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『掃除の達人 』
綾和泉・汐耶1449)&紅月・双葉(3747)

 それは一本の電話から始まった。



「……んっ? ……ああお前か、別にいいぞ…………んん……なるほどな。それならちょうど、適役が今来てる。その条件でなら文句ないだろ……ああ、すぐそっちまで向かわせるよ……」
――ガチャンッ……
 いつも通りに荒っぽく受話器を電話の上へ叩き置くと、草間・武彦(くさま・たけひこ)は所内の応接で茶を飲む黒尽くめの男に言った。
「紅月、お前今日は確か一日、暇してるとかって言っていたよな?」
「……ええ。ですからなにかあるのならと、こちらにお邪魔しているのですけど?」
 男が頷くとニヤリと笑い、武彦はメモへペンを走らせる。
「……それはいい」
 つぶやいて立ち上がると、武彦は男にメモを手渡す。そこにはマンション名と部屋番号、そしてある単語が記されていた。
「仕事だよ、お前さんピッタリの……支度してすぐそこに向かってくれ」





 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)の住むマンションは広い洋間作りの4LDK。そのうちの一つを書庫へと変えて、彼女はいわく付きの本を納めていた。
 付喪神や魔物の宿る書物や『なんらかの力』を封じた書物。諸々の不思議を持つ本達が、そこには所狭しと置かれている。
「さて、今年もそろそろこの部屋を、片付ける季節がやってきたわね……」
 掃除用のシンプルな服に着替え一度取った伊達眼鏡をかけなおす。『助っ人』が着くまでにはまだ少し時間的余裕があるだろうから、せめていつもうるさい連中だけは先に片付けようと書棚に向かう。
『なんだ汐耶、もうそんな季節なのか?』
『早いのぉ、一年など一瞬じゃ……』
『わずらわしい……片付けなぞ不要ぞえ』
 騒がしい本達の『声』を無視し、汐耶は『彼ら』を棚から床へと下ろす。
『いつもながら乱暴な扱いだのぉ……』
『年寄りはいたわって欲しいものじゃ』
『ほんにそなたは優しさに欠けておる。わらわ達の心なぞかまいもせぬ……』
『冷たい子じゃ』
『のお……』
『ほんにほんに』
 カチンと来るものの反論すれば、『彼ら』はなお面白がり騒ぎ出す。相手にしない事が一番だと汐耶は無言でまた別の本をつかむ。
――ピーンポーン……
 と、ちょうどその時、来客を告げるベルの音がした。
『なんじゃなんじゃ……』
『誰ぞ来客かえ?』
 耳もないのに耳聡い連中が、興味深げに汐耶に尋ねかける。退屈さに飽いているのであろう。『彼ら』の声は心なしか弾んでいた。
「……もう? いえ、さすがにそれはないわよね……」
 壁に掛けた時計の針を見上げて、汐耶は訝しげな顔でつぶやく。『依頼』の電話からはまだ十五分、到着にはあまりにも早過ぎる。
「誰かしら?」
 まぶたをしばたきながら、汐耶は玄関へ向かっていった。



「あの……紅月さん…………ですよねぇ?」
 瞳に疑念と困惑の色を浮かべ、汐耶は黒衣の男に問いかけた。玄関の扉を掴む右手に、我知らずわずかに力がこもる。
「ええ。草間さんの紹介で、こちらのお手伝いに伺いました」
 会釈をして答える男にほっと微かな安堵感を感じながら、汐耶は再度彼の全身を見た。
 漆黒の長衣に白い手袋、肩にはたすき掛けで負われた箒。右手にはびっしりボトルを詰めた青い大きなバケツの柄がぶら下がり、左手の手提げからは雑巾と、ハタキやモップらしき物が見える。おまけに顔を半ば隠すマスクと、髪の毛を覆い包む三角巾。
 正直神父服を着ていなければ、十分立派な不審人物である。いや、あるいはその服装こそが、不審さに輪をかけているとも言える。
「……あの、掃除するの書庫だけだって伝えたの聞いてはいませんでした?」
「いえ、草間さんから聞いていますよ。だからこそ準備も少なめでしょう?」
「……あ…………そうね……そうかしら…………」
 どこから見ても大げさ過ぎじゃないかと汐耶は内心で思いはしたが、まあ別に手伝ってくれるのなら、そのくらい気にする事ないだろう。
「あっ、どうぞ……」
 扉を大きく開き、軽く身体をひねり中へと招く。だが男は困ったように微笑して、入り口の向こうに佇んでいた。
「…………紅月さん?」
「すみません……もう少し離れていただけますか?」
「…………あぁ、そっか。ごめんなさいね……」
 一瞬なんの事かと考えて、すぐ汐耶は『そのこと』を思い出した。大きく数歩廊下を後ずさると「このくらい?」と男に向かい問いかける。
「ええ、それだけあれば…………すみません。これはどうにもならなくて……」
「いえ、いいの。私こそごめんなさい……以前聞いてたのに忘れていたわ。紅月さん、『女性』は駄目でしたっけ……」
 そう、彼、紅月・双葉(こうづき・ふたば)は女性全般を苦手とする人だった。しかも女性らしさや色気ではなく、『女という存在』が駄目らしい。なにしろこれだけ『らしくない』汐耶さえ、彼にとっては『苦手な存在』なのだ。『女性的』かどうかよりも性別が『女』である事が駄目なのだろう。
 ともあれ汐耶が離れた為彼は、ようやく玄関の中へ入ってきた。靴を脱ぎ上着から袖を抜くと、双葉は手提げからエプロンを出し着けた。
「それで、書庫はどちらのお部屋ですか?」
「ああ、この部屋です」
 短く答え、汐耶は部屋の扉に手をかけた。そして上着をたたもうとする双葉に、壁際のコート掛けを指し示す。
「お借りします」
 上着を吊るすと彼は、本格的な『支度』へと取り掛かった。手提げからエプロンのポケットへと、次々と中身を移動していく。綿雑巾、モップ、綿棒、端切れ、ガムテープ、カッター、ペンチ、ライトと、いかにもな物から謎の物まで、次々と双葉は『装備』していく。
「………………」
 驚きに言葉をなくす汐耶の前で、着々と『準備』は整ってゆく。手袋を嵌め変え箒を持つと、双葉はスッと顔を上げ微笑んだ。
「それでは取り掛からせていただきます……汐耶さんはどうぞそちらの部屋で、くつろいでお待ちになってください」



 リビングのソファーに腰掛けながら、汐耶はぼんやりとテレビを見つめていた。
 掃除が始まって一時間半、書庫として使っている部屋からは、未だ微かな物音が聞こえている。
「……困ったなあ」
 呟いて、汐耶はゆっくり入り口を振り返る。ガラス戸越しに見える廊下の向こう、書庫の扉は半開きに開いていた。
「くつろいで、なんて言われてもねぇ……」
 元々汐耶は自分も書庫の掃除を手伝う気で『助っ人』を頼んだのだ。なのにすべて双葉に任せて一人、のんびりとくつろぐだなんて事は、彼女の育ちや性格からしても絶対にできない注文だった。
(まあ女の私が一緒よりか、一人の方が落ち着くのはわかるけど……)

『すみませんがあなたが一緒にいては、片付けに集中できないんです……』
 気が散るから他の部屋にいてくれと、やんわりと双葉は汐耶に言った。この程度の部屋なら自分一人で十分に片付けできるからとも。
 その言葉に促されて仕方なく、汐耶はリビングへ移ったのだが、人を働かせて自分が休むのはやっぱりどうにも性分に合わなかった。
(要は一緒にいなかったらいいのよね。お茶入れて、休憩してもらっとこ……その間私が動く分には、紅月さんも文句はないでしょう……)
 熱い湯を沸かして珈琲を淹れ、焼き菓子と一緒にトレイに載せる。確か以前下戸だと言っていたから、甘い物は苦手ではないだろう。
――コンコンコン……
 軽く扉を叩き、隙間からおもむろに中を覗く。そう言えば随分と静かだなと、心の隅を軽い疑問がよぎる。
 双葉が来る直前まで騒いでた、この部屋の『住人』でもある『彼ら』。いつもなら誰彼構いもせずに――そうそれこそ初めてこのうちに来た客人であろうとお構いなしに――部屋に入るやいなや言葉をかけて、性質の悪い悪戯をするのだが……。
「紅月さん……」
 名前を呼んで、部屋の中をぐるりと視線で探す。なんだか妙な違和感と既視感が、ほとんど同時に胸の奥を過ぎてゆく。
「…………?」
 もう一度ぐるりと目を走らせて、汐耶は「あっ……!」と小さく息を飲んだ。
「これ……なんで? なにかの特殊能力? まるでこれじゃ新品同然じゃない……」
 八畳の洋間にいくつも並ぶ高さ二メートルの大きな書棚。そのすべてが購入当初と同じ、品の良い色と艶に戻っていた。
「あの……どうかしましたか?」
 本棚をいくつか挟んだ奥から声がする。その声で平静さを取り戻し、汐耶は「いえ……」とかぶりを振って答えた。
「あの……少し休憩されませんか? リビングに珈琲入れましたから……私、あとの作業代わりますよ。あとはそれ、棚に戻すだけでしょう?」
 声を頼りに居る場所にあたりをつけ、汐耶はそこへ遠くから回りこむ。まっすぐに並んだ書棚の列の突き当たりで本をしまう双葉に、にっこりと汐耶は微笑みかけた。
「……すみません。じゃあ後はお願いして、ちょっと一服させていただきますね」
 なぜか少し残念そうな表情で、双葉は汐耶の提案に頷いた。床に並ぶボトルをバケツに戻し、両手に荷物を抱えて扉へ向かう。
「テレビとか、勝手に見てくださいね。リモコンはテーブルにありますから」
 遠ざかる足音へと声をかけ、汐耶も書棚の前を移動した。床の上に置かれた本を手に取り、書棚へと順番に戻していく。
 おそらく一度並べ替えたのだろう。本はすべてそれぞれ分類ごとに、きちんと五十音順に積まれていた。
「……恐れ入るわ。紅月さんってホント、お掃除は達人のレベルなのね」
 感心というよりむしろ驚嘆のため息を吐きながら汐耶は言う。たった一時間半でこの部屋を、ここまで完璧に片付けるなど、彼女には想像もつかない離れ業だ。
「これはちょっと報酬にも色つけて、お返ししてあげた方がいいかしら……?」
 そう呟き書棚に向かう汐耶だが、本当の驚きはまだこの後。彼女が双葉の『凄さ』を思い知るのは、もう少ししてからのことであった。
 
 
 汐耶が残りの本をすべてしまい、リビングへ向かうまであと数分。
 そして彼女が双葉の真の力をまざまざと知るのも数分後のことだった。

PCシチュエーションノベル(ツイン) -
香取まゆ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年11月08日

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