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『ペンギンのお仕事 』
海原・みなも1252)&鈴木・太郎(5690)


 例によって例のごとく。
 思わずそんな言葉が浮かんでしまうほど、これはいつもの展開だった。
 突然笑顔で先輩が現れ、有無を言わさず連れて行かれる。
 勿論どこへ行くかも、何をするかも謎のまま。
 最初の頃は説明があった気もするのだが、最近ではそれもすっかり省かれている。
 とにかく色々な事を早く試したいのだとは、みなもにも解った。
 何時も本当に真剣で、まじめだったのだから。
「そんなわけで今回も快く協力してくれることになった、みなもちゃんです」
「よろしくお願いします」
 アトリエに通され、挨拶も手短にすませる。
 少しずつスタッフの人数が増えていることに気づき、みなもがまるで自分のことのように嬉しくなったのも束の間。
 一息つくまもなく、説明と試着を同時に行うことになった。
「ごめんねー、今回もぎりぎりで」
「いえ、何時も大変そうで」
 苦笑するみなもに、先輩がぽんぽんと頭を撫でる。
「早速だけど、試着の前にして欲しいことがあるのだけど」
「……はい?」
 何か嫌な予感を感じたのは、今までの経験とそこからくる直感と……警戒心を無くさせようと微笑む先輩が、より一段と怪しく見えたからだった。
「今回も長丁場になるから、先にトイレいって欲しくて」
「そ、そうですね」
 頷いたみなもの肩をポンと叩かれる。
 それだけで終わらないのだとは、固まったような笑顔だけで解った。
「これもね」
 気軽に渡されたのは前も使った下剤。
「……はい」
 引きつったような笑顔を返すだけで、精一杯だったのは……まあ無理もない事である。
 恥ずかしいとは感じるが、これをしておかないともっと恥ずかしいことになるのだと知っていたからこそ、みなもはこくりと頷いた。



 出す物を全部だし、ようやく試着に入る。
「今回のコンセプトはペンギンね」
 目の前に用意されたのは、衣装というにはあまりにもしわくちゃで変わった素材だった。
「簡単に言えば着ぐるみと特殊メイクの中間だね」
 これが完成するまでの間、さんざん試行錯誤を繰り返したようだ。
 着ぐるみだけでは物足りないし、特殊メイクでは水中で問題が発生しやすいし着脱に時間がかかりすぎる。
 そこで辿り着いたのが両方の良いところだけを取ればいいじゃないという考えの基に作られたのが、今からみなもが着る物だ。
「着る前にこれもはいてね」
「一応ね」
 衣装を着る前に渡されたのは丈の短いスパッツのような物で、その中にはおむつの様な物が付けられている。
「もしもの時も大丈夫なようにね」
 我慢しますといっても、おそらくは無理なのだろう。
 生理現象なのだからどうしようもない。
 それに……時間もおしているだろう。
 答えは一つしかなかったのだ。
「はい……」
 やっぱり何時もと同じように、困ったような笑顔で頷くしかできなかった訳である。
「じゃあ早速、時間もないことだし」
 服を全て脱ぐことに未だ羞恥心は感じるが、それでも最初よりずっと時間は短くなってきていた。
 慣れとは本当に恐ろしい物だなんて考えつつ、下着を身につけると見た目以上にぴったりとしているのが解る。
「どう? 会わないところとか隙間とかある? 液体が入らないようにしたんだけど」
「はい、大丈夫です」
 胸を手で押さえたままくるりと回るが、伸縮性があるお陰で隙間も空いた気配はない。
 見た目では中の構造などははかりはしないだろうか……深く考えない様にしておこう。
「いよいよ試着だね、着方を教えるから」
 しわくちゃのスーツは一見しただけではどうやって着るのかすら解らなく、足を入れる場所を教えて貰うところからスタートしたのだった。
「一応時間もはかって置くから。よーい、スタート」
 かちっとストップウォッチを押す音。
 フリーサイズだと言うスーツは、かなり調整がきくのだという。
 その理由も直ぐにわかった。
 伸縮性が大きく、体格が違ったとしても着ることができる。
「急いで急いで」
「はっ、はいっ!」
 素材と作り、そのどちらもが合わさってとにかく着にくい。
 中は二重構造になっていて、内側が体をぴたりと覆う伸縮性のあるスーツ。
 外側がペンギンになるのだろう青い衣装は、今はまだしわくちゃなままだった。
「んっ」
「それも一人じゃ無理?」
「はい……」
 足から腰までは引っ張り上げられたのだが、腕まで着てしまうと素材部分がふれ合い、さらに動きが取れなくなってしまう。
「これ以上は一人じゃ無理かな、今度は出来ると思ったけど」
 手伝って貰ってからは、グンとスピードアップし始める。
 立たされたり、服を体ごと引っ張られそうな勢いで着せられたりとやや乱暴ではあったが、何とか着ることは出来た。
 そのままよたよたと鏡の前に行くが、青と白の弛んだ物を身に纏ったみなもが居るだけで、どう見てもペンギンには見えない。
「さて、と。ペンギンになれる瞬間を見て貰おうと思ってね」
「……?」
 何が起きるのか緊張しつつ見守るみなもの肩をポンと叩く。
「冷たいのは最初だけだから」
 衣装とホースを繋ぎ終えると手にしたスイッチをオンにして、ホースから何かを注入し始める。
「きゃっ!?」
 中のスーツ越しに触れる液体らしき物に、思わず声を上げてしまう。
「水にちょっととろみがついただけの物だから、この方が保温性もあるし」
「あ、解ります。暖かいです」
「ほら、鏡見てごらん」
 スーツの中に溜まっていく液体が下の方からしわを伸ばし、見覚えのある形に変化していく。
「はい、ちゃんと解ります」
 衣装のたるみで隠れていた足の部分。
 液体が注がれるにつれて、衣装のたるみが取れペンギンに見えるように変化していく。
 手の部分はつるんとしたひれに。
 足から首周りまでは寸胴なペンギン体型。
 どこからどう見てもペンギンその物だった。
「これで完成、どう?」
「すごいです。でも、あの……」
 腹部から胸元にまで来た頃から感じていた事が、間違いではなかったのだと確信する。
 気づいた事はちゃんと報告しておくべきだろう。
「……少し、苦しいです」
「耐えて」
 即答だった。
「みなもちゃんなら耐えられるから」
「……はい」
 それはもう見事なまでに瞬時に返された言葉に、まだそれほどでもないからと思うことにしておく。
「ほーら、もうバッチリペンギン。かわいいかわいい」
「あ、あははは……」
 そう、本当に大変だったのはここからだったのだ。



 ペンギンの衣装を着たままの状態で動作確認。
 歩いたり手を振ったりは当然、簡単なキャッチボールをしたり準備運動のようなこともした。
 様なというのは、寸胴な衣装では普段のように動くつもりで手足を動かすとほんの僅かしか動けないのである。
 軽く体を横や前に曲げようと思ったら、普段以上に大きく曲がろうと思わなければ衣装がそれを拒むのだ。
 飛び跳ねようとする場合も、中に注がれている液体のお陰でよりいっそう重く感じる。
「……! これは……」
「重い? じゃあ基礎体力作りも予定に入れとこう」
「はい?」
 目を丸くするみなもに、さらりと書いた日程表を眼前に突きつけた。
 今日から放課後に毎日一週間。
「駄目な日はいまの内に言ってね、考えておくから。多分無理かも知れないけど」
「だ、大丈夫です。予定、開けておきます」
「よかった、本番の前は水族館に直接集合だけど、それ以外はここに同じような時間によろしくね」
「はい。メモ、しておきます」
 走ったり飛んだりで大分息が上がり、そう返したのも途切れがちだった。
 この衣装、着るのも大変だが……動くのも大変なのである。
 本当にこれでショーが出来るのか心配だが、やってこそプロなのだろう。
 いったい何のプロなのかと深く考えてはいけないような気はしたが。
「あの、他には」
 ペンギンの衣装のままかなりの時間が経過し、そろそろ疲れの色も濃くなり始めてくる。
「飲み物いる? 少し休憩にしようか、その状態でも飲み食いは出来るから」
「ありがとうございます」
 長いすに腰掛け、ストローからお茶を飲みほっと一息つく。
 いまの内にしっかり休んでおかないとと思いつつ、メモを取っている先輩にふと気になっていたことを尋ねてみた。
「あの、最初に着るのにかかった時間はどれぐらいだったんでしょうか?」
「………」
 気になっては居たのだ、何かそう……一同差を見逃していたような。
 みなもと先輩二人の視線がストップウォッチを持っていた先輩に注がれる。
 返ってきた答えは……。
「あ……忘れてた」
 目まぐるしく数字を増やし続けていくストップウォッチは、正確な時間は計られていないままだった。
 そんな訳でもう一度計り直し。
 それどころか何度か着脱して練習と、どのぐらいかかるのかを正確に知っておこうと言う結果にすらなったのである。
「頑張ろうねー」
「はい」
 何度も衣装を脱ぎ着して、汗をかいたり体が冷えたりもしてきた。
「あの……」
「そろそろ疲れた?」
「それもありますけど……その」
 休憩の時に飲まされたお茶のお陰で、そろそろトイレに行きたくなってきている。
 言いたいことが伝わったのか、ポンと先輩が手を打つ。
「ああ、なるほど」
「はい」
 ホッとしたみなもに、今までで一番容赦のない言葉が告げられた。
「その為に下にはいてるから、大丈夫」
「………ええ!?」
 タイミングを計っていたかのように椅子へと連れて行かれ身動きを取れ無くされてしまう。
「これもチェックだからー」
「あ、あはははは」
 もう涙も出ない。
 本当にお仕事って大変なのだ。





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九十九 一 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月18日

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