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『霧の中のお屋敷 』
桐生・暁4782



☆★☆始まり★☆★

 街中を歩く。
 雑踏が耳にほど良い刺激を与える。
 さまざまな音、さまざまなにおい・・・。
 ふわり。
 それは本当に突然だった。
 甘い甘い・・花の香り?
 いったいどこから?
 辺りを見渡す・・・そして瞬きをした、本当にその瞬間だった。
 「あ、いらっしゃいませ〜。お客様・・ですか?」
 凛と耳に心地良い声が響く。
 振り返ると、そこには大きな屋敷があった。
 茶色のレンガで造られた壁は高く、その中央に構えている扉は豪勢だ。
 いつの間にか、不思議な場所に迷い込んでしまったらしい。
 辺り一帯は薄い霧で包まれていて、この屋敷以外には何も見えない。
 「あぁっと、私、リィンと申します。ここのお屋敷で働いていて・・えっと、本日はクリスマスパーティーなどをやろうかなぁと思って、飾り付けやお食事を用意してみたのですが・・。」
 リィンはそう言うと、俯いてしまった。
 「私も、だんな様も、交友関係が広いわけではなく・・・えっと、その・・・。」
 ようは、お客が集まらないと、そう言う事なのだろうか?
 「ですから、もし、宜しければ・・・ご参加なさりませんか?あの、お時間があればで結構なのですが・・・。」
 辺りを見渡す。
 お時間があればもなにも、ここがどこなのかすらも良く分からない・・それ故、帰る手立てもない。
 無闇に歩き回ったところでこの霧だ。最悪道に迷って・・・。
 「いーよ。一緒に、パーティー楽しもっか?」
 その言葉をきいて、リィン嬉しそうに満面の笑みを向けてきた。
 「ありがとうございます!」


★☆★ご対面☆★☆

 「こちらが会場になります。」
 にっこりと微笑みながら、リィンは大きな扉を押し開けた。
 それなりに広いホールは、様々に光り輝いている。上から降ってくるのは、雪・・・??
 「え・・え・・なにこれ・・凄くない!?最先端科学技術??」
 「いいえ、先にこちらに来られたお客様が・・・」
 「おうおうおう、リィンちゃんよぅ、ここの主人ってのはどうしてこうも料理が・・・」
 ホールの奥から出てきた、巨大な男に暁は思わず目を丸くした。
 ――2メートル以上はあろうかと言う背、そして暁と同じ赤の瞳・・・。
 「ん〜、なんだぁ?この、腹黒マッスルむっふん☆美少年はよぅ。」
 ドスドスと右手に小さな男性を抱えて(無論、男性自体はそれほど小さくは無いのだが・・・)その男は暁の目の前にしゃがみ込んだ。
 そうでもしないと、視線が合わないのだ。
 それにしても・・・苺模様のフリフリ桃色エプロン+三角巾のその姿は、あまりにも奇妙だ。
 なんだかわけのわからない恐怖でいっぱいになる・・・冷や汗ダラダラだ。
 「お客様です。先ほどいらっしゃって・・・」
 「おうおう、それはそうか。俺の名前はオーマ シュヴァルツ。聖都公認腹黒同盟総帥とは俺の事で、メンバーは名だたる腹黒むっふん♪キューティーな者ばかり!そんでもってお前さんよぅ、ここで会ったのも何かの縁。この機会に腹黒同盟の仲間になって、皆で一緒にむっふん筋肉薔薇色帝国を築き上げようぜ!」
 ・・・解らない。何の事だかよく解らない。
 とりあえず、名前がオーマ シュヴァルツであるという事だけは何とか理解した。
 暁はとりあえずにっこりと微笑むと、自己紹介を始めた。
 「俺は、桐生 暁って言って、いたって平凡な高校生で、え〜っと・・・宜しくお願いしま〜す☆」
 手を差し伸べる。それをオーマがとって・・・なんだか妙な連帯感が生まれる。
 「おぉっと、そうだ忘れてた。連れがいるんだった・・・」
 オーマはそう言うと、後ろを振り返った。おーいと少し大きな声で呼びかけると、中からゾロゾロと――なんだあれは!?
 顔のついた草・・・そして霊魂・・・それが軍団となって襲ってくる・・・!!
 「え・・・えぇっ!?」
 「こいつらは、俺の友人!イロモノラブマッスルフレンド〜!お前ら、この素敵☆キューティーな腹黒美★少年に挨拶しろー!」
 「あ、いや・・こちらこそ・・・えーっと、桐生 暁です。」
 ペコリと頭を下げると、暁は救いを求めるようにリィンに視線を送った。
 もちろん、リィンはその視線の意味なんて全然解っていないので、にっこりとまるで天使のような微笑を浮かべただけだった。
 「っとぉ、そうだ、すっかりスコーンと忘れてたんだが・・おうおうリィンちゃんよぅ、ここの主人ってぇのはどうしてこーも料理ができねぇんだ??そもそも、ボールを取ってくれっつってんのによぅ、ここにはボール遊びをするような年齢の子供は居ないからねぇなんつって、ベタな間違いしやがって・・・」
 「仕方ないですよ。だんな様はお料理なんてした事無いですし。」
 リィンが困ったように微笑んだ。
 その横で、暁は目の前にでんと置かれたケーキに釘付けだった。
 美しくデコレーションされたケーキは、職人技としか思えないほどに繊細な飾り付けがされており、甘いもの好きの暁にとってはかなりそそる一品だった。
 「ケーキおいしそ〜っvvコレ、誰が作ったの??」
 暁の言葉に、オーマとリィンは振り返った。
 「んあぁ?それは俺様がウキウキ★ドッキューンなここの主人と共にラブラブ♪マッスルで作ったものだが?」
 「へ〜!オーマさんが作ったの!?ねね、俺にも後で作り方教えて〜!」
 「おうおうおう、兄ちゃんよぅ、お前さんはケーキが好きなのか??」
 「うん。甘いもの全般なら大好き!」
 そう言って微笑む暁の顔はまるで子供のようで、思わずオーマの父性本能を刺激した。
 わしゃわしゃとその頭を撫ぜて――思わず猫っ可愛がりしたくなると言うのはこういう事を言うのだろうか??
 「そう言えば、お二人ともどうしてこのお屋敷に?」
 リィンの言葉に、暁とオーマは顔を見合わせた。
 どうして・・・引き込まれてしまったと言うのが一番の理由なのだが・・・。
 「俺は、なんか面白い事ないかな〜ってブラブラ出歩いてたら此処に来たんですよ〜。大体いつもこんな感じで〜あはは。オーマさんは??」
 「俺はよぅ、こいつらと一緒に下僕主夫買い物帰り最中に遭遇してなぁ。だからこんな格好なんだよ。」
 そう言って、苺模様のふりふり桃色エプロンを指差す。
 「この会場も、オーマさんがしてくださったんですよ〜!」
 リィンはそう言うと、上から降ってくる雪や、様々に輝く光を指差した。
 「最先端科学技術じゃないのコレ!?」
 「なんでぇ、その、最先端・・・なんちゃらってヤツァ。」
 「原子力発電だったり、えーっと・・・なんだったかな。先生がなんか、色々と言ってた気がするけど・・・えーっと、まぁ、そんな感じで・・・。」
 曖昧に言葉を濁した暁だったが、目の前のオーマの顔は不思議そうだ。
 ・・・そうだ、よく考えてみればわかったではないか。どう考えても、オーマはあまりにも身長が高すぎる。
 もしかして、俺ってば不思議な世界に迷い込んだ系?
 隣で微笑むリィンは普通っぽいけれども・・・まぁ、それは置いておく事にしよう。
 なににしろ、今日はやる事が無くて困ってたのだ。オーマも良い人そうだし、料理はおいしそうだし・・・。
 「あの・・・そろそろ私を放してくださいませんか・・・。」
 考え込む暁の耳に、突如そんな声が聞こえてきた。
 声のした方に視線を向ける――オーマの腕の中で、ここの屋敷の主人と思われる人物がぐったりとしていた。
 「おう、いけねぇ、こりゃすまねぇな。」
 「いえ、地に足がついてさえいれば、十分です。」
 主人はそう言うと、すたっと久しぶりの地面に足をつけた。


☆★☆ロシアン・ルーレット★☆★

 美味しい料理を食べながら、4人は和やかに談笑していた。
 「おうおうおう、ここはいっちょゲームでもしねぇか??」
 「ゲーム?」
 オーマの提案に、暁が小首をひねる。
 「ちょぉっと目ぇ瞑ってな。」
 そう言われて、暁がそっと目を閉じる。それを見届けると、オーマは桃色の銃を具現化した。
 側面にはキラリと光るアニキ印が輝き、桃色のその銃はオーマの手には少々小さいものだった。無論、暁やリィン、そしてここの主人の事を考えての事だった。
 「おぅっし、目ぇ開けていーぞ。」
 暁が目を開け、オーマの手に収まっている小さな桃色の銃を見つめる。パチパチと、瞬きをする。
 「うわぁ、それなに・・・??」
 「ロシアンルーレットゲーム・・・どうだ??」
 にやりと微笑むオーマに、暁はタラタラと冷や汗をかいた。
 ロシアンルーレットなんて、そんな生死をかけた―――
 「もちろん、本物の玉が出るわけじゃねぇし、誰も頭につけろとは言ってねぇよ。」
 「・・・あ〜、びっくりした。でも、これ、弾じゃないなら何が出るの?」
 「さぁて、お楽しみだな。んじゃ、最初はレディーファースト。」
 そう言ってオーマがリィンに銃を差し出した。
 「あ、俺は最後でいーよw」
 暁がそう言って、この館の主人をチラリと見た。
 「それでは、行きますっ!」
 リィンがそう言って、引き金を恐る恐る引いた。

   ―――カチっ

 「それじゃぁ、次はだんな様ですね。」
 「あぁ。」
 主人がリィンから銃を受け取り、引き金を引く。

   ―――カチっ

 「えぇ〜・・・って事は、俺??」
 「いんやぁ、そりゃどーかな。」
 暁がおろおろとする。それを見つめながら、オーマはニヤニヤと微笑んだ。
 何が飛び出すのかわからない分、怖さが倍増する。
 けれど、ここで引く事は出来ない。覚悟を決めるしかない・・・!
 暁が歯を食いしばりながら、引き金を引いた。

   パァンっ!!!

 凄い発砲音と共に、銃口から人面草と霊魂軍団が凄まじい勢いで発射された。
 人面草と霊魂軍団は発射と共にクルクルと室内を回り、まるで踊るように宙を漂う・・・。
 「えっ・・・えぇっ・・・!?」
 「ほぅ、当たりだな!んじゃ、賞品を・・・」
 オーマはそう言うと、懐から一枚の紙を取り出して暁に差し出した。
 ピンク色の紙に【ギラリマッチョ親父アニキ浪漫ビバ聖筋界ソーン美筋マニア強制腹黒問答無用観光ツアーチケット】と金の文字で書かれている・・・。
 「なにコレ・・・ギラリマッチョ!?ってか、問答無用!?」
 「まぁ、いつでもウェルカムだぜぇ☆家の麗しの番犬様にでも会って・・・」
 「番犬!?」
 「いや・・・番犬と言うかなんと言うか・・・犬でねぇ事は確かだけどな。まぁ、地獄の番犬ってヤツだな。」
 「え、ヤだよ、そんな危険な生物に会うの・・・。」
 暁が明らかに不審なものを見るような目でオーマを見つめる。
 警戒心バシバシのその視線に、オーマはなんだかちょっぴり哀しい気分になった。
 「ま、番犬様云々は置いといて、ソーンは良いとこだぜぇ〜?」
 「東京も、中々良いところだよ〜♪」
 「おうおうおう、東京ってーのは、イロモノ☆むっふん素敵マッチョ腹黒親父アニキがいっぱいいるのか〜?」
 「う〜ん・・・。分割すれば居ない事も無いかも。」
 語尾を濁す。
 イロモノな人、マッチョな人、腹黒な人、親父な人、アニキな人はいるかも知れないが、その全てを満たす人物となると、ちょっと不明だ。
 居ない事も無いかも知れないのだが、少なくとも暁の周りには居ない。
 それが解ったのか、オーマはただにかっと笑って暁の金色の髪をくしゃくしゃと撫ぜた。


★☆★オルゴール☆★☆

 「あ、そう言えば・・・今日は良いオルゴール見つけて・・・」
 「オルゴール?」
 暁の言葉に、オーマが小首をかしげる。
 リィンと主人も、不思議そうな顔で暁を見つめている。
 今は赤く光るライトが、真っ白な雪を薄ピンク色に染め上げる。
 「今持ってるんで、聞きます?」
 そう言って、持ってきたバッグを引き寄せると、中から小さな箱を取り出した。
 四角い木の箱は、側面に花々の彫がしてあり、パカっと開けると中から小さな木が立ち上がった。
 その周りを楽しそうにはしゃぎながら回る子供達――繊細なメロディーが流れ出す。
 どこか物悲しく、美麗で、それでいて儚い。
 華奢な旋律はまるで歌うように紡がれる。回る、子供達は楽しそうなのに、どこか切なくなる音色だった。
 「綺麗で・・・落ち着くなって思うんです。」
 暁がオーマにオルゴールを差し出した。
 子供達の右斜め下では、螺子がゆっくりと回っている。その旋律と共鳴するかのように、ゆっくりと、軽やかに―――。
 「流れる音に合わせて、螺子がゆっくり回ってるのとか見てると思わず笑みが零れません?なんて・・・へへ。」
 にっこりと微笑む。それが、音のせいなのか、それとも本当にそうなのかはわからないけれども、どこか哀しそうで、オーマはパタンとオルゴールを閉じた。
 音色が止む。しんしんと雪が降り積もる中で、それは不思議な時間だった。
 誰も何も言わない。ただ、時だけが流れて行く・・・。
 「素敵な音色でしたね。」
 最初にその沈黙を破ったのはリィンだった。ふわりと、溶け消えそうなほどに柔らかく微笑むと、オーマからオルゴールを受け取る。
 そっと、優しく側面をなぞると―――再びオルゴールの蓋を開けた。
 「んじゃ、その音に相応しそうなモノでも創るか。」
 オーマはそう言うと、すぅっと宙を指先でなぞった。
 壁に咲く、巨大な花。七色に光る、火の花・・・音は無い。
 無言で咲くは虹色の花―――
 「綺麗・・・」
 「だろ?ま、そのオルゴールの音色と合ってるかどうかっつーのは、微妙なせんだがな。」
 「そんな事無いっしょ。そもそもさ、音色と子供達があんまし合ってないよね。」
 「子供達はあんなに楽しそうに笑いながら踊ってるのに、なんだか・・・この音色は切なくなりますね。」
 主人の言葉に、リィンが何かを考え込むように視線を逸らし、言葉を選びながら音を紡ぐ。
 「音色が哀し気だから・・・子供達が笑ってるんじゃないですか・・・?えっと、どう言ったら良いか解らないんですけど・・・なんて言うか・・・全てが哀しいままだと、寂しいじゃないですか。」
 「なぁ、お前さんはどうしてこのオルゴールを買ったんだ?」
 オーマにそう聞かれ、暁が一瞬止まる。
 「何でだろう・・・子供達が・・・あんまりにも、楽しそうだったから・・・。」
 オーマはオルゴールに視線を向けた。
 ゆっくりと回る螺子は、音色に合っていた。どこか物悲しく、それでいて綺麗な旋律に。けれど、楽しそうに笑う子供達はどこか浮いていた。
 暁が惹かれたのは、その浮いた子供達だった。
 「そうか・・・。」
 オーマがそっと瞳を閉じる。
 その横顔を見つめながら、リィンはオルゴールの蓋を閉じて暁に渡した。
 花火はオレンジに染まり、散る寸前に真っ赤に色づいた。
 「そう言えば、ずっと気になってたんだけど・・・お二人はいつもは何なさってるんですか?」
 「そりゃ、ちったぁ俺も興味あるな。」
 暁の疑問に、オーマも賛同する。
 この霧の立ち込める場所で、一体2人は何をして過ごしているのだろうか・・・?
 「え・・・私達ですか・・・??そうですねぇ・・・私はお庭の掃除をしたり、お洗濯をしたり、お掃除をしたり、お食事を作ったり・・・後は、本を読んだりしてますね。」
 「私は本を読んだりしてますね。」
 主人はそう言うと、ついと立ち上がって壁際をそっと手でなぞった。
 壁の部分が音もなく本棚に変わる―――そこは本に囲まれた部屋だった。
 「え・・・えぇ・・・!?」
 「こりゃすげぇな・・・」
 「ここの蔵書全てを読むのが私の仕事なんです。言い換えれば生きる辞書って所ですかね?」
 「だんな様は、世界で起こる全ての物事を知り、後世に伝える役目なんです。」
 開いた口が塞がらないとはこの事だろうか・・・?
 「そんなに凄い人だったんだ・・・?」
 「たまげたな・・・。」
 「此処には、今までの事、そしてこれからの事、全ての物事を記録した本があるんです。」
 「もちろん1冊と言うわけではないんですけれど・・・」
 「つまりは、この本全部がそれだってぇ事か?」
 「えぇ。そう言う事になりますね。とは言え、私もまだまだ全ての本を読み終わったわけではないのですけれどもね。」
 主人はそう言うと、苦笑した。
 花火が上がる。ピンクに花開き、オレンジに散る。
 「なんか、オーマさんのおかげで凄い室内が綺麗だよね・・・」
 暁の言葉に、オーマは困ったように頭を掻いた。
 「別に、俺のおかげってぇわけじゃねぇよ。これくらいはお安いごようだしな。」
 「んじゃ、俺からはお礼に即興でクリスマスにちなんだ踊りでも踊ろっかな〜。んー・・・ストーリー性のあるものがいっかな?」
 ブツブツとそう言うと、暁は立ち上がった。
 「おう、いーじゃねーか。ま、俺もちょっとしたお手伝いでもさせて貰おうか。こんなに素敵な会場を用意してくれたお2人さんにな。」
 「だね☆」
 「え?え・・・??」
 にこっと微笑んで、なにかたくらんでいる顔のオーマと暁に、リィンと主人は目配せをして不思議そうな顔をするばかり。
 「俺は、照明と音楽でもやっかな。お前さんは、自分の好きなように踊ってな。」
 暁は頷くと、すっと瞳を閉じた―――。


☆★☆踊って・・・★☆★

 雪が舞う、その瞬間を踊る。
 音はまるでベルのように力強く、鈴の音のように可憐で、それでいて華やかさも忘れていない。
 形容しがたい旋律が、鼓膜を揺らす。心地良く、甘く―――。
 その踊りや旋律は、決して言葉の有る物ではなかった。それなのに、なぜか響いてくる儚い歌声は、はたして幻聴なのだろうか?

  彼方より来たり 聖なる星々
  願わくば    それを崇めさせ給え
  古より歌われし 夢魔の宵歌
  現世へ伝わりし 聖人の願い
  今宵来たりし  この聖夜
  降りし雪は   真白に香り
  冷たき風は   仄かに薫る

  想いの灯火   何処へ往く
  嘆きの雪洞   何時消えゆ
  この世の果てよ 何故ありし
  淡く色づく   この聖夜
  全てを包みし  真白の雪よ
  願わくば    全てを包みたまえ

 とても神秘的な――それは、酷く和の薫りを含んだ神秘だったが――踊りだった。
 旋律もそれにつられて神秘的に響く。
 踊りと言うよりは、舞に近かったかも知れない。
 暁はふわりと舞い終わると、丁寧にお辞儀をした。
 オーマもそれにつられてお辞儀をして、旋律はパタリと途絶えた。
 まるで夢から覚めた直後のように、リィンと主人はポウっと2人を見入ったままだった。
 しばらくしてから、まるで今気がついたというようにリィンが拍手をしだし、つられて主人も拍手をする。
 「素晴らしかったですっ!!」
 リィンが少し涙目になりながらそう言った。
 「有難う。オーマさんも、凄い良い曲だったね〜!」
 「ってぇか、暁の踊りに合わせてだったからな・・・俺の腕が良いわけじゃねぇよ。」
 オーマがそう言って、暁の頭をコツンと叩く。
 「それじゃぁさ、皆で踊らない?せっかくだし・・・」
 「良いですね!ほら、だんな様も一緒に踊りましょうっ!」
 「んじゃ、選曲は任せな!」
 部屋が輝く。大輪の花火が、音楽と共に上がる。
 人面草も、霊魂軍団も、入り混じって踊る――アップテンポの曲、ゆっくりとしたクラシック、クリスマスらしく、ミュージカルのような盛大な曲―――。
 リィンが可憐にクルクルと回り、主人が困ったように、それでいて照れたようにステップをあわせる。
 暁とオーマは向かい合って曲にのりながら踊る。その周囲では、同じように人面草と霊魂軍団も一緒になって踊っている。
 「私は元来、踊りなんて・・・」
 「なに言ってるんですか!」
 「そうだよ、中々上手いじゃん〜!」
 「実は、夜中にこっそり練習してたとか・・・」
 オーマの言葉に、主人がふいと視線を逸らす。
 「あぁ・・・もしかしてあの音って・・・」
 「まさか、音は出ないように―――」
 「やっぱり踊ってたんだ?」
 ニヤニヤとした視線を浴びて、主人は恥ずかしそうに俯いた。
 「まぁまぁ、いーじゃねぇか。霧の立ち込める中にポツンとあるお屋敷、そんなかで踊りたぁ、なかなか粋じゃねぇか。」
 まさに、今この瞬間のように・・・。


★☆★さよならの時☆★☆

 踊り疲れた一同は、ぐったりと椅子に座っていた。
 目の前に並ぶ食事に手をつけたり、談笑したり――リィンが気をきかせて、温かいココアを持って来てくれる。
 それを飲んで、ほっと一息つくと、壁にかけられた時計を見上げた。
 もう直ぐで、今日が終わる。
 「そろそろ・・・皆さんは皆さんのいた世界に戻った方が良いかも知れませんね。」
 主人はそう言うと、少し寂しそうにリィンと視線を合わせた。
 「このお屋敷は、聖なる夜の1日だけ、他の世界と繋がる事が出来るんです。」
 「今日中に帰らないと、今度帰れるのは来年の今日になってしまいますからね。」
 それはそれで、大問題だ。
 「そっか、なんか・・・寂しいね。」
 暁がポツリと呟き、目を伏せた。
 その横顔を見ながら、オーマは具現カメラを取り出すと、脚立とリモコンを具現化し、セットし始めた。
 「ほらほら、一列に並んだ並んだ!写真でも撮っときゃぁ、いつでも見れるし・・・想えんだろ?」
 にかっと微笑み、テキパキと手際良く一列に並ばせると、リモコンを押した。

  パシャリ

 乾いた音が響いた。
 「だんな様、もっと楽しそうに笑ってください。」
 「とは言ってもなぁ・・・」
 「ほらほら、1+1は??」
 「・・・2〜・・・」

  パシャリ

 まるで思い出のページに刻み付けるように、一同はそれから数枚の写真を撮った。
 どれも違うポーズで、笑っていたり真顔だったり、時には視線が外れていたり・・・。
 オーマはそれを人数分現像すると、一人一人に手渡した。
 「例え世界が違えど、時を刻む速度は一緒だ・・・違うか?」
 「・・・そうだね。きっと、空は繋がってるから・・・」
 ふわり、微笑んだのを最後に、オーマと暁は自分の世界へと帰る事になった。


 「ありがとうございました。あの・・・もし宜しければ・・・また、いらしてくださいね。」
 リィンが寂しそうにそう言って、頭を下げた。
 「私も、それまでに蔵書を粗方読み終わっているように、努力するよ。」
 主人はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
 「・・・そう言えば、名前なんて言うの?」
 「ひ・・・秘密だ・・・」
 暁の質問に、主人がダラダラと嫌な汗をかく。
 「ま、いーや。んじゃ、来年にでも教えてもらお〜っと。んじゃ、また来年ね!リィンちゃんに・・・ん〜・・・ゴンベーさん!」
 「いやいやいや、私はゴンベーと言う名前では決して・・・」
 暁は大きく手を振りながら、霧の中を歩いて行った。
 「行っちゃいましたね。」
 「ま、あの分だとまた来年もここに迷い込んでくるだろう。」
 「さて・・と、だんな様、お片づけの用意をしましょうか。」
 「・・・私も片づけを手伝わなくてはならないのか?」
 「あのままで良いのでしたら、構いませんけれど??」
 「仕方が無い。片付けるか。」
 「・・・また、来年・・・会いましょうね。」
 リィンはそう呟くと、主人と共にお屋敷の中に入って行った。


 霧の中を歩く。どうやって歩いたのかは解らなかった。ただ、気がついた時には霧が晴れていた――そして、暁は日常へと戻って来た。
 あっけないくらいに、そこは見慣れた場所だった。
 巨大な広告パネルを見上げる――その時は、まだ聖夜を指している。
 丁度暁があの霧のお屋敷に迷い込んだのと同じ時だった。
 あれは夢だったのだろうか?
 リィンという名の少女、お屋敷の主人、そして――オーマと言う名の男性。
 暁はバッグを漁った。オルゴールを押しのけ、その下に・・・あの時に撮った写真がひっそりと隠れていた。
 その更に下には、オーマから貰った【ギラリマッチョ親父アニキ浪漫ビバ聖筋界ソーン美筋マニア強制腹黒問答無用観光ツアーチケット】・・・。
 「また・・・会えるよね。」
 今日という日に出会った、大切な友達。いくら世界が違えど、きっと繋がっているものがあるはずだから。
 2度目の聖夜に、何をしようか?
 暁はそんな事を考えながら、そっと写真をバッグに仕舞った・・・。


      〈END〉


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 ★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト/トランスメンバー/劇団員(東京怪談)

  1953/オーマ シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り(聖獣界ソーン)

 
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 ■         ライター通信          ■
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  この度は『霧の中のお屋敷 』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
  そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 

  さて、如何でしたでしょうか?
  結局お屋敷の主人の名前は明かされないままでしたが・・・(苦笑)
  賑やかで明るい聖夜を楽しんでいただけたらと思います。

  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
クリスマス・聖なる夜の物語2005 -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年12月07日

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