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『『おまけ』の始末 』
デリク・オーロフ3432)&ウラ・フレンツヒェン(3427)

 …相当の暇人がいると見受けられた。
 ゆったりとリビングのソファに腰を下ろして寛ぎつつ、デリク・オーロフは白い洋封筒を片手の指に挟んで持っていた。何となくそのまま斜め上、中空に翳して見ていたりするが――別に中身が透けて見える訳でもない。見慣れた印章――デリクの所属する魔術教団のシンボルを象った、鮮やかな紅の封蝋が押してあるだけ。
 それだけで差出人を見ずとも何処から来たかはわかる。…まぁ、何の封書だかも元々承知だが。
 差出人は初めからわかっている。
 己の所属する魔術教団。
 送られてきたのは、位階昇任試験の結果。
 が。
 …何処かの暇人が、少々厄介な『おまけ』を付けて下さっている。
 それ故に、デリクは所在無く封書を見つめたまま思案なんぞしている事になる訳で。
 とは言え彼の思案の理由は――開封できなくて困ったぞ、などと言う可愛らしい理由では決して有り得ない。

 ――さて、どう始末を付けようか?
 と、余裕でこっち側である。



 デリクが届いた封書をためつすがめつしている中、そんなデリクの様子に気付いたか――ぱたぱたリビングに駆け込んでくる少女が一人。このマンションに居る事に不思議は無い人物。ゴスロリ系のドレスが良く似合うおしゃまで元気なリトル・レディ――ウラ・フレンツヒェン。
 好奇心にきらきら輝く瞳も愛らしい、デリクの助手である。
 彼女の視線はばっちりデリクの手の中の封書。見たい見たいと言いたげな瞳が、座っているデリクをはしゃぎながら見下ろす。
「ねえねえそれってこの間の試験の結果でしょ? 中身を確かめるまでも無いけど――開けないの?」
 デリクの手の中に専用のペーパーナイフが無い事も見て取り、ウラは小首を傾げる。専用のペーパーナイフ――デリクの所属する魔術教団の封書は、位階に応じた専用のペーパーナイフを使う事で初めて安全に開封出来るよう封蝋とナイフに魔術が掛けてあると聞いている。つまりは団員以外が下手に開封すると恐ろしい目に合う仕掛けが施されているのだ。…故に、このペーパーナイフは教団からの封書の開封には必須のものなのだが。
 位階昇任試験の結果。それはデリクの実力があれば、『その機会』が与えられさえすれば受かっていて――認められていて当然だが、だからと言って見なくて良いと言うようなものでもない。
 そしてデリクの場合、良い悪いの問題では無く見ないで済ませると言う事は有り得ない。折角、位階昇任試験と言う機会を与えられ、また一つ階段を上れると言う結果報告。有難く拝領、目を通すのが常の事。
 が。
 …取り敢えず今のところデリクは封書を開ける気配無し。
 何で何でどうしたのよとウラはデリクの着ている服の布地や髪をぐいぐいと掴んで引っ張る。痛い痛い服に皺が寄りますと文句を付けつつも何とか宥め、デリクはちょっと待ちなさいとウラに言い付ける。
「…封以外の魔術がかけられてるんですよ」
 彼のその唇から流れ出ていたのは流暢なクイーンズイングリッシュ。その場に居るのがウラだけ――それもあったが、元々向こうの人間。デリクは少々片言になりがちな日本語の必要が無い自宅に居る時はそちらで話す。ウラも同様、自然にそうなる。
 ウラはデリクの科白に興味を抱き、彼の服と髪からあっさり手を離した。
 …封以外の魔術。それは?
「そうなの? どんな魔術? 開けたら怖いおばけに食べられちゃうのかしら?」
 魔術と言われ好奇心にきらきら瞳を輝かせながら、ウラ。だったら素敵、と引き攣ったような音で喉を鳴らす。クヒヒ、クヒッと聞こえるその音はウラの笑い声。…科白の内容に反し、楽しそう。
「まぁ、だいたいそんなものになりますね。蝋が割られる事でそちらの魔術も発動する…」
 で、魔に属するものが私の命を奪いに来るって寸法のようです。
「この類の仕掛けは凝れば凝る程、作った者の性格が見えてくるんですよね…」
 …あの方とかその方とかこの方とか。心当たりの人物は速攻で数人思いつく。御偉方から同じ位階――いや、同じ位階『だった』と過去形で言うべきでしょうか――の者まで、私の足を引っ張りたくてしょうがない方々。…指折り数えながら彼らのその顔や性格を思い浮かべ――嘆息。
「私はそんなにそそっかしく見えるんですかね…」
 ひとりごち、眉根を寄せる。
 そんな、益体もない文句をぶつぶつぼやいているデリクに、ぺらぺら良く喋るからじゃないの、とウラ。…そそっかしく見えそうな理由。ウラのその言葉にデリクは反射的に一時停止。少し置き、そうですかね? と不本意そうに返す。と、ウラはそうそう、軽そうよ? とあっさり。
「ま、何にしてもデリクが昇進すると困る奴らが多いって事よね? …で、開けるの?」
「勿論。開けてみますよ」
「じゃ、たまには助手らしい事しようかしら?」
 と、ウラはその場で踊るようにくるんとターン。
「いえいえ、ウラにはいつも助けてもらってますよ」
 そんな仕草を見、デリクの顔ににこにことした穏やかな笑みが戻る。では、とデリクはソファを立った。室内、殺風景とまでは行かないが装飾品の類は多くない。必要な家具だけを揃えたゆったりとした3LDKのマンションの一室。デリクは他の部屋へ移動し――件の専用ペーパーナイフを持ってリビングまで戻ってくる。
 一応どんなものが出てくるか見てみたいですよね? とウラに確認。ウラも嬉しそうに思い切り頷き、クヒッとまた喉を鳴らして笑っている。
「では」
 開けますよ。ウラへと一声掛けてから、デリクは専用ペーパーナイフで無造作に封書を開封。そうは見えたが――仕掛けの存在を知りつつ、このデリクが本当にただ無造作に無防備に開封する訳が無い。罅の入る蝋。封書は開かれた。途端――周辺から封書に向け黒い気が集束する気配。蝋の部分がぼうと光る。そこに、魔術的な印形が重なって見えた。
 蝋に浮かぶ魔法陣を入口に魔の眷族が生まれる。かっ、と鋭い牙の並んだ口腔を開き、愚かにも罠に掛かった者の命を奪おうと――襲い来る。

 が。

 デリクがこれまた無造作に、当然のようにペーパーナイフを持っている側の――封書を持っているのとは逆の掌を魔の鼻先に突き出しているのが先だった。ペーパーナイフはくるりと器用に指に回して手の甲の側に避けてあり、現在、掌に握り持ってはいない。喚ばれてすぐに間、髪入れず自分に躍り掛かってこようとするその魔の真正面。突き出されていたのは掌――そこにある魔法陣。…魔が何処に来るかは封を開ける前から当然、察している。デリクの両掌にはもうずっと昔から痣として魔法陣が定着している。次元を歪曲させ異空間を作り出す事の出来る魔法陣。その魔法陣が喚ばれた魔の鼻先で鈍く、不穏に光り輝いていた。ばりばりとプラズマめいた、雷めいた光が時折躍る――こちらもいつの間に発動していたのか、その掌の魔法陣には既に異空間への穴が開けられていた。
 そして間抜けな事に――躍り掛かろうとしたそのまま、罠として喚び出された筈の魔の眷族はあっさりデリクの掌に吸い込まれてしまう。勢い故か急には止まれない。…喚び出されたがその足で帰還。さて、と確かめるように魔を吸い込んだ掌をちらりと見直し、何でもなさそうにデリクはにっこり。再び指でくるりと回し、ペーパーナイフを普通に手の中に握り直す。…それでもう、術式の痕跡はまったく無い。
「…なかなか可愛らしい」
「何だ大した事ないじゃない」
「確かに。どんなものが出るかと思ったら拍子抜けでしたね」
「つまらないわ。こんなものでデリクがどうにか出来ると思っているのかしら」
「…この程度の術式では、不意打ち以上の効果なんてないんですけどねぇ?」
 さすがに、苦笑。…素直も素直なウラの科白の通り。
 これはどちらかと言えば、力よりも発動の速さに重点を置いた術式。それでも確かに――本当に不意打ちで無防備な標的を狙えるならば――それは相手は生身の人間。魔の眷族としては小物――弱いものであっても、魔の眷族が持つ牙に生身の人間が抵抗できはしない。相手が魔術師だろうと、充分に殺せる。
 が。
 事前に気付かれなければ、だ。
 気付かれたならその時点で意味が無い。術式を潰す事、それなりの対処法は魔術師ならば簡単に行える。
 だからこそ、密やかに、細心の注意を払って施す術の筈なのだが――この術式は、デリクの場合あっさり見破れた。
 その時点でこの術式を仕掛けた暇人さんとデリクとの力量の差が垣間見える。
「…今後の参考にしようにも…あまり参考にもなりそうにないですね」
 本当にウラの言うように…つまりません。
 折角、無効化させないで発動してあげたのに。
 小さく溜息を吐きながら、デリクは今度こそ封書の中身を取り出す。
 その文面を見て、今度こそ、デリクの唇に本心からの笑みが浮かんだ。

 その文面――開けられた封書の『本来の中身』は、デリクとウラの予想通りのもの。
 デリクの実力を見るならば、それは当然の事である。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月17日

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