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『過激な日本歌勝負! 』
松田・真赤2849)&銀野・らせん(2066)&ブラック・ドリルガール(2644)


 年末を締めくくる長時間生放送の音楽番組『日本歌勝負!』に、なんと新進気鋭のロックバンドのスティルインラヴが初登場することになった。当然のことながら今年一番のヒット曲『spiral angel』があっての登場となったわけだが、テレビ局が語る出場選考の理由はそれだけではないのだ。CDの発売直後のメディアの食いつきっぷりやヘアーファッション業界を多少なりともブームを起こしたという事実が積み重なった結果を認めた結果であるらしい。所属事務所『トリプルクラウン』がテレビ局との打ち合わせでセットや衣装などに関する話し合いをした結果、彼女たちが慣れ親しんだライブハウスを模したセットを用意することで合意。さらに衣装もトレードマークになっているいつものジャケットでの登場ということになった。
 リーダーの松田 真赤はこの日のためにジャケットを上等なクリーニングに出し、意気揚々と前日のリハーサルにやってきた。真赤が渋谷のスタジオにあるステージに入ると、すでに他のメンバーが大道具さん渾身のお仕事で作られたライブハウスのセットの中でそれぞれの楽器の調整を行っていた。

 「おっはよーございまーすっ!」

 真赤は明るく軽く挨拶すると、まずはマネージャーから念押しされたマイクの音量チェックから始める。去年、これを怠ったがためにとある学園祭でえらい事件を巻き起こしてしまったのだ。真赤が「あーあーあー!」と音域を変えながら声を発すると、客席中央に設けられた音響さんがえらい勢いでスイッチをいじる。どうやら彼女の標準的な音量でテレビに乗せると、身体の弱いおじいちゃんが泡を吹いて倒れてしまうようだ。結局、基本的な調整が済むまでに10分もの間、真赤はずーっと「あー!」を言いっぱなしでいた。途中でやけくそ気味に叫んでいたのは自分だけの秘密だったようだが、誰が見ても真赤の苛立ちっぷりは一目瞭然だった。
 メンバーの持つ楽器のほとんどは自分で持ち込んだ物ばかりなので、それほど調律には手がかからない。リーダー待ちの間、メンバーは曲の尺を伸ばす際にどこを繰り返すかや、真赤が全員に向けて出す合図のポーズなどを考えていた。彼女たちはプロである。もちろんちゃんと尺に関しては考えていたが、全員の心のどこかにほんのわずかな油断があった。自分たちの後に登場するのが演歌の大物で、しかも超巨大のセットを組んで登場することを考慮して考えを巡らせていたのである。曲を伸ばすどころか「縮めろ」と言われる可能性の方が高いのではないかというのが大方の予想だった。リハーサルでのスティルインラヴは自分たちに与えられた時間を目いっぱい盛り上げることだけに専念し、あとは問題が挙がれば事務所に持ち帰ってじっくり相談することにした。

 そんな最中、スーツに身を包んだ幼びた顔の女性がスティルインラヴのリハーサル風景をひとりでじっと2階席から見つめていた。彼女はテクニカルインターフェース社に所属する黒野 らせんことブラックドリルガールである。歌の関係者とも言えなくもない彼女がなぜここにいるのか……実は社の指示によって明日の本番でスティルのメンバーを全員拉致するために会場の下調べにやってきたのだ。つまり胸にぶら下がっている入場許可証は社が作った偽造カードということになる。
 なぜ社が彼女たちに執着するのか。それにはちゃんとした訳があった。どうやらメンバーがそれぞれにバンドで個性を発揮しているように、それぞれが何らかの霊能力を持っていることが調査で明らかになったのだ。不思議なペットを飼っているという情報もある。これを使わない手はないと社はブラックドリルガールに任務を与えた。「スティルインラヴを拉致すべし」と。

 「これだけ舞台と客席の明暗がはっきりと分かれるなら、客席最前列に近いステージギリギリの天井から行動すれば虚を突けるだろう。まぁ相手は戦いのプロではない。明日の任務はさっさと終わらせよう。」

 スティルインラヴの今年最後のライブ計画の裏では黒い野望も同時に動いていた。このまま彼女たちはブラックドリルガールに拉致されてしまうのだろうか?!


 そして翌日となり、歌番組の本番がスタートした。スティルインラヴは中盤のトップバッターである。その出番を今か今かと最前列で目を輝かせながら待っているのは少女がいた。歌のモチーフとなった銀野 らせんである。なんとドリルガール本人が自分の曲が全国放送で流れるのが嬉しくてたまらなくなり、わざわざ観覧チケットを取って渋谷の会場まで足を運んでいたのだ。これは運命か、それとも……
 ステージの明かりを落としてスティルインラヴのセットを移動させている間、司会者は他の出演者たちと一緒にメンバーの紹介をしていた。特に女性シンガーは髪に縦巻きのウイッグをつけて楽しそうに話している。どうやらあれがヘアーファッションへの影響らしい。そういえば若手のアイドル歌手もあの髪型でヒット曲を歌っていた。当の本人は三つ編みなのだが……そしていざスティルの出番となった時、らせんは一緒に声を合わせて歌おうと張り切り、まずは黄色い声援を飛ばす。

 「We are STILL IN LUV! いっくよー、みんなぁ!!」

 真赤の声が会場を響かせる。観客も大いに盛り上がり、大きな歓声がどこかしこから飛んだ。しかし曲のオープニングは『spiral angel』ではない。これにはらせんの近くにいたファンも驚いたようだ。そう、彼女たちは今回の曲を『spiral angel SPECIAL EDITION』と題していた。スティルは自分たちの名を広く世に知らしめるために『STILL IN LUV!』のオープニングから『spiral angel』に繋ぐ本舗初公開のヴァージョンを用意していたのだ。バンドの名前を連呼しながら会場の雰囲気を上げていくスティルインラヴ。飛び跳ねるようなアッパーチューンを間近で聞いたらせんもさすがに鳥肌が立った。

  S・T・I・L・L・I・N・L・U・V STILL IN LUV!
  S・T・I・L・L・I・N・L・U・V STILL IN LUV!
  S・T・I・L・L・I・N・L・U・V STILL IN LUV! C'mon!

 メンバー全員のコーラスと会場からの「スティルインラヴ」コールを浴びながら、真赤はスタッフのキューをもらったところで一回転してマイクを空高く上げた。するとスポットが真赤にあたり、まずは曲のサビを噛み締めるように歌い上げる。彼女の心の中には『今日が一年の総決算だ』という気持ちが込められていた。

  白銀の鎧に力を込めて みんなを夢の彼方へと……spiral angel!

 本来は1番の最後を飾る歌詞をタイトルで締めくくり、ついに曲が始まった! 自分をイメージした曲で大興奮になっている会場を見渡すらせんの表情も満足そうである。しかし視線をステージに戻そうとしたその時、視界に見慣れた姿をした女性が天井に潜んでいるのを発見した! 相手もヘッドセットディスプレイで相手の存在を知り、思わず苦笑いを浮かべる。

 「あーっ、ブラックドリルガール……えーっ、あたし人生で至福の瞬間に変身するのぉーっ?!」
 「バ、バカな。なんでこんなところにドリルガールがいるんだ! 面倒なことになったな、さっさと仕事に取り掛かるか。」

 イオノクラフト装置で自在に空を駆けるブラックドリルガールは一直線に真赤の頭上へと迫るが、それをさせまいと白銀のドリルが行く手を阻んだ! 会場は一瞬だけ静寂が支配する。

 「やはり、そう来るか!」
 「当たり前じゃない! またこんなところで悪さしてっ!」
 「き、貴様、なぜそんなに早く変身を……?!」
 「みんなの視線がスティルインラヴに向いてたからよ。おかげで変な心配しなくて済んじゃった。じゃあ行くわよ! 銀の螺旋に勇気を込めて、回れ正義のスパイラル! ドリルガールらせん、ちょっぴりお客様のご期待通りに只今見参!」
 「ふふふ……黒の螺旋に殺意を込めて、回れ邪悪のスパイラル。ブラックドリルガール、満を持して只今見参!」

 前口上を合図に空中戦を繰り広げ始めたふたりのドリルガール。会場は子どもたちを中心に大喜び。一方、スティルの曲は1番を終わって2番に入る直前だった。真赤はいつか見た光景に驚き、思わず『あーっ、あれあれ!』とメンバーに言いそうになったが、それをすれば曲と番組が台無しになってしまう。突然と湧き上がった驚きをなんとか胸の奥に押さえ込み、2番の出だしをいつものように歌った。しかし驚いているのはメンバーも、そしてマネージャーもスタッフたちも同じことだ。こんな演出は事務所での話し合いの中では一度も挙がらなかったことである。だが上層部は違った。会場の盛り上がりが最高潮に達したのを察知したプロデューサーは迷いなくディレクターに指示を出した。『早く真赤に「3回引っ張らせろ」の合図を出せ』と。
 その頃、ブラックドリルガールの口から『スティルインラヴ拉致計画』を聞かされたらせんは焦っていた。会場で戦っているのでは敵の思う壺だ。とにかく目前の敵を外に追いやることを考えて動こうとするが、銀野 らせんにとっては会場は広かったかもしれないが、ドリルガールにとってはあまりにも狭いフィールドである。ヘッドセットディスプレイをよく確認しながら、観客やセットに当たらないように巧みに飛びながら攻撃を仕掛ける。ところが周囲に気を配るあまり、目の前に迫る敵に気づくのが一瞬遅れた!

 「一手遅い! 食らえ!!」
 『……ヤラ』

 ブラックドリルガールは瞬時にルーンカードを読み込ませ、ドリルの回転力をアップさせる! しかしらせんも彼女と何度か戦い慣れているおかげで手を打つことができた。飛行能力を最大限に生かし、身体全体をひねりながら前へ突き出された高速回転するドリルを避けてステージの前で体勢を立て直す。ライバルの撃破とスティルの拉致、一挙両得となる絶好のチャンスを逃したブラックドリルガールは軽く舌打ちをしながら再びらせんと対峙する。会場はリアリティあふれるバトルに拍手喝采だ。

 上で戦っているドリルガールも大変だろうが、スタッフから無茶な指示を受けた真赤も大変だった。実は歌の引っ張りは2回分しか考えていなかったのである。2回目と最後は盛り上げのためにサビを使うことを考えると、1回目はバンドのメンバーで補ってもらうしかない。こんなに急な注文では『誰かのソロで』と言うわけにもいかない。真赤は曲中にあるらせんの決め台詞を絶叫すると、パフォーマンスをする素振りで後ろを向く。そして大声で「1回目はメンバー全員で即席のセッション、その後は予定通りでよろしく!」とメンバーたちに指示した。会場中に響く大歓声を逆手にとって、一番伝わりやすい手段を使ったのだ。
 彼女の判断は正しかった。すると、すぐにドラムがリズムを刻み始める。誰が入ってもいいようにお膳立てをしたのだ。そしてそこにサックスが乗っかると、ギターやベース、キーボードが続いた。真赤はドラムと目を合わせ、『サビに戻る時はスネアの連打でよろしく』と人差し指を交互に上下させるジェスチャーで合図した。自分も無茶とわかっていながらも上司からの指示を仕方なしに出したスタッフも、このスティルインラヴの落ち着きと即興で生放送に対応する姿を見て舌を巻いた。もちろんこの報告は上司へと伝わり……

 そしていよいよ曲も終わろうかという頃、らせんはある空間を見つけた。それは室内の換気を行う巨大な通気口だ。おそらく外まで続いているのだろう。もはや迷いは禁物と予告もなしにエンジェルフォームに変身すると、すさまじいスピードでブラックドリルガールに接近する!

 「い、いきなりかっ! なっ、なぜだ貴様!」
 「拉致なんて絶対にさせないわ! 一緒に寒空で戦いましょ、あたしはもう覚悟したわっ!」

 らせんは敵をつかんだまま、本来の姿である螺旋剣を前へ突き出し通気口を破壊してそのまま細い空間を通り抜けていく。幸いにも障害物となるものはなく、そのまま外まで文字通り『突き進む』ことができた。会場からドリルガールが去っても、観客の熱気はまったく収まらない。スティルの曲が連続のサビで最後の盛り上げに入っていたからだ。真赤も「ここからは予定通り」と安心し、自慢のパフォーマンスを見せながらステージから笑顔を振り撒いた。
 そして曲が終わると大番狂わせとなったスティルはさっさと袖へと引っ込む。ところが真赤はセットが一緒に戻ってこないことがどうも気になっていた。すると司会者がプロデューサーの入り知恵でとんでもないことを言い出したのだ!

 「いやぁ、この会場の盛り上がり! さすがはスティルインラヴ! それではもう一曲アンコールで歌って頂きましょー!!」
 「えええっ! そ、そ、そんな、きゅ、急に言わないでよーーーっ!!」

 困惑するメンバーたち。そんな彼女たちを上からじろりと睨むのは、拉致計画を実行していたブラックドリルガールではない。ド派手なセットに身体をはめ込んだ演歌の巨匠からであった。これにはさすがの真赤も冷や汗がだらだらと流れた。しかし客席からの「アンコール!」の声に背中を押され、メンバーたちはステージへと戻っていく。恐るべし、生放送。そう、スティルの恐怖はさっきではない。今から始まるのである。それもこれも、すべてドリルガールが出現したのが原因だ。そして曲を作ることになった原因もドリルガール。メンバーの冷たい視線を一身に浴びながら、真赤は『仕方ないか』と諦めた。


 小雪が舞う会場上空では、まだドリルガールの戦いが続いていた。らせんは自分の曲がろくに聞けず、ブラックドリルガールも拉致が失敗し、お互い踏んだり蹴ったり。半ばやけくそになって戦い続けるふたりであった。

 「もーっ、あたしの曲が生でちゃんと聞けなかったじゃなーいっ!!」
 「なぜ貴様は今日ここに来たんだ! 来なければすべて丸く収まったのだ!」
 「何よ、犯罪しようとしてたくせに大きな口叩くんじゃないわよ!」
 「貴様……『テレビが本当の特等席』という言葉を知らないのか?!」
 「家でひとりで聞いてちゃ寂しいじゃないの! ちょっと考えたらわかるでしょー!」

 さまざまな応酬が夜空で繰り広げられる、年末のある日であった。いったい誰が損をし、誰が得をしたのか。あえて明言を避けることにする。

PCシチュエーションノベル(グループ3) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月16日

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