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『fortune teller 』
真咲・水無瀬0139

 路地奥にぽつりと一つ、灯りが点っている。
 ビルに囲まれ陽は差し込まぬ暗がりで、蝋燭と思しき灯りは瞬くように揺らぎはすれど、遠ざかりも近づきもせずにじっと其処に佇んだままだ。
 真咲水無瀬は、視界の端に引っ掛かる不審なその火に足を止め、銜え煙草を歯で噛んで揺らすと僅か目を細めた。
 然したる集中も必要なく研ぎ澄まされた意識は、路地奥の光景を手に掴めそうなほど至近に認識させる。
 灯りの正体。
 それは暗がりに溶け込むを目的としてか、黒いローブに身を包んだ人間が手にした燭台に点された蝋燭の炎である……真咲がそれを見て取ると同時、フードを目深く被った相手は視線を察したかのようにす、と身を引くようにして路地裏の奥へ身を返して歩いていく。
 真咲は視界を通常に引き戻すと、銜えた煙草を指で支え、紫煙を吐き出しながら唇を笑みの形に引いた。
「……随分と奥ゆかしいお誘いだな」
慎ましい女性は嫌いじゃない、と誰にともなく嘯いて、真咲は迷う事なく足を路地に向ける。
 趣味は休日のタウンウォッチング……と断言するその本心は、スラムに潜伏する犯罪者の捕縛であり、真咲の興味を引いた人物、となればそれだけで追う理由は十分である。
 因みに遠目ながら女性、と断定したのはローブから僅かに覗いた肌……赤くくっきりと口元の、形を浮き上がらせるようなルージュの存在を認識した為だ。
 その彼が、誘いめいた動きに動じる筈はなく、昼日中でも暗がりや人目のつかぬ場所で犯罪の横行する治安の悪さに、怖じも躊躇いもせずに路地裏へ歩を進めていく。
 乾いた風は入り組んだ狭いビルの間まで入り込めず、昨日の雨に湿気を含んで黴臭いような空気が肌にまとわりつき、じっとりとして泥とも埃ともつかぬ汚れが堆積して舗装が為されていても意味がない。
 ともすれば、足を取りそうにぬかるんだ道を僅かの間後顧して、真咲は吸いさしの煙草を湿った路面に落として靴底で踏みにじると、人影が消えた路地へ足先を向けた。
 その彼の後姿もまた、容易に昼尚暗いスラムの影に呑み込まれた。


 灯が彼に対してのものだと確信出来たのは、右へ左へと入り組んだ路地の角の手前で、真咲が目的の人物の姿を見失わぬ為の配慮を思わせる動きで彼を待ち、また曲がる方向を示して揺らぎ、角の向こうに消える為だ。
 その誘いに怖じる真咲ではなく、如何なる事態にも対応し得る実績と自覚、それに裏打ちされた自信は足を止める理由を探そうともしない。
 しかし、焦らすようにゆっくりと奥へ奥へと進んでいく灯に、真咲は心許なくなって来た手持ちの煙草の本数を指先で数えながら、胸ポケットから取り出した新たな一本に火を点けて呟いた。
「……飽きたから、そろそろ帰るぞ」
かなりの距離を引き回されている。保身や危険予測というより、それだけ付き合ってやればもういいだろう、と失せかけた興味のままに告げて漸く、灯りは動きを止める。
 相手が止まって、歩を緩めなければ距離が縮まるのは当然で、真咲は漸く、通常の視界の内に先に認識したローブの人物を捉えた。
「勿体ぶったお誘いに付き合ってやったんだ。余程の用事だろうな?」
胸の前に抱えた燭台の蝋燭はローブの黒を背景に火を浮き立たせ、それに照らされた女の赤い唇が、揺らめくように言葉を紡ぐ。
「……貴方の、過去と未来が。見えます」
一言ずつを、言い聞かせるようにゆっくりと。
 大きくはないが、しっかりと通る声は路地に響き、蝋燭の火に照らし出された影は壁に映って揺らめいて女の姿を大きく見せる。
「なんだ、ただの辻占か」
喩え声を上げたとしても、人通りのある場所に届きかけしない奥に誘い込まれて、ただの、も何もあったものではない。
 だが、自説にすっかり納得してしまった真咲は、相手に否定も肯定する間も与えずに、ふ、と吐き出す紫煙に先を促した。
「で、何が見える?」
動じる事さえせずに先を促す真咲に、占い師は気を取り直す為か一度頭を振ると、フードの内側を照らすように灯りを身に寄せる。
「貴方の過去は赤い別離に満ちている。流された血は全て、貴方の運命に巻き込まれた死。滅びを怖れる者は貴方の元から去り、死に近い者、それを望む者は貴方の背後に拡がる死の、翼の下に休むだろう」
おどろおどろしく不吉な言葉が重ねられる。
 低い声に揺れる蝋燭もそれらしく、気の弱い者ならば場の雰囲気に呑まれて不安に掻き立てられるまま、占い師に指針を請おうものだろう……が,相手は真咲だ。
「で、何が言いたいんだ結局」
全く気負わず脅されず、要点のみを求める彼に占い師の動きが一瞬止まる。理由は呆れか困惑か、と思う所だが、彼女は笑いの形に両の口の端を引き上げた。
「真咲水無瀬」
真咲の、フル・ネームを呼びかける。第三者的な呼称から突然、名を呼ばれて虚を突かれた間に、占い師は一歩前に進んで距離を詰めた。
「貴方が傍に置きたいと思う程に相手は傷つき、貴方が大切に想う者ほど死に近い。貴方の未来は死に満ちている。そしてその全てが全て貴方の手によって為されるだろう」
諭すように柔らかな声音で優しく、赤い唇が残酷な未来の形をなぞる。
 突きつけられた予言に真咲の動きが鈍る。それに気を良くしたのか、もう一歩、占い師が足を進めた瞬間に、真咲は億劫そうに口を開いた。
「……それなら教えてもらいたいんだが」
片足に重心を移動させ、指でピンと煙草を弾く。
「さっきから気色悪い位熱心にこっち観てるヤツらも、その範疇なのか?」
言うなり踏み出した一歩、片足に全ての重心を移行させて繰り出した蹴りが、占い師の身体を横様に壁に叩き付けた。
 突然の動きに、それまで……真咲が路地に足を踏み入れてからずっと注がれ続けていた視線、複数のそれを示すようにバラバラと背後から足音が近付くのに、真咲は口の端だけで笑んだ。


 賊を纏めて積み上げ、道々に落として来た煙草の吸い殻を道標に迎えが来るまでの一時、痛打を喰らった為か妙に大人しい占い師……もどきと真咲は会話する羽目に陥っていた。
「何? 詐欺は詐欺でも結婚詐欺?」
切々と、真咲を陥れる計画に乗らされた経緯を語る、占い師もとい詐欺師は、そのテレパス能力を買われ、報酬に今までの罪歴をなんとかしてやるからと半ば脅迫めいた勢いで連れてこられたのだと言う。
「あ、でも本業は占い師なのよ。サイドビジネスを別にしたら結構当たるのよ」
口元だけ見れば若い印象だったが、フードを取ってみれば結構な年齢を重ねている女はその年らしく、無駄な喋りが多い……沈黙に耐えられないタイプかも知れない。
 聞きもしないのに適当な相槌さえ打っていれば、ぺらぺらと内情を語るに難はないが、合間にどうでもいい話がかなりの割合で混じるのはあまり歓迎したくない。
 しかし掻い摘んでみれば、彼女がいつもするように、占いを請うて訪れた相手との会話から弱味を掴んで深層心理に暗示をかける手段で所属部隊を壊滅させる目論見であったのだという事実が聞けたそれだけでも収穫と言えなくない。
 しかし、黒幕に関しての情報は欠片もなく、そちらは見張りを兼ねて配置されたのだという……人通りのない路地に多数の足跡を残して、罠どころでない状況を作っていた男を締めあげて吐かせるのが妥当かと、胸算用する真咲に詐欺師がまた声をかけた。
「でもね、私も結構自信あったのに、あなたにだけかからなかったのが口惜しいのよね」
「それはお前がヘボだからだろう」
思考を中断されたせいか、つい素で返してしまった真咲だが、詐欺師はそれを苦にした風もなく続ける。
「それがねえ、あなた。私より先に暗示かかってるのよ。それもかなり強力に。それが邪魔でいつもみたいに上手くかからなかったのよねぇ」
主婦の井戸端会議の乗りと口調で告げられる事実に、真咲は思わず口元から煙草を落としかけた。
「……なんだと?」
「暗示っていうより呪縛よねぇ。どんなモノかは知らないけど気をつけた方がいいんじゃなぁい? それこそ私の予言があたっちゃったりして、ねぇ」
会話をすればする程、犯罪者とではなく近所のおばちゃんと話している気分になる……脱力しかける己を鼓舞し、真咲は膝に手をついて腰掛けていた(尋問予定の男達の)山から立ち上がった。
「予言だろうが暗示だろうが、意志でなんとかすればいいだけだろう」
何分にも相手は詐欺師で占い師である……口八丁に世を渡る相手の情報に如何ほどの真実が含まれているかは知らないが、それに揺らぐ真咲ではなかった。
 話を合わせてやらなければ同じ所を巡る会話に疲れていても、不遜さは健在でその主張に全く迷いはない。
 何気なく見上げた空は、ビル影に細長く切り取られているが、その青に変わりはない。
「悪魔に魂を売り渡そうが、神を敵に回そうが、運命など俺の好きに変えてやる」
真咲は脳裏にふと浮かんだ仲間の顔に口の端を緩めた。
――奴等を守る為なら。
 そして、大切な事は言葉にせず。
 売りつけられる悪魔の迷惑も敵視された神の困惑も顧みず、ただ己の欲する所に正直な想いだけを胸に、真咲は不敵な笑みを空に向けた。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
北斗玻璃 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年12月19日

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