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『eyes of night 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)

「私の星を知りませんか?」
セレスティ・カーニンガムは書斎に呼付けて開口一番、用件のみを告げて有能なるガーデナーを沈黙させる事に成功した。
 庭園設計士であり、医師でもある有能なモーリス・ラジアルはしばし、胸中に答えを探るが如く瞳の色を深めて、その緑をそのまま真っ直ぐにセレスティに向ける。
「私の星ならば、心当たりがありますが」
禅問答の如きセレスティの問い……正しく、彼の反応を楽しもうと思った主人の腹を読んで、無難というよりも興味深くそして予想と違えた答えを返した部下に、彼は敬意を表してあっさりと手札を示した。
「……モーリスの星にもとても興味がありますが、探しているのはコレです」
親指と人差し指の間に挟んでヒラと振って見せる……それはまさしくカードである。
 粗悪、とまでは行かずとも上等には程遠い、厚手の紙に印刷されたのは古めかしい図柄に、目鼻を有した太陽だ。
「カードですか」
示されたタロットカードに、セレスティが求める星は大アルカナのそれであるのだと、得心に頷くモーリスだが、直後に眉を軽く寄せた。
「先程拝見しました折に、問題はなかったように思いますが」
セレスティが手にしたカードは今日届いたばかりの品だ。
「安かったんですよね、ネットオークションで」
手にした太陽に口元に寄せ、セレスティが誰にともなく言い訳めいた言を吐く。
 財閥総帥が手にするには些か遊びの感が強い……最もポピュラーなライダー・ウエイト版タロット、戦火に失われた原版から復刻された品は入手に難がある訳ではなく、特に美術的価値が高い訳でもない。
 初心者向けタロットセット……などと銘打たれたカードと手引き書、そして何冊か関連する書籍がセットになったそれを、初心者どころの騒ぎでないセレスティが妙な好奇心から競り落とし、良心的な出品者は即日発送手続きをして落札翌日の今日、無事配送された次第だ。
 最もセレスティがその気になれば、手引き書も新刊で、カードももっと上質の物を幾らでも……それこそ、ライダー・ウェイトの初版すらコレクション的に有している彼の行動は酔狂としか言い様がないが、そんな主人の稚気もまた、モーリスにとっては今更なのだろう。
 新古品とはいえ一度は人の手を介した品、所用で外出するを幸いと留守の間に確認を頼んだ際も、微かな呆れをセレスティに注ぐ眼差しに込めはしたものの、気易く宅配便の紙包みを受け取っかモーリスから見送りを受けたのが午前の事である。
 そしてつい先刻、新しいタロットで一番に何を占おうかと、他愛ない事を考えながら帰宅し、破損も不審な点もなく問題はないと報告を受けてモーリスが部屋に下がった直後、星が欠けている事に気付いた次第だ。
「もしかしてカードに触れました?」
「はい、ここで一度……封を開けずにどうやって見ろと」
明瞭な返答が途中から遠慮の無さに変わっているのは、長年の付き合いから来る親しさと紛失の事態に気付かなかった自責、そして原因が自らにしか有り得ぬけれども、カードを無くす行動を取ったかを記憶を追うのに集中しているに他ならない。
 半ば反射的な返答に、セレスティは手にしたカードを今度はモーリスに向けた。
「そう悩まないで下さい。カードは自分のものとして認識させて居ないと、行方不明になると聞いた事がありますが、今回はそれなのでしょう」
初めての経験です……と、何処かうっとりと溜息を吐くセレスティを余所に、指針を得たモーリスはちゃきちゃきと次の行動を決める。
「無くなってからそれほど時間は経っていませんから屋敷内でしょう……紛れるとしたら図書室と書斎。お出かけになってから、荷物を移動させたのも其処ですから」
勿論、発見されなければ捜索範囲は拡大されていく。
 時間をかけたくない捜し物は、人海戦術にて時間の短縮を図るが必至、邸の者を総動員しようとモーリスが書斎を出ようとするのをセレスティが呼び止めた。
「では、私がここを探しますから、モーリスは図書室をお願いしますね」
にっこりと微笑んだ指示に、モーリスの脳裏には膨大な……図書室、と、称されながら図書館の規模である其処を……ましてや収蔵された書物の全て、その一頁ずつの間に入り込む可能性すらも有り得る事に軽く眩暈を覚える。
「書斎で荷を解いたのなら、私の方が先入観なく探せるだけ適任でしょう」
思いこみが捜索を阻害する事はままあり、セレスティが説くのは確かな理……なのだが。
 その楽しげな微笑みにどうしようもなく理不尽なものを感じながらも、モーリスは不満を呑み込んで頭を垂れた。
「承知しました、セレスティ様」
物分かりのよいモーリスに、セレスティは微笑を深めて笑みにする。
「頑張りましょうね、モーリス」
鼓舞を目的とした言葉の筈が、その一言でモーリスが虚脱してしまうのに、セレスティは首を傾げた。


 事態の進展は捗捗しさに欠け。
 モーリスは最近購入された=頁を開かれた可能性の高い書籍を一冊ずつ、目まぐるしい勢いで頁を繰って異物が挟まっていないか探すものの、あたるのは出版社の書籍案内や栞ばかりで肝心のカードは影も形もない。
 未捜索と捜索済、左右に分けて積まれた山が左の比重を著しくするに、モーリスは軽い疲労に一つ溜息を吐いた。
 この中から見つからないとすれば、それこそ使用人を総動員して……出来ればやりたくないが、図書室全ての書籍を洗い出すしかない。さもなくば懇意の探偵から、失せもの探しの得意な誰ぞを派遣して貰おうかなどとつらつらと考えながら、古書の劣化を配慮してUVカットの施された薄い暗さを持つ窓の外を見る。
 波長を弾かれていても目に映る緑の鮮やかさは健在で、休まる心持ちに一息つく。
 天気予報で明日は雨、降り出す前にアーチに枝を広げるバラの様子を見ておきたかったのに……と、今となっては詮無い悔いに、傾き始めればあっという間に沈んでしまう陽の赤さを見て、モーリスは席を立った。
 書斎の方が相変わらず静かだが、主の方はどうなっているだろう、と気がかりになった為だ。
 書斎と図書室はその性質から隣接しており、モーリスは開け放たれたままの書斎の戸口から中を覗き込んで動きを止めた。
「……セレスティ様」
カード捜索の先陣を切ったその筈の人は、一緒に購入した分厚い事典……誕生日をタロットに当て嵌めて365日、生まれた月日で性格を限定した占いの本を熟読していた。
「あ、モーリス。見つかりましたか?」
名を呼ぶ声に反応して顔を上げての一言が、書斎でも発見に至っていない事を示している。
 モーリスはざっと室内の様子を見……記憶から変化があるのはセレスティが手にしている分厚い本の位置だけであるのに疲れを覚え、閉じた瞼を指で揉む。
「……セレスティ様」
再びの呼びかけに首を傾げたセレスティは、得心が行った風で開いた頁をポンと叩いた。
「残念ながらこちらでは見つかっていません。文字と文字の間に至るまで丁寧にしっかりと探しているのですが」
「それは読書に没頭しているというのです」
主の誤魔化しを両断し、モーリスは戸口に立ったままセレスティに廊下を示した。
「セレスティ様のご様子では図書室を探索されるが適任かと存じます。微力非才の身にお任せ頂くにはご不安もありましょうが、僭越ながら私にこの場をお任せ頂きまして、セレスティ様は心置きなく奥付に至るまでお探し物を続けて下さい。是非」
下手と見せかせて鋭い突きを放つモーリスに、しかしセレスティは堪えぬ風で穏やかさを保ったまま立ち上がる。
「そうですね、探し出して時間もかなり経った事ですし、目線をかえればまた新たな発見があるかも知れません」
などと言いながら、傍らのステッキを手に取ると書見台から読みさしの本を取り上げ、開いていた頁に栞代りに指を挟んで小脇に抱えた。
「後はお願いしますねモーリス」
そうにっこりと微笑んで、あっさりと場を譲ったセレスティが、足音を吸収する厚い絨毯の上に足を乗せ、図書室へ向けて遠ざかっていくのを見てモーリスは更なる疲労感に手近な花台に片手をついて体重を預ける。
 その掌に感じる違和感に、手の位置はそのままにモーリスは其処を凝視した。
 重厚な花台には、モーリスが温室で丹精した花を活けた重量のある硝子の花瓶が乗せられている……花瓶の下には精緻な模様で構成されたレースが敷かれて、違和感の正体は更にその下。
 掌にかかる体重に、正に紙一枚の差の変化をつけたそれはレースを透かして確かに星の形が見て取れる。
「こんな所に……」
レースの敷物の下に手を入れ、紛れ込んだカードを取ろうとするが、花瓶の下に僅か挟まっているようで素直に引き出せず、花瓶を傾けて漸く本日の労の原因と目標と成果とを、モーリスは漸くその手にした。


「そんな所にあったのですか……全く気付きませんでした」
そうでしょうとも、とは決して言わず、モーリスは漸く完品となったタロットカードの一式をセレスティに差し出した。
 飽かずに読んでいた本を閉じ、セレスティはカードを受け取ると慣れた手付きで滑らせるように机上に広げる。
「確かにありますね。ありがとうございましたモーリス」
その労いが仕事の終了を告げるものとして、モーリスが主の読書を邪魔せぬよう軽く一礼して前を辞そうとするのを他ならぬセレスティが止める。
「モーリスのお陰で揃ったのですから、御礼に占って差し上げましょうか。恋愛、金運、相好運。個人の悩みから世界の動向まで何でもいいですよ」
何せこれでご飯食べてますから、と胸を張るセレスティだが、財閥の命運を左右するそれを日々の糧と並べるのは対比が過ぎる。
 そしてそれが理由ではないが、モーリスは「結構です」と無愛想なまでに率直に、そして簡潔にセレスティの申し出を辞退した。
 そして気負いなく。
「私の未来は変わらずセレスティ様と一緒でしょうから」
さらりと告げるのは常の本心。
 モーリスの誓いとも言える真実に、さしものセレスティが動きを止める事、しばし。
「モーリス」
姿を捉えられぬ筈の眼差しを向けられ、主の虚を突く事に成功したモーリスは軽く眉を上げた。
「……いい殺し文句ですね。思わず好きになってしまいそうでした」
「止めて下さい。お願いですから」
頬に手をあてて恥じらうセレスティに、モーリスは心の底からの願いをすかさず懇請した。
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東京怪談
2005年11月30日

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