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『【memory――あの刻ふたりは‥‥<memory3―捕縛―>】 』
モラヴィ1940)&パフティ・リーフ(1552)

 ――村は季節の移ろいと共に冬支度に入っていた。
 彼方此方の家では薪を蓄えるべく丸太を切っては叩き割る音と光景が窺える。
「これを運べば良いんですね?」
 パフティ・リーフとて村で世話になっている身だ。彼女は農家の旦那が割った薪を纏めると、納屋へ運ぼうと、未だあどけなさの残る端整な風貌を向けた。男は額の汗を拭い困惑の色を浮かべる。
「‥‥いや、力仕事はやらなくて良いぞ。モラヴィがいるだけで助かってんだ」
 優麗なフォルムに包まれた約2mのドリファンド(自律行動型慣性制御飛行武装バイク)は、左右に伸びた腕で薪を運んで往復を繰り返していた。白に近い肌色の装甲に覆われたモラヴィが、少女に顔(正面)を向け、黄色の丸いライトを点滅させる。
<これは男の仕事なんだよ〜女のパフティはジャマジャマ♪>
「なッ、なんですってぇーッ」
 小生意気な少年のような声を響かせたモラヴィに、パフティは豊かな胸元に両の拳を構えると、怒りの表情も露に後頭部から延びた二本の触覚を戦慄かせた。『彼』の機能が大分回復したのも、修理を施した彼女のお陰だ。少女は薪の束を纏めると肩へ運ぼうと身を屈めた。
「お、おいおい‥‥無茶するんじゃないぞ」
「へ‥‥平気ッ、でッ、す」
 奥歯を食い縛り、半身を起こすパフティ。「ふぅ」と軽い溜息が洩れた。後は膝を起こして立ち上がれば良い。ぐぐぐ、と足腰に力を込める少女の背中で触覚も小刻みに上へ向けて跳ねる。
「モラヴィなんかに〜ッ、バカにされて〜ッ、溜まるもんですかあぁぁッ! ひぐッ!」
 後一息で立ち上がれた刹那、パフティはセミロングの茶髪を舞わせて、腰からガクンッと崩れた。重い激痛が背中を疾り、薪をバラ撒いて地面に倒れ込む。慌てたのは農家の旦那だ。
「お、おいッ! 大丈夫か!」
「つぅ〜、こ、腰が‥‥」
<おい、パフティ! 目を開けろよぉッ>
 そう‥‥あの夜も、こんな痛みを感じながら逃げて――――。

●今やらなければならないことと逃げていた記憶
 ――視界は小刻みに揺れる薄暗い城内通路を映し、荒い息を吐きながら先へ進んでいた。
 精神感応サークレットと呼ばれるバイザー付きのヘッドギアに包まれた少女の横顔には、汗が流れ、苦悶の表情が窺える。左手を腹部にあてがい、右手で壁を支えて歩いてゆく姿は苦しそうだ。少女の身体には、目に見えた外傷は見当たらない。しかし、彼女は一歩進むごとに骨の軋むような激痛を受けているのだ。
「ハァ、ハァ、は、はやく、逃げ、な、きゃ‥‥ッ!」
 遠くで幾多の靴音が響き抜けると、二本の触覚を勢い良く跳ね上げ、パフティの表情は戦慄に染まる。自然に足先から小刻みに震え出し、彼女は肩を抱いて恐怖心を堪えた。ふと、脳裏にパートナーのドリファンドが過ぎる。
「そうだ、モラヴィ大丈夫かしら?」
 丸みを帯びた白い精神感応サークレットに片手を運び、連絡を試みようと操作する。刹那、耳に飛び込んだのは、割れるような頭痛を引き起こす壮絶なノイズだ。
「んああぁぁぁッ!!」
 忽ち床に倒れ悶絶するパフティ。精神感応サークレットを脱ごうと両手で掴むが、脳を刺激する音波が彼女を苦しめ、なかなか思うように動けず、悲鳴をあげて床を転がる。
「んんんんッ‥‥はぅッ」
 乾いた音を立てて壁に当り、丸みを帯びた白いヘッドギアが転がる。少女の茶髪はしっとりに汗に濡れ、四つん這いのまま荒い息を弾ませて、暫らく立ち上がる事も適わなかった。
「ハァハァハァ‥‥なに? 強力な妨害波が掛かっているの? この国は‥‥異世界からの科学技術を急速に取り入れている!?」
 予想以上に困難を極めるアセシナート公国の王城散策。この先、何が起きるか分からない。パフティは二本の触覚を首元の襟から衣服の中へと隠し、最悪の事体に備えて再び歩き出した。
「‥‥っ!」
 ふと行く先に何かを捉え、少女は瞳を研ぎ澄ます。視界に映るは立ち塞がる小柄な人影だ。相手はたった一人。このまま退き返しても意味が無ければ、逃がしてくれるようにも見えない。パフティはゆっくりと両足のスタンスを開き、肩に掛けてあるガンベルトに視線を流した。瞳にビーム銃が映る。
(‥‥仕掛けて来ないなら、先手を打たせてもらうわ!)
 少女は素早い身のこなしでビーム銃を引き抜き、両手で構えた。刹那、研ぎ澄まされた瞳は、驚愕に見開く。
「速いッ!」
 漆黒の人影は、さながら疾風の如く掛け回り、照準を狂わせてゆく。無駄なエネルギーは使えない。接近戦を覚悟し、ビーム銃をビーム斧へと切り換えた。視界に小柄な闇が肉迫する!
「えぇいッ」
 残像を描くビーム斧が敵を切り裂いた感覚は無かった。何度か薙ぎ振るうものの、まるで幻の如く掻き消え、少女は無駄に体力を酷使する事となる。視界から人影を見失い、荒い息だけが響き渡った。
「‥‥どこに? ッ!」
 ビクンッとパフティの身体が悪寒に跳ねる。背後を擬視するよう精神を研ぎ澄ますと、明らかに人の気配を背中に感じた。凍り付く身体を奮い立たせ、振り向き様に切先を真横に薙ぎ放つ。ビームの残像は明らかに人影を捉えた。
「そこッ! ‥‥ひッ」
 渾身の一撃とばかり薙ぎ振るわれたビーム斧の反動に、少女の体勢が崩れる中、ギラリと輝く獣の如き眼光が、屈んだ姿勢から一気に飛び込む。次にパフティを強襲したのは胃の中のものを吐き出す程の衝撃だ。小さな拳が柔らかい腹部にメリ込み、彼女は『くの字』となって意識を失った――――。

●逃げていた記憶と捕われの中
「う、うぅん、ん‥‥」
 意識を取り戻し、ゆっくりとパフティは瞳を開いた。朦朧とする視界に映るのは、黴臭い岩だらけの空間だ。我が身の回りに数本の蝋燭が灯されており、僅かな明かりに男の姿を映し出す。氷のような冷たい眼差しと歪んだ口元に、少女は慌てて身体を動かす。
「‥‥ッ! えっ?」
 しかし、パフティの身体は動かなかった。代わりに耳障りな金属音が響き、彼女の手足に僅かな痛みを与える。恐る恐る視線を流すと、手首と足首に枷が嵌められ、鎖で戒められていたのだ。
 ――やばい! この状況はかなりヤバイ!
「ようこそ、我が楽園の地下室へ」
 男は紳士のような素振りで挨拶を響かせ、舐めるように少女の身体を眺めた。パフティは表情を強張らせ、もう一度手足に力を込めるものの、結果は変わり無い。響き渡るは男の笑い声だ。
「無駄な事ですよ。あまり暴れると血が流れるだけですから」
「でしたら外して頂けません?」
 気丈に振るまい微笑んでみせるが、少女の声は震えていた。
「構いませんよ。私の問いに素直に答えてくれるなら」
 男は愛しそうに鞭を撫で、口元に笑みを浮かべる。どうやら彼は尋問係のようだ。
「では、早速話して頂きましょうか? 何の為に王城に侵入したのですかな?」
「それは、この国のことを知りたいと思って‥‥」
「ほぉ。身なりから公国の者では無いと分かっていましたが、知りたいから侵入とはね。では、次です。どうやって侵入したのですかな?」
 尋問係の問いに、パフティは僅かに動揺の色を浮かべた。モラヴィの事は知られてはならない。『彼』が無事なら助かるチャンスはある筈だ。少女はセミロングヘアをふわりと揺らし、小首を傾げて微笑む。
「これでも結構身軽なんです☆」
 刹那、男の細い眉が戦慄き、怒りを露に見せると、靴音を響かせて少女の傍に対峙した。
「ほぉ。この厳重な警戒網をたった一人で、それも身軽だから侵入できたと? ‥‥ッあまくみるんじゃねぇぞ!!」
「きゃうッ!」
 男の腕が薙ぎ振るわれると共に鞭が撓り、風を切って少女の身体に洗礼を打ち込んだ。肌を切るような痛みを覚え、パフティは小さな悲鳴を洩らす。尋問係が得物を彼女の顎に当て、苦痛の色を見せる端整な顔をあげさせる。
「もう一度訊くぞ? どうやって侵入したのかな?」
「‥‥で、ですから、身軽なんですって‥‥はぁんッ! ぐぅッ! やッ! あぁッ!」
 少女は薙ぎ振るわれる洗礼に悲鳴をあげて踊り続けた。乾いた音が鳴る度に、身体をくねらせ、茶色のセミロングヘアは舞い、豊かな膨らみが揺れる。立て続けに叩き込まれる洗礼に、衣服が裂けると、切れ端が舞い跳んだ。白い肌に血が滲む頃には、ガックリと項垂れ、意識を失っていた――――。

●捕われの中と失われた記憶
<おい、パフティ! パフティってばッ!>
「んん、う‥‥ッ!?」
 少女はベッドの中で目を覚ました。虚ろ気な視界に宙を浮いたまま揺れるモラヴィが映る。
「モラヴィ‥‥ッいたっ!」
 半身を起こしたパフティは腰に痛みを感じて小さく呻き声をあげた。フルフルと身体を振るわせ、腰痛に堪える。
 ――そうか‥‥私は薪運びの手伝いをしていて‥‥。
<まだ動くなよ! いま旦那さんかおカミさんを呼んでくる!>
「待って! モラヴィ!」
 旋回して部屋を出て行こうとする『彼』を呼び止めた。何故? と言わんばかりに、ゆっくりと正面を向けるモラヴィ。黄色の丸いライトがパフティを見つめる。
「‥‥あのね、記憶を、思い出したのよ」
<本当か!? それで、俺は一体どうなっていたんだよ!?>
 歓喜に満ちた声をあげて少女に近付くドリファンド。しかし、パフティはキョトンとした表情を浮かべるのみだ。暫しの沈黙が過ぎった後、ようやく彼女は口を開く。
「悪いけど、貴方の記憶を私が思い出すのは無理です!」
<えええぇぇぇぇーっ!?>
 表情が無い癖に分かり易い反応を見せるものだ。
<ズルイじゃないかー、俺の記憶はどうするんだよぉ!!>
 ゆらゆらと揺れて抗議するモラヴィに、プイっとソッポを向くパフティ。
「ずるくなんかありません! とにかく、ここにいても完全な修理は無理なの‥‥」
<‥‥それって、ここを出るのか?>
「あなたが動けなかったから回復を待っていたんですよ! そろそろ仲間の元に戻らないと‥‥」
 しかし、少女の表情は哀しげだ。村の人達は異世界の少女にとても親切だった。数ヶ月の間だったが、世話してくれた農家の夫婦は、本当の家族みたいに接してくれた。正直、別れは辛い。
<‥‥パフティ>
「明日、旦那さんとおカミさんに話すわ‥‥」

●失われた記憶と旅立ち
「色々とお世話になりました☆」
 少女は努めて笑顔を浮かべて見せた。対する夫妻は寂しそうな表情を浮かべながら、必死に堪えているようだ。おカミさんは一歩踏み出し、パフティを見つめる。
「何かあったら、いつでも帰っておいで」
「帰ってって‥‥」
 少女は瞳を見開く。自然と涙が溢れ出し、指で拭う。次に旦那が微笑んで見せる。
「ここは俺達家族の家だ。帰って来るのは、当たり前じゃ、ないか」
 パフティは嗚咽を洩らして、おカミさんの胸に跳び込んだ。自分だって家族を持つ母親ではあるが、今だけは両親に縋る少女でいても許してくれると信じたい。
「それでは‥‥行って来ます☆」
「行っておいで」「気をつけてな」
 パフティは歩き出した。何度も振り返りたくなる気持ちを抑えて、前だけを向いて村から離れてゆく。一人の少女と、一体のドリファンドの旅は始まったばかりだった――――。


<ライター通信>
 この度は3度目の発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 値上がりしたにも拘らず、発注頂きまして誠に嬉しい限りです。
 いかがでしたでしょうか? 無理な部分は無理と納得して頂けてとても助かります☆ スケジュールの都合への配慮は嬉しいです。楽しかったと仰って頂けるのが何よりの悦びですね。
 さて、記憶の欠落部分で何が起きたのか? 尋問の地下室から如何にして脱出するのか? 今後の展開が気になる所ですね。因みに精神感応サークレットは、地下室にあります。何が起きるか分からないし、妨害波の後は手に持って歩いていたと解釈して下さい。相変わらず登場の薄いモラヴィですが、いつ戦う武装バイク!(笑)。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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聖獣界ソーン
2005年12月01日

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