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『星降る丘 』
3009

●事の発端
「ねえねえ、知ってる? 毎年クリスマスの日になるとね、星が降ってくる丘があるんですって」
 アルマ通り、白山羊亭。
 毎度のごとくカウンター席に独り腰掛け、アルコールを煽っていたリード・ロウへウェイトレスのルディア・カナーズが話しかけてきた。
 何の脈絡もあったわけではない。
 ただただ、両手を胸の辺りで組み合わせ、満面の笑みでうっとりと宙を見つめている。
 そんなルディアを目の当たりにし、リードはといえば、やや呆れ顔。彼女の話も右から左へスルー状態で、手酌にて瑠璃の杯に果実酒を満たす。
 殆ど興味なさげな彼の態度に、当然面白くないのは話を持ちかけたルディア当人。
 我関せずといった風に、肴のピクルスへ手を伸ばすリードの手の甲をぴしゃりと叩いた。
「あのね、とってもロマンチックな話だと思わない?」
「はぁ、そういうものですか。私はあまり関心ないですね……」
 語気を荒げては軽く睨み付けてくるルディアの視線と合わないよう、わざと目を逸らすといったリードの行為は、火に油を注ぐようなものだ。

 数分後、ルディアの掌の痕で真っ赤に染まった左頬を痛々しそうに擦るヘタレ吟遊詩人の姿がそこにあった。
「……で?」
 仏頂面でじろりとルディアをねめつける。
「『で?』って何よ?」
「私にこのような話を持ち出すところを見ると、依頼なのでしょう?」
 溜息混じりのリードへ、突然ぱあっと晴れやかな表情を浮かべ、あまつさえ
「あらまあ、リードちゃんたら賢くなったわねぇ。ご褒美に果実酒、もう1本付けてあげましょうか」
 などと彼の頭をわざとらしくなでなでしているルディア。侮れないご令嬢である。

「星降る丘――正確には、『クリスマスローズの丘』っていうの。その名の通り、クリスマスローズの群生地でも知られている所よ」
 おもむろにルディアは語りだす。
 彼女の話はこうである。

 クリスマスローズの丘には年に一度、クリスマスの日にだけ星が降ってくるという言い伝えがある。
 星が降る。つまりは流星ということだ。
 流星とは宇宙塵が大気圏に突入する際、発熱する現象のことで、いうまでもなくそれは地上より肉眼でも確認することが出来る。多くは大気中で消滅してしまうが、稀に地上に落下するものもあり、これを隕石と呼ぶ。
 そう。この話の場合は隕石を指しており、文字通り「降ってくる」のである。
 そして、運良くその星を掴まえることが出来たなら、何でも一つだけ願い事が叶うというのだ。

「というわけで、今回の依頼人は私。丘に降る星を掴まえてきて欲しいの。本来なら、自分で行きたいところなんだけれど、その日はどうしても外せない用事があって……」
 ルディアの言い分は至極もっともだ。
 クリスマスという一大イベントである。大切な人と過ごしたいと思うのも頷けるというもの。
 それに引き換え、その日暮らしの風来坊であるリードには家族や恋人などいるわけもないので、当然、クリスマスといった特別な日すら予定など入ってはいない。その点、ルディアも承知しているからこその依頼なのであった。

「だいたいのところは分かりました。ただね、万が一ということがある。星が掌サイズだったら、まあ何とかならないこともないでしょうけれど、仮に超特大隕石が直撃したらどうなるんです?」
「んー……痛いんじゃないかしら?」
 いや、実際は痛いどころか、人命に関わると思うのだが。
 渋い顔で冷や汗を浮かべるリードとは対照的に、「じゃ、よろしくね!」というご機嫌な捨て台詞を残して、さっさとその場を離れていくルディア。

 こうしてクリスマスの夜に、デンジャラスな依頼を引き受けることとなったのである。

●クリスマスローズの丘
 クリスマス当日、夕刻――
 一行は一路、クリスマスローズの丘の頂上目指して進んでいた。
 比較的穏やかな上り坂で、旅人を惑わせるような分岐路も存在しない。ちょっとしたピクニック気分であった。
 それはそれで良いことなのだが……
「盛況、だな」
 清芳(さやか)がやや呆れた調子で誰ともなしに呟く。
 頂までの道々には冒険者は元より、老若男女――特にカップル達で賑わっていた。
 年に一度、願いが叶うとあれば考えることは皆同じ。これもまた、当然といえば当然なのかもしれない。
「星を掴まえる……面白い話ですね」
 と、清芳の隣を歩く馨(カオル)が小さな笑みを漏らす。普段から飄々としている彼も、本日は心からこの状況を楽しんでいるようだ。
 彼らの背後では、オーマ・シュヴァルツが、鼻歌交じりにスキップなんぞを踏んでいた。
「るんたった〜、るんたった〜。メリ〜メリ〜クリスマス〜」
 妻子+人面草&霊魂軍団達が一緒であることも手伝ってか、こちらはいつも以上にハイテンションな御仁である。だが、その折角のやる気も番犬奥様、シェラ・シュヴァルツによってあっけなく削がれてしまう。
「妙な歌歌って、他人様に迷惑かけるんじゃないよ!」
 すぱーんと軽快な音と共にシェラの手刀がオーマの後頭部に直撃する。
 そんな両親の過激な光景にサモン・シュヴァルツが僅かに眉をしかめて、首に巻きついている銀龍の銀次郎をそっと撫でた。
「騒がしいね……。いつものことだけど……」
「い、いつもなの?」
 やや引き気味にサモンの言葉を受けたのは、勿論銀龍ではなく、彼女の頭にちゃっかりと陣取っているフェアリーのピアチェである。
「美しきかな、あれも1つの愛情表現に違いありません」
 一行の最後尾からもそもそと着いて来ているリードが、毎度のごとく都合の良い解釈を付け加えている。
 聖なる夜は、すこぶる賑やかになりそうな予感であった。

 頂上に到達する頃には、一番星が薄い闇色の空に瞬いていた。あと1時間もすれば、満天の星空へと表情を変えることだろう。
 仰いでいた視線を下ろせば、辺り一面所狭しとクリスマスローズの青い葉で覆われている。なるほど、群生地の名を恥じぬだけの迫力はある。
 とはいえ、実際の開花時期は初春である。一体、どんな花を付けるのかと期待していただけに、寒風にさらされている固い蕾を一瞥した清芳は、内心がっかりした。
 いやいやしかし、ここでへこたれてなるものか。本来の目的は大事な願いを叶えてもらうこと。萎えてしまいそうになる気持ちを奮い立たせて、流れ星捕獲の用意を始める。
 すると、
「ほう、随分大掛かりな仕掛けですね。清芳さんらしいというか……」
 切り株に腰掛けて、手持ち無沙汰に周囲の家族連れや、恋人達を観察していたはずの馨。いつの間にか面白そうな口ぶりでこちらを見ていた。
「お願いが叶うというのであれば、やはり捕まえねばなるまい。どうしても、聞いてほしい願いがあるのだ。いや、別に大した願いでもないかもしれないが……って、馨さん、そこで笑わない!」
 彼女の大真面目な願い事に思い当たる節でもあったのか、肩を震わせ吹き出しそうになっている馨の顔面に、ズビシ! と半分本気で裏拳突っ込みを入れる清芳。

 そんな2人をやや離れた所から見守っているのは、シェラであった。
「友達以上、恋人未満ってとこかねぇ。ふふ、微笑ましいじゃないか。あたし達も若い頃はあんな風に見えたんだろうね」
 腰に手を当て、なぜだか満足げな笑みを浮かべる彼女の足元で、レジャーシートを広げるオーマ。彼は無言のまま、回想に耽っていた。
 当時、超絶女たらしだった彼は見事、シェラの毒牙……もとい魅力の虜にされてしまったわけであるが、少なくとも自分達は、傍から清芳や馨のようには見えていなかったに違いない。何というか……そう、もっと過激な感じで……。
 手を休めたまま、苦い笑いが顔に張り付いてしまっている父親に代わり、大きめの水筒を傾けて、熱いココアを紙コップに注ぐサモン。こぽこぽと小気味良い音と共に、カカオの甘い香りが広がる。
 それが済むと、今度は清芳と馨が持ってきた可愛らしいクリスマスケーキと、シュトーレンを人数分切り分けていく。
 シュトーレンとは、クリスマスに食べるパンのことで、中にはラム酒付けのドライフルーツがふんだんに使われている。オーマ手製のそれと、ケーキをそれぞれ紙皿の上に盛り付けると、銀次郎とピアチェに一切れずつ与えた。
「星が降る……なんて……僕達の世界じゃ有り得ない事……だよ……ね……」
 紙コップを手に取って、伏せ目がちに息を吐く。
 もし、今も己が身がかつての異世界にあったならば、こうしてココアの温かさを感じることすらなかったかもしれない。
 このひと時こそが『幸せ』であると、サモンは純粋に思う。それはきっと、父と母も同じなのではないだろうか。
 今だ、互いが違う意味で盛り上がっているらしい両親を上目遣いで一瞥すれば、また溜息が1つ。
 と、ちゃっかりレジャーシートの端に胡坐をかいて、リュートを調律していたリードが不意に顔を上げた。
「実は私もこうして本格的に空を眺めることなど、初めてかもしれません。今宵はさぞや良いクリスマスになることでしょう」

●星はゲットなるか!?
 冒険者一行が腹ごしらえを終えた時には、辺りはすっかり夜の帳が降りていた。
 大人も子供も、この場にいる全員が丘のあちこちにちらばって、流れ星が降ってくるのを今か今かと待ち構えている。虫取り用の網に大きなザル、腕に覚えのある者などは剣を握り締めていたりと、各々が思い思いの捕獲方法を講じてきているようだ。

 清芳が無事、流れ星を手に入れたことを確認すると、ようやく馨も切り株から腰を上げた。
「さて、それでは私も取りかかるとしましょうかね」
 ゆったりとした口ぶりながらも、彼の動きには一切の無駄がない。
 まずは羅針儀、星図等、こまごまとした道具を取り出す。それらで丹念に調べ、また前後左右へ踏み出してみたりと、かなり本格的だ。
 やみくもに動き回るのではなく、こうやって大気の状態などを読んで、落ちてくる刻限や位置を確認しているのである。

 正確な数値が弾き出されて当たりがついたのか、馨の動きがある一点で止まった。
「ふむ、ここで間違いないようです」
 1つ頷くと、深呼吸を幾度か繰り返した。気持ちが落ち着いてくるのが分かる。
 感覚を研ぎ澄まして、気を大地へと這わせるのだ。目を閉じれば、生ある者達の数多なる息吹が聞こえる。
 そのままその場へしゃがみ込むと、地へ掌を添える。クリスマスローズの堅硬な葉が、指先に触れた。
「母なる大地へ告げん。我が声、其の御身に届くならば、とく成し給え。空の使者抱きて、慈悲により包み給え」
 馨が唱え終わらぬうちに、掌と地面の間に暖かな光が満たされる。すると、彼を中心にした一帯の緑が目に見えぬ力によって、がっちりと結ばれていった。植物で出来た大きな網だ。
 地術を用い、植物を操作して落ちてくる隕石を受け止めようというのである。
 一仕事が終わると、再び馨は切り株に腰かけた。後は運を天に任せ、流れ星が落ちてくるのを待つ。
 彼の読み通り、幾らも経たないうちに星は降ってきた。流星が、雨霰とばかりに張り巡らせた網の上に落ちてくる。
 こうして馨は難なく無数の星を手に入れることとなった。細やかな作戦勝ちであった。
 
「ほんに、有り難いことじゃて」
「珍しいもの見たさで来てみたものの、ワシら年寄りにゃ、流れ星を掴まえるなんざ無理じゃからのう」
 老人が馨の手を取り、何度も礼を述べる。
 彼は入手した星の中でも、一際小さなものを1つだけ懐に入れると、残りは全て人々へ配ってしまったのである。
 星を受け取った子供が無垢な笑顔を浮かべ、手を振りながら駆けていく。馨は独り、微笑んでは小さな背中をずっと見送っていた。

 大きな掌の上で、柔らかな光を放つ小さな石。
 流れ星を握り締めて、願いを込める。
「――どこかの国で泣いてる子供や、寂しい人たちが安らげる聖夜になりますように」
 聖人のような願い事であったが、彼はもう1つ、こっそりと心の中で呟いていた。
(「清芳さんの願いが叶います様に」)
 貴方の笑顔が私の望みなのだから……。
「ああ、1つだけではなくなりましたか。たまには欲張りにさせて下さい」
 ふっと瞳を和らげて、星へ語りかける。
 願いは祈るだけでは叶わないもの、と馨は思う。こうして皆で走り回ったり、夢に向かって必死に手を伸ばしたりすること。一歩を踏み出す勇気になる、その切っ掛けが「願い」であるとするならば、彼の祈りもまた、彼女へ届くだろうか。

●聖なる夜のささやかな願い
 人々が手にした星の光が、クリスマスローズの丘で瞬いている。それは、小宇宙のように見えなくもない。
「綺麗……」
 微かな光に照らされて、リードの肩に留まっていたピアチェがうっとりと吐息を吐いた。その彼らの手にも、流れ星はしっかりと握られている。

 暫し無言で佇む2人。沈黙を先に破ったのは、リードであった。
「けれども、クリスマスローズが咲いていたら、もっと美しい光景だったでしょうに。ねえ?」
 意味あり気にピアチェへ視線を投げる。
 彼の言わんとしていることは、すぐに分かった。ピアチェの花魔法で、今宵限りの花畑を作って欲しいというのだ。
「んもう、仕方ないなあ」
 わざとらしく困った風に呟いてみせるピアチェであったが、自分の力が頼られていることに悪い気はしない。
 目を閉じ、口の中でぶつぶつと小さく呪文を唱える。語りかけるような、もしくはスローテンポの歌を歌うような、穏やかな口調だ。
 詠唱が終わり、次にピアチェが目を開けた時、丘には赤や白、ピンクに緑といった様々な花弁を纏ったクリスマスローズが揺れていた。満開であった。
 どんなもんだと胸を反らす小さき妖精に、「有り難うございます」と微笑むは青年吟遊詩人。

 ふと、リードが足元に視線を這わすと、星の欠片が無数に散乱していた。皆が押し合いへし合いの結果、砕けてしまったものなのだろう。輝きを失い、虚しさだけが漂う。
 可哀想に。彼らとて、本当はもっと輝きたかったに違いないのに……。
 その場にしゃがんで、両手で星の残骸をすくい上げると、
「今夜くらいは、『力』を使っても許してもらえますよね?」
 小さく笑って、先程ピアチェがそうしたように、今度はリードが青の双眸を静かに伏せた。
「大地に落つる星々よ。其の生命、消えゆく定めなれば我が命貸し与えん。今一度瞬きて愛しき者らを照らす標となれ」
 囁くような声音が、澄んだ大気へ溶けていく。ゆっくり、ゆっくりと――
 リードの語りに答えるように、星の欠片がぽうっと発光し始めた。蛍程度の本当にささやかな光であったが、確かにそれは輝きを取り戻している。
 ぎょっとしたのはピアチェである。
「ななな、何今の!? リードのくせに、そんな大技持ってるなんて、聞いてないよぉっ!!」
「その『リードのくせに』っていうの、やめてもらえませんかね?」
 じゃれる彼らを他所に、この現象を目の当たりにした人々は後に「聖夜の奇跡」として、口々に噂し合った。
 勿論、馨達は彼らの騒動など知る由もない。

 強く願えば願う程に、星は輝きを増す。
 全ての者の、聖なる願いを込めて――

●僕の気持ち、君の言葉
 鋭い寒さに当てられて、冒険者達が暖を求めて辿り着いた先は、毎度毎度の白山羊亭であった。
 オーナメントで派手に飾り立てられた入り口のもみの木の先で、マスターを初めとする店員達が、一行を紅白のサンタルックで出迎える。当然、その中にルディアの姿はない。クリスマスという稼ぎ時であるにも関わらず、冒頭の通りしっかりがっちり休みをとっているのである。
 意に反して、客はまばらにしかなかった。夕食を取るには既に遅い時刻ということも手伝ってか、ピークは過ぎたようだ。

 結局、願いが叶ったんだかよく分からないまま、各々が手にしている流れ星。
「そうそう旨い話は転がっていないものだな」
 流れ星を掌で弄びながら、清芳は憮然たる面持ち。
 とはいえ、一方でこういう展開をはなっから予期していた気もする。
 すっかり落胆する彼女の肩を、優しく抱いて慰めるはシェラ。
「まあ、それまでの過程は十分楽しめたんだ。今宵は派手に飲み明かそうじゃないか」
 こうして、聖なる夜の宴は始まる。

 フライドチキン、きのこのマリネ、クリームパスタ、シーフードピザ、サーモンのカルパッチョ、アボカドサラダにトマトスープ――……
 シェラの計らいで女性陣がドレスアップを終える頃、テーブルの上には、ずらりと豪勢な料理が並んでいた。初めは店のメニューからちまちまとオーダーしていたのだが、料理好きなオーマが酒の勢いに任せて、厨房を仕切り出したのだ。
「あんた、うちのコックとして欲しいくらいの腕前だよ」
 マスターが感嘆の溜息を漏らす中、手際良く次々と料理を作り上げていく。そのどれもが見た目は勿論、味も絶品とくればこれはもう、玄人並である。
 仕舞いには、それを見た他の客までがオーマへオーダーしていたりと、白山羊亭全員を巻き込んでの賑やかなパーティと相成った。
 オーマ自身も、大いに楽しんでいるようだ。
「本当に、眠らせておくにはもったいない才能ですね」
 ディップをたっぷり乗せた白身魚のフリッターを口の中に放り込んでは、馨が絶賛する。
「毎日、家でやってるから……嫌でも旨くなる……」
 パンプキン・ミートパイをつついていたサモンが、ぼそりと呟く。
 つまり、シュヴァルツ家の家事全般を取り仕切っているのは、父親であると彼女は言いたいらしいのだが……これまた複雑な家庭事情が垣間見えた瞬間であった。

「クリスマスといやぁ、これがなくっちゃ始まらないからな」
 皆(未成年以外)がすっかりほろ酔い気分になっていると、白衣姿のオーマががらがらとワゴンを押して、厨房から現れた。その上には、ウェディングケーキさながらの巨大な例のあれが乗っかっている。
 ウェイター4人がかりで慎重に卓上へ置くと、まっさきに目を輝かせたのは清芳。これぞ正に彼女が求めていたもの、彼女の願いそのものであった。
「折角だから、クリスマスケーキ入刀なんて洒落込んじゃどうだい?」
 完全に酔っ払っているシェラが、満面の笑みで若いカップルを見やる。
 突然の妙案に、清芳が本気で困っている。
「えっ? えええっ!? いやその、私は……」
 ケーキが食べられるなら、それで良いのだ。何よりも、馨さんが迷惑じゃないか。
 言葉を続けようとするも、皆まで言わせることなく当の馨が口を開く。
「これはまた立派なものですね。しかもケーキカットだなんて面白そうだ。どうです、清芳さん。一生の記念になりますよ。ああ、勿論お嫌でなければ、の話ですが」
 迷惑がるどころか、逆にやる気満々の馨。淑女をエスコートする紳士よろしく、清芳を誘うように右手を差し出す。そのあまりにも優雅な仕草に見とれて、気が付けば清芳はついつい彼の掌に自分の手を重ねていたのであった。

 ピンクのリボンを結んだナイフを互いが握り、ゆっくりとケーキに刃を滑らせる。
 白山羊亭全員が一斉にわっと歓声を上げる中、馨と清芳が顔を見合わせ微笑み合った。
 オーマ、シェラ夫妻が祝福し、サモンは拍手を送る。
 絵に描いたような暖かさが、そこにはあった。
 明日になれば、いつも通り現実と背中合わせの日々である。決して楽しいことばかりではない。けれども、今はこうして心地良い甘美な宴に身を委ねていても罰は当たらないだろう。
(「皆がいつまでも幸せであるように」)
 心の中で密かに願いを込め、リードが窓の外に視線を投げる。
 白いものがちらほらと舞っていた。
 暖炉には炎が赤々と燃え上がっているにも関わらず、心なしか店内が寒く感じるのは、てっきり夜が更けてきたからだとばかり思っていたのだが……。クリスマスの夜、下界の聖なる光に誘われて、空から小さな天使が降りてきたのだろう。
 吟遊詩人は小さく微笑むと、残りのシャンパンを飲み干してから、人々の輪に加わったのであった。

 ハッピーハッピークリスマス。
 願わくば、貴方にも幸せな聖夜が訪れますように。

●おまけ(後日談)
「…………何、これ?」
「『何』とは、これまた随分なお言葉ですね」
 翌日、白山羊亭にて。
 たった一夜ですっかり積もった雪に埋もれながらも、リードがルディアを訪ねてきた。理由は無論、彼女から承った依頼を達成するためである。

 テーブルの上には、昨夜リードが手に入れた流れ星が3つ転がっていた。間違いなく、ルディアが渇望していた品である。但し、白銀の輝きは失われており、今ではそこらの小石と何ら変わりないようにも見える。
 だから、
「貴方ね、流れ星を手に入れられなかったからって、嘘付くのも大概にしなさいよ!」
 と、ルディアが憤るのも無理はない。
 無理はなくても、これではリードもたまらない。木枯らし吹き荒ぶ中、寒い思いをしてまで件の丘に赴き、やっとの思いで(清芳が)入手したあの涙ぐましい努力は、一体何だったのか。
 だがしかし、そんなことなど露知らず。というか、むしろ知りたくもないといった様子のルディア。頬を膨らませながら、ますます語気を荒げていく。
「まったく、貴方を信用した私が馬鹿だったわ。だいたい、ふらっと店に現れた時から胡散臭い人だとは思っていたけれど!」
「なっ! ……そこまで言う!?」

 その日、聖都エルザードのアルマ通りには、男女の低レベルな言い争いがどこまでも木霊したという。


―End―


【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】

◆オーマ・シュヴァルツ
整理番号:1953/性別:男性/年齢:39歳(実年齢:999歳)
職業:医者/ヴァンサー(ガンナー)/腹黒副業有り

◆清芳(さやか)
整理番号:3010/性別:女性/年齢:20歳(実年齢:21歳)
職業:異界職(僧兵)

◆馨(カオル)
整理番号:3009/性別:男性/年齢:25歳(実年齢:27歳)
職業:地術師

◆シェラ・シュヴァルツ
整理番号:2080/性別:女性/年齢:29歳(実年齢:439歳)
職業:特務捜査官/地獄の番犬(オーマ談)

◆サモン・シュヴァルツ
整理番号:2079/性別:女性/年齢:13歳(実年齢:39歳)
職業:ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー

※発注順にて掲載させていただいております。


◇リード・ロウ
NPC/性別:男性/年齢:23歳
職業:吟遊詩人

◇ピアチェ
NPC/性別:女性/年齢:7歳
職業:花の守り手

◇その他NPC:ルディア・カナーズ


【ライター通信】
 初めまして。もしくはこんにちは。ライターの日凪ユウト(ひなぎ・―)です。
 この度は、聖なる夜の物語2005『星降る丘』にご参加いただきまして、誠に有り難うございます。そして、お疲れ様でした。
 
 作中にて登場しましたクリスマスローズ。実は、実在します。今時分ですと、お花屋さんに鉢植えや苗が並んでおりますので、お目に留められたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 正確な名称は『ヘレボラス(ヘレボルス)』といいます。何でも、ヘレニズム文明にいわれがあるのだとか。昔の人も、私達同様にこの花を愛でていたのだと思うと、ちょっと感動的ですよね。

 カップルでのご参加、有り難うございました。大変楽しくプレイングを拝見致しました。暖かい馨さんの眼差しに見守られている清芳さんが羨ましくもあり、また心温まる素敵なご関係だなぁ、と。
 クリスマスという特別なイベントにあやかりまして、「父子のような関係」も半歩前進といったところです。最後にミニイベントを演出してみましたが、いかがでしたでしょうか?
 なお、違和感などありましたら、テラコンにて遠慮なく著者までお申し付け下さいませ。

 それでは、またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 そして、皆様にとって良き聖夜でありますよう。


 2005/12/13
 日凪ユウト
クリスマス・聖なる夜の物語2005 -
日凪ユウト クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年12月13日

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