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『彼女の報酬条件 』
ジュドー・リュヴァイン1149)&エヴァーリーン(2087)

 町に、時を報せる鐘が降り注いでいた。それは酒場のジュドー・リュヴァインとエヴァーリーンの耳にも届く。子供はもう眠る時間だったが大人にとっては夜の始まり、二人が夕食をとった酒場も段々と騒がしくなってきていた。
「向こうへ行くか」
ジュドーの提案に一つ頷くと、エヴァーリーンは席を立つ。入口に近いテーブルで互いの顔を見つめあうよりは、カウンタで棚に並んだ酒瓶でも眺めているほうがよっぽど酒の進む二人であった。
「あれを飲むか」
真っ赤な酒をジュドーが指さす、とエヴァーリーンは一言
「高いわよ」
今日の依頼が無報酬だったことを暗に責めた。どこにそんな金があるのだと、短い言葉の中へ見事に言い含めていた。
「だが、今日は子供が助かったということで喜ばしいではないか」
飲もう、とジュドーはバーテンダーへ注文する。まったく、この前向きな気楽さは一体どこにあるのだろうとエヴァーリーンは呆れずにはいられない。
 人間なにをするにも先立つものがなければ暮らせない、しかしジュドーはなくなったらなくなったときに考えようということで金銭にはさほど頓着しない。財布の中を覗いてもなお、同じ言葉が吐けるのだから大したものだ。
 二人の目の前に、同じグラスが置かれた。乾杯をしようと一杯を掲げかけたジュドーに対し、エヴァーリーンはさっさと口をつける。まるで、決してジュドーのペースに乗るものかと言わんばかりの仕草であった。つんとすました猫にも似ている。一方、人馴れした仔犬のようなジュドーは遠慮なくエヴァーリーンの顔を覗き込む。
「どうした?なにをそんなに怒っているのだ」
「気分が悪いだけ」
「酔ったか?」
「まさか」
これまでに空けた量は二人にしてはまだ序の口、まだ夜は長い。近寄ってきたジュドーの頭を手の平で押しのける。
「知らなかったとはいえ、あんな教団に協力していたかと思うとどんな味だって濁るものよ」
それを言われると、ジュドーには返す言葉がなかった。

 冒険者として糧を得る人間は誰しも多かれ少なかれ、自分の腕に誇りを持っている。だが、エヴァーリーンのそれは少々過剰とも呼べなくはなかった。もしくは、潔癖と言うのだろうか。強大な力を持つものほどその一挙手一投足に慎重になるというが、象が歩むときに周囲の生き物へ注意をはらうように、エヴァーリーンの任務へ対する厳しいえり好みはそれだろうか。
 ジュドーは、自分の故郷にあった忌むべき風習を思い出した。
「人柱というのがあるのだ」
いきなりなにを言い出したのか、という目つきでエヴァーリーンがジュドーを見やった。
「神を祭る建物を造ったり、橋をかけるときに私の故郷では基礎の中へ少女を生きたまま埋めていた。思えばあれも、同じような主旨であったのだろうな」
「そう」
射抜くようなエヴァーリーンの視線であった。人柱の少女へ同情しているのではない、元々彼女はなににも心動かされないよう努めて感情を凍らせている部分があった。が、それでもこんな言葉が漏れた。
「他人の命をかけて神頼みだなんて、気が知れない」
知りたくもない、というところだろう。どのように相づちを打てばいいのか迷い、ジュドーは意味もなくつまみへ手を伸ばす。近くの森で取れるナッツを揚げた後香辛料をふりかけたもので、濃い味がうまいと評判なのだが今のジュドーには味がよくわからなかった。
「この仕事をしているとつくづく人間なんて、という気持ちにさせられるわ」
さっきは否定したがやっぱり酔っているのだろうか。普段は口数少ないエヴァーリーンの舌が滑らかである。
「欲しいものは人任せ。そのために自分がすることは、依頼書を書くことだけ。誰が死のうが生きようが、興味なんてない」
「エヴァ」
「もちろん中には切実な依頼だってある。たまには、ね」
依頼人の弁護をしようとしたジュドーに先手を打って、エヴァーリーンは釘を刺す。
「要するに私たちもあの神の子たちと変わらないのよ。どこへ願いを叶えに行くか、ただ生きているかどうかの違いしかない」
否定できなかった。事実、ジュドーもエヴァーリーンもこれまで冒険者という人間を同等扱いしない依頼主に何度も会ったことがある。稼ぎの種になる鉱山を探索に行く冒険者たちと、秋の収穫のために春畑を耕す農耕馬と、どこで違っているのだろう。
 エヴァーリーンは皮肉にも理解していた。あの教団が神の子に課していた任務とは結局、祭壇へ生贄の家畜を与えるのと同等だったのだと。そして動物ならばなぜか受け容れられるものを、なぜ人間だと憎んでしまうのかを考えていた。

 爪の横にわずかな傷跡の残る指を伸ばし、エヴァーリーンはナッツを一粒つまんだ。赤い酒にはこれよりもチーズのほうが合う、と思った。こうやって、みんないつもなにかを選別していた。
「私はどうでもいいのよ。誰がなにを欲しがろうとも、ね」
エヴァーリーンはプロフェッショナルである。プロフェッショナルは、他人の考えていることにいちいち興味を持ったりしないものだ。依頼された内容を完璧にこなし報酬を貰えれば、後はどうでも構わない。ただ働きはなにより嫌いだった。
 それなのに運命の糸は複雑に絡みつく。一本を引っ張ったはずなのに、別のところの琴線がなぜか音を奏でる。エヴァーリーンの心にうるさく触る。
「でも、お前は正しいことをしたのだぞ。あの教団を告発し、子供たちを救った。心が清々しくはならないか?」
「清々しくなるだけで財布が膨れれば、いくらだって感じるわ」
「エヴァ」
項垂れた様子で、ジュドーの声音は低くなった。彼女は常に人をよい角度から見ようとするので、しばしばギャップに落ち込んでしまうのだ。だが、その穴はいつだって浅く次の日になれば這い上がってきているのだけれど。
 ふと、エヴァーリーンは思った。そしてふっと笑った。
「どうした?」
つまらないことよ、と前置きをするエヴァーリーン。
「さっきの人柱の話、思い出したの」
「あれが、どうしたのだ?」
「あなただったら、埋められても自力で這い出してきそう」
頭の中に、全身泥だらけのもぐらのような顔をしたジュドーの様子が浮かび、それがあまりにもおかしくてエヴァーリーンはポーカーフェイスを崩さずにはいられなかったのだ。実に、似合っていた。
「どうしてこう、あなたって人は下らないのかしら」
「わ、私は下らなくなどないぞ!勝手な想像をしたのは、エヴァのほうだろう!」
いいえ下らないわとエヴァーリーンは証明づけるように、これまでジュドーからかけられてきた迷惑を指折り数え上げる。道に迷っておまけに地図までなくして、一週間の遭難をしたこともあった。たかが一飯の恩で四十人からの盗賊退治を引き受けたこともあった。所構わず動物を拾うので、その飼い主探しにいつもつき合わされる。
「一体、あなたがなにを基準に生きているのか一度頭を覗いてみたいものだわ」
極めつけが今回の仕事ね、と止めを刺された。

「そこまで、言わずとも・・・」
心弱い武士ならば無念、とばかりに懐をくつろげるところだったが幸いにジュドーはエヴァーリーンによって打たれ強くなっていた。詰め腹を切る代わりに、やけになってひたすら食べる。側を歩いていた店員の首根っこを捕まえ
「メニューの、ここからここまでを全部持ってきてくれ」
「は、はあ・・・」
この酒場の料理は量が多いことで有名なのですが、という注意を聞きもせずさらにビールも追加注文する。食べるならワインのほうがいいんじゃないの、というエヴァーリーンの忠告は意地のように無視をした。
「私は手伝わないわよ、無駄に食べて無駄に肉をつける気はないから」
酒を飲んでいるときは食べない主義である。エヴァーリーンはせいぜいサラダをつつくくらい。それはジュドーもよく知っていた。
「言われずとも、望むところだ」
それは料理を平らげることか、それとも肉をつけることか。
「ついでだから聞いておくけど、その食事代はどの財布から出るのかしら?」
つまり、無駄金はないという意味である。
「最後まで言うな!今日のこの代金は、私が持つ!」
「そう」
じゃあ遠慮なくとやたらに長くなった伝票をついとジュドーの手の中へ押し込むエヴァーリーン。受け取ったジュドーは自分のグラスの下にそれを挟み込もうとした、が、渡された紙が二枚あることに気づいて首を傾げた。
「・・・・・・?」
一枚は酒場の店員の文字。もう一枚は見慣れた流麗なエヴァーリーンの筆跡。読みやすい数字を書くのだが、酒場の代金とは桁が一つ違っている。
「お、おい!これはなんだ!」
「なんだって、請求書よ」
「なんの!」
「今日の仕事で使った鋼糸の代金」
さらりと言ってのけた。奉仕活動をしたつもりはない。目を丸くして魚のように口をぱくぱくさせているジュドーの前に注文していた最初の料理が運ばれてくる、香ばしい肉の香りを勧めながらエヴァーリーンは
「さ、遠慮なく食べなさい。今後しばらくは侘しい生活が待っているわよ」
端整なエヴァーリーンの微笑を、ジュドーを含めた一部の人間は悪魔の笑顔と呼んでいる。まったく、とんだ報酬を請求されたものだ。
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聖獣界ソーン
2005年11月15日

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