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『運命の糸 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&サモン・シュヴァルツ(2079)&シェラ・シュヴァルツ(2080)

 イブ。
 クリスマス・イブ!
 聞くところによれば、それは恋人たちがスイーツ顔負けの蕩けそうに甘い一夜を過ごすものらしい。
 どこの習慣か分からないが全く変な日を作ったものだと憤っているのは、オーマ・シュヴァルツその人。
 本人に言わせれば、「けっ、何が聖なる夜だ。聖なるっつうんなら一晩中カミサマにでもお祈りしてりゃいいじゃねえかよぅぅ」……と、いささかやさぐれ気味。
 それもこれも、オーマにとって目の中に入れても痛くないどころか自分から目の中に突っ込んでしまいかねないくらい愛しい愛しい愛娘のサモンがいるからで。
 その娘が、イブの夜にままままさか男と!? と、年末が近づくにつれストーカーよろしく後を付きまとって反撃に遭ったり、懲りずに家の中に具現空間を作って広々とした家族風呂を作り上げ一緒に入ろうと迫って妻のシェラ共々家中どころか街中追い掛け回される羽目になったりとこのところ散々なのだった。……いや、ほとんどがオーマの暴走が原因であって、自業自得としか言えないのだが。
 そんな、折りも折り。
 親子の手編み教室、と言う教室のお知らせが舞い込んで来て、何故か渋るオーマを、サモンと一緒に何か作る事が出来るいい機会じゃないか、と言う言葉で一発説得したシェラと一緒に出かける事になったのだった。
 冬の身支度は、特にソーンの場合化繊などがある訳では無く、綿か毛か毛皮か皮か、と言う程の違いしかない。
 特にこの辺りで取れる羊毛の毛糸で編む冬用の服は、本来家庭で親から子へと伝わるものだったのだが、ここ数年それを嫌がる子どもが増えて来たと言う事で、街の年寄りたちが直接古風であったり重厚なデザインであったり、と自分たちの技を披露しつつ編物の楽しさを覚えて貰おうと言う企画を打ち立てた。それにオーマたちの家族も参加を表明したのだが……。
「……これで……いいの」
「そうね。悪くないわ。でももう少し力を緩めて、全体的に均等にね」
「……うん」
 初めての編物でたどたどしい手つきながら、ゆっくりゆっくり棒を動かして編んでいくサモンの真剣な表情に、年月を感じさせる顔を綻ばせる老女が、椅子をそこに持って来てサモンの目の前で神業とも思える速さと正確さで編んでいく。それをぱちぱちと目を瞬かせて見るサモン。
「慣れればこういう事も出来るのよ。ほら」
 そう言って広げた編物に、サモンだけでなく、一緒に参加した娘たちがわあっと歓声を上げた。
 一枚の布の中に、綺麗な模様が踊っている。そしてそれだけでなく、所々捻ったりクロスしたりするような立体的な模様まで入っていて、ちょっとした芸術品のように見える。
「こんなのを私も編めるようになるの?」
「そうよ。でもね、まずは基本からきちんとやってみなさいね。それが出来れば、本当になんだって編めるんだから」
 はあい、と最初来た時とは打って変わって楽しそうに編み始めた娘らを、サモンがちらと見――そして、その方向とは全く逆の場所から今度は母親たちのどよめきが聞こえた。
 そちらに目をやると――母のシェラが、目まぐるしく手と毛糸を動かしながら、何かを高速移動させ続けていた。その、目にとまらない程早い何かの先から、しゅるしゅると編まれていくふんわりとした編物の出来に、母親たちがシェラを尊敬の眼差しで見る。
「……」
 あの、シェラの手にあるのはきっと彼女の得物である巨大な鎌だろう。……本当に、切るだけでなく、縫ったり編んだりというものもあれ一本でやってしまうのだから、未だに信じられない。器用という一言だけでは済まされない何かがあるような気がして、ごく僅かに首を傾げたあと、そう言えばこんな場所で騒いだり得意げに話したり、とにかく人の輪の中心にいないと気がすまない彼はどこにいるんだろう、と周囲をぐるりと見渡す。
「……?」
 いない。
 そんな筈は、ともう一度見渡した時、部屋の隅っこで小さくなっている――通常が大きいのだから、普通サイズ以下には絶対になれないのだが――オーマの姿を目にして、今度こそ目を丸くしてオーマを見た。
 その隣には、ぴりぴりした表情の老女が一人つきっきりで付き添いながら、普段の家事マスター具合から想像も付かないくらいぼろぼろでぐにゃぐにゃの、棒の先に生み出されていく謎の物体を悪戦苦闘しながら作り出しているオーマに、何度も編みなおしをさせたり、編み方をぴしぴしと厳しい表情で教えている。
 それでも、生み出されるものに変化がほとんど無いのが不思議なくらいだった。
 そうして一人に付きっきりになっている代わり、向こうではにこやかな母の笑みを浮かべたシェラが、今度は母親たちに混じって編み方を教えているのだから、講師の数に基本的な変化は無いのだが、何か間違っているような気がして、でもそれ以上考えても答えは出ないだろうとあっさり諦めて自分の編物へ戻る。
「ねえねえ、ほらこれ」
「きゃあ。誰と繋がるつもり?」
 そこへ。
 不思議な会話が聞こえて来て、サモンがその声の方向へと目をやった。そこには、編んでいる赤い毛糸をくるくると小指に巻きつけて楽しげに笑う娘たちがいる。
「おや? 知らないのかい?」
 その様子を不思議そうに眺めているサモンへ、老女がにこりと笑いながら問い掛ける。
「運命のひととは、小指と小指に赤い糸が繋がっていると言う言い伝えだよ。……おや。不思議そうな顔をしているね。信じられないのかい?」
「……うん」
 馬鹿にしていると言うわけではなく、ただそうしたものを楽しむ気持ちが理解出来ないサモンは、信じられないと言いながらこくんと頷いていた。
 編物教室は盛況にその幕を閉じた。もちろんほとんどの作品は形になっていないものが多く、残りは家で、そして何か分からない事があればいくらでも聞くよ、と老女たちが微笑んで言い、解散となった。
「ああいうのはいいもんだね。またやっていたら行こうか」
「ああ……そう、だな」
 上気した顔で楽しげに言うシェラと、しょぼんと肩を落としたままのオーマという対照的な二人をちらと見るサモン。
 それが、油断となったのか。

 ――そうか
 ――それなら、黒い糸は信じるのかな――

「!?」
 耳のすぐ後ろから声が聞こえたような気がして、サモンが思わず振り返るも、そこには誰もいない。そして、一瞬指に黒い糸が絡め取られ、それが一本の細い線を作ってどこかに通じており、その線を目で追う。と、
「サモン」
「――あ。……どうしたの」
「どうしたの、ってあんたがどこか睨んでるからさ。どうかしたのかい?」
 シェラの言う通り、サモンは手をぎゅっと握り締め、今にも戦闘に入れそうな程神経を尖らせていた。それに自分でも気が付いて、そっと力を抜くと軽く息を吐く。
「……よく、わからないけど……たぶん、大丈夫」
「そうかい?」
「何かあるなら、いつでも言っていいんだぞ。いや、何も無くてもだな」
 自分が落ち込むよりも、サモンの様子を見るほうが先、とオーマがしゃんと立ち直ってサモンへ言い。
「……うん」
 以前なら――来たばかりの頃なら、確実に反発していた筈のサモンは、そんな二人の言葉にすんなりと頷いていた。

*****

 その夜。
 いつもは夢もあまり見ずに、気付いたら朝と言う筈が、何故か寝苦しく真夜中に目を覚ましてしまう。
「……」
 隣の部屋は両親の寝室。この時間だから二人とももう寝ているだろう。
 起こす事は無い――そう思い、ころんと寝返りを打ったサモンの目に飛び込んで来たのは、紛れも無く小指に巻きついた黒い糸。
 それが繋がる先にあるものは、黒々とした闇。いや。
 昼間は気付かなかったが、指先に巻きついているモノが糸ではないと気付いた瞬間、『それ』が大きく広がり、サモンはあっさりと飲み込まれてしまった。
 気付けば、辺りは一面の闇。
 感触は、小指にまきついた『それ』しかない。
 それを不快と感じる事に、サモンは自分でも不思議だった。これが以前ならどうだっただろうか、と思うにつけ、この世界に来てから、自分でもどうしようもないくらい、不思議な感情に持て余される事がある。
 そんな事をいちいち考えていたら、戦いに身を置いた時に不測の事態に陥るかもしれないのに。
 だが――それでも、シェラと言いオーマと言い、あれだけ自分の感情をあらわにしていても、恐らくサモンよりも戦いそのものの腕は上なのが今もって謎としか言い様が無い。
 信じる心や、感情などは、必要ないのでは――そう思いかけて、
「……どうして」
 急にそんな事を思うようになったのか、とふと我に返った。
 この闇の中だからか?
 それとも、今も指先に巻きついたままの『それ』があるからか。
 ふうっ、とサモンがそこで息を付いて、まっすぐ前を見詰めた。……誰がいるかも分からない真の闇。だが、そこから感じるのは、粘つくようなひとつの視線。
「……感情が、必要かどうか。――そして、信じるも信じないも、運命なんかじゃなく、僕が決める事だ」
 その闇に向かって、サモンがきっぱりと言う。
「僕は――人形なんかじゃ、ない」
 言うなり、左手の小指……巻きついている、負を凝らせた細い糸状のそれを、小指から生み出した刃でぶつりと断ち切った。
 ――と、同時に、頭の中に激しい悲鳴のようなものが響き、
「全く、あんたって子は。相談くらいしてくれてもいいじゃないのさ」
「そうだよなあ。それは流石に親として寂しいぞ」
 巨大な鎌と、それに負けない程の大きさの銃を構えたシェラとオーマの二人が、寝巻き姿のままで闇を切り裂いて現れ、サモンに手を伸ばしながらにこりと笑った。
「どうして――……」
 いつも助けに来るのか、と、そう訊ねようとしたのか、途中までいいかけたサモンがふるふると小さく首を振って言葉を打ち消し、
「あの……あ、ありが、とう」
 普段のそっけない調子ではあったが、ほんの少しぎくしゃくした声で言った後、二人の満面の笑みを受けて引っ張り上げられた。そのまま、シェラの身体の中にすっぽりと収められて抱き締められる。
「さ、後始末は任せたよ」
「おう」
 空間を開いたのはシェラの鎌だろう。そして、オーマは再び閉じようとする闇の中にのそりと潜り込んで、次の瞬間室内にぱあっと眩しい光が点り、それが消えた時には闇はもうどこにも存在していなかった。

*****

「で、誰に何を編んでるんだい?」
「……オーマと、シェラに……簡単だけど……マフラー」
 見れば、一所懸命編んでいるのか、もう結構な長さになって来ている。それを微笑ましい目で見たシェラが、
「楽しみにしてるよ。ああそうそう。イブの日は何か予定があるのかい?」
「……イブ?」
 何それ、と言いたそうなサモンの表情を見て、シェラがほらねと遠くからこっそりと二人を窺っているオーマへ目配せを送った。
 それを見て、ほおおおっ、とため息を付いたオーマが心底安心した表情を浮かべる。
 ちなみに、シェラはと言うと既にあの神業とも言える速度で三人分の、厚手で丈夫なセーターを編み終えて袋に包んでいた。二人にプレゼントするつもりで。
 そして、サモンがとりあえずイブに予定が無いらしいと知ってほっとしたオーマはと言うと。
「はい。もう一回ね。それでも良かった、もしかしたらあたしが教えた子の中で唯一進歩の無い子が出たかと思ってたところだから」
「な、なんでこんな難しい物をあんなに簡単に編めるんだよ……」
 せめて形になるように編みたいと、せっせと自分に教えてくれた老女の所へ通い詰めていた。筒状に編んで上を閉じるだけと言う、実に単純で簡単な帽子の筈なのだが、何度も何度も練習を繰り返してもぐねぐねうねうねと踊りだす毛糸を、カタツムリが這うような速度ながら上達しつつ。


-END-
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聖獣界ソーン
2005年12月08日

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