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『秋穂 』
ジェイド・グリーン5324)&高遠・弓弦(0322)&高遠・紗弓(0187)

 夕刻が、近い。
 秋も深まると、夏の名残も何処へ行くと言うのだろう、陽が落ちるのが早くなり……空はもう、穏やかな茜色に染まっている。
 穏やかな色合いが差し込む部屋、何故か今日は早く帰って来れたと言う人物の黒いシャツを横目に、ジェイド・グリーンは夕刊を読み始めた。
 テレビ欄は朝刊を見てれば解る事なので、夕刊特有の急ぎの記事や明日の天気、時事問題など、興味を引いたものをぽつぽつと。
 すると。
 黄金色の色彩と一緒に、とある記事が目に入った。

『石水原に秋の訪れ』

 その大きなゴシック文字につられるようにして、ジェイドは記事を読み進める。

「秋の訪れ、かあ……」

 自分の背よりも更に高いだろうススキの群れ。
 楽しそうに其処で話している団体客がとても印象に残って。
 どのように風にそよぎ、何処まで、ススキ野原が続くのか、見てみたいと思った。
 先日の芙蓉のお礼と言うと可笑しいのかも知れない、けれど。

 だから。
 思わず、口にしてしまっていたのだ。
 一番言ってはいけない人物に、それを。

「ねえ、姉御。石水原って電車で行ける?」
「うん? 石水原なら電車でなくて車だな……無論、観光バスと言う手段もあるだろうが」
 其れがどうかしたか?
 と、穏やかに言うのは「姉御」こと、高遠・紗弓。
 が、実際にはジェイドの方が年上で「姉御」と言われるのは紗弓本人にしてみたら望む呼び方ではないかもしれなかったが。
「車かあ……いや、あのね。弓弦ちゃんと一緒に見てこようか……」
 なあ、なんて。
 其処まで言えずにジェイドは息を呑んだ。
 目の前、いや、間近に熱を含んだ緋色がゆらゆらと揺れ――、今にも襲い掛かりそうな勢いにまで高められていたからだ。
 ……こう言う時に炎を出すのはどうかと思うが、これもまた、妹を案じる姉の心と言うものなのだろう。
「私も行く。異存、ないな?」
「ア、アリマセン……だから、それ、仕舞って」
「了解」
 そんなこんなで。
 学校から帰宅してくるだろう人物の帰りを待ちながら、近所にあるレンタルショップをタウンページで確認するジェイドと「油断も隙もありゃしない」、そう呟く紗弓が居て。

 帰宅してきた、弓弦が思わず知らず瞳を丸くしてしまったとしても、それは無理ない事かも知れなかった。




 そうして。
 夕食の準備中、ジェイドは野菜を洗いながら先ほど二人で話していたことを言ってみる事にした。

「今日の夕刊に出てたんだけどさ」
「はい。何か面白い事でも載ってたんですか?」
「面白いって言うか……石水原に秋が訪れたってあって」
 ちょっと行ってみたいと思ってるんだけど、どう?
 問い掛けると、おたまを持ったまま考え込む姿に「あれ?」とジェイドは小首を傾げる。
 先ほどの紗弓の反応と言い、どうも、良く知っている場所のような気がしてならないが、敢えて聞く事はせずに弓弦が発するだろう言葉を、待った。
 くつくつ、音を立て味噌汁の中の具が踊っている。
「……石水原……ススキを見に?」
「そ♪ 明後日は丁度国民の休日だし良かったら」
「……あの」
「?」
「車って、誰が出すんですか? あそこなら車で行った方が良いし、けど、姉さま車の免許は持ってませんし……」
「ええと、それはつまり、誰かが一緒に来るか、という事?」
「はい……」
 いきなり、こういう質問で申し訳ありません、と言いながら俯いてしまう弓弦。
 人見知りをしている訳ではないだろう。
 ただ、誰かを気遣っていると言うのは解り、ジェイドは、
「車なら、俺が出すよ。弓弦ちゃんが帰ってくる前に近所のレンタルショップも見つけといたし」
 と言い、笑顔を浮かべた。
 その笑顔に漸く、一心地ついたのか「……良かった」そう、言うと「じゃあ、その日は早起きですね」考えこんでいた顔からいつもの表情に戻った。
「でも石水原なんて久しぶりです……姉さまも滅多な事では行こうとしないし」
「え? 弓弦ちゃん、此処で育ったわけじゃないの?」
「五つまではあちらで育ちました」
「へえ……初めて聞いた。姉御もそう言う事言わないし」
 出来上がったお味噌汁を、お椀によそい盆の上に載せる。
 あら、と驚いたような声を出しながら弓弦はジェイドが洗っていた野菜を手早く刻んだ。
「姉さまの事ですから、言ったつもりもあるかも知れませんよ?」
「あ、そっか。必要事項以上あんまり喋んないもんなあ」
「ええ」
 器に盛り付け、サラダを作り終えると「もうじき出来上がりますから」と言い、サラダも盆の上へと載せ。
「了解。じゃあ向こうで姉御と待ってるよ」
 頷き、ジェイドは盆を持ちながら居間へと歩を進める。
 喩え楽しそうな番組でも、少し難しそうな顔をしてテレビを見ている人物に「夕飯」だと声をかけるべく。





 さわさわ、揺れる。
 稲穂より、まだ高い背の、秋の穂。
 一面に映える陽の色に照らされ、泳ぐ。




 出かけると決まってからの時間はあっという間に過ぎた。
 ロードマップを見、車を選んで、出かける準備も整った。今、正に乗り込もうとしているところでもある、なのに、なのにっ。

「ねえ、姉御。やっぱり姉御が助手席? 変更利かない?」
 ちょいとこればかりは変更をお願いしたいジェイドが、何度も「ねえねえ」と言いながら紗弓へと頼み込んでいる。
 が、頼まれてる方は、やれやれと大きく息をつき、
「……一つ良い事を教えてやる、耳を貸せ」
「?」
「助手席は事故の際、死亡率が一番高い」
 素直に従い耳を貸したジェイドに、そんな事を平然と言う。
「帰りはともかく、行きで不安な時に大事な妹を助手席に乗せられるか?」
「そ、それはそうだけど……じゃあ、帰りは大丈夫ってコト?」
「……運転次第だな、うん」
 静かに頷き、紗弓は助手席へと乗り込む。
 おっしゃあ!と握り拳を作るジェイド、まだ、乗り込んで良いか悩む弓弦の手を取り、
「帰りは二人の気分を味わおう!」
 と、元気良く叫び――、何故か丸められた新聞がジェイドの後頭部を直撃、した。





「…全く、姉御には情緒とかそう言うもんがさあ!」
 ぶちぶち、ぶちぶち。
 シートベルトを締め、然程辛く感じない速度で運転しながら傍らの人物へ叫ぶ。
 とは言えジェイドも本気で怒っているわけではない。
 が、だからと言って叫ばないで居られるかと言われたら、どうにもならない気持ちもあるもので……、そう言う考えを汲み取ってくれて居るのか、居ないのか、
「前見てでも喋れるだろう、居候」
 等と言う始末。
 車が風を切って走るかの如く、相手のあまりに涼しすぎる対応に軽く眉間に皺を寄せるも、直ぐ元に戻し、
「直線コースだし、前見なくても……」
 大丈夫大丈夫♪なんて言おうとすると後部座席から、柔らかな声。
 どうやら二人の会話を聞きながら左右を見ていたようで
「あ、ジェイドさん横から割り込みの車が…減速した方が」
「え? …ああ、本当だ」
「だから言っただろうが」
「むー……いいよ、いいよ、どーせ俺が………」
「男のめそめそはうっとうしいぞ…梅雨のようだな」
「…何か今日の姉御、妙に言葉が痛い……」
「気のせいだ。弓弦もあんまりきょろきょろすると酔うから気をつけて」
「はい。でも何だか嬉しくて、つい」
「弓弦ちゃんが良ければ何時だって……って、姉御。お願いだから怖い目でこっち見ないで」
「気のせいだ」
「うぅ……これぞ正しく天国と地獄…ッ!」
 ぼそりと呟き、前へと視線を定めた。
 同じ方向を目指す車が流れるように、前へ前へと抜けていく。
 時折見える緑と灰色のコントラストが、何処までも同じ場所を走ってるのではと錯覚させるが、電光掲示板を見る限り、少しずつ距離は縮まっているらしい。
(同じ風景ばかりだと、つい、錯覚しちゃうよな……)
 こうして、運転するのもどの位振りだろう。車で、と言われなければ運転しようと言う考えも起きなかっただろうから――数ヶ月と言う単位ではない筈だ。
 ミラーを覗くと似たような景色の中で弓弦が一点を見つめていた。
「何か、面白いもの見える?」
「え……? 特には……ただ、こちらの方向見てると海が見えた筈なんです、だから」
「なるほど……海か……時間あったら寄ってみる? 帰りにでも」
「いい案だが多分時間はないぞ。明日、弓弦は学校だし」
「ですね……また今度、ジェイドさんの都合の良い時にでも」
「や、だから俺はいつでも都合は……」
 いいんだけど、と言いそうになり、またも口をつぐむ。
 隣に居る人物の感情が肌に痛い。
 まるで、目に見える針で突付かれているような程に、リアルな痛みにジェイドは肩を竦め、
「あ、料金所だ…姉御、お金」
「……ああ、はい…って、何故に私が!?」
「だってー俺、今、両手ふさがり中だし?」
「………はいはい。全く……」
 最初、車に乗り込んでいたジェイドと同じようにぶつぶつ紗弓は呟くと、提示されている料金を渡し、そっぽを向いた。
 後部座席では二人を見る弓弦が、微かに笑顔を浮かべていた。





 そうこうしてる内に、車は海沿いの町を通り、かまぼこで有名な町を通り抜け、石水原へ向かう。
 坂の急斜面が激しい道路の中、ジェイドは隣の人物が驚くほどに上手に下り、カーブを曲がりきって見せた。
 ……時々、ではあるが自分と車の感覚が上手くつかめず車道の横にある溝へ嵌まり込んでしまう車もあるのだから。
 道を下る中、目に美しい紅葉が何処までも広がってゆく。

「…ススキの前に、紅葉までも見れましたね」
 色々得をした気分です、と微笑う弓弦に後ろを振り返り笑い返す。
「ああ、流石に山に近いとなると絶景だ」
 が、これは残念ながらジェイドが言った言葉ではなく。
「……姉御、お願いだから俺の台詞を取らないで……」
 途方にくれたジェイドが、紅、黄、色づく葉、落ちる風景をただ見ている。

 秋の色は、何処か豊穣のイメージがある。
 秋の稲穂の色と言い、紅葉の色合いと言い、全ては優しい黄金の色だ。
 一面に広がるススキの穂も、きっと、そうなのだろう。
 何処までも何処までも続く色合いが見えたような気がして、僅かに、速度をあげた。




 窓から見える、一面に広がるススキ。
 何処までも果てがないように見える柔らかな色合いに、皆が皆、合わせたように声をあげる。

「「「うわぁ………」」」

 見事なまでの色合い。
 一面に広がるそれは、さながら海のように穏やかな波を作り上げる。
 さわさわ、さわさわと風にそよぐ音さえも聞こえてきそうで「ど、何処に駐車すれば……!」等と言う思考も何処へやら、ただ、ただ、自然が作り上げた美しさに見惚れる。

 その思いは多分、一緒に乗っている二人も同じだったのだろう。
 声もなく、言葉を作り上げようとする考えもなく、ただ、見ていて。
 何時までもこうしてススキを見て運転したい気持ち、だけれど。
 そろそろ限界…もとい、車を停めなければならないところまで来ていて。

 十字路の曲がり角、名残を惜しむようにジェイドはハンドルを切ると、
「少し進めば駐車できる所、あるよね?」
 と、問い掛けた。
「ああ、確か……この近くに停められる場所があった筈……幼い頃の記憶でしかないけれど、変わって、なければ」
「……その記憶、無茶苦茶古いんですけど?」
「そんな事はない、10年以上前と言う事で数えられるじゃないか」
「……二桁以上前ってのが…いえ、行きます、行かせて頂きます、ハイ」
「そうしてくれ」
”停められる場所”を探すため、スピードを若干落とす。
 左右良く見つつ探すと、確かに何台か車が停められている場所があり、其処から楽しそうな声をあげ話してるだろう家族連れを見ることが出来た。
(ここで、大丈夫なようだから……)
 全ての車が、直ぐに出て行けるように前方駐車なのを見て、取ると、
「弓弦ちゃん、後方、見ておいてくれるかな」
「はい」
 もう少し後ろによってもいいみたいです、と言う言葉を聞きながらも真っ直ぐ、斜めに停まる事無く駐車出来てるのかを確認しつつ進み、車を停めた。
「おし、到着♪ さ、見に行こう見に行こう♪」
 そうして、車から降り、鍵をかけたかを確認すると三人はススキ野原へと歩き出した。
 穏やかな日差しが降り注ぎ、道は、その光を跳ね返すように暖かな熱を返す。

 まるで、自然で作られた部屋の中に居るような暖かさを作りながら。



 車が来ないか左右を確認し、野原へと足を踏みしめる。
 コンクリートではない柔らかな土と、草の感触とが合わさり人の足で均された歩きやすさを足へと伝え、高く、空を目指すように生えるススキが広がるその景色は車から見るよりも更に、大きく見えた。
「凄! 俺よか背が高いよ、このススキ」
「本当に。これじゃあ、皆でかくれんぼしても見つかりませんね」
「弓弦、その喩えは笑えない……」
「あ……す、すみません! わ、少し登れる場所もあるんですね……」
 と、弓弦が視線を動かした先には確かに「登れる」場所があった。
 しかし、あまりに急な段差でもあるのだろうか、登っていく人たちが決まって同じ場所で躓いており、踝まで覆い隠すようなスカートの弓弦が登れるかどうかを考えるとやめた方がいいような雰囲気もあった。
 紗弓へ問い掛けるような視線を向けると、やはり「却下」と言う視線を返され、
「そうだね。でも登らなくても見れてるんだから、ここでも充分じゃないかな?」
 と言うと、きょとんと瞳を丸くし、「それはそうなんですけど。宜しかったら姉さまとジェイドさんだけでも行かれてきたら……」等と言われてしまい、二人は心の中で頭を抱える。
 二人だけで見てどうしようと言うのか。
 いや、其処から見える風景とか言うべきこと話すことは沢山あるのかもしれない。
 けれど。
(それじゃあ、あんまり意味がないし)
 皆で見て周ろうよ……と言おうとし、ふとジェイドはある事に気付いた。
 これは、チャンスかもしれない。
「ねえ、姉御」
「ん?」
「弓弦ちゃんは俺が見てるからさ、ちょっと見てきたら?」
「な……」
「丁度、ほら! 俺、インスタントカメラ持って来てたし♪風景とか撮って来てくれると嬉しいなあって」
 ぱくぱく。
 口を金魚のように動かしながら二の句が継げなくなる紗弓と、そして。
「わあ、姉さまが写真撮って来てくれるなら思い出として残せますね♪」
 気付かぬうちに姉を追い詰める妹の発言が、面白い形で輪を描いた。
 きっと紗弓の心の中では、ある歌が流れていることだろう…丁度、ススキもあるし。
 がっくりと肩を落とし紗弓はジェイドからインスタントカメラを引っ手繰るようにして受け取り、
「…解った、行って来る。でも!」
「「??」」
「直ぐに戻ってくるから、其処から一歩たりとも動かないように!」
 ……無茶苦茶な注文を残しながら登っていった。
 ちなみに、皆が躓いた所でやはり、躓いていたりして。
 帰る時に、ぼそりと紗弓は呟いたと言う。
「あんな急激に低かった段差が大きな段差になるんじゃあ、コケるだろう」と。

 そうして、紗弓が居なくなり二人で「動かず」待つように言われた、ジェイドと弓弦はと言えば。

「動くなって言われちゃいましたね」
「此処はかくれんぼには不利だもんなあ」
 等と言う会話を交わしながら、笑いあい、ススキに触れたり手を伸ばしたりしていた。
 ススキの群生は触れているだけで、何処か不思議な懐かしさを感じさせる。
「やっぱ新聞で見るのとは違うよなあ……」
「はい。見るのと見ないのとじゃ違いますよね」
「うん……良かった、弓弦ちゃんと来れて。あ、勿論姉御とも」
「本当に…ええと、ジェイドさん少し屈んでもらえます?」
「何? 何かついてる?」
「いえ、そう言うわけじゃないんですけど……」
 何だろうと思いながら屈むジェイドと、手を伸ばし頬へと触れる弓弦と。
 僅かの間、指先が戸惑うように震えたのを感じたが、それらは直ぐに消え、暖かな温度が頬に、宿った。
 さわり、と揺れるススキの音と同時に、それは直ぐに離れてしまったけれど、確かな感触があって。
「連れて来てくれて、有り難うございます。また……」
「ちょ、ス、ストップ!!」
「え?」
「その先は、車の中からずっと言ってるけど俺も一緒。また、来よう。来年もさ、姉御も一緒に皆で」
 ね?
 首を軽く傾げると、見る見る内に笑顔へと変わり、
「はい!」
 と、腕へ嬉しそうに抱きつく。
「じゃ、俺もお返しを。姉御が帰って来ない内に」
 同じように頬へと触れ軽く口付ける。
 僅かに頬を染めた弓弦と、写真を撮り終えてきたのか紗弓が歩いてきたのはほぼ同時で。
 赤らんだ頬を隠すように弓弦は姉の元へと駆け出し、ジェイドも弓弦の後ろをゆっくり歩きながら、手を振った。

 返す波の如く、ススキが、優しく揺れている。





―End―
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
秋月 奏 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月11日

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