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『戦う!鍋日和 』
本郷・源1108

 ふわり、ふわり、くるり。 
 美しいというより美味しそうな茜色の夕陽をあびて戯れる双つ蝶々――
 レトロモダンな和装の童女は、本郷源(ほんごう みなと)と嬉璃である。
 かたやツヤツヤ濡羽色のおかっぱ頭、こなたサラサラ銀のミディアムショート。
 飛んでは躱し、引いては擦違い、軽やかに舞う彼女達のつぶらな瞳はきらきらと輝き、ふっくら柔らかな頬は上気して、愛らしいことこのうえない。もう洒落にならないくらい可愛い。めっぽう可愛い。
 惜しむらくは、あやかし荘の屋根の上というロケーションであろうか……チャンバラ真っ最中というのも減点ポイントかもしれない。
 ちなみに、得物は長ネギである。
 なんだネギか、と侮るなかれ。弘法筆を選ばずのたとえあり、超童女の熱き闘魂に触れなば蒟蒻とて金剛石と化す、まして長ネギをや。しかも上州特産のワザものときた。
 落日を背に源が跳ぶ。逆光に目を眇めつつ嬉璃が迎え撃つ。ぎゃりっ、と鋼の噛みあう音が――聞こえたらちょっとかっこいいところだが、あいにくネギなのでツンと目にくるばかりである。それでも二人はぱっと飛びしさり、屋根の端と端とで間合いをはかる。
「……いい加減考え直したらどうぢゃ、源よ」
「その台詞、そっくりお返しするぞ、嬉璃殿」
 双方真剣なおももちである。
 なにゆえこのような事態にあいなったかといえば――

「肉を奢ったならば断然元祖、関西風ぢゃ。焼かずして肉の美味なるを語るとは笑止千万!」
「なんの、関東風はアレンジの妙ぞ。レア気味にさっと割下で煮てみよ、こたえられぬわ!」

 ――であった。
 いみじくも上記の会話が物語るがごとく、原因は鋤焼の調理法なのである。
 夏の暑さに疲れた体と、秋風がたち冬へと移ろうもの寂しさに惹かれた心が鍋を求める。身も心もほっこり癒してくれる鍋物への愛着、それはDNAに刻まれた日本人の性といえよう。
 嬉璃のもとに、応募したのも忘れていたクイズ番組の賞品・鍋野菜徳入セットが届いたのはそんな昼下がりであった。なんぢゃ野菜ばっかり、と受け取った大箱を前にぼやいていたところへ、源が商店街の福引で特選極上和牛を当てたと飛び込んできたのだ。
「ならば鋤焼ぢゃ!」
「おう!!」
 日が落ちるまで待っておれる二人ではない。ちょうど小腹も空いている。たちまち準備万端整えて、ぬる燗で燗上がりするとっておきを差しつ差されつ、いざ――となっての、この始末である。はじめは互いににこやかに窘めるなんぞしていたものの、昼間から一杯入ったせいもあり、また間の悪いことにつけっぱなしのテレビで時代劇の再放送をやっていたからたまらない。
「この上は刀にかけても!」
「のぞむところよ!」
 かくてネギ剣豪誕生す、というわけだ。後はエキサイトするままに薔薇の間から廊下へ中庭へ、果ては屋根の上での大立ち回り。
 ま、熱くなるのも無理からぬ、なにしろ事は鋤焼だ。
 スキヤキ。それは日本が世界に誇るスペシャルメニュー。
 基本的に家計に優しい鍋一族の異色にしてスター。和食代表としてともに人口に膾炙している寿司、天麩羅と並べてもっとも歴史が浅いにもかかわらず、「日本発」たるを表現すべくメガヒットポップスのタイトルに冠せられたくらいスペシャルな逸品。
 それだけに、関東と関西とでは手順の異なるこの鍋は、ことに主役たる肉の扱いにおいてしばしば波乱を招く。同様に「荒れる」ものに鰻の蒲焼があるが、こちらは職人の腕が要るぶん折合いもつけやすい。けれどもご家庭でできてしまう贅沢、鋤焼はそうはいかないのだ。
「おんしもわからぬ奴ぢゃ。考えてもみよ、焼き、とつくからには焼くが筋ではないか。煮てなんとする!」
「んなこと言ったら豆腐だって腐っとらんわい。元がなんであれ今は鍋物なんじゃから煮て当然じゃろが!」
 鋭い刃風ならぬネギ風をかわすや間髪入れず踏み込んで、源が言い放つ。
「『その是を食ふや、まず両頬を押さえずんば恐らくは、本牧の方へ向つて飛び去らん』と古人も大絶賛じゃぞ!?」
 祖父の受売り丸覚えなのだが、嬉璃はほう、という顔をした。
「よう知っておったな源。したがそれは宣伝半分ぢゃ、丸々信じるでない。確かに皆々旨いと感激しておったが」
「その場にいたようなことを言うではないか」
「その場におったからのう」
 さらりと返され、今度は源が感心する番だった。
「今とくらぶればサシと呼べるほどのものもなく硬うて大味であったが……あの頃はわしも初体験ゆえ、甘辛い汁に溶け出した牛の旨味がなんともはや……うむむ、匂いまで思い出されるわ」
「よだれが出ておるぞ嬉璃殿。じゃが……わしもなんだか匂うてきたような」
 がっきとネギを交えた二人はまじまじと顔を見あわせ――そのままずるずると崩れ落ちた。
「は、腹ぺこで目が回るのじゃ……」
「幻臭とは危険な徴候ぢゃて……」
 秋の日は釣瓶落し、あたりははや宵闇につつまれ肌寒く、酒は抜け空腹は本格的、ネギのふりまく硫化アリルの鎮静効果も手伝って、さすがの超童女達も我に返ったようである。小さなくしゃみを合図に、どちらともなくいったん戻ろうという話になった。
 だが運命は日頃の御愛顧にお応えすべく手ぐすねひいて待っていた。
 ふらふらへろへろで薔薇の間にご帰還の二人が目にしたものは――

「あ゛ーーーー!!」
「肉が……わしらの鋤焼が……!」

 ――であった。
 特選極上和牛500gが鎮座していた皿は、ものの見事にからっぽ。
 野菜、焼豆腐、しらたき諸々影も形もなく、汁一滴残っていない鍋は、誰がどう見ても使用済み。酒だってきれいさっぱり飲み干されている。卓上コンロとテレビのスイッチをきちんと切ってある配慮がいっそ小憎らしい。
 すわ賊かと色めきたつ源に、嬉璃が畳から拾い上げた紙きれをよこした。
「わしとしたことが、してやられたわ……!」
 名刺半分ほどのそれには、読み取れただけでも「ごちそうさま」「ごめんなさい」「最高でした」「うまい!」「またお願いします」等々、数多の筆跡で裏表にみっちりしたためられている。サインのつもりか、一面になすりつけられた小さな手形がちょいと無気味だ。
「こ、これは?」
「この所業、そのお礼状、まさしく70人の小人さんの仕業ぢゃ」
「ゼロが一個多くないか」
 嬉璃によれば、あやかし荘のどこやらに棲まうなにやらであるらしい。
「なにやら、とはなんじゃ」
「知らぬ。わしとて直に見たことはないでの」
 小人さん達は御馳走に目がなく、うっかり席を外そうものならありがたく頂戴してしまうのだそうな。
「なんでそんな大事を黙っておったのじゃ、嬉璃殿!」
「旨い物を前に中座したことなどなかったから失念しとったのぢゃ!」
 悲痛な叫びに腹の音が追い打ちをかける。源はよろよろと台所へ向かい、嬉璃はがっくりと膝をついた。徳入大箱にまだ野菜が、手には名刀ネギがあるとはいえ、肉なくしてはすべてがむなしい。
「ところで、小人さんは東西どちらで食したのじゃろ?」
「もうこの際どこ風でもよいわ……」
「おぅや、ずいぶん弱気ではないか嬉璃殿」
 含みのある口調を聞き咎め、顔を上げた嬉璃の目が真ん丸になった。
「み、源、その包みは」
「放置さえせねば悪さはせぬようじゃな」
 実は1kg当てたのじゃ、と源がにんまり笑う。
「てんこ盛りでは見場がよくないゆえ、半分冷蔵庫に入れといたのじゃ」
「でかした、源!」
 商売人たる者りすく・まねーじめんとは欠かせぬのう、と鼻高々の本郷源さん(6)にこのとき後光がさして見えました、とは某座敷わらしさん(999)後日の弁である。
 さて、源は包みをうやうやしく卓袱台に置いた。そして嬉璃を見やる。
 嬉璃もすっくと立ち上がり、源を見た。
 懲りない二人に余計なお喋りは要らない。
 戦いのゴングは腹の虫、第二ラウンドは速攻勝負だ。
「最っ初は!」
「グーー!!」


〈了〉
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はじめまして、三芭ロウです。
作中で食べさせてあげられなくて申し訳ありません。
源嬢にあやかって、一度でいいから極上肉を当ててみたい今日この頃です。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月10日

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