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『【Lament Nocturne 〜 allegro moderato 〜】 』
桐生・暁4782)&梶原冬弥(NPC2112)



■□■

 こんなにもあっけなく人の命が消えてしまうなんて、思ってもみなかった。
 つい先刻まで微笑んでいた人が、今ではもう二度と動くことはない。
 ほんの数日前に会話をした人が、今ではもう二度と動くことはない。
 あんなにも温かかった彼女の体温は、冷たく凍ってしまっていた。

 「本当に、この度は・・・お悔やみ申し上げます。」

 なんて冷たい言葉なんだろうか。
 こんなに形式ばっていて・・・マニュアルどおりの言葉。
 激しい怒りが全身を駆け巡る。
 言葉にならない怒り、憤り。
 全て・・押し込める。
 そして湧き上がる新たな感情。
 それは“復讐”と言う名の、残酷で甘い感情。


 『こんなにもあっけなく人の命が消えてしまうなんて、思ってもみなかったんだ』
 『あの時も、今だって・・・』



  【儚いから美しく、壊れてしまいそうに繊細だから触れられない】
  【それなのにどうして人は触れてしまうのだろうか・・・】


   【壊れると、解っているのに・・・。】


□■□

 開け放たれた扉。
 中は紙が散乱して真っ白に染まっていた。
 そして・・・その中央に倒れている一人の人物・・・。
 周りの紙を真っ赤に染め上げて、その胸に深々とナイフを刺した・・・。
 「おい・・・これは物語なのか・・・?」
 「違うよ、冬弥ちゃん。まだ“物語の時間”は始まってない。」
 暁はつかつかとその人物に歩み寄ると、首筋に掌をあてた。
 金の腕時計が、無常にも刻々と時を刻んでゆく・・・。

 それは物語り以外の時間。
 お話ではなく現実。
 だから時は止る事を知らずに過ぎてゆく。
 現実は常に流れているから。
 機械的な秒針の音とともに・・・。


■□■

 「とにかく、おい、こっちに来い!」
 冬弥はそう言うと、座り込んでいるメイドの腕をつかんだ。
 冬弥とメイドの姿が視界から消える。
 つまり、向こうからもこちらは見えない。
 「どうしたんです!?」
 ドタドタと数人が走ってくる音がして、それに冬弥が答える。
 「人が死んでる。あの、金の腕時計をした・・・。」
 
  ドクン

 なぜだか胸が高鳴る。
 暁は目の前で倒れている人をまじまじと見詰めた。
 胸に深々とナイフを突き刺し、仰向けに寝転がる男性。
 その瞳は閉じられている。
 そして、もう二度と開くことはないだろう。
 カサカサと暁の足元では紙が微かな音を立ててこすれあっている。
 よく見れば真っ白だと思っていた紙は、何かの文字が書かれていた。
 裏返しになっていたから遠目には真っ白だと思っていただけで、紙の裏には何行も文字が書かれているではないか・・・。
 暁はその内の一枚を拾った。
 裏返してみる。


 「ここは名前を持たぬ者達の住処。彼女と彼女は同じようで異なるもの。彼と彼もまた、同なるようで異なるもの。さぁ、今宵より行われし悲劇の物語を・・・貴方様方は断ち切れますかな?」
 (瞳を細める)


 これは・・・。
 暁の脳裏に蘇る、真新しい記憶。
 あの時からすでに物語は始まっていたのだ。
 右隅には“3”の文字。
 と言う事は、1や2もあるのだろうか・・・?
 がさがさと、真っ白な紙を掻き分ける。
 まずは2の紙を先に見つける。


 「さぁ、こちらへどうぞ。」
 (クルーザーへと乗り込む)
 「私達が向かう島はあちらです。」
 (島を指差す)
 「あの建物が私達がこれよりゲームを行う場所です。」
 「・・・アンティークハウス。」
 (ポツリと呟く)
 「建物自体に特別な名前がついているわけではないんですが、アンティークの小物が沢山置いてあるので、僕達はそう呼んでいるんですよ。」
 「あの島には私と彼を含め、6人の人物がいます。」


 あのクルーザーでの会話も、全ては物語の中の話だったのだ。
 それでは1は?
 暁は更に紙を掻き分けた。
 幾重にも重なった真っ白な紙・・・。
 ・・見つけた。
 暁はそれを引っ張り出した。


 「いいえ、この船では島の近くまでしか行きません。」
 (疑問を投げかけられる。貴方は?)
 「私はキャストの一人です。」
 (その言葉に何か質問をされる。)
 「はい。詳しくは乗船後に・・・」


 そんな所から・・・。
 暁は唖然とした。
 思わず口元を手で押さえる。
 すでにあの時から物語は始まっていたのだ。
 ゆっくりと、音もなく・・・。
 ザワリ
 それは一種の恐怖だった。
 いつの間にか始まっていた物語。
 今までキャストから聞かされていた言葉は全て台詞だった。
 それならば、キャストが言った言葉全てが台詞だったなら・・・。
 「暁?」
 ふいに名前を呼ぶ声がして、暁の思考回路は途絶えた。
 ぐちゃぐちゃに絡まった糸が頭の中の中央にデンと座っている。
 そして、それを解く術を暁はまだ持っていなかった。


□■□

 「なにやってんだ暁?」
 「いや、ちょっと色々考え事を・・。」
 「お前よくそんな場所で考え込めるな。」
 冬弥はそう言うと、呆れたようにため息をついた。
 その視線は倒れている初老の男性・・・を捕らえている。
 確かに、考え事をする場所にしては少々適切ではない。
 「ほらいつまでそこにいるんだ。とりあえずこっちに来い。」
 冬弥が暁の腕を掴む。
 ほんの少しだけまじまじと彼の顔を見つめた後で、ジーパンのポケットから真っ白なハンカチを取り出してその顔にそっとかぶせた。
 「冬弥ちゃん、ハンカチなんて持ってたんだ?」
 「・・・馬鹿にしてます?」
 「いや、ちょっと意外だったから驚いただけ。」
 暁は軽く首を振った。
 「それにしても、まさか本当に人が殺されるとはな・・・。」
 「それで冬弥ちゃん、他の人達は?」
 「一応一箇所に集めておいたけど・・。」
 「そっか、それじゃぁ皆に今までの時間の話を・・・」
 「きかなくても、すでに俺が聞いておいたからな?」
 冬弥はそう言って暁の肩をつかむと、手に持った白い紙を差し出した。
 そこには冬弥独特の文字でいろいろと書かれている。
 けれどその全ては曖昧で、一人で部屋にいたと言う答えが圧倒的に多かった。
 「でも、なんで彼女はこの部屋の前にいたの?」
 「それが・・なんて言うか、あんまり言いたがってないというか・・・。」
 冬弥が言葉を濁す。
 必ずしも捜査に協力的というわけではないのか。
 まぁ、それはそうだろう。
 これは物語り以外の時間。つまりは、本物の現実なのだから・・。
 「俺達は余所者だからね。」
 「あ?」
 暁の呟きに、冬弥が眉根を寄せる。
 「こんなに大掛かりな仕掛け、結構前から企画してないと駄目でしょ?つまり・・・。」
 「新参者は俺らだけって事か。そりゃ、疑いたくもなるわな。」
 そう言って肩をすくめる。
 「それでどーするんですか?探偵さん。」
 「こうなると・・・って、はぁ?」
 冬弥が目の前で微笑んでいる。
 その微笑みは、意地悪い。
 「探偵って何だよ・・・。」
 「この事件、解決する気満々なんだろ?」
 「別に俺は・・・」
 「お前は目の前で人が殺されて、平然としていられるようなやつじゃないだろう?」
 そう言って、ふっと冬弥の顔が真顔になる。
 「・・・っ。」
 言いかけた言葉を、暁は咄嗟に飲み込んだ。
 今までならすぐに出てきた言葉。それなのに、今は外に出るのを拒むかのように再び暁の体内に取り込まれた。
 「・・・とにかく、このゲームは中止でしょ?」
 「あぁ。なんか、無線があるらしくってそれで本部に問い合わせてみるって。」
 「へ〜って、無線!?」
 「あぁ。それしかないらしいぞ。外と連絡を取るのは。」
 「不便だね。」
 「まぁな。」
 冬弥はコクリと頷くと、先にたって歩き始めた。
 その背をしばし見つめた後で、暁は先ほど飲み込んだ言葉をそっと開いてみた。
 『俺はそんなやつだよ。買いかぶりすぎだよ、冬弥ちゃん。』
 目の前で人が殺されて、平然と・・・。
 それが真実の言葉なのか、暁の必死の抵抗なのかはわからなかった。
 ただ、どうして咄嗟に冬弥に言えなかったのか、前は言えていたのに・・・。
 そんな思いがぐるぐると同じところを回っていた。


■□■

 大きなホールの中央で、キャスト達はみな一様に暗い顔で集まっていた。
 ドヨンと暗く不快な空気がホールの中央で渦巻いている。
 「・・・やっぱ、人が殺されちゃうとこーなっちゃうよね。」
 「あぁ。それもそうなんだろうけど、なんだかちょっと違うような・・・。」
 「え?」
 「なんて言うか、もっとこー鬼気迫るものが・・・。」
 冬弥の言葉に、暁はホールに集まっている面々を見つめた。
 その顔は緊張で強張っている。
 人が殺されてしまったから・・・と言うわけではなさそうだ。
 それなら、いったい何があったのだろうか?
 「おい?無線はどうだったんだよ?」
 「それが・・・」
 「どうした?」
 「ないんです。無線が。」
 「・・・は?」
 「置いてあった場所に、ないんです。」
 「ないって、いったい・・。」
 「誰かに持ち去られたみたいなんですよ。」
 1人がそう言うと、立ち上がった。
 大きな窓に近づき、窓ガラスをすっと撫ぜる。
 「ここには、もしもの時のためにボートが一台あるんです。地下に・・・でも、それを知っているのは・・・。」
 「私達は、地下への入り口を知りません。」
 きっぱりとそう言うと、目を伏せた。
 つまり、ボートが見つからない限りはここから出られないのだ。
 周囲は海。
 一番近くの島だって、水平線に接している。
 泳いでいくのは無理だ。
 「それに、ボートが見つかったところで無理ですよ。今夜は。」
 「・・・嵐になる・・・。」
 そう言うと、窓の外を見つめた。
 暗く低い空。
 空がぐずっている。今にも泣き喚きそうに・・・。
 「明後日になれば、本部から迎えがやってきます。帰って来る時間は物語の時間で、正確に決められていますから。」
 それを聞いていた一人がはっとした顔をしてこちらを見つめる。
 「なんだ?」
 「そうよ!物語の時間で決められている事・・・定期連絡!」
 その場にいた全員がはっとした表情をして顔を見合わせる。
 「そうだ、定期連絡が入らなければ不審に思った本部がきっと来てくれる・・・。」
 そう言ったのは蝶ネクタイにチョッキを着た、紳士と言った風貌の男性だ。
 この人の声を始めて聞く・・・。
 「定期連絡は無線でとってるんですか?」
 「はい。ですから、無線が入らなければ、不審に思った本部の方が来てくれるはずです。」
 「そうか。」
 「嵐は今夜中には去るもんね。」
 「・・そうなのか?」
 暁の言葉に冬弥が小首をかしげる。
 「空を見れば大体分かるっしょ?」
 「いや、俺はあんまり空は見ねぇから・・・。」
 「まったく。たまには夜空を見上げて・・」
 「夜はどこぞのクソガキの面倒で忙しいんだよ。」
 苦々しくはき捨てる冬弥。
 あぁ、やっぱり・・・。
 暁も思わず苦笑してしまう。
 「それじゃぁ、嵐が来るんだったらあの窓閉めなきゃな。」
 「あの窓?」
 冬弥が少々驚いたような顔をして、ちょんちょんと廊下のほうを指差す。
 「あの部屋。窓が開いてただろうが。」
 「・・・え・・?」
 「お前、見なかったのか?」
 暁は走り出した。
 その後を冬弥が追う。
 真っ白な紙の部屋。
 その中央にある窓はほんの少しだけ開いていた。
 そこから嵐のにおいを含んだ風が入ってくる。
 窓に近寄る。
 ぬかるんだ地面には、足跡が転々とついていた。
 そしてそれは・・・向かいの森の中に入って行き・・・。
 「犯人は・・・」
 「いや、行っても無駄だよ冬弥ちゃん。相当時間がたってるし、そもそも、ほら、見て。」
 暁がすぐ真下の地面を指差す。
 ぬかるんだ地面に大きくついた足跡。
 「ここしかぬかるんでないんだ。おそらく、水か何かでもまいたんだろうね。」
 その指先は、すぐ隣の植木に移動する。
 「森の中ではきっと足跡は途絶えてる。」
 「・・・そうだな。」
 「犯人は、どうしてわざわざ外に出た?入ったのは中から。それは間違いないでしょう?足跡は帰りのものしかないし、第一部屋は汚れていない。」
 「まぁな。」
 「つまりは、最初から逃げる時は外へと決まっていた・・・って事なのか?」
 それにしては何かが引っかかる気がする。
 ぺたんと、まるで足型のスタンプでも押したかのように転々と森へ向かっている足跡。
 ・・なんだ・・・?
 「どうして犯人はわざわざ外に行ったんだ・・?」
 「さぁな。」
 そして・・・。
 暁はふっと視線を落とした。
 床に散らばった無数の紙。
 「どうして犯人はわざわざ紙を床に巻き散らかしたんだ?」
 ふっと、窓から風が入って来て紙を撫ぜる。
 暁は窓を閉めると、視線を宙に彷徨わせた。
 「ま、どうせ明日には迎えが来るっしょ。」
 「確かにな。」


□■□

 『こちら実行本部、アンティーク、アンティーク応答せよ。』
 「こちらアンティーク。すみません、少々物語の時間に狂いが生じました。」
 『それは立て直せるほどの狂いなのか?』
 「はい、大丈夫です。連絡が遅れて申し訳ありません。」
 『物語の進行状況は順調なのか?』
 「ええ。順調です。予定通り一人目が・・・」
 『了解した。物語は順調に進み、何も異常はなし。嵐のほうは大丈夫か?』
 「大丈夫です。」
 『それではまた明日も定期連絡を頼んだ。』
 「明日こそは遅れずに・・・。」
 『了解した。』

   プツン

 無線が途切れる。

 ふっと、微笑む。
 それは夜の闇の中で怪しく浮かび上がる。
 窓がカタカタと小さな音を立てる。
 雨粒が激しく窓にあたる音が聞こえる。
 外は嵐だ。
 嵐特有の音が部屋の中のさまざまな音を細かく撒き散らしてゆく。
 木が軋む音や、夜の静寂の音を、全て、全て・・・。
 立ち上がり、本棚に近づく。
 すっとそれをなぞり・・・音もなく本棚がスライドする。
 そこから現れたのは地下への階段だった。
 壁にかかったランプを手に取り、その横にちょこんと置いてあるマッチをとる。

    シュ

 壁に橙色の炎が映り、揺らめく。
 ひんやりと冷たい石の怪談を降りる。

   ピチャン

 水滴が上から落ちてきて、階段の上で砕ける。
 その音を聞きながら、下へと降りてゆく。

  コツ コツ コツ

 着いた先は小さな小部屋だった。
 左手の方面には扉が見える。
 その先にはボートが繋がれてある事を、知っていた。
 小部屋の中央にある机に近づく。
 カタリと、重い音を響かせて、引き出しを開ける。
 中から一枚の紙を取り出し・・・。
 ・・・それは、新聞記事だった。
 日付は今から10年も前の・・・。
 記事の中央には写真が載っていた。
 ニコニコと、笑顔で・・・

 その上を何度も撫ぜる。
 何度も何度も。
 涙が・・・あふれる。
 写真が滲む。

 「・・・っ。」

 その名前を口にした瞬間に、涙はこぼれた。
 次から次へと、ポロポロと。

    ピチャン

 水滴が落ちてくる。
 石の部屋の上に、水滴が・・・。
 それは優しく部屋全体を包み込む。
 冷たい、愛情・・・。



  【もしも時を元に戻せるなら、あの頃に還りたい】
  【もしもあの頃に戻れるのだったら、もしも・・・】
 

   【ソレを言っても空しいだけだと、解っているのに・・・。】




    〈To be continued・・・〉

PCシチュエーションノベル(シングル) -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月09日

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