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『王室舞踏会 』
ユンナ2083)&ジュダ(2086)

 鏡を見る事が、多くなってきたように思う。
「……」
 そして、少しため息を付くユンナ。
 自分でも何故だろうと思うのだが、その理由を考えると何故か自分で照れてしまい、肝心の理由については分からないままの日々が続く。
 心に掛かることはもう一つある。
 前回、ジュダに助けて貰った事……何かお礼をしたいと思うのだが、そこで、普段彼がどんな生活をしているのか知らない事を気付かされるのだ。
 どこに住んで、何をしているのか。あまり人と関わらない生活をしているように見えるが、食事や住居はきちんと確保しているのか……そんな事を考えると、じわじわと不安が押し寄せてくるようで落ちつかない。
 そもそも、彼には自分以外の『誰か』が心の中にいて、自分が入り込む隙間はどこにも無い――そう、あの時に嫌と言うほど気付かされた筈なのに。
 ジュダと再会したあの時に、不覚にも心が動いてしまった。それが、少し悔しい。
「……ここでこうしていても何もならないわね。気分転換に外に出ようかしら」
 鏡の中の自分へそう告げて、にこりと笑う。
 もしかしたら、外に出ている間に『偶然』会うと言う事もあるし……と少しうきうきしながらショールをふわりと肩に掛けると、丁度そこにメッセンジャーボーイが現れて、ユンナ宛てにと手紙を手渡して行った。
「何かしら」
 上品な香水で糊付けされた手紙を開くと、そこにあったのは、王室からの舞踏会への招待状。この間ちょっとした事で王室からの――というか王女からのお願いを聞いて、トラブルを解決した事があった。その礼を兼ねているのだろうと分かるが、王女直筆の招待状には、相変わらずね、とちょっと苦笑する。
 招待はユンナと、エスコート相手一人と言う少数であり、
「エスコート……そうね」
 その内容を読んだユンナがくすっと微笑んで、すっくと立ち上がる。
 明日には開催されるその招待状を大事そうに手に持ちながら。

*****

「あら。こんにちは。お元気?」
 綺麗に手入れされた孤児院近くで、日の光を浴びてのんびりと空を見上げているジュダを見つけたのは、それから暫く経ってからだった。
 心当たりを探し回っていたために、ちょっとだけ息を切らしているユンナが、表向きはそう見えないように息をこっそり整えてジュダの側に寄る。
「……どうした」
 ぎりぎりまで何も言わず、ユンナが見下ろして影を作ったあたりで、ゆっくりと顔を上げるジュダ。その黒い目を覗き込みながら、ユンナが手に持った招待状を見せた。
「お誘いよ。王室から舞踏会の招待状が来たの。それでエスコートさせてあげようと思ってね」
「……」
 暫し、無言になるジュダ。
 やがて、その口から出たのは、
「……他の者では、駄目なのか……?」
 と言う、あまり乗り気でなさそうな言葉だった。
「駄目に決まってるじゃないの。あんなイロモノ集団やお子様じゃ役に立たないわ」
 即答したユンナに、ジュダが一瞬苦笑を浮かべ、ユンナが言い出したらきかないのを思い出したのか、少し肩を竦めるとゆっくりと立ち上がった。
「それで。いつなんだ?」
「明日の晩よ」
 ――そうか。あまり時間が無いな……と呟くジュダは、気付けばユンナにぐいぐいと押されてどこかへ連れていかれそうになっている。
「……どこに、いくつもりだ」
「まずは、服屋ね。仕立てる時間は無いから既製品で我慢してもらうしかないわ」
「服なら、具現でも」
「だーめ」
 どこか腰が引けている様子のジュダに、ぴしと指を突きつけながらユンナが言う。
「こういう時だもの。ちゃんとしたものを着ましょうよ」
 ね? とにっこり笑いかけるユンナに、ジュダは何も答えず、もう一度僅かな苦笑を浮かべた。
 とは言え、店に入ってからのジュダは嫌がりもせずにユンナと共にフォーマルドレスを選び始め、
「これはどうかしら」
「……舞踏会だからな。もう少し……この辺りがシンプルな方が動きやすくは無いだろうか」
「あ、それもそうね。舞台衣装じゃないんだったわ」
 髪の色よりもずっと淡い、艶のある布のドレスのサイズをチェックし、ジュダが思いがけずユンナの好みやサイズを記憶していた事に気付いたユンナが時々驚いて目を見開きながら、嬉しそうに微笑む。
 ジュダはジュダで、工夫のしようの無い黒服のサイズを詰めるだけでこちらはあっさりと終わってしまい、次に手袋や帽子や髪飾りや首飾りや耳飾りや……とほとんどユンナの要望に応じて二つ三つの店を見て回ると、互いに両手が塞がる程の荷物を手にして意気揚々と引き上げて行く。
「明日の夜、馬車が来るらしいの。夕方くらいに一度来て着付けましょ? それに……その癖っ毛も、そのままじゃ良くないわよね」
「……別に、俺はこのままでも……」
「いやあねえ。エスコートする殿方がそんな事でいいと思っているの?」
 にっこりと上気した頬で笑顔を浮かべ、ジュダの分の荷物まで預かったユンナが、
「ありがと。明日も宜しくね」
 どうにか伸ばした手でジュダの手をきゅっと握り締めた。
 ジュダの手は――昔とほとんど変わらず。
 だが、気のせいか、それともこの季節だからか、酷く冷たく感じられた。

*****

「うぅん……これで良いわよね。本当に根性のある癖っ毛なんだから、もう」
 ぺったりと髪油などで固めてしまう事はやりたくなかったユンナが、ブラシと、自分の化粧水や薄く溶いた糊を混ぜ合わせた自家製の整髪料をそれぞれの手に持ちながら、困ったような顔をする。
「……行く前から、疲れた気が……」
 そして、ユンナの求めに応じて中腰のままじっとしているジュダが、ぼそりと呟き、ユンナがおほほ……と誤魔化すように笑って、適当なところでようやく切り上げた。
 それからユンナが本格的に薄化粧を施し、アクセサリを付けると二人でそれぞれ手袋を嵌める。
「……不思議ね。こんな事をする機会ができるなんて」
「そうだな」
 服のせいか、髪型のせいか、雰囲気が変わったジュダを満足そうに見ているユンナの耳に馬車が石畳の上を走る音が聞こえて来た。
「来たみたい。行きましょうか」
「……ああ」
 ユンナたちからしてみれば酷く古風な馬車に揺られ、行く先は王城。
 まるで御伽噺の世界だと、揺れる外を眺めながらユンナは思う。
 今ここに自分がこうしている事も、その隣にジュダがいるという事も。
 ……そう。隣に、身体がくっ付きそうなくらい近くに、ジュダがいるのだ。改めて考えると少し息苦しくなる程で、そのせいか、ユンナは大人しく座っているジュダの方へあまり顔を向けず、外をずっと眺めていた。
「いらっしゃい。楽しんで下さいませね」
 エルファリアの笑顔に迎え入れられた舞踏会は、大盛況だった。恐らくエルザード中の上流階級の人間が揃っているのではないかと言う程で、その中でのユンナとジュダの二人は、エルファリアの友人と言う位置付けで何人かに紹介させられていた。
 そして、広間中央で音楽に合わせ優雅に踊りつづける大勢の男女の姿。その中には、今日社交界デビューしたての年若い貴族の子女もいるのだろうと想像しながら、
「私たちも行きましょ」
 そう言ってジュダのエスコートを待つ。
「……ユンナ」
 ジュダがユンナのしなやかな手を取りながら、皆が踊っている広間へ歩いていく。
「なあに?」
「……できれば、笑わないで欲しいんだが」
 そう言って、向き合ったジュダが奇妙にぎくしゃくしているように見えたが、その理由が直後に分かった。――自分の足が思い切り踏まれた事で。
「すまない」
 びっくりしたような顔のユンナと、対照的に少し沈んだ顔をするジュダ。が、ユンナはすぐににこりと微笑を浮かべると、
「大丈夫よ。足捌きさえ覚えてしまえば、後はリズムに乗るだけだから――」
 再び手を取って、今度はユンナがリードしながら曲に足の動きを乗せて行った。
 考えてみれば、ジュダと知り合ってから一度もダンスなどした事が無かったと思い出す。ユンナは歌姫という位置でそうした場に出向く事も多かったし、女性に戻ってからは男性に誘われて何度か踊った事もあった。
 だが、ジュダは、と言うと――そんな機会がある筈も無い。
 だから、ジュダが踊れなくても何の不思議も無いのだが、普段の万能っぷりを見ているだけに、意外な所でジュダの別の一面を見たと自然に微笑みが浮かんで来る。
 そして、ゆったりとした音楽の中で、ダンスのレッスンを行っているような錯覚に陥るユンナ。それは今までの長い時間の中でも、夢見るようなひと時で――。
「……」
 時間を忘れて踊っていたらしい。気が付けば、二人は周囲から憧れと賞賛の眼差しを受けていた。……これだけ華のある二人が、わずかにたどたどしいながら実に楽しそうに踊っている様子に、目を奪われない客はいなかったからだ。
 だが。
「……ジュダ?」
「……ッ」
 ジュダの足がもつれただけ――最初はそう思った。またステップを間違えたのかと。
 しかし、気付けばジュダは完全に血の気の失せた白い顔をし、唇を噛み締めたままその場に崩れ落ちたのだった。……ユンナの方へ倒れこまないよう最後まで気遣いながら。

*****

「今、お医者様を呼びましたわ。お手伝いは必要かしら」
「大丈夫です……お気遣い感謝します。けれど、手は足りています」
 ちょっとした騒ぎの後で別室へ運び込まれたジュダは、まだ意識を取り戻していない。手袋を外した中の手は氷のように冷たく、まるで……と考えた直後にユンナはぶるっと首を振った。
 大丈夫、大丈夫。
 そう呟きながら、ジュダの真っ白い頬に手を当てる。
 どこか苦しそうに見えるのだが、それでも――病気のようには見えない。
 それはまるで、何かを抱え込んだまま抗っているようにユンナには感じられて、そっと冷たい手を取って握り締める。
「……あの時も、こんなだったわね」
 もうどのくらい昔なのか、思い出せないくらい遠い遠い日。
 ユンナは、一度死にかけた事があった。いや、実際本当にそうだったかは分からない。が、もし死が自分に降りかかるとしたら多分こんな感じなのだろうと思うような気分だったのは間違いない。
 その時、ジュダが助けてくれたのだが――その直後に今と同じように、ジュダは蒼白になって気を失った。あの時に別れを告げて、心まで断ち切った。
 そのつもりだったのに、再び同じ状況に陥って、自分はどうしようもない程取り乱している。表面上はそうは見えないとしても、心の中を抑えきれずに、ユンナは時々身体を震わせていた。
 ――その時、僅かに身じろぎしたジュダの首から、紐で結ばれた二本のペンダントが転がり出、その先に付いている物を見てユンナが目を見開く。
 それは、嘗て自分が身に付けていた物――心を映し出すと言うルベリアのペンダント。別れを告げた時に、切り取った心ごとジュダに預けた、そう思っていた。
 ジュダの心には、別の女性がいたのではなかったのか。
 それなら、どうしてユンナのルベリアを今も持っているのか。
「……ジュダ……」
 呟いて、ルベリアに手を伸ばし……そっと、ジュダの胸の中へと戻して行く。
 話す気になれば、いつかきっと話してくれるだろう。けれど、こんな状態で見られたくは無い筈。
 ……本当は、ずっと持っていてくれた事が嬉しくて、自分の首からそれを下げてしまいたいくらいだったけれど。
「お医者様が来ましたわ」
 そして、良いタイミングでエルファリアが一人の男を連れて来て、ユンナは頷いて立ち上がった。恐らく、医者では分からない状態だろうと思いながら。

*****

 ジュダは、それから少しして、突然目が覚めた。首をかしげていた医者を驚かせた事を謝った彼は、その場で王女に舞踏会へこれ以上参加出来ない事を告げ、ユンナと共に会場を辞した。
「……ごめんなさい」
 帰りの馬車の中で、ユンナがそっとジュダへ声を掛ける。
「謝る事は無い。……俺の体の都合が悪くなった、それだけだ」
 ジュダは、そんなユンナの言葉にごく僅かに微笑を浮かべ、ユンナの頭をそっと撫でる。
「本当に大丈夫なの? もし良かったら、私のところで身体を休めたら……」
「それでは、ユンナに悪い。今も俺の事を快く思わない者は少なく無いからな」
 そう言って、ジュダは走り続ける馬車の扉を開いた。
「……楽しかった」
「ジュダ!」
 最後にそう呟いて、夜の闇の中へ飛び降りていくジュダ。慌てて窓際に近寄り、ジュダが降り立った場所へ目をやるも、そこに人の気配は無い。
 あの様子を見れば、大丈夫そうだけど、と自分に呟きながらも、先程の様子が頭から離れないまま、窓の外を凝視するユンナ。
 そこにある闇は深く、まるでジュダがユンナへ向ける瞳の色のようで。その先を覗き込もうとするように、ユンナはずっと、見えない闇の中へ目を向けていた。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年11月25日

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