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『小春の遺跡発掘レポート 〜おいでませ遺跡パーク〜 』
藤河・小春1691

 藤河小春たちが辿り着いたのは、なんとも言えない奇怪な空間であった。

 世界各地の遺跡の部分やミニチュアが、何ら規則性もなく並べられているその様は、雰囲気はどうこうという以前のレベルで異様かつ不自然である。

 その上、その個々の「遺跡」の内容もひどい。

「で、ピラミッドですか」
「ピラミッドです」
 とりあえずそれっぽく外側を組んだ上で、中は頑張って石室だけでも再現しようとしたものの遠く及ばなかった感が強い、という微妙な代物であるが、これでもここではかなりマシな方である。

「この絵は」
「カッパドキアの修道院跡ですが」
 歴史を感じさせるためには、壁画が新品同様では都合が悪い。
 だからといって、本物そっくりの状態まで、つまりほとんど見えないような状態にまでしてしまっては、さすがにやりすぎというものである。
 そもそも、カッパドキアの目玉の一つは表の奇岩群であるのに、そちらの方の再現度は恐ろしく低い。キノコのような奇岩と言うより、単なる石で作ったキノコの置物でしかない。

「これは」
「ナスカの地上絵です」
 ナスカの地上絵の写真を大きめにプリントし、一生懸命書き写しでもしたのだろうか。
 比較的マイナーな絵までしっかりおさえてあるところは評価できるが、現地と違って雨も降れば風も吹く環境に耐えるためとはいえ、コンクリートでがちがちに固めてしまっては趣もなにもあったものではない。

「こっちは?」
「始皇帝陵ですが」
 世界有数の「がっかり遺跡」など再現して、一体どうするつもりなのか。
 一応「兵馬俑っぽいもの」はそこそこよくできてはいるが、いかんせん数が少なすぎて、これでは単なるハニワの模型である。

 その他、「外と中を両方中途半端に再現しようとした結果、どう考えても変な小屋になってしまっている縮小版の宮殿」やら、「本来は立地条件が大きな意味を持つのに、それを無視して一部だけコピーした結果意味不明になっている遺跡のようなもの」やら、一事が万事こんな調子で、とてもアドバイス云々というレベルですらない。

 この状態で「遺跡パーク」として開園し、町おこしの目玉にしようというのだから、無理・無茶・無謀にもほどがある。

 少ない予算をどうにかやりくりしていろいろ作ってみた努力は十二分に感じられるのだが、そのせいでかえって一つ一つがチープになってしまっており、「これならはなからピラミッド一つに絞っていた方がはるかにマシだっただろうに」と思えるのがまたなんとももの悲しい。

 かくして、一同は大変残念な結論に達し――それを告げる役目が、なぜか小春に回ってきたのだった。

「ほへ? 私が言うんですか?」
 突然話を振られて慌てる小春に、教授や仲間たちは口々にこう言う。
「君には不思議と場を和ませる雰囲気があるからな。
 きっと、君が言った方が角が立たないだろう」
「そうでしょうか? 自分ではよくわかりませんが」
 今ひとつ納得がいかないながらも、小春は責任者にこう告げた。
「えーと……大変言いにくいんですが、この企画には根本的に無理があると思います」
「と、言いますと」
「着眼点は決して悪くはないと思うんですが、予算と企画のスケールが合っていないというか、明らかに無理をしすぎているというか……」
 小春の指摘に、責任者の男は救いを求めるように教授の方を見る。
 しかし、彼の期待に反して、教授はただ黙って首を横に振っただけだった。

 がっくりと肩を落として、同僚たちのところへ戻っていく男。
「参ったな。いったいどうしたものか」
「今さら『やっぱり無理でした』というわけにもいくまい。責任問題になる」
 その背中に、小春は同情の念を覚えずにはいられなかった。

 と。
 その時、一人の若い男がこんな事を言い出した。
「かくなる上は、アレを見てもらうというのはどうでしょう?」
 どうやら、ここにはまだ何か目玉となるようなものがあるらしい。
「だが! アレはまだ未完成……」
「未完成の今だからこそ、手直しもしやすいというものです」
 責任者はそれを出すのにやや反対の様子だったが、男は若さと勢いで一気に押し切る。
 そして、とうとう責任者が折れた。
「わかった、後は君に任せる」
 男はその一言を聞くと、一度だけ小さく頭を下げて、堂々とした様子で小春たちの方に進み出た。
「こちらにどうぞ。当園の『とっておき』をお見せします」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「まあ、いわゆる体験コーナーというやつですよ」
 歩きながら、男はいかにも自信ありげにそう言った。
「遺跡発掘体験、ですか?」
 小春の言葉を、彼は苦笑しながら否定する。
「いえ、それはすでによそもやっています。
 ただ発掘させるだけでは、目新しさは何もありません」
 確かに、遺跡の発掘体験なら、できるところがいくつもある。
 しかし、遺跡で他に体験することなどあるのだろうか?

 その疑問は、すぐに解決した。

 一同が案内されたのは、敷地の片隅に立てられている、やや大きな建物。
 まだ工事中のその建物の入り口には、大きな文字で「遺跡探検体験コーナー」と書かれていた。

「『遺跡探検体験』?」
 きょとんとする一同に、男が嬉しそうに説明する。
「ええ。
 リアルさはある程度度外視してでも、楽しんでもらえるものを目指しました」

 ということは、恐らく映画か何かに出てくるような「遺跡」になっているのだろう。
 ほんの少しだけ期待しつつ、一同は入り口の扉をくぐった。





 建物の中は、確かに「遺跡」を意識した作りになっていた。
「足下の非常灯以外に灯りはありませんので、このランタンを持って下さい」
 懐中電灯ではなく電気ランタンというのも、雰囲気作りのためだろうか。
「なかなかこってますね」
「でしょう」

 ランタンの明かりを頼りに薄暗い通路を進んでいくと、すぐに大きな扉に行き当たった。
 扉を開けないと先には進めそうもないが、この扉、ノブのようなものも見あたらないし、押しても引いても動きそうにない。
「この扉、開きませんね」
 小春がそう口にすると、男は小さく頷いた。
「普通には開きません。こういう場合、どこかに隠しスイッチがあるのです」

 なるほど、確かに映画などではこういうこともある。
 小春たちが手分けして近くの壁などを探してみると、壁の石にまぎれている小さなスイッチが見つかった。

 スイッチを押すと、岩戸が開くかのような効果音とともに、目の前の扉がゆっくりと横に開く。
「今はただの隠しスイッチですが、開園までにはもっといい演出を考えておくつもりです」





 扉を抜けた先は、また一本道の通路だった。
「予算とスペースの関係上、基本的には一本道です」
「まあ、仕方ありませんよね」
 そんなことを話しながら進んでいくと、不意に、小春の足下でカチッという音がした。
 それと同時に、まるで地鳴りのような音が聞こえてくる。
「……ほへ?」
 一瞬の後、突然両側の壁からドライアイスによるスモークが吹き出してきた。
「うわっ!!」
「冷てぇっ!!」
 不意をつかれて驚く一同に、男はしてやったりとばかりに笑ってみせた。
「遺跡に盗掘者よけのトラップはつきものです。
 まあ、本物を仕掛けるわけにもいきませんので、スモーク程度ですが」
「スモーク程度でも、いきなりだとビックリしますよ」
「だからこそ、スイッチが踏まれてからスモークが吹き出すまでに間を開け、効果音を流したんです。
 何か来るぞ、と思っていれば、少しは心の準備もできるでしょう」





 さらに進むと、通路は建物の奥とおぼしき場所で一度Uターンしていた。
 そして、そこを道なりに曲がっていくと……突然、通路が途切れた。

 約十メートルほどに渡って、道幅いっぱいの大きな穴が開いている。
 穴の深さはだいたい五メートルほどで、下にはかすかに針山のようなものまで見える。
 そして、その穴のちょうど真ん中付近に、二本のロープと木片で作られた、人一人がギリギリ渡れるかどうかという細さの、いかにも揺れそうな橋が架けられていた。
 当然掴まれるようなところはどこにもなく、バランスを崩せば即落ちるというシビアな状況である。
「これは、さすがに危ないんじゃないですか?」
 小春がおそるおそるそう尋ねてみると、男はにこやかにこう答えた。
「ちゃんとネットが張ってありますから大丈夫です。
 それに、下は薄暗くてわからないようになっていますが、あの針は全部スポンジですから」

「一人ずつ渡って下さいね」
 彼の指示に従い、まず教授が、そして小春が渡り、その後に他のメンバーが続く。
 中にはバランスを崩して落ちた者もいたが、下のネットから穴の手前に戻り、再チャレンジ、再々チャレンジを経て、どうにか全員が渡りきることができた。
 これで、残るは案内役の男のみである。
 
 ところが、男は横の壁の石を一つ外すと、そこの鍵穴に鍵を差し込んで隠し扉を開け、その中へと消えてしまった。
 一同が呆気にとられていると、今度は穴のこちら側の壁が開き、男が姿を現す。
「どうしても渡れない、渡りたくないという場合は、こちらに隠し通路があります。
 これはギブアップの時に案内役が教える方向で検討しています」
「準備がいいんですね」
「上役の発案ですよ。一人、どうしても渡れなかった人がいまして」
 これには、小春たちも苦笑するより他なかった。





 ともあれ。
 そんなこんなで、小春たちはいよいよ最後の部屋へと辿り着いた。
「ここが最後の部屋なのですが……」
 ですが、ということは、まだ何かあるのだろう。
 もう、ここまで来たら、何が起きても驚くものか。
 小春はそんなことを考えたが、次に起こったのは、その決意をも軽く打ち砕くようなことだった。

『許さんぞ、愚か者どもめ!』
 どこからともなく聞こえてきたその声とともに、突然奥の壁が崩れ、通路の幅いっぱいくらいの大きな岩が転がってくる。

 お約束と言えばお約束ではあるが、これはさすがに危険すぎる。
「こ、これはどうするんですか!?」
 小春は当然対処法があるものと思ってそう訊いてみたが、男は慌てた様子でこう叫んだ。
「こんなの、私も聞いてませんよ!」
 そうこうしている間にも、大岩はどんどんこちらに向かってくる。
「と、とにかく走れっ!」
 教授のその言葉に、小春たちは全員回れ右をして逃げ出した。

 背後から迫る大岩。
 必死で逃げる小春たちの前に、再びあの大穴が立ちふさがる。
 しかも、間の悪いことに、あの吊り橋が突然目の前でぷつんと切れた。
「隠し通路を!」
「あれは、こっちからは開かない仕組みになっているんですよっ!」
 残された最後の逃げ道も、あっさりと塞がれる。
 すでに向こう岸に渡る術はなく、飛び降りても岩が落ちてくれば潰されるに決まっている。
「どうするんだ!?」
「も、もうダメだあぁっ!!」
 パニック状態に陥る一同に、小春は意を決してこう言った。
「飛び降りて下さい! ひょっとしたら、頭上を越えていってくれるかもしれません!」
 その言葉に、全員が弾かれたように大穴へ飛び降りていく。

 これで、多少力を使っても、目撃される恐れはない。

 いちか、ばちか。

 小春は穴の淵ギリギリに立って、そこで大岩を受け止め――。

 押されるようにして穴に落ちながら、巴投げの要領で大岩を投げ飛ばした。

 小春の見つめる中で、大岩はどうにかこうにか穴を越え、通路の向こう側へと消えていく。

 助かった。

 ……と、安心したのもつかの間。
 小春はなにやら固いものに後頭部をぶつけ、スポンジの針の上でのたうち回ることになったのであった。
 もちろん、小春がぶつかった相手……つまり、ダイビングヘッドバットを喰らった仲間も、同じ痛みを味わったことは言うまでもない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 かくして、小春たちの「遺跡探検体験コーナー」の視察は終了した。

「……これで、ようやく発掘体験の場所に着くわけです。
 多少予期せぬアクシデントもありましたが、いかがでしたか?」
 作り笑いを浮かべる男に、教授が呆れたように言う。
「予期せぬアクシデントで殺されかけちゃたまらんよ」
 さすがにこれには返す言葉もないらしく、男は申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
「それにつきましては、後でしっかり調べておきます。
 恐らく、工事関係者のミスだとは思いますが……なんにせよ、本当に申し訳ございません」

 そんな話を続けている者がいる一方で、小春たちの関心は、すでに別の方向に移っていた。
 すなわち、これだけの「探検」をした後に辿り着く遺跡では、一体何が発掘できるのか、ということである。
 もちろん、一般の観光客に発掘を許す程度だから、大した期待はできないのだが、少なくともこの「発掘体験」の場所だけは、他とは違って本物の遺跡のようである。
「それで、ここを発掘すると、どんな物が出るんですか?」
 向こうの話が一段落するのを待って、小春は興味本位でそう聞いてみた。

 ところが、返ってきたのはとんでもない答えだった。
「まあ、石器とか化石とかいろいろと。
 もっとも、全部レプリカですし、僕たちが閉園時間の間に埋めるんですけどね」
 その言葉に、小春は驚いてこう尋ねる。
「ここって、本物の遺跡じゃないんですか?」
 すると、男は小さくため息をついた。
「もともとは、旧石器時代の遺跡と言われていたんですがね。
 数年前に、全て捏造であったことが発覚しまして、無価値な遺跡になっちゃったんですよ」
 確かに、数年ほど前にそんな事件があった。
 『神の右腕』だったか、そんな異名を持つ大物がからんでいたはずだ。
「で、それ以降の調査でも、何一つ大した物は見つかっていないのですが。
 ひょっとしたら、遺跡としては残らなかっただけで、ここにも何かはあったのかもしれませんね」
 そう言って、男は半ばヤケクソ気味に笑ったのだった。





 ちなみに。
 その後もいろいろと怪事件が起こり、結局この「遺跡パーク」構想は暗礁に乗り上げた。
 事件の原因について「平安中期にあの場所に住んでいたとされる人嫌いの陰陽師の呪い」という噂が流れたりもしたが、その噂の真偽も、出所も、結局不明のままであったという……。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、このたびは遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

 さて、私は丸投げされると、どうしても変化球で返したくなるたちでして。
 ただの遺跡ではなく、「遺跡パーク」などというものをでっち上げさせていただきました。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
西東慶三 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月30日

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