▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『風邪っぴき大量発生。 』
リュイ・ユウ0487

 …近頃タチの悪い風邪が流行っているらしい。
 曰く、他の症状だけなら特にタチが悪いとまでは言わなくて良いのかもしれないが――何やら判断力ががくんと低下する、とか何とか言う辺りがタチが悪いと言われる所以であるらしい。
 たかが風邪とは言え栄養状態体調状態、高齢者か幼い子供か――コンディションや場合に寄っては肺炎併発命に関る、なんて事も無いとは言い切れない。風邪は万病の元、風邪の症状それぞれ一つ一つに効果ある薬はあるが…そもそも風邪と言う何とも正体が掴み難いこのあやふやな病気自体を治す特効薬はあるのかどうか。
 …少々大袈裟な言い方をすれば、風邪そのものは『治せない病』と言えそうだ。
 なので、風邪と言われると――何だかんだ治療をしたり薬を出しても、究極的には滋養を摂って暖かくしてゆっくり休め、としか言いようが無くなる訳である。熱・喉・鼻、等々症状だけなら対症療法で幾らでも何とかなるが、結局は元から治さなければ意味がない。…そして風邪ともなればそちらを何とかするのが肝要である。
 が、それこそが――この御時世、一番難しい事で。まず滋養があるものをと言われても出回っている食い物の類はそんな意味からすると微妙に信用ならないのが常。そして休めと言われても風邪程度でのんびり休んでいられるか、こちとら日々のメシが掛かってるんだと言う切羽詰まった方々がまた多い。そして――そんな方々の場合こじらせてまた余計に大事になったり、更には今回流行っているこの風邪の場合『判断力低下』の症状故に甚大な二次的被害もまた大量発生していたりする。…例えばバイクやキャリアの運転ミスによる事故の多発、企業間での連絡や情報の食い違い続発による多大なる損失、現在御近所の某新興マフィア同士でぶつかっている小規模抗争の泥沼化にまでこの風邪が関係しているとかいないとか…まことしやかに囁かれている。
 外から戻ったら手洗いうがいを徹底せよ、なる有効な風邪予防策もあるが…それをするにはそもそもある程度きれいな水を手に入れなければならないと言う話がある。それはあるところにはあるが無いところには無いもので(当たり前か)。…下手な水で代用してしまってはむしろ風邪を通り越して別の病気に掛かり兼ねないと言う話もある。それはさすがに沸かした水を使うなら大抵の場合で問題は無かろうが…風邪と言われるとあまり致命的な疾患でもないので軽く考え、予防にそこまで手間を掛けようとしない事もまた多い。
 結果、何だかんだでこの風邪の患者は増え続けている。…自然、そこらに蔓延してしまう。
 …故に、専門問わずの闇医者リュイ・ユウの元にまでそんな患者が大挙して現れている…つまりは看板を掲げている診療所の方は商売繁盛で万々歳ではあるのだが、その内…それだけでは済まなくなってきた。
 どうもユウ当人の頭が重い。
 熱っぽい気がすると言うか何と言うか。
 だるい。
 …近頃患者が増えたり、それに伴い調べ物をしていたり、必要な物を仕入れたり――と忙しかった為か。
 ユウが自覚するに、明らかに風邪の症状である。

 …風邪をひくなんてどうかしている。
 取り敢えず診終えた患者を診療室から追い出した直後、溜息混じりにユウは呟く。が――今風邪なんかひいている場合ですかと自分を叱咤、気合いを入れ直し何事も無かった風を装いつつ、次に待っていた患者を診療室に招き入れた。

 ………………『風邪を治してくれと来た患者』を、である。



 そんな感じで何人か診て。
 更にはどうしてもと頼まれての往診も幾つか請け負って――いたのだが。
 …いよいよ、頭が朦朧としている気がしてきた。
 頭どころか身体が重い。節々が痛い。
 そこまで来て――さすがに仕事にも差し障る、そろそろ休む必要があると漸く判断。ユウは仕事を切り上げ今度こそ自分の治療に専念する事にした。
 …他者の症状を治せる以上、当然自分の症状を治す事も問題無く行える。

 で、取り敢えず定住している診療所に裏からひっそり戻り己の治療を開始。
 滋養のあるものを摂ってから、暖かくしてゆっくり休む事にした。



 で、あっさりと自分が完治した後の事。
 …診療所を再開するなり、どどっと救援依頼が殺到。曰くまた風邪まだまだ風邪。相変わらず例の『判断力低下』の症状を呈する流感。御本人のみならず患者さんの身の回りの方が助けて下さいと来る事もまた多し。更には往診に出たり何だりで街を見渡すと…ごほごほやっている人やマスクをしている人が妙に多い。心持ち普段より厚着をしている人も多め。かと思えばまったく普段通りの挑発的な風体でありながらも――可愛らしいくしゃみをしてしまっているおねえさん、道行くおちびさんが赤い顔して派手に水っ洟を垂らしている姿等々、妙ーに良く見かける。
 つまりは風邪っぽい症状を呈していると思われる人々がそこここに。

 …前は、これ程でも無かったような?
 ふと気付き、ユウは暫し沈思した。
 そして――同時に、自分のした行動を思い出す。

 ………………ちょっとした心当たり、多数。

 これはひょっとすると、自分のせいもあるかもしれない。
 医者の不養生と言うか何と言うか…あの状態で治療を行っていたのはまずかった。冷静に考えればすぐにわかる。…今考え直せばすぐにわかるその判断が出来ていない…その時点で、自分のひいた風邪も、流行りに違わず『その』風邪だった訳で。
「…」
 つまり、自分が振り撒いた可能性も…無きにしもあらずか。…事実、風邪をひいたと自覚している状態で『人の多い場所に』往診にも行っていたりする。
 まさか医者にうつされた――風邪の治療に東奔西走している医者が当の風邪をひいているとも思うまい。
 かと言って――もしそうだったとしても、辺りを見回し冷静に判断して、既に責任が取れる状態でも無い。
 こうなれば。
 せめて今からでも出来るだけ多くの人々を治し、この風邪の撲滅に尽力するしかなかろう。
 と、ユウにしては信じられない程謙虚にも聞こえそうな決意を秘め、彼は改めて診療所での治療に臨んでいた。

 が。
 ………………それでも当然、ユウの治療は決して無償では有り得ないのだが。
 つまりは何の事は無い、自分のせいかもしれない事には口を噤んで、結局普段通りに振舞っているだけである。

【了】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
PSYCHO MASTERS アナザー・レポート
2005年11月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.