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『Eternal Christmas for lovers 』
セレスティ・カーニンガム1883)&ヴィヴィアン・マッカラン(1402)


 漆黒に染まった冬の夜。
 都会の喧騒の中にあるのが嘘のような静けさに満たされた一室で、水の化身の麗人がわずかに頬を緩める。
 光を捉えるには不向きな青い二つの宝玉。しかしその瞳にも、今世間がどんな色に染まり、どんな光のデコレーションで彩られているかは分かっていた。
 時は12月。日本では「師走」と言うらしい、一年でもっとも何かと忙しくなる頃。それもそのはず、この季節には様々なイベントが詰め込みすぎなくらいに詰め込まれている。
 ある種の商魂逞しい人々の思惑に踊らされている感じがなくもないのだが、甘んじてそれに乗るのもまた一興。
 何より、何にも変えがたい「彼女」との甘いひと時を過ごすためであるのなら。多少の作為など、逆に自分のお楽しみのためのエッセンスと考えれば良いだけのことで。
「さすがに当日サプライズというのは、難ありでしょうね――ふむ」
 頭の中でカレンダーを思い描いたセレスティ・カーニンガムは、目的の日までの日数をカウントする。
「一週間前……まぁ、妥当なところでしょう」
 ごくごく普通の生活を送る者ならば、それなりのホテルや有名レストランの予約を取ろうとすれば間違いなく鼻で笑われそうになるであろう「一週間前」という時期。
 しかし、彼ならば今からの準備でも一切問題はない。というかむしろホテルやレストランのオーナーの方から頭を垂れて「いらっしゃいませ」とやってくるかもしれない。
 そんな大人の事情はともかくとして。
 優雅な仕草で足を運べば、毛足の長い絨毯は当然のように主の素足を優しく包み込み、鼓膜を震わすはずの音を自分の内側へと吸収する。
 そんな当たり前な日常の延長線上で、セレスティは自室に備え付けの電話に静かに手を伸ばした。
 最初の連絡先は、もちろん――


「きゃーきゃーきゃー、どうしましょっ」
 可愛らしく飾り付けられた室内で、電話を握り締めたままベッドの上で弾む少女が一人。
 お手入れを終えたばかりのサラサラの髪は、清水のような銀色。淡い光を発する灯に、髪に僅かに残った水滴が真珠色の輝きを放つ。そして瞳は今の彼女の頬の色を一際濃くしたような紅。
 レースがふんだんにあしらわれたゴシック調のネグリジェの袖口を口元に運び、ヴィヴィアン・マッカランは今しがたかかってきたばかりの電話の内容を頭の中で反芻する。
「セレ様とのクリスマスだなんて! あたしって何て幸せ者なのかしらっ」
 受話器からはツーツーツーと既に回線は切断された音だけが響いている――が、乙女のハートには火が点いたまま。
 クリスマスイヴは来週の今日。
 恋人同士にとって多分おそらく、一年でもっとも欠かせない日かもしれない一大イベント。
 大学の友人達は、当然のように一月も前から予定が入っているその日。
 乙女にとってはギリギリセーフに近い残日数で、ようやくヴィヴィアンのスケジュール帳にも予定が記載された。
 先ほど受けた電話はもちろんセレスティから。
 内容はクリスマスのお誘い。
『予定は空いていますか?』
「だいじょうぶですっ!」
 勢いつけて大がつくほどの即答。
 というか実際のところ、セレスティからお誘いをかけてもらうのをこっそりじーっと待っていた節もあるので、ひょっとすると当日であっても『予定なし』状態だったのかもしれないが。
 それくらい、一途な気持ちはまっすぐなのだ。
 ともかくいつもと変わらぬ優しい口調で問いかけられ、ヴィヴィアンは一も二もなく頷く――もちろん、その様子がセレスティに伝わるわけではないのだが。
『それではお昼過ぎくらいにはお迎えにあがります。それじゃ、また』
 ささやかな名残惜しげな雰囲気を残し、セレスティの声が電話の向こうから途絶える。しかし少女はその場の硬直状態からなかなか解かれることなく――解けたかと思えば、受話器を固く握り締めての喜び発散モードというわけで。
「でもでもでもっ、せっかくのクリスマスだしぃ……やっぱりお洋服はそれっぽいほうが絶対かわいいしぃ――あぁ、もう……」
 暫しの興奮状態から落ち着いてみれば、今度はどっと押し寄せる心配事の嵐。
 受話器をベッドの上に放り出し、せっかく綺麗にブローしてあった髪を両手でかき混ぜる。
 クローゼットの中に押し込まれた衣装を、頭の中で着せ替えシミュレーション。あれを着てこれを穿いて、それをひっかけて。時間を忘れて試行錯誤するが、結局どれもがピンとこない。と、なればさっそく明日、買い物に出かけるより他はない。
 何せ大事な大事なクリスマスなのだから。

 殿方にとっての1週間、乙女にとっての1週間。
 同じ時間でも、流れる速さはことなるものだ――それが特別な人と特別な時間を過ごすために費やすものであればあるほど。


「セレ様、とっても素敵なコンサートでしたわねぇ」
 うっとりと余韻に浸るヴィヴィアンを対面に、セレスティも甘く微笑む。
 場所は都内の夜景が一望できる高層ホテルの最上階に設えられたレストラン。もちろん座席は窓際の特等席。
 照明を落とした店内は、テーブルに揺れるクリスマスキャンドルがえも言われぬ雰囲気を醸し出していた。
「そうですね。でもヴィヴィに喜んでもらえた事の方が私は嬉しいですね」
 笑顔に添えられる身も心も蕩けさせそうなセレスティの言葉に、ヴィヴィアンの表情がたちまちピンク色に染まる。
「いやですわ、セレ様ったらぁ……」
 照れた表情を隠すのは、薔薇が描き出された緻密なレースに縁取られた所謂「姫袖」。
 考えに考えた末の本日のヴィヴィアンの衣装は、愛用のゴシックロリータ。「愛用」と言っても、もちろん今日の為に買い揃えた新品そろいだ。
 先ほどクロークで預けたロングマントは白、裾と襟元にはふかふかのファー。もちろん可愛らしいリボンも忘れてはいけない。
 そしてその中に着ていたのは「クリスマス」ということもあり、真紅の膝丈のワンピース。薔薇がモチーフにされているそれは、随所に縫い止められた凝った刺繍やレースが華やかさを添えていた。
 もちろん、顔を合わせた第一声でセレスティがヴィヴィアンを絶賛したのは当然で。
「ほらヴィヴィ、東京タワーがライトダウンしますよ」
 セレスティがヴィヴィアンを迎えにいったのはお昼の2時を過ぎた頃。それから車を走らせ向かった先はクリスマスコンサートの会場。
 一流の腕を持つ音楽家たちが奏でるクリスマス定番楽曲の数々。街に気軽に流れるそれとは一線を画したそれらに、二人は心地よいひと時を過ごした。
 それが終わってからやってきたのがこのレストラン。
「え?」
「巷ではこういうそうですね。東京タワーがライトダウンする瞬間を一緒に眺めた恋人同士は永遠の幸せを手に入れる、と」
「え……えぇ」
 学友達の間で話題にされるロマンティックなジンクス。もちろんヴィヴィアンの耳にだって届いていた。けれど、それをセレスティが口にするとは思ってもみなくて。
 赤い頬を隠していた腕をそっとずらし、きょとんとした驚きの表情を見せるヴィヴィアンに、セレスティがクスリと小さく笑う。
「私もね、それなりに勉強してきたんですよ。本当は東京タワーの真下が良かったかもしれませんが、この時期だとヴィヴィに風邪をひかせてしまうかもしれませんから」
 セレスティの手が、そっとヴィヴィアンの手を捕らえて優しく包み込む。
「ライティングショーとは、なかなか粋な計らいですよね」
 時計の針が20時をさした瞬間、夜景の中にそびえ立っていた東京タワーが一瞬、漆黒の闇の中へと姿を消す。
 それから展望台の窓がチラチラと瞬くように煌き、浮かび上がったのは光のハートマーク。
「これで私達の永遠の幸せは約束されましたね」
 と、その時。
 ヴィヴィアンの手を捕らえた腕とは反対側の手でヴィヴィアンの頭上に何かが乗せられる。
「え?」
 先ほどから繰り返されっぱなしの疑問符。
「やっぱり似合いますね。まるで光の王冠のようですよ」
 ほら、と促されてガラスに映る自分の姿を見る。そこにいたのは、可愛らしい小さなティアラ。中央には薔薇の形に無数の宝石が散りばめられ、テーブルの上のクリスマスキャンドルの光を無数に乱反射させて輝いていた。
「ふふ、私は贅沢者ですね。永遠の幸せ、そして地上に舞い降りた星をこうやって独り占めできるのですから」
「……もぅ、セレ様ったら……」
 手を握られたままでは顔を隠すことも出来ず、盛大に耳まで真っ赤に染めながら、ヴィヴィアンは上目遣いにセレスティを見つめた。
 目も眩むほどの幸せの中に、激しく高鳴る自分の胸の動悸を聞きながら。
「メリークリスマス、ヴィヴィ」
「メリークリスマスです、セレ様」
 テーブル越しに近づいてくるセレスティの柔らかな微笑を浮かべた顔に、ヴィヴィアンははにかんだように笑みながら瞳を閉じた。


 翌朝。
 セレスティはかすかな物音と、隣にあるはずの温もりが手の届く範囲にない違和感に、水中から浮上するように意識を覚醒させた。
「……ヴィヴィ?」
 けだるげに上半身を起こしながら、さらりと前に垂れた銀の髪を背中へと流す。
 まだわずかにかすむ視界。そこに映ったのは、何かに魅入られたように大きなガラス窓に張り付くヴィヴィアンの姿。
 ただ無言、息まで殺したように彼女は何かを見つめる――刹那の静寂。そして次に来たのは歓喜の奔流。
「わぁぁ、セレ様セレ様! 大変ですわぁ〜っ」
 眼下に広がる景色は昨夜と同じ――同じホテルのスウィートルームだから――でありながら、明るさを異にするそれを、一足早くベッドを抜け出して眺めたヴィヴィアンが高い歓声をあげた。
「すごいんですの、ねぇ、セレ様もご一緒に」
「なんですか? ヴィヴィ」
 まどろみの余韻に浸っていた頭を軽くゆすって、暖かい羽毛に覆われた世界からセレスティをヴィヴィアンの腕が引っ張り出す。
 部屋には程よい空調が効いているため、薄手の夜着に身を包まれた二人は、寒さに身を震わせることはない。
「セレ様、早く早く」
 並んで窓辺に立つ。
 そして広がったのは、一面を純白に覆われた音のない世界。
「ね、ね? ホワイトクリスマスなんてとっても素敵だと思われません?」
 興奮に頬を紅潮させたヴィヴィアンが、セレスティを見上げて無邪気な笑みを浮かべる。その様子に、セレスティもふわりと極上の微笑を返す。
「本当に……なんとも言えない景色ですね」
 一晩かけて降ったのだろうか?
 普段は灰色のビルに覆われた都会が、真っ白な雪のヴェールを纏い、東の空から登ったばかりの朝日にきらきらと光を放っていた。
 おそらく、交通事情は麻痺も同然だろうが――そんな些細なことなど「今」の二人には無縁で。むしろそれが生み出した、日ごろの喧騒からは信じられないような静けさが胸を打つ。
「こぉんな綺麗なクリスマスの朝をセレ様と迎えられるなんて、あたし本当に幸せなんですわ」
 寄り添い、腕にしなだれるようにセレスティに身体を預けるヴィヴィアン。
 うっとりと一面の白い世界を瞳に映す姿がなんとも愛らしく、セレスティは空いた手で自分と同じ輝きを放つ彼女の髪を優しく撫でる。
 それから、ひそやかに心の中でだけ笑む。
 都会のホワイトクリスマス――奇跡のようなそんな偶然が容易く起こりえるだろうか? 否、時として奇跡は人の手によって生み出されることもあるのだ。
 何せ彼の人はまさに水の化身であるのだから。
「セレ様、来年も、またその来年も、それからまたその来年も――」
「そうですね、長い長いこれから先、ずっと共にこの時間を過ごして行きましょう」
 ヴィヴィアンの言葉の続きを、囁くように彼女にだけ聞こえるような声で紡ぐ。
 永い時間を生きる彼ら。
 しかし恋人同士の甘い時間は、どれだけの時を経ようと色褪せることなく鮮やかに。いつだってその瞬間瞬間が、最高の時間であるかのように。
 永遠の恋人たちの蕩けるような時間は、過去も現在も、そして未来まで無限に輝き続けるのだろう。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2005年12月08日

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