▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『深き秋の中 』
リラ・サファト1879)&シノン・ルースティーン(1854)


 いつも通る、孤児院に向かう道を歩きながら、リラ・サファトは何かに気付いた。
 それは、道を彩る赤や黄色といった色づいた葉たちである。
「……素敵」
 ぽつりとリラは呟き、その場にしゃがみ込んで葉を拾った。真っ赤に染まった葉を取ると、熱を発しているかのように赤かった。
(まるで、トマトみたい)
 ふふ、と小さく笑いながらリラは葉をくるくると回した。これが自然にできる色なのだと思うと、不思議な感覚があった。
 そんなリラの目の前に、今度は黄色いイチョウの葉が舞い降りてきた。ひらひら、と。
「紅葉……」
 リラは呟き、空を見上げる。道の端にあるたくさんの木々が、自らが染め上げた葉を自慢するかのようにひらひらと舞わせている。まるで、花びらと見まがわんばかりに。
「……シノンにも、見せたい」
 ぽつりとリラは呟く。シノン・ルースティーンは、リラにとって大事な女友達だ。素敵だと思えるものを、是非ともシノンにも見て欲しくなったのである。
 リラはにっこりと微笑み、より綺麗な葉を捜す。綺麗に染まった赤や黄色の葉たちを選別し、より一層綺麗なものを選んでいく。そうして選んでいった葉を、リラはハンカチに包み、そっと鞄の中に納めた。
「……あ」
 自分がまだ、孤児院に向かう途中なのだとリラは気付いた。リラが届けるはずのお弁当を待っているかもしれないと思い、小走りでその場を去って行く。
 赤と黄色で彩られた、その道を。


 数日後、リラはシノンと共に山道を歩いていた。あの後、道で拾った色とりどりの葉たちを見て、シノンが「綺麗だね」と言った所から話がとんとんと進んでいったのである。
「紅葉の季節なんだね」
 シノンはそう言い、リラから貰った色づいた葉を見つめた。リラは微笑み、頷く。
「ひらひらと舞う様を、シノンにも見せたかったわ」
 リラは、花びらのように舞い落ちる様子を、シノンに説明する。そしてそれが、本当に美しい風景だった事を。
「いいな。あたしも、その様子を見たかった」
 紅葉の季節だという事は、頭ではわかっていた。だが、こうして実物の葉を見てから、改めて気付いたという具合である。
「私も、見せたい」
 リラはそう言い、少しだけ考える。そして顔をぱあ、と明るくして提案した。
 それが今いる、山の入り口に至るまでの経過である。
「あ、リラ。あそこ、色づいているみたい」
 山の中にある赤い一角を指差し、シノンは目を輝かせる。リラは「本当」と言ってにっこりと笑う。
「今日は、私がちゃんと調べてきたんだ。シノンはここの出身だけど、そんなシノンでも見たことの無いような、綺麗な紅葉を」
「凄く嬉しい。ありがとう、リラ」
 シノンがそう言うと、リラは少しだけ照れたように笑う。
「でも、本当に場所を調べただけ。……実際に行くのは、これが始めて」
 リラの言葉に、シノンは思わず吹き出す。それにリラもつられ、二人は顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
「綺麗な所を目指していけば、ちゃんと辿り着けるよ」
「そうだね。絶対にそこに、行かなくちゃいけないわけではないし」
 二人はそう言いあい、山道へと踏出した。両肩から、お揃いの手作りした碧の鞄を下げて。
 山道はたくさんの人が踏み固めたような道が出来ていた。道のすぐ隣はたくさんの木々や草花達で溢れている。
「リラ、花が咲いてる」
 シノンはそう言い、一本の木を指差した。すると、そこには真っ白で大きな花をつけた木があった。リラはそれを見、小首を傾げる。
「何て言う木かな?」
「ソーン特有の木……かな。名前、わからないし」
 二人は顔を見合わせ、考え込む。そして次の瞬間、同時に「まいっか」と頷きあう。
「綺麗には変わりないんだし」
「うん。……ああやって、咲いているのを見れただけでも良かったよね」
「もうすぐ冬だから、散ってしまいそう」
 シノンはそう言い、そっと微笑む。日々寒くなる毎日の中、凛として咲く白い花が美しく見える。
「まるで、シノンみたい」
 リラはそう言って微笑む。シノンは「え?」と小首をかしげながら尋ね返す。
「だってほら、冷たくなる風にも負けずに咲いているでしょ?それに、綺麗に咲いて元気付けてくれるから」
 リラの言葉に、シノンは少し照れたように笑いながら「ありがと」と答える。
「そんな事言ったら、リラみたいでもあるよ。寒いよっていっているのに、大丈夫って言って綺麗に咲いてるんだから」
「……お互い様って事かな?」
「そういう事になるかな」
 二人はそう言いあい、くすくすと笑いながら再び目的地へと向かう。
 途中、少しだけ開けている場所で二人は足を止めた。周りの木々が、見事な紅葉に彩られていたからである。
「リラ、目的ってここ?」
「え?……ええと」
 リラが事前に仕入れた情報では、到着までもう少しかかる筈であった。だが、こうして開けた場所に辿り着いた。更にいうならば、紅葉の綺麗な場所に。
「……ここかな?」
「そっか、そうなんだ。……うんうん、確かに綺麗」
 シノンはそう言って、周りをゆっくりと歩いた。リラも一緒になって歩き、紅葉を満喫する……と、その時だった。
『この先、展望場』
 そう書かれた看板と共に、道を発見したのである。さすが、紅葉の名所。目印はしっかりとしてあったらしい。
 二人は少しの間、沈黙したままその看板を見、同時に吹き出した。
「リラ、違うじゃん!」
「シノンだって、ここだって言ったじゃない!」
 二人はくすくす笑いながら、互いに軽く小突き合う。
「仕方ない、もう少し頑張ろうか」
「うん。……もう少し、先みたいだから」
 そう言いあうと、見つけてしまった道を看板に従って歩き始めた。途中でいくつも分かれ道があり、その度に二人して正しい道を探した。時には、行き止まりに辿り着く事さえあった。その度に、顔を見合わせてくすくすと笑い合い、仕方なく引き返す。
 そうこうしていると、昼頃になってようやく目的地に辿り着く事になった。
「長い道のりだったけど……凄い!」
 シノンはそう言って、目の前に広がる風景を見つめた。
 まるで、赤や黄色で彩られた世界に迷い込んだかのようだった。目の前には大きく空を写す湖があり、その周りにある木々は全て紅葉樹だ。そして、湖に流れ込んでいく小さな滝と小川が、心地よい音をさせながら流れているのである。
 正に、絶景。
 透明度の高い川の水に流される紅葉も美しく、流れの止まっている所に出来ている赤や黄色で作られた堤防がとても可愛らしい。湖に浮いている紅葉も花びらのように見え、また葉の上にある水滴が太陽の光に反射し、きらきらと輝いているのだ。
「今度こそ、ここが目的地。もう、絶対……!」
 リラはそう言い、シノンの隣に立って絶景を楽しむ。
「……お昼、ここで食べちゃおう」
「……うん」
 しばらくしてそう言いあい、二人は持ってきたものを広げた。リラがお弁当と手作りおやつ、シノンは特製ホットチャイ担当である。
 リラはホットチャイを口にし、口一杯に広がるほろりとした甘さに思わず顔をほころばせる。
「シノン、凄く美味しい」
 シノンはお弁当の炊き込み御飯おにぎりを頬張り、口の中で繰り広げられた絶妙な具と味つけのバランスに舌鼓を打つ。
「リラ、凄く美味しい」
 ほぼ同時だったその言葉に、二人は再び笑い合った。
「今度、このホットチャイの作り方を教えて」
「じゃあ、あたしはご飯の作り方を教わりたいな」
「ええ、約束ね」
「うん、約束」
 二人はにっこりと笑い合い、約束を交わした。
「デザートは、シフォンケーキなんだ。何が材料だと思う?」
 大方を食べ終わったあたりで、リラは包みを広げた。そこから出てきたのは、ほんのりピンク色のスポンジをしたシフォンケーキ。
「凄く綺麗!紅葉みたい」
「でしょう?……食べてみて」
 リラはそう言って、シノンにシフォンケーキを手渡す。シノンは「ありがとう」と言って、シフォンケーキを頬張る。ふわりとした甘さが、口中に広がる。
「美味しい!わあ、なんだろう?これ。食べた事ある感じがするんだけど」
 シノンがそう言って首を捻ると、リラは小さく「ふふ」と悪戯っぽく笑う。
「実は、トマトのシフォンケーキなの」
「トマト?……全然分からなかった!凄く美味しい」
「ね、分からないでしょう?トマトだって」
 リラはそう言い、苦笑する。以前、トマトを嫌いな人に食べさせた時にはすぐに分かってしまったのを、思い出したのだ。
「うん、全然分からない。……そっか、トマトなんだ。だから、こんなに綺麗な色をしているんだね」
 シノンはそう言って、シフォンケーキを平らげる。リラは最後に残してたチャイを飲み干す。
 たくさんあった筈のお弁当とおやつ、それにホットチャイはあっという間になくなってしまった。
「……食べ過ぎたかな?」
 シノンはそう言い、苦笑交じりにリラを見る。
「ゆっくりすればいいと思うよ。……ほら、こんなにゆっくり時間が流れるんだもん」
「そうだね」
 そう言い、二人は再び目の前に広がる風景を見つめる。
 ひらひらと舞う、紅葉。
 さわさわと流れる、せせらぎ。
 ゆっくりと動く、空の雲。
 どれもが二人を優しく包む。秋が深まったこの時期に吹く、冷たい風から守るかのように。
「本当に、ゆっくりと流れているみたいだね」
「うん、ゆっくりと流れているんだよ」
「ゆっくりだけど、ちゃんと流れていってもいるんだよね」
 シノンはそう言い、ごろりとその場に横になった。真っ直ぐ上に見える空を囲む紅葉が、花びらのように舞っている。思わずシノンの顔が綻ぶ。
「リラもやってみなよ。凄く、綺麗」
「うん」
 シノンに誘われ、リラもごろりとその場に横になる。シノンの見ている風景をリラも共有し、その情景にやっぱり微笑んだ。
「綺麗……」
「でしょ?」
 ひらひらと舞う紅葉を、二人はじっと見守る。自分達を取り巻く環境が、愛しいと思えて仕方が無いほど。
「……リラ、ありがとね」
「……ん?」
 シノンのお礼に、リラは目線を動かす事なく尋ね返す。
「こうやって時間がゆっくりでも流れて行くのを、あたしはこうして感じる事が出来たから」
「それを感じたのは、シノンだよ?」
「うん。でも、リラのお陰だから」
 シノンの言葉に、リラは照れたように笑う。
「ただ、私はシノンに綺麗な風景を見せたかっただけだよ。こうして、一緒に」
「それが嬉しいんだ。……ありがとう」
 再び紡がれたお礼に、リラは「うん」と言って微笑んだ。
「私こそ、いつもありがとう。……シノンがいて、凄く嬉しい」
「あたしも、リラがいて嬉しいよ」
 二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。相変わらずひらひらと舞い散る紅葉を、視界の端に捉えながら。

<深き秋に仲を確かめ・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年12月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.