『サモン、体験入学 』

オーマ・シュヴァルツ（1953）＆サモン・シュヴァルツ（2079）＆シェラ・シュヴァルツ（2080）

　時々、ふと考える。
　どうして自分は今ここにいるのだろう。
　この姿で。
　この、忌まわしい身体で。

「ヴィジョン使い養成短期体験入学、だと？」
「そう。面白そうじゃないかい？」
　大々的に応募しているらしく、シェラ・シュヴァルツがそのチラシを手に家に戻って来たのは、そろそろ冬になろうかと言う寒々しい秋の日だった。
「まあ、確かに面白そうだけどよ……誰が行くんだ」
「何惚けた事を言ってるんだよ。サモンに決まってるだろ？」
「ああそうか――ってサモンに！？　そ、そんなのは……」
　相変わらず過保護に輪を掛けたオーマが反対と叫んで立ち上がりそうなその声と姿勢を鎌の刃で止めたシェラが、にこりと笑う。
「賛成、だろ？」
　その押し殺した声色に、即、こくこくとオーマが頷いた。

　ヴィジョン使いと呼ばれる者がこの世界にいる。
　聖獣と契約を交わし、召還する事を許された証としてカードを手に入れる事が出来るのだが、それを許される者はそう多くない。故に、ヴィジョン使いと言う呼称はある種憧れの的となっている。
　そのヴィジョン使いを養成し、一人前のヴィジョン使いとして世に送り出すために学院が存在するのだが、この度そこの学院が『体験入学』と称して、広く一般に門戸を開いたと言う訳だった。
　元々ヴィジョン使い養成学院の入学資格は無く、誰でも望めば入学出来る筈なのだが、その事を知らぬ者も多く、狭き門であるとか、授業料が高額であるとか、そうした誤解を解くためのイベントでもある。
　とは言え、体験入学と言う位置付けをしている以上、希望者全てを一度に受け入れるわけにもいかず、何度かに分けて入学して貰おうと言う事になっていた。
「……凄い人だな」
　オーマが、ずらりと並んだ人々を上から眺めながら呟く。
「エルザードの至る所に張ってあったしね。短期間の体験入学と言う事で、試してみようと言う者も多いんじゃないかねえ」
「…………」
　両親に詰め寄られた状態で説得され、かなり渋りながらもようやく今日一緒に連れ立ってやって来たサモンは、この時点ですでに帰りたそうな顔をして口を結んでいる。
「そんな顔しないんだよ。せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか」
　ぽん、と頭に手を置いて微笑みながら、シェラがサモンへ語りかける。
「そうだぞ？　ヴィジョン使いの技ってのは召還だって言うじゃねえか。そこで腕を磨けば、サモンの銀龍を呼び出す時にも役立つだろうしな」
「……それは……分かってる」
　サモンにしても、自分の技を磨く手段があるならと、その言葉だけでどうにか納得し出て来たようなものだ。だから、何度も言われずとも分かっている。
　けれど、やはりこういう人が沢山いる場所は落ち着かない。
　何となく分かっている。両親がこうしてことあるごとに自分を色々な場所へ連れ出そうとする理由を。
　それは、自分が生まれた環境が普通では無かったから。
　この世界に来るまでは、普通の生活、と言うものは夢に見る事すら無い、別世界だった。その失われた時間を取り戻そうとするかのように、そしてサモンがそうした世界を知るように、とオーマもシェラも心を砕いている。
　――少し前までは、そんな気遣いは必要ないと思っていた。寧ろ、そうした心は邪魔だとさえ思っていた。けれど、今は少し違う。
　自分の手の届く場所にある、この世界が、そんなに嫌いではなくなっている。
「――シュヴァルツさん？」
「ええ」
「そうだ。やっと順番が回って来たか」
　そんな言葉にはっと顔を上げると、忙しそうな係員が三人を呼びに来た所だった。
「大丈夫かい？　緊張しないようにね」
「……大丈夫」
　シェラの言葉に、サモンはこくんと頷いて歩き出した。

*****

「なるほど。それで体験入学に参加しようと思われたんですか」
「……はい」
　こくり、と一度頷いたサモンに、面接官が柔らかな笑みを浮かべる。
「いいでしょう。素質のありそうな方ですし、今回の体験入学に参加していただく事にします」
　ほうっ、と安堵の息を付いたのは、昨夜熱心に面接シミュレーションを繰り返して、オーマとサモンに適切な受け答えを指導していたシェラ。
　一番心配だったのはオーマが妙な事を言いはしないかと言う事だったのだが、それはシェラがきっちりと目を光らせていたためにかなり自粛した様子で、ちょっぴり小さくなっている。
「それでは、体験入学の間は寮生活になりますので、必要な生活道具を揃えておいて下さい。共同生活をする事も、体験入学のカリキュラムのひとつとなりますので」
「――――なにぃッ！？　お、俺はそんな事聞いてねえぞ！？」
　良かった良かったとサモンを眺めていたオーマが、突如言われたその言葉に激しく動揺するも、シェラもサモンも涼しい顔をして、必要最低限の道具について面接官へ質問していた。どうやら、知っていながら大反対するのが目に見えていたオーマには内緒にしていたようで、ここに来て知らされたオーマが顔を真っ赤にするも、既に後の祭り。
「ほとんど家にある物で間に合うけど、この辺は帰りに買っておこうかね」
「……うん」
　同じく参加する事になったらしい明るい表情の者や、今回は弾かれてがっかりした顔の者が三々五々散っていく中、シェラとサモンの後ろに暗い表情で付いて歩きながら、オーマが何かを思いついたように一瞬だけぱっと目を輝かせ、そしてシェラに気付かれないよう慌てて顔を伏せた。
　――そして。
「オーマ？　オーマ？」
　サモンを見送った後で、オーマにいつものように用事を頼もうとしたシェラが、オーマが家の中にいない事に気付く。
　回診に行ったにしては時間が早過ぎ、と言って今は特に用事があるわけでもない。
「……まさか……とは思うけど」
　ぴりりと眉を逆立てたシェラがある方向を睨みつけた丁度その時、
「――体験入学とは言え、学ぶものは同じです。皆さんが一人前のヴィジョン使いとして――」
　ずらりと並んだ生徒たちの中に、誰かを探すようにきょろきょろとあたりを見回す、銀髪の青年姿のオーマがそこにいた。

*****

「あれ？　君も体験入学の人？」
　同じ体験入学の生徒に、面接の時には見かけなかったような、と言われながら、にこにこと笑ったオーマが、
「多分面接時間が違ったんじゃないか？」
　そう言って誤魔化す。
「まあ、あの日はたくさんいたしね」
　相手もあまり深くは考えなかったようで、あっさりと納得して別の授業へと出かけて行った。
　そんな中、オーマが目当てのサモンの姿を見つけて急いで姿を隠し、こっそりと覗き見る。
　オーマは当然の事ながら、面接をして体験入学の資格を得てはいない。
　なら、どうしてここにいるかと言うと――オーマ曰く裏口入学と言っているのだが、何の事は無い。学園の裏庭に具現で別空間を結び、そこから出入りしているだけの事だった。
　勿論、寮に自分の部屋があるわけではないから、自分の部屋のふりをして寮の一角へ移動すると、そこに勝手に扉と部屋を具現で作り出して住み付いている。
　わざわざ青年姿に変身して潜入したのは、サモンはともかくとしてサモン以外の生徒の口から、オーマの姿が語られては困るからだ。
　そうして――オーマ自身は完璧な偽装をしたつもりでいた。のだが、
「今日の特別講師は、異世界で特務官を勤めていたと言うシェラ・シュヴァルツさんです」
　ぴしりとした少々際どいデザインのスーツに身を包んだシェラが教壇に立ったのを見て、オーマが凍りついた。更に、何もかも気付いていると言うメッセージを込めた冷たい視線を浴びて、隣に座った他の生徒が不審に思うくらい、かたかたと震え出す。
　だが、オーマが一番怖がっていた鎌を振り回す事もせず、力を持つ者の倫理観の大切さを丁寧に説くだけで授業は終わり、不思議がりながらもやれやれ終わったと教室を出たところで、
「で？　この事態を説明してもらおうじゃないか」
　ぐい、と首根っこを捕まれ、ずるずると校舎裏まで引きずって行かれたのだった。
「……？」
　そして、何故か講師として出席したシェラと、青年姿のオーマが学院の外へ出て行くのを、サモンが不思議そうに見送っていた。

*****

「まあ、あんたのやりたい事はよーく分かってるけどねえ」
「だ、だろ？　なっ、見逃してくれよ」
「――ったく」
　ぺちん、とオーマの額をシェラが軽く叩く。
「あんたこそ、いつまで子どもみたいな事をやってるんだい？　我が子が信用できないわけじゃないんだろ？」
「そんなのは当然だろ。けどなぁ、俺様心配で心配でしょうがねえんだよ。こっちに来てから、これだけ長い時間離れ離れになるなんて初めてだしよう」
　それに、サモンに悪い虫が付いても、見えなければ追い払いようが無いと考えているオーマに、その考えを見透かしたかのように鎌の刃がぴたりと当たる。
「もし、サモンの親がこっそり身分を偽って潜り込んだ事が知れたら、今後この学院に本入学する事だって出来なくなるかもしれないんだよ？　それでもいいって言うのかい？」
「そ、そりゃ困る。そんな事でサモンの将来の可能性がひとつ潰れるなんざあっちゃならねえ事だ。もしそんな事をするなら俺はこの学園を沈めちまうかもしれねえぞ」
「――あんたが起こした事だろ？」
「う。――お、おう、その通りだからもう少し刃を引いてくれると嬉しいな、と」
　ふう、やれやれとシェラが首を振る。
「親ばかからそのうち親を抜いちまうよ？　それくらい考えつかないってのはねえ」
「しょうがねえじゃねえか。大切な家族なんだからよ。心配するなっつうほうが無理だっての」
　半分開き直りながらも、シェラからの攻撃が怖いのか腰が引けているオーマ。
「……」
　その二人の視界の外に、気配を殺してそっと様子を窺うサモンの姿があった。
　そして、そこで気付く。
　入学した時から時々感じていた視線の正体と、その視線が嫌ではなかった理由が。
　――とは言え。
　こんな場所に乗り込んで来るオーマがちょっぴり鬱陶しかったりする。
　長年離れ離れで暮らしてきたからと言うわけではないだろうが、サモンは寮に入っても別段寂しいと思った事は無かった。……同室の少女が元気いっぱいで、見ていて飽きないためもあったかもしれないが。
　ぺしぺしとシェラに折檻を受けているオーマをもう一度眺めると、サモンはすっとその場を離れた。そろそろ次の授業の時間だ、と。
　ヴィジョン使いの能力――聖獣を召還すると言うものと、自分が具現により呼び出す銀龍とは、力の使い方からしてまるで違うらしいと言うのは初日に分かったが、それでもサモンは今受けている授業と言うものに興味を引かれていた。
　普通の言葉で言えば、『面白い』と言う感情。
　ぽつぽつとだが、同じ授業を受け、寮の中で生活する同じ立場の者と会話をする『楽しさ』。生まれも育ちも皆違い、それぞれの家庭の習慣を持ち込んでいる様子を見る新鮮な感覚、それらと離れ難いと思う自分に少し戸惑いを覚えつつ、サモンは忙しくも充実した毎日を過ごしていた。
　時々、心配そうな視線を感じ、それに気付かないふりをしながら。

*****

「おかえり。時々見てたけど、楽しそうだったじゃないか」
「……ただいま」
　体験入学を終え、家に戻ったサモンを出迎えたシェラが笑顔を浮かべて抱きしめる。
　サモンは、このシェラの抱きしめる感触が好きだった。何だか、遠い昔を思い出しそうになり、ほんの少しだけ胸の奥がきゅっとなるからだ。
　シェラはあの後も数回、自らの体験を交えながら講演しており、その都度サモンの様子を観察しては満足そうな表情で帰って行っていた。
　もしかしたら、そんなに分かりやすい表情をしていたのだろうか、とサモンが自分の顔に手を当てる。
「どうしたんだい？」
「……楽しそうに、見えた？」
　不思議そうな声に、シェラがそうだねえ、と笑いながら頷く。
「表情がころころ変わると言う程じゃないけどね。……サモンの周りの皆も、緊張したり不安そうにしたりしていなかったろ？」
「……うん」
　こくり、とサモンが頷く。
「サモン自身が楽しんでいたからね。周りにもその雰囲気が伝わってたって事さ。自分では気付かなくても、ね」
　今回の学校はサモンにとって良い経験だったね、と、シェラがサモンのさらさらの髪を何度も撫でる。そして、少しして、あれ？　とサモンが少し不思議そうにゆっくりと家の中を見渡した。
「……オーマは？」
　考えてみれば、シェラよりも先に帰って来たサモンへ飛びつきそうなものなのに――と思いながら訊ねると、
「ああ、あの男なら、長い事家の中の事をほったらかしにしていたから、今は用事で街じゅうを飛び回ってるよ。――その位分かってそうなものだけどねえ」
　あっさりと告げると、
「オーマの作ったデザートが冷えてるよ。お茶を入れて一緒に食べようか」
　にっこりと笑ってそう言った。
「……お茶は……僕が淹れるよ」
「そうかい？　悪いねえ」
　お茶の支度をし始めたシェラに、ほんの少しだけ慌てた様子でサモンが口早に告げ、てきぱきと無駄の無い動きでお茶を淹れ始めた。
　その様子を、嬉しそうにシェラが見守っている。そして、誰かのためにお茶を淹れるのも悪くない、そんな風にサモンが思っていた頃、
「……あ、あと、買い物と回診と修理と洗濯と……ッ」
　一日でげっそりとやつれたオーマが、折れそうになる心をなんとか奮い立たせて、今ごろは家に戻っているだろうサモンの事を考えながら、寒風が通り過ぎる路地を駆けずり回っていたのだった。


-END-

PCシチュエーションノベル（グループ３）

間垣久実

聖獣界ソーン

2005年11月24日