その動きを表してシルフェが呟いた言葉に対する抗議は、あっさりと流された。故意にでは無いのだが。
「だから、どなたかに未来視をお願いされますとお断りするんですよ」
　勿論、これからの危険を避ける為や、本当に重大な事はお手伝いしますけれどね。
　彼女の言葉に、男はがっくりとその場に腰を下ろした。立てた両膝の間に頭をうなだれる。
　ある意味彼にとっては重大な事ではあったのだが、これはこの際涙を呑んで貰うとしよう。

　シルフェはうふふ、と笑みをこぼすと、意気消沈の彼の前にしゃがんで見せた。
　そっと、その手を彼の膝へと、触れるか触れないかの辺りに乗せる。
　先程蹴り出された時にだろう、男の膝に出来た擦り傷は、それこそあっと言う間に癒されて、後も残さず消えた。
「うふふ、治療でしたらいくらでもお引き受け致しますからどうぞお気軽に」
「あ、ああ…。有り難う」

　男が、少しつられて笑みを見せる。

「……それにしても」
「うん？」
　シルフェがぽつんと呟いて、彼が問い返した。
「どうしてどなたも水操師だと見抜かれるんでしょうか。わたくしそんなに『いかにも』な姿ですか？」
「い、いや、……うん、まあ。うん」
　心底不思議そうな、彼女の言葉に、男は困ったように言葉を濁すのだった…。


　ある日の、いつも通りの。
　平和な街角のお話。



　-End-

PCシチュエーションノベル（シングル）

日生 寒河

聖獣界ソーン

2005年12月20日