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『我が意は其に在らず 』
夜崎・刀真4425)&夜崎・刀真(4425)

 …鏡に映したが如き姿とは言えないか。それにしては相手は倍近い年の頃と思える見た目。だが血縁は明らかに見える姿――否、血縁とだけ言うのも気が引ける程の相似。それはまさに、己自身が二十年程年経たものだと思える姿で。今の自分の如く、十代そのままの姿であるが故に微かに残ってしまう幼さは完全に抜けた、精悍な――それどころか身の裡に只ならぬ修羅を飼っているとまで即座にわかる顔立ちの。
 そしてその、本来認めるべきでない認識こそが一番正しいだろう事は自分自身で痛感していた。
 目の前に現れた姿は自分自身――その、『別の可能性を辿った成れの果て』。

 …夜崎刀真、約二十年の昔に昇仙す。とは言え仙道に在りて仙道の素質は無く、ただ辛うじて最低格の尸解仙となったのみで今に至る。純粋に仙道としての技量は二流以下、つまりはほぼ無い。だが――昇仙前の事、師に付き生死を賭して挑んだ鍛錬の果てに修めた内家武術の秘奥、その超人的体術を軸とした独自の対人外戦闘術にだけは卓抜した者となっている。
 それが本来の自分。
 だが。
 今ここに現れたのは――昇仙せぬまま今に至るまで時を過ごした自分。
 即ち、今の自分にとって『何より大切なもの』を知らない自分と察しは付いた。そして同時に――その自分が師の後を正しく継いで『怪異の討滅者』と化している事も。

 言葉など何も必要無い。
 …ただ、遇ってしまっただけで、見ただけでその事実が理解できた。
 それもまた自分自身であるが故。

 …『あらゆる可能性への扉』を開く『門』と『鍵』。
 壊しはしたが、遅かった。



 詳細を語る気は元より無い。だが、とある一つの事件で関る羽目になった『あらゆる可能性への扉を開く』と言う『門』と『鍵』。それが今の状況を起こした原因である事だけは知っている。破壊の寸前開かれてしまっていた『別の可能性』への道。そこへ引き込まれてしまったが故に、己の前に別の己が立っている事になる。
 そしてその己は――今ここに在る俺の存在自体を許さない。
 それはまた俺自身も同じ事。
 存在を許す訳には行かない己自身の可能性。
 二刀を手に対峙する。視覚のみならずその底に通る深い感覚で相手を辿り観る。それだけでも相手が自分であると痛感できる。己と同じく二刀を構える姿。自分でしかない動き。同じ流儀の業であったとしても別人ならば僅かに違って来て当然。この相手にはそれすらない。推測では無くただ事実として、対峙する相手が己と同一存在である事がわかる。
 何故貴様がそこにある。
 それはこちらが言うべき科白。
 貴様は道を踏み外した。
 あってはならない可能性。
 それは貴様こそに与えられるべき言葉。
 俺の名は刀真――否、討魔。魔を討つもの。
 それが今の俺の名だ。
 道を踏み外した貴様には名乗りようもない名前。
 嘲る声が静かに響く。
 違う。
 俺は刀真だ。
 言葉をもって静かに抗する。
 冷静の素顔の下で憤る。
 討魔と名乗る己の姿。それが自分を嘲る事実それ自体が許せない。
 ならばどちらが『在るべき本物』か。
 その決着は剣を以って。
 言外に告げた言葉は互いにとって当然の帰結。
 途端、張り詰めた空気が破られる。
 刹那の瞬間、風が切り裂かれた。

 まるで少年時代、師と共に過ごした山中そのままの。
 ――見知ったその場に見届け役を託し。

 刀真と討魔は激突する。
 …互いの一切を否定する為に。



 己が本分たる『異能殺し』の絶儀が殆ど意味を成さない事は双方頭から承知の上。『異能殺し』の絶儀――あらゆる超常なる力の天敵たりえる力。そうは言っても今ここでこの場所で、他ならない自分自身と戦う為には――それは効果的に使える技では有り得ない。
 双方共に異能の技は使わない。使えない。互いに持ち得たその力は『人』である範疇のもの。生まれついた特異性を何も持たない『普通の人間』が極限の修練により至った極み。傍から見れば超人の如き技の数々も――決して天然自然の理に背くものではない。己が体内に気を通じ、気を巡らせ自然の理のままにその身を置いた上で行うもの。その力だけで刀真も討魔も今まで戦い抜いて来た。そしてそれはこれからも同じ――今も同じ。…相手の技に異能らしい異能は欠片も無い。
 細かく打ち合う音がただ響き渡る。鋭く甲高い金属音。両手に握る剣。その切っ先と切っ先。かち合い煌く銀の光。一拍置き、大地を蹴る音。疾駆する音。風と急激な動きに閃く白い裾。次に来る相手の攻撃。受ける為動く腕。…型をなぞるが如く事前に打ち合わせたかの如く、刀真と討魔はしっくりと合う形で――鎬を削り対峙していた。…それは同一存在であるが故の事。相手の行動が読める。だから型をなぞるかの如く互いに対処できてしまう。予定調和の如く打ち込み、受けてしまう。容易に先回りや隙を衝く事が出来ない。どちらも自分自身であるが故。
 が。
 それはほんの僅かな間の事。
 異様に乱れぬその予定調和を崩したのは、討魔。
 場数故だったか、討魔が先に型を崩す事を考え――そして実行まで先にした。自分自身であるからこそ、自分自身は決してしないだろう行動。ごく自然に手段の一つとして頭に浮かぶ。討魔はその不自然な行動を敢えて選び取り、相手の――刀真の型を崩し、そこに剣先で怒涛の突きを入れて来る。ただ素直な技だけでは決して生き残れない修羅の道を選んだ討魔。只人でありながらあらゆる人外の討滅者として数多の魔を討ち神を滅ぼしてきたその経験が、地力勝負となったその場で顔を出す。躱し切れない切っ先、迸る血飛沫が刀真の纏う白色の衣を染めていく。だがそれでも刀真は倒れない。
 瞬く間に追い込まれ討魔に圧倒されているとしか見えない姿。だがそれでも致命傷は受けていない。致命傷を狙う切っ先はすべて躱し切っている――その上に、防戦一方どころか討魔に対し再び刀真の攻撃が届きさえする。だが、だからと言って討魔の技が緩んだ訳でもない。傷付くのは刀真ばかり。…圧倒的に見える差違――が、しかしそれでもなお拮抗する二人の戦い。圧倒的に不利ではあるのだろうが――それでも刀真の負けだとはとても言えない。
 二人、どちらも――己が修めた業にこそ、拮抗の理由がある。この業は『ヒトを超えた存在』と戦い抜く為の――即ち己の弱さを認めなお『理不尽な強さ』に屈しない為のものであるが故。だからこそ弱者たる刀真と強者たる討魔が拮抗し得る。何より刀真にとって師の理想を切り捨ててまで選んだ一人の少女すら、ただの『人外』として討ってしまえる自分など決して認める事も屈する事も出来はしない。その思い故に刀真の攻撃は討魔に届く。攻撃を受ける事すら出来る。躱す事すら。満身創痍ながらも抗い続ける事が出来る。
 荒い息。疲労の色も濃い。だが鋭い身ごなしは鈍らない。朱色が空を撥ねる。弧を描く。血。
 …討魔は強い。それだけは仕方の無い事。場数を踏めばそれだけ強くなるのは道理。不自然な事は何も無い。だがそれでも、その強さに意味はあるか。刀真は無意識の内に思考する。相手の事――自分の事。戦いの中での細かい動きの一つ一つをでは無く、相手の強さの意味を思考する。目的は何処にある。師の如き憎悪。絶望。
 ――俺はそんなもの初めから持っていなかった。
「…違う」
「何が違う。…負けを悟って狂ったか?」
「…何が、ある」
「…?」
「――…貴様には何がある!! 師には己を通す理由があった。復讐の為にと異能を憎み異能を滅す為異能を否定する力を望んだ、その為に『異能殺し』の絶儀を――業を悟り修めた!!」
 自らが味わった絶望を誰にも味わわせないその為だけに。
「貴様――」
「…どうだ!? 貴様には何がある!? 何も無い筈だ。他ならない俺が言う。自分自身の言葉だ。…違わない訳が無い――違わんだろう!? …貴様は師の目的も理想も失った空っぽの模造品でしかない――!!!」
「ッ――」

 お前に絶望は何もない。
 お前に憎悪も何もない。
 師の如き理由を何も持たない。
 …なのに何故お前はそこで力を振るう?

 意味の無い力など振るえるか。
 自分は何故にこれを修めた。
 それは初めは何の意味もなかったかもしれない。
 ただ、師に流されていただけだったのかもしれない。
 …どうしてもと無理矢理理由を付けるなら、ただ心身の鍛錬の足しに。それだけでしかなかったかもしれない。
 それでも、それで済ませていたならば、まだ真っ当な理由と言えた。
 だが。
 そのままなしくずしに、師の後をも継いでしまうとなれば。

 ――それは、違う。

 自分には何も無かったのだから。
 師のような理由も何もかも。

 討魔が目を見開いている。それは僅か――刹那の間の事。本来ならば隙とも言えない程の本当にごくごく僅かな間。だがその討魔に対峙していたのは刀真――即ち自分自身でもあり。己が弱点は己がよく知らねばならぬもの。ならば討魔が今空けた間は――致命的な隙となる。
 ごくごく僅かな隙、だがそれは対峙しているのが己が弱さを熟知している自分自身である限り――絶対的に致命的。討魔の動きが見える。僅かな動揺から生まれた間。剣の位置。体の位置。先への動き。微かなズレ。俺でなければ読み切れる筈の無い。俺であるから読み切れる。
 弱さの意味を忘れ崩れた自分を相手にするのなら、実に簡単。

 刀真は裂帛の気合いと共に、討魔の懐に鋭い切っ先を突き入れた。
 音も無く、己が弱さを知る故に隙のあろう筈も無い切っ先が――討魔に難無く吸い込まれる。
 場の空気が俄かに停止した。

 その瞬間にすべてが決する。

 ――『在り得なかった可能性』。
 師の後を正しく継いだ討魔はそれに成り果てた。
 模造品との言葉に敗北した。
 自分はそれに動揺した。
 自分はそれに自覚があった。
 何も無いと。
 あの頃の自分がそのまま続いていれば――何も無かった、何も無いままであったのだと。

 討魔の姿が砕けるように消滅する。
 最悪の可能性は、葬れた。
 …今の自分と言う可能性は、葬られずに済んだ。



 討魔の消滅を、見届けて。
 刀真は再び、血振りを兼ねて剣を振るう。
 倒れるな。
 …まだ、力尽きる訳には行かない。
 遣り残す訳には行かない最後の仕上げが残っている。

 絶儀――『討魔』。

 その名を名乗った自分を、可能性すら何もかも――今だけでは無く、永久に葬り去る為。
 腕の震えを押さえ、繰り出した『異能殺し』の剣技。
 その業が切断出来るのは、何も対峙すべき相手のみでは無く。
 対峙すべき『力』そのものすらも。
 場に及ぼす力の経路、それ自体を完全に切断、滅消する。

 振るった、その刃で。

 在り得なかった世界が消える。
 ――『可能性の狭間』は無効化する。



 そして刀真は現実へと帰還する。
 師と共に幼き日を過ごした山中では無く、雑然とした――異郷の都会。その場、元々――本来居た筈の硬い人工の大地を改めて踏み締める。

 …『討魔』は、もう『ここ』には居ない。

 決して師とは相容れぬ道を選んだのが、自分。
 師の如く――討魔の如く、ただ人外の力を討つ為にではなく。
 自らの片割れたる人外の少女と共に生きる為にこそ。
 俺は、この足で歩いて行く事を自分で決めた。
 …そうだったな。
 決して忘れてはいけない――否、忘れられる訳の無い。
 唯一にして絶対の、俺自身の選択を。その結果が今ここに在る事を。

「…俺が、俺の道を違えない為に」
 お前の事は覚えといてやるよ…莫迦な俺。

【了】


■タイトル中の『意』の字は『こころ』との読みでお願いします(礼)
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2005年12月19日

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