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『【Lament Nocturne 〜 a tempo 〜】 』
桐生・暁4782)&梶原冬弥(NPC2112)



□■□

 嵐が来る―――
 窓の外は酷い暴風で、どうしようもなく心をざわつかせる。
 雨が激しく窓を叩く。
 まるで誰かが必死に呼びかけているようだ。中に入れてくれと、そちらに入れてくれと。
 ―――それは死者の魂の叫びかも知れなかった。

 「幸せだろう?現実は、酷く残酷だから・・・。」

 ソコに幸せを見つけてはいけないと、解っていた筈だった。
 ソコは終わりでしかないから――まだ途中にいるのに、終わりを目指してはいけないから―――。
 けれどソコに行けば、逢えるかも知れない。
 一度は引き離されてしまった運命だけれども、もしも神様がいて、もしも慈悲と言うものがあるならば、一瞬だけでも良い。逢わせて欲しい。
 言葉を紡いではいけない、触れてはいけない、見つめてもいけない。
 それでも構わない。感じたいのだ。その存在だけでも―――。

  『もしも、今・・・そちらに行ったら、なんて言うかな?』
  『きっと怒るだろうね。それでも、最後には笑って許してくれるのかな・・・?』


    【笑って許してくれると思いたいんだ】
    【そうでなければ、行く場所なんて何処にもないから】

      【貴女のそば以外で、自分を感じる事は出来ないから・・・】


■□■

 静寂が館を支配する。
 冷たい暗闇が、館を優しく包み込む。甘く、冷たく、哀しいくらいに漆黒の闇が―――
 「ったく、本当にこんなんで良いのか?」
 「さぁね。でも、これしか方法が見つからなかったんだから、仕方ないでしょ〜!」
 闇に響く声は、小声で話しているにも拘らずかなり大きく響いた。
 「それにしても・・・俺は正直驚いてるよ。」
 「なにに?」
 「まさかお前がここまで積極的なヤツだったとは、思いもしなかった・・・。」
 「積極的って・・・別にそう言うわけじゃないよ。」
 暁はそう言うと、溜息をついた。
 「アホのくせに頭が良いって事だけはわかった。」
 「・・・冬弥ちゃん、俺の事アホだと思ってたんだ・・・。」
 その言葉に、梶原 冬弥が苦笑する。なんと言い返したら良いのか分からないと言う表情に、暁は黙って冬弥の頭を叩いた。
 「ちょっと考えれば分かるよね。明日、迎えなんて来ないって。犯人は、無線を壊すんじゃなく、無線を盗んだ。」
 「自分が連絡を入れるために?」
 「そう。連絡が入らなければ、不審に思った本部が明日にでも迎えに来るからね。」
 「犯人にとって不都合なのか?」
 「俺が思うに、犯人はここにいる全員を殺そうとしているわけじゃないんだ。“何か”の原因で、“誰か”を殺そうとしている。」
 「その“何か”が分からない事にはどうしようもねーじゃねーか。犯人の目星もなにも・・・」
 「もうついてるよ。」
 暁はあっさりとそう言うと、金の髪をクシャリと散らした。
 ダメージジーンズの、かすれた部分から冷たい夜の風を感じ、思わず肩を震わせる。その、震える肩にも布は無い。
 肩の部分が大きく出たデザインの服は、一見するとカッコ良いが、実用性は乏しいようだった。
 「ついてるって?」
 冬弥がそう問いながら、着ていたパーカーを脱いで暁の肩にかけた。その下は薄手の長袖Tシャツで、真っ暗な闇に淡く浮かび上がる。
 「冬弥ちゃん、寒いっしょ?俺は平気だからいーよ。」
 「お前のその肩を見てなきゃならない事の方がしんどいんだよ。見てるだけで寒い。仕舞え。」
 それでも返そうとする暁の腕を掴むと、無理に下ろさせた。
 暁はそれ以上抵抗するのはやめて、大人しく冬弥の好意に甘える事にした。冷たかった肩が、ふわりと温かくなる。
 「ただね、分からないんだよ。どっちだか―――。」
 トンと、軽く靴音を鳴らすと、暁はその扉の前で立ち止まった。
 金色に輝くノブにそっと手をかけ、ゆっくりと回す。
 キィっと扉の蝶番が微かな悲鳴を上げて、扉は内側に開いた。
 冬弥が持っていた懐中電灯のスイッチを入れる――真っ白に染まる床に、倒れた人物は、なんだか生々しかった。
 暁は冬弥が入って来たのを確かめた後で、そっと扉を閉めた。
 外からは嵐の音がしている。閉ざされたカーテンの向こうでは、風と雨が激しく踊っている。
 それとは打って変わって、部屋の中は静かだった。物言わぬ男性と、暁と冬弥、そして撒かれた紙。
 「それで、なんで此処に来たんだ?」
 「探し物。ちょっとさ、冬弥ちゃん、俺の手元照らしてくれる?」
 丸い光が暁の手元を闇に浮かび上がらせる。暁はその円の縁にしゃがみ込むと、光の泉に手を入れた。
 波紋こそ広がりはしなかったが、光の反対側には濃い影が出来た。
 一枚一枚、丁寧に紙を拾い上げる。
 拾い上げては脇に置き、拾い上げては脇に置き―――。
 「何を探してるんだ?」
 「ん、わかんない。」
 その答えに、冬弥が思わず溜息をつく。
 「俺も、何を探したら良いのかは分からないんだ。でも、犯人が何かを此処に紛れ込ませたのは確かなんだよ。」
 「どうしてそう思う?」
 「木の葉を隠すなら山に、人を隠すなら街に。」
 「紙を隠すなら紙にってか?」
 「そうとしか考えられない。だって、そうじゃないと意味が無いから。」
 紙を床に撒く意味は、それ以外に考えられなかった。
 だとしたら、この膨大な量の紙の中に、何かが隠されていると言う事だ。けれども、何が隠されているのかは分からない・・・。
 「あった・・・これかな・・・?」
 暁が紙の山から拾い上げたのは、やはり1枚の紙だった。
 茶色く変色し始めているその紙は、新聞記事だった。
 躍る見出しは“リアル推理ゲームでまさかの死者”
 「リアル推理ゲーム・・・?って、コレの事だよね?」
 「双子の姉妹が海の藻屑――これが、原因って事か?」
 分からないと言う代わりに、暁は力なく頭を振った。
 「・・・ちょっと待って。この写真・・・」
 「確かに、似てなくもないな。でも、他人の空似と言われればそれまでだ。」
 「解ってる・・・。」
 「んで、なんでお前はその人達に目をつけたんだ?」
 冬弥の問いに、暁がぼんやりと顔を上げた。光の向こう、闇に浮かぶ冬弥の顔はゾっとするほどに美しかった。
 もとから顔立ちが良いとは思っていたけれども―――。
 「皆で集まった時、服の裾に泥が跳ねてた。」
 「服の裾に?」
 「そう・・・。恐らく、窓から外に出た時に撥ねたんだよ。ほら、ぬかるんでたっしょ?」
 「お前の目ざとさには脱帽するよ。」
 「注意力があるって言ってくれない?」
 そう言われて、苦笑しながら冬弥は暁を見つめた。光の向こう、闇に浮かぶ暁の顔は恐怖を覚えるほどに美しかった。
 金の髪が淡く浮かび、赤の瞳が冬弥をじっと見つめる。
 「やっぱ、明日にでも、けりをつけなくちゃね・・・。」
 「何か考えがあるのか?」
 「まぁねー。それなりに。」
 暁はそう言うと、立ち上がった。
 ここで見つけたかったものは見つけられたし、もう用は無い。
 それに―――死者と共にいると、何故だか無償に怖くなってくるから―――。
 「んじゃ、行くか。」
 冬弥が先に歩き、扉を開ける。懐中電灯の明かりを消せば、そこは漆黒の闇だった。
 蝶番が再び悲鳴を上げる。まるで、助けを求めているかのように・・・ふと後ろを向いたら、誰かが手招きをしているかも知れない。
 死の世界へと、暁を誘う為に・・・・。
 ―――闇を怖がるような歳ではないはずなのに
  ―――何故だか恐怖が体にへばりつく
   ―――闇なんて、慣れているはずなのに
 ギュっと、無意識のうちに冬弥の服を掴んでいた。
 冬弥が立ち止まり、しばらく暁を見つめてから歩き始めた。


   『いつも家では独り、真っ暗な部屋で過ごしているのに』
    『どうしてだろう、今日は怖い』


   【呼ばれている気がするんだ―――それが誰なのかは解らないけれど】


□■□

 次の日は、晴れていた。
 嵐の去って行った空は青く、普段の空とは比べ物にならないほど澄んでいた。
 迎えが来ないと騒ぐキャスト達を尻目に、暁と冬弥は黙々と作業を続けていた。
 一見するとそれは何をしているのか分からないものだった。
 持って来てもらった黄色の絵の具を、一心不乱に紙に塗りたくる。
 丸い黄色の円の周りには、漆黒の色を散らす。
 それは何なのかと問われれば、暁はただ答えた。
 「暇だから、遊んでるの〜♪」
 人畜無害な微笑で、いかにも無邪気そうに。
 勿論遊んでいるわけではなかった。
 粗方の作業が済んだところで、暁は冬弥に目配せをした。
 網を仕掛けるために―――。
 冬弥がただ頷き、その場を後にした。そして、目的の人物のそばまで歩むと、普段では滅多に見られないような微笑を浮かべた。
 人の良い笑みは、見る者によっては好印象を与える。美形な分、その笑顔はプラスの効果を生み出す。
 無論、見る者によってはだ。
 もしも暁があの笑顔を向けられたら、酷く冷たい気持ちになるだろう。
 作り笑顔の微笑みは、まるで自分に興味が無いと言われているようだ。
 和やかに談笑する。相手の人も微笑んで―――ふっと、顔色が変わった。
 何か慌てたように、視線を左右に振って・・・冬弥と別れた。
 「あの人だった?」
 「多分な。」
 帰ってきた冬弥に開口一番にそうきくと、暁は持っていた筆を置いた。
 「どっちだか分かった?」
 「・・・さぁな。一人称だけじゃ、どうにでも誤魔化しがきく。」
 「だろうね。」
 当たり前だとでも言うように、暁は頷くと、筆を取り上げた。
 「本当に今夜・・・大丈夫なのか?」
 「さぁね。」
 冬弥の心配そうな言葉に、暁は素っ気無くそう返した。
 「さぁって・・・・・・・・・」
 チョコリ、冬弥が暁の隣にしゃがみ込んだ。膝の上に顔を乗っけて、じっと黄色い丸を見つめる。
 「冬弥ちゃん、そう言うカッコすると、なんかイメージ変わるね。」
 「は〜!?」
 「ちっちゃい子みたい。」
 「俺よりもちっちゃい子に言われたくない。」
 確かに、年齢も身長も暁の方が低くはあるが―――“子”って・・・。
 「・・・相当焦ってた。俺が追い詰めたら・・・・・多分、暁の思ってる通りの事をすると思う。予想だけど・・・・。」
 作業に取り掛かっていた暁の耳に、そんな呟きが聞こえてきた。
 言葉だけきいたら、誰が言っているのか分からないそんな言葉に、目を丸くする。
 「冬弥ちゃん、口調がおかしいよ・・・!?」
 「ルッセー!・・・なぁ、やっぱさ、俺とお前、役割交換した方が良くないか?」
 顔を膝に乗っけたまま、小首をかしげて視線をあわせる。
 ・・・・・なんだか可愛い。わしゃわしゃと頭を撫ぜたくなってくるが、きっとやったら怒られるだろう。
 そもそも、暁の手は絵の具で黄色くなっているし・・・・・。
 「危ないじゃん。お前。」
 「心配してくれてんの〜?いやぁん、俺ってば、あ・い・さ・れ・て・・・・」
 「本気で心配してんのに、茶化すなよ!」
 怒鳴った冬弥を見た事は、ほとんどない。
 しかも、怒鳴ると言っても結局はからかわれた事に対してのもので―――心配しているからと言う理由で怒鳴る冬弥は初めて見た。
 「・・・ごめん。」
 そう謝ったのは、暁ではなく冬弥だった。
 ばつが悪そうに眉をしかめ、膝に顔をうずめる。
 「体格的にも、俺がやった方が良いんだよ。それに、冬弥ちゃんだって危険っしょ?」
 「・・・あんくらいで、危険とか言えるかよ。」
 それには答えずに、暁は作業を続けた。
 それをじっと見つめる冬弥の髪が、サラサラと揺れる。
 「ってかさ、冬弥ちゃん・・・睫毛長っ!キリン・・・??」
 「キリンって・・・・・・・」
 困ったようにそう呟くと、冬弥は目を伏せた。
 「本当にコレで大丈夫なのか?」
 「俺の考えた通りに事が進むとは限らないけど、それでも、きっと“ここ”には来る筈だよ。それ以外に行き場は無いから。」
 「そうだな。」
 ゆっくりと立ち上がると、冬弥は暁の髪をクシャリと撫ぜた―――。


■□■

 持っていたペンライトをそっと消すと、金色に輝くドアノブに手を回した。
 キュイっと、小さな音が響く。それはまるで鼠の仔が鳴いているかのようにか細く高い音だった。
 そっと扉を押し開ける。
 キィー・・・細い悲鳴を上げるのは、蝶番だ。
 窓からの月明かりに照らされて、室内は薄ボンヤリと滲んでいる。
 ベッドに横たわる人物―――その脇に歩み、ポケットからナイフを取り出すと、一気に振り下ろした。
 ザクリと手応えのない音がする。
 見れば、ベッドに寝ていたはずの人物はベッドから既に降りていた。
 「残念でした〜。本物は違う部屋で寝てま〜す。」
 チャラケたような言葉に、頭の中がパニックで染まる。
 思考が著しく鈍り、正常な判断が出来なくなってくる―――とにかく、一刻も早くここから逃げなくては!
 走り出す・・・後ろから追いかける音はない。
 ペンライトの明かりをつけ、足元を照らしながら走る。
 大変な事が起きてしまった―――そもそも、自分は既にマークされている。
 あの男のあの言葉・・・・・自分を容疑から外す為にはどうしたら良い?
 どうすれば自分を容疑から外せる?どうすれば・・・・・・。
 「誰かっ!!!犯人がっ!!!」
 少年の叫び声が聞こえる。
 それは、あの部屋で聞いた声よりも子供っぽい声だった。
 「どうしたんだ・・・!?」
 声があちこちから聞こえる。
 ドヤドヤと人々が走ってくる―――。
 階段の上、大きなガラス窓の向こうに、綺麗な満月が見えた・・・・・。
 ―――コレだ・・・・。


□■□

 「うわぁぁっ!!!」
 暁が叫んでから数秒後、静かな館に絶叫が響いた。
 「どうした!?」
 冬弥がそう叫んで、ホールに走り込むと、壁のスイッチをパチリとつけた。
 大きな階段の下、赤い絨毯の上で、彼は倒れていた。
 右の太ももには小型のナイフが突き刺さっている―――そこからは、鮮血が滲み出ている。
 「なにがあった?」
 冬弥が倒れこむ男性の上半身を支えて起す。痛みに顔をしかめながら、歯を食いしばる。
 「声がしたから、走ってきたら―――階段の上に誰かいるのが見えて・・・・追いかけようとしたら―――そいつが急に・・・・・」
 ザクリと彼を刺した後で、走って行ったのだそうだ。
 「顔は見たのか?」
 「いや、逆光で・・・良くは見えなかった。」
 「逆光?」
 「満月だ。昨日の嵐のおかげで、雲一つない―――」
 「おっかしーなー。」
 廊下から、暁が入って来た。不敵に微笑むその顔は、全てを悟っているかのようだった。
 「あんたさ、俺の声を聞いて慌てて走ってきてくれたんだよね?」
 「あぁ・・・・」
 「ライトとか持ってた?」
 「そんな暇は・・・・・」
 「だったら、アレが月だなんて思わないはずだよ。だって、ライトで照らさない限りはこの部屋は真っ暗だから。」
 暁が壁のスイッチを切った。
 漆黒の闇が支配する。光は漏れてこない・・・・。
 「遮光カーテンがあったから、借りたんだ。」
 電気をつける。見上げるそこ、巨大な満月が光り輝いていた・・・・・。
 「絵だ。中々上手いだろ?」
 冬弥はそう言うと、持っていたハンカチで男の口を塞いだ。
 「おい、2人とも、どっか視線向けとけ。」
 そう断った後で、突き刺さったナイフに手をかけ、一気に引き抜いた。
 男の絶叫は、その半分をハンカチに吸われた。
 タオルを取り出し、足の付け根部分をきつく縛る。傷口にガーゼを乗せ、そこもきつく縛っておく。
 「応急処置で悪いが、我慢しろよ。」
 そう言うと、ナイフを布にくるんだ。
 真っ白な布が、赤く染まって行く・・・。
 「どうして・・・・・・。」
 「勘と運。あんたがライトを持ってくるかも、あんたがここで自分の足を刺すかも、分からなかった。でも、なるべくそうなるように仕向けた。」
 「こいつ、見かけによらず腹黒だから・・・」
 「冬弥ちゃんっ!なにそれっ!」
 「本当の事だろ〜。まぁ、お前も、俺とコイツのペアにあたって、不幸だったな。」
 そうでなければ捕まらなかったかも知れないのにと、付け加えておく。
 「原因はコレっしょ?」
 暁がペラリと、あの新聞記事を差し出した―――。


■□■

 『もしも貴方が悪い事をしたら、それを償わなくちゃならないのよ。』
 ―――分かってるよ。だから、悪い事はしないようにしてるんだ。

 そんな会話は、もう遠い昔の事。
 色褪せて行く思い出の1つに埋め込まれてしまっている。
 でも、それなら尚更教えてほしい。
 どうしてアイツラは償わない?
 どうしてアイツラは普通に生活している?
 どうして・・・どうして・・・・・??

 それに答えてくれる人は、もう居ない。
 だから自分自身で答えを見つけなくちゃならないんだ。


  ――― 罪には罰を ―――


 それを下す者にも、同じような言葉が降りかかる事は重々承知だった。


  ――― 罪に罰を与える者にも罰を ―――


 人は平等に創られているはずだから。

 罪に罰を与えれば、その者の罪になる。
 その者の罪に罰を与えるのは・・・・・誰・・・・・?



    〈To be continued・・・〉

PCシチュエーションノベル(シングル) -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月12日

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