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『■+ 追憶の双星 +■ 』
マリオン・バーガンディ4164)&アドニス・キャロル(4480)

 「……あれ?」
 そう言って小首を傾げた視線の先にあるのは、手に取って見れば不思議な色合いを見せてくれるだろうネックレスだ。
 だが、普通のネックレスなら、そんな風に『稀少品』にカテゴライズされてはいないだろう。
 そのネックレスは、通常の品とは一味違った。
 「『カナンの双星』……ですか?」
 小首を傾げ、そして腕を組み。
 黒いくしゅくしゅとした髪を時折撫で、金色の瞳をあらぬ方向に彷徨わせては、再度カタログを見る。そんな姿で悩むのは、マリオン・バーガンディと言う、見た目は若い元キュレーターだ。
 『本物だろうか』
 まずマリオンは、そう疑った。
 何故ならこの一品、歴史の影に埋もれてしまったと言われているものだからだ。
 遠い昔、地中海地方に生まれた、色んな噂のあるネックレスだ。
 代々の王侯貴族を渡り歩き、その起源は紀元前にも遡ると言われている。年代を経て、多分に修復の後はあれど、それでもコレクターには垂涎ものの一品だった。
 青を基調としたそのネックレスのトップは、名が現す通り、双子星に見立てたガラス玉が配されており、それを中心に様々な装飾を──勿論ガラスがメインだ──施され、その時代に作られたとは思えない程に、艶やか且つ雅やかであった。
 そう、これは古代ガラスで出来たネックレスなのだ。
 ガラスは、古代エジプトで盛んに売買が行われていたと言う。いや、それ以前のメソポタミア文明において、既に使われていたと考えられていた。当時は副次的に作成されてはいたもののローマ帝国が名を轟かせる頃には、精巧なガラス細工を、後にローマングラスと呼び、名を残す様になったと言われる。
 その中でも、地中海沿岸に勢力を保っていた──アッシリアやローマへ服属することになるが──カナーン人の国、フェニキアでは、黄金よりも高貴な品として、地中海世界最大の生産を誇っていた。吹きガラスの技法が確立されると、ガラスは壷や花瓶として、フェニキアのレバノン杉やティリアン・パープルに並び、主要な輸出品となっていたのだ。中でもガラス玉においては、フェニキア玉とも呼ばれて各国に流通しており、こうしてマリオンの目に止まる様な美術品となるものもあった。
 ちなみにフェニキアのガラスは、かの国がローマへと併呑された後は、ヴェネチアのガラスに市場を取って代わられることとなる。
 「何処かのコレクターが手に入れたと言う話も聞いたのです。でも、そのコレクターは……」
 『カナンの双星』に纏わる曰く。
 こう言ったアンティークな美術品には、良くある話であった。
 つまりのところ、『手にした者に、不幸が訪れる』と言うありきたりなものだ。更に、『主を渡り歩く』と言う習性(?)の様なものもあるのだと。
 「旅をするついでに不幸にするのは、あまり宜しくないかと思うのですけれど」
 そして、マリオンが耳にしていた話は、中世にそれを手にしたとある貴族は、魔女狩りに巻き込まれてしまい、館もろとも焼かれてしまったのだと言う。同時に、『カナンの双星』も、歴史に飲み込まれたのだと……。
 実はこの『カナンの双星』には、対となる『バールの果実』と呼ばれるものもあると言う。それは完全なる幻の品で、品自体が、『カナンの双星』と同じネックレスであるのか、いや、それ以前に宝飾品であるのかも定かではないものだった。
 通常であれば、調べることなど出来はしない。……尤も、マリオンなら、奥の手で可能ではあるのだが。
 「でも、この方のところにあったのですよね……? では、一概にそう決めるのも可笑しいのですよ」
 噂の真偽と品の真偽の二つをして、マリオンはふむとばかり、そう考える。
 どちらにせよ。
 「『カナンの双星』。調べてみるのです」



 名を出さない。
 それが『カナンの双星』を出す時の条件だ。
 更に、身元も明かさない。
 このことは大前提。
 真っ当なところなら、お客様のプライバシーは漏らさないと言うのは当然のことなれど、彼──アドニス・キャロルは、用心に用心を重ねることを、いつ何時であっても忘れることはなかった。
 氷雨の様な髪と瞳は、昔と比べて可成り暖かみを増しては来たものの、もしかするとその暖かみと言うのは、眠そうにも見えているからなのかもしれない。
 「なのに、何故かな」
 自分を追う者がいる。
 気怠げに、けれど思考は鋭敏に。
 アドニスは追跡者を躱すことに専念した。
 どうやらこの追跡者、なかなかに手強い。
 アドニスがここを利用しているのは、実にセキュリティ面において信用がおけるからだ。
 未だ嘗て身元が露わになったこともなく、そして取引が正常に行われなかったこともない。そう言った憂いは、綺麗に払拭してくれることを、事実として知っていたからこそ、この『カナンの双星』を出したのに。
 勿論ながら、『if』を想定していなかった訳ではなく、自分でも可能な限り保身策はとってはいた。だが、今までそれは杞憂に終わっており、出る幕はなかったのだ。
 このまま思い人に逢えば、溜息を連発して呆れられてしまいそうだと思ってしまう。理由なぞ、あまりに陳腐で話せはしないが。
 いや、話して見たらどう言うだろうか。
 考えてみて、止めた。
 どうなるものでもないのだ。自分が何とかしなければ。
 「狩られるのは趣味じゃない」
 元はハンターであった自分だ。
 狩る対象は、動物でもなく、そもそも人でもなかった。
 いや。
 ある意味、それはどうしようもなく『ヒト』であったものかもしれない。
 何より欲に正直であった者達だ。
 これを人と呼ばずして何と呼ぶのだろう。
 『人外』と呼ばれている者達は、『人』が恋い焦がれるあまり目を背ける事柄に誘惑を覚え、そして正直であるからこそ、区別されてしまうのだ。
 元がつく吸血鬼狩人は、蒸し返される昔の記憶にして、大きく溜息を吐いた。



 『カナンの双星』は、この手にしている。
 だから良い言えば良いのだが、それではマリオンの好奇心が満たされない。
 リンスターの名を借り、手を尽くして追跡したのだが、後一歩、そう後一歩と言うところで、その細い細い蜘蛛の糸は断ち切れてしまったのだ。
 この情報網と名を借りて辿りきれなかったことに、マリオンは、少しばかりの感心を見た。
 「益々知りたくなりました。……むーーー」
 どうしよう。
 元々、噂の真偽だって知りたかった。
 出来た時代に行くのも一つの手ではあったが、それではこの品を今まで持っていた者には繋がらない。
 経緯を辿ることだって出来るが、今回の主に到達するには、可成り回数を繰り返さなければならないだろう。
 「それは大変なのですよね」
 はっきり、有り体に言えば『面倒くさい』。
 好奇心には忠実であれど、マリオンは手をかけるところと抜くところは、きっちり区別していた。
 「あ」
 ふと閃いた。いや、気がついた。
 「消えた時代に行けば良いのです」
 辿ると言うことを考えるのではなく、手っ取り早く、ネックレスが消えた時間に行けば良いのだ。
 そうすると、結果としてこのオークションに出品した人物に突き当たるだろう。
 少なくとも、本人ではなくとも、先祖にでも。
 長い長い時間だから、当人が手にしている可能性は低い。マリオンや彼の主、そして交友のある者達の様にメトラの者達ではない限り。
 しかしマリオンには、何故かこの品を出した者に、同じ匂いを感じていたのだ。
 だからきっと。
 「その瞬間に行けば、本人に逢える筈なのです」
 満足げに解答をだしたマリオンは、思い立ったが吉日──と言う諺が脳裏に過ぎったかどうかは別として──とばかり、すっくと立ち上がった。
 「これは連れては行けませんから」
 『カナンの双星』を持って行けば、きっとタイムパラドックスが起きてしまう。
 あの時代にあるものとこの時代にあるものは、同じものではありつつも、時間と言う属性を付けることによって変化する。けれど、根本は同じだからこそ、別時間に存在する同じ物を同じ場所に持って行けはしないのだ。
 マリオンは、大切に保管庫へと安置すると、自分の前に扉を創る。
 彼の手が伸ばされた。
 「では、行って来るのです」
 マリオンは、ゆっくりと『扉を開けた』。



 時は大英帝国と呼ばれた島国の絶頂期。既に大陸では沈静化しており、更にこの国であっても終末を迎えていた魔女狩り。
 だがしかし。
 それにすり替わる様にして、密やかに、けれど激しく行われていた狩りがある。
 ユダヤ人の侵略説が元になっているとも言われてはいたが、狩人達は知っていた。それがそんな生やさしい物ではないことを。
 彼らが狩るのは、人に脅威をもたらす者達。夜闇に住まう住人達。
 それを狩る為に存在しているのが、彼ら狩人達。吸血鬼と言う種族を狩る者達だ。
 もうそれは、手慣れた儀式。
 既に無意識の領域で行われることであったが、今回は少しばかり、余計なゲストが混じっている。
 なかなかに騒々しいのは、二人いた。それも似通った顔で、少しばかり違った声で話す者達だ。ここに至るまで、もっと人数が多かったのだが、なかなかどうして、今回のエモノは手強かった。予め大して役に立たないと思った者達は、見張りと言う役を割り振り、体良く外へと立たせてあるのだが、ある意味、この二人を除いた全員を追っ払っていた方が良いのかも知れなかったなと、氷の様な色を持つ狩人は、無感動に思考した。
 「やっぱりバカね」
 五月蠅い片割れが口を開く。淡色の髪をきっちりと纏め上げ、動き易い衣装を身に纏っていた。その動きは、まるで猫の様に軽やかだ。
 「だってケダモノだからね。逃げ切れると思ってるんだよ」
 もう一人が、ちろと彼、アドニスを見やった。
 だがアドニスは、冷然と黙殺している。
 相手をしてやる義務もなかったし、更に二人の双子──そう、似通った顔の二人は、双子であったのだ──は元より、今回組んでいる教会の人間達にも、自分のことは話していない。彼が今追っている者の眷属であると言うことなど。
 だが、二人の持つ能力故か、二人は気がついているのだろう。だが、敢えて言わない。何故なら、アドニスが腕の立つ狩人であり、更に今は、彼無しには決して倒せないことを知っているからだ。もしかすると、この狩りが終わったら、アドニスに牙を剥いて来るかも知れないが、その時はその時だ。
 サバタリアンなど、捻るのは容易い。
 この似通った二人は、土曜日生まれの男女の双子からなる『サバタリアン』であった。
 教会が『追跡者』と称し、大陸から連れて来たのだと言う。
 サバタリアン。
 土曜日に生まれた子供。吸血鬼を正確に見抜くと言うが、実際は、妖し全般を見抜く力がある。土曜日に生まれた子供は勘が良いと言われ、吸血鬼に限らず、魔性を見抜く力を持っていると言うのが通説だ。更には男女の双子が、尤も向いているとも言われていた。
 何故それが土曜日に生まれた子供であるかと言えば、ただ単に土曜日がユダヤ教における安息日であるからだ。
 ちなみに安息日の設定においては、宗教的色合いが可成り強い。キリスト教では、安息日は日曜日──神が天地創造を六日で行い、七日目に休んだとされることから、週の最後を安息日とする為──とし、ユダヤ教は前述の土曜日、そしてイスラム教は金曜日と、変わってくる。
 更に逸れるが、曜日と言う概念は古代バビロニアに端を発しているらしい。
 とまれ。
 その真偽はともかく、この男女の双子は、確かに『追跡者』としての能力は高く、尚かつ『狩人』としても、今まで十分な働きをしてきたらしい。
 『だがそれが為、こうして馬鹿馬鹿しい噂が、益々広まっていく訳だ』
 アドニスはそう思う。
 緋色の絨毯を駆け抜けて追い込んだ先は、この屋敷の主人、現在は吸血鬼と化している男が掻き集めた品々が眠っている部屋だった。
 重厚な扉を蹴破り身を躍らせた三人を襲ったのは、凄まじい風である。触れればその身は四散するだろう。今回のエモノの能力らしい。
 当然の様に、三人揃って掠りもせずに身を捻る。更にオマケとばかり、樅木で作った串を投げつけた。
 「へえ、良くこれだけ集めたもんだ」
 片割れの少年が、呆れた様に呟いた。
 「でも、燃やしちゃうのも勿体ないわ」
 少女が悪戯っぽくそう言った。
 そのことに関しては、アドニスも全く持って同感だ。
 美術品に罪はない。
 ちらと見るだけでも、食指の動くものが幾つもある。
 だが今は、目の前のエモノを狩るのが優先。
 すらりと。
 アドニスは赫く光る剣を抜いた。



 少しばかり回り道をしてしまったが、漸くここが、目当ての時間であることを確認したマリオンは、目の前に赤々と燃えさかる館を見ていた。
 丁度彼が扉を開けた時、その炎が窓を蹴破る勢いで上がったのだ。
 勿論マリオンは、その瞬間を逃すことなくデジカメに納めている。
 瑠璃紺の中、一際目立つその猛火は、少しばかり外れている場所にいてさえ、目を射る様なものだった。
 近場の森に身を潜ませていたものの、これでは目的が果たせないだろうと考えた彼は、そのままそっと、断末魔を上げている館へと忍び寄る。もしものことがあれば、能力で自室をつなげて逃げれば良いのだと考えているから、気分的に重圧感は感じない。
 取り敢えず、身は隠していた方が良いとは思っていたから、自分の身の丈より高い木や草に隠れつつ、そして持ってきていたデジカメを、シャッターチャンスは逃がすまいとばかりに手にして、距離を縮めた。
 「あれは……」
 何となく記憶に引っかかるものがある。
 その館の周囲を、黒い僧服に身を包んだ男達が右往左往していた。
 何やら耳を澄ますと、不穏な台詞も聞こえて来るのだ。
 「魔女狩り……ではなかったのですね」
 成程。
 まさか歴史に、『吸血鬼狩り』とは残せまい。
 マリオンは納得した。
 どうやらこの神父様達は、ハンターを連れて吸血鬼を狩りに来た者達らしい。
 そしてそのハンターは、勢いよく炎を上げているこの館の中から、まだ出て来ないのだろう。だから慌てている、と。
 「ふむ……」
 普通、自分が火に捲かれることが解って、館を燃やす者はいない。
 「裏側……でしょうね」
 そう呟いたマリオンは、歩くのは面倒とばかり、再度扉を出現させると、裏側へと回った。
 すると。
 「あ! いました! あの人なのですっ」
 背の高い後ろ姿は、炎を受けて赤く輝いていた。彼の傍らには、背の低い少年少女が見える。
 マリオンは彼の傍らに置かれている、幾つもの白い布を確認して、デジカメのシャッターを切った。
 遠目から数枚、そしてこちらを振り返った瞬間を捕らえ、ズームアップで一枚。
 「あれは……アドニスさん?」
 そう呟いて、小首を傾げる。以前に逢ったことのある顔を、マリオンが見間違えることはないだろう。一山百円のミカン並みの存在ならいざ知らず。
 少なくとも、マリオンは彼のことを知っている。友と呼ぶにはいたらぬまでも、面識はあるのだ。
 何となく纏う雰囲気が違うが。
 以前依頼で一緒になった時の彼は、何処か茫洋とした雰囲気を持っていた。
 けれど今ここで見る彼は、可成り剣呑な衣を纏っている。
 「あ」
 唐突に、アドニスと共にいた二人が、その場から飛び退いたのが見える。そして、そのアドニスの手には、マリオンが見紛う筈もない『カナンの双星』と、赫く光る剣があった。
 「……仲間割れ、なのでしょうか?」
 どうにもそんな風でもないが。
 あまり近くはないのに、それでも感じる殺気は、けれどすぐさま消え去った。
 仲良くシェイクハンドで終わったからではない。少年少女が、その場から逃げたからだ。
 敢えて追うつもりもなかったらしいアドニスが、剣を納めつつ何かを思い出した様に、こちら側へと視線を向けた。
 刹那。マリオンの背筋が泡立った。
 「──っ!」
 それは反射的な動作だ。
 咄嗟に空間を捻り、マリオンは、自分の部屋へと逃げ帰った。



 「ほら、見て下さい」
 大層誇らしげな顔で、プリントアウトしたデジカメ画像を同僚に見せているのはマリオンである。
 過去に戻った時の映像だ。
 『カナンの双星』を手にしている出品者──の過去の姿──と、そして遠目から取った館の映像。
 同僚はマリオンの能力を知っているから、今更驚きはしなかった。
 それを眺めては、画像の中にある『カナンの双星』に視線が行っている様だ。
 「凄かったのです」
 マリオンは、あの日、刺す様な視線を浴びて逃げ帰ったことはお首にも出さず、それに至るまでの事柄を、大層脚色して話していた。
 燃えさかる炎に戦く神父達、それをバックに、何やら妖しげな雰囲気を纏って戦う三人の者達。その館に住んでいたのは吸血鬼で、この『カナンの双星』は吸血鬼が所持していたらしく、それが今回ハンターの手に渡り、そして今現在は自分の手にあること。
 『カナンの双星』に纏わる噂は本当で、吸血鬼すらそれから逃れられなっかったこと。
 戦っていた三人は、きっと対である宝『バールの果実』に纏わるものであった等々。
 可成り適当なことも言っているのだが、そんなもの、実際にいなかった者に解る筈もない。
 聞いていた一人が、何かに思い当たった様に問いかける。
 「その噂なんだけど、じゃあ、今持ってるマリオンくんにも、降りかかっちゃうのかな?」
 ああでも、そう言えば……。
 瞬き一つしたマリオンは、その可能性にも思い当たった。
 だが、即座に彼は笑みを返す。
 「大丈夫なのです。大切にしてあげれば、『カナンの双星』は、私のことを気に良いって、きっとずっといたくなる筈なのです」
 根拠のない言葉は、しかし、強ち外れていなかったことを付け加えておこう。



 その後。
 某先輩の手に、件のデジカメ画像が渡ったことなど、知る由もないマリオンであった。


Ende
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
斎木涼 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月22日

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