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『ワンダーランド 』
オーマ・シュヴァルツ1953)&ルイ(2085)

 ガルガンドの館。
 そこには、世界の全てが収められているのだと、人は言う。
 各地から集められた冒険記、学者たちが発表する論文、王国のなりたちなど、国内のありとあらゆるものが書き記された書物が、果てるともしれない広い空間にぎっしりと詰まっていた。
「ふふん♪ ふん♪ ふっふぅぅん♪ きょーおは、どーれがいいかなぁ……っと」
「……あのね。ここが書庫だって事は分かるでしょ? そんなに鼻息荒くしないで静かにしなさいよ。いくら常連でも出入り禁止にするわよ?」
「そりゃ困る。すまねえすまねえ、気をつけるよ」
 ガルガンドで書物の保存と整理に日々追われているディアナを手伝う……わけもなく、満面にこにこと笑顔を浮かべて楽しげに本棚を見詰めている大男、オーマ・シュヴァルツ。
「俺様本が好きでなぁ。紙媒体がそもそも過去のモノになっちまった世界にいたからよ、こうも大量にあると嬉しくてたまらねえんだ。何か面白ぇ本は入ってねえか?」
「無いではないけど。選ぶなら、頼んだ仕事をしてからにしてちょうだい」
 せっせと今日も運び込まれた新たな記録を分類して箱に詰めつつ、ディアナがオーマをちらりと見る。何故か時々目録にない真っ黒い本や夜でも薄ら光る紫色の本が混じっている事があり、それらは全てオーマが来た後に発見されていた。
 内容は半分くらい意味の分からない文章の羅列と、腹黒親父褒め称え&腹黒の素晴らしさを語るだけ語ると言う微妙な内容で。これは間違いなくオーマの持込みだと疑いを持ちながらも、特殊とジャンル分けされた本棚の中にそれらを仕舞っていた。例え子どもの落書きでもそれは本の様相を呈していれば本であり、重要な記録物として扱うのが彼女の体に染み付いているからだったのだ。
 もっとも、それはもう一人の来訪者があった後は、持ち込まれる事はなくなったのだが。そして。
「おう。これはこっちの棚だな……」
 箱詰めした本を目的の場所に運んだオーマが、その背の高さを生かして次々と本を埋めていく。大雑把に見えて実は結構繊細に作業を進めるため、仕事を任せる相手としての信頼はあった。
 そして、暫く後。
「お疲れ様。お茶を入れたわ」
 書庫から少し離れた所のテーブルで、ディアナがオーマを呼ぶ。
 オーマがここの常連になったのはいつ頃だったか。館前をうろうろうろうろと熊のようにうろつきまわっている不審な男の報告を受けてからだったのは間違いないのだが、いつしかオーマは頻繁にこの館を訪れるようになっていた。
 そして――オーマの、オーマによる、オーマのための腹黒本が持ち込まれた後。まだそれが両手に余る程度の冊数だった頃に、ルイと名乗る青年が現れ、オーマの『おいた』を柔らかな声でとうとうと責めた後、気付けばオーマはルイからお詫びとしてこの図書館の本の整理を命じられていた。
 しかも無給で。いや、本当は薄給ながらバイト代は出ているのだが、それはオーマには知らされていない。ルイが生活費の足しにすると言って、時々受け取りに来ていたのだから。
「お邪魔しますよ」
「ぶっ!!」
 にこやかに、紳士風の出で立ちをした青年が当たり前のように訪れたのを見て、オーマが激しく紅茶を噴いた。それら全てが狙ったように青い髪の青年にかかりそうになったものの、くるりと青年が手を回して、どういう仕組みか知らないが紅茶が全てその場で蒸発する。
「おやおや駄目ですよオーマさん。せっかくの香りの良いお茶を口から出すなど」
 かたん、と呼ばれてもいないのに椅子に座り、オーマの目の前に置かれていた半分程に減った紅茶カップを手に取って香りを楽しむ青年――ルイ。
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「今日はオーマさんがどれだけ真面目に働いているかを見に来たのですよ」
 ディアナが気を利かせてもうひとつティーセットを運んだのを嬉しそうににこりと笑って受け取ると、ごく上品な作法で一口飲んで見せる。
「そうなの。オーマさんも良いお友達を持って幸せね」
「……ま、まあな」
「どうしたのですか? 手が震えていますよ、オーマさん」
 きらりーん☆と眼鏡を輝かせるルイ。
「……いや、すこーし疲れたせいかもしれねえな。ははは、年には勝てねえや」
 ここのバイトが無給だと信じきっているオーマには、ルイの口からオーマがここで働いている事を語られるのが何よりも怖い。ルイにではなく、ルイの後ろにラスボスが控えているからだ。
 ディアナが不思議そうな表情を浮かべるのを見て、慌てて紅茶を飲み干したオーマがふうっと息を吐いた。
「さてと。仕事も済んだのでしたら、戻りましょうか」
「ま、待て待て。その前に本を借りさせてくれ。それからなら真っ直ぐ帰るから、せめてそれだけは」
「……良いですよ。いやですねオーマさん、どうしたんですか? まるでそれではわたくしが無理やりあなたを家まで連れ帰るようではありませんか」
 くいっと眼鏡を持ち上げて、くすりとほのかな笑いを漏らすルイ。
 オーマはそれには答えず、かたりと立って書庫へ向かおうとして――事務机の上に置かれた一冊の、手縫いのピンク色に白いレースで縁取りされた本を見つけて立ち止まった。
「ディアナ、これは書庫に入れなくていいのか?」
「ああ、それは私がやるからいいの。最近寄贈されたものなんだけれど、それも異世界からの本なのよ。小さな女の子が次々と不思議な冒険をする物語でね、今私が読んでいるところ」
「ほう」
 ぱらぱらとめくって見ると、少女……と言うには随分と年を食ったように見える顔の、でも体つきは子どもの主人公らしい人物が、縦縞模様でにやにや笑う猫を木の下から見上げている絵があった。
「……おお。なかなかいいセンスしてるじゃねえか」
「どんな絵なのですか? わたくしにも見せて下さいよ、オーマさん」
 ルイの言葉に、おうと応えてオーマがぱらぱらと本をめくりつつ、ディアナとルイが付いているテーブルへ戻る。
「あら、そこから先はまだ読んでいないのよ」
 ディアナが言いつつ身を乗り出し、オーマが何の気なしにぱらぱらと本をめくるのを覗き込む、と、何かが本に挟まれていたのかべらりと一気に数ページ分が飛んだ。
「なんですか?」
 ルイがそれを摘んで――オーマが、「おいっ、それは!」と叫ぶ。
 その瞬間、ルイの指先を中心に激しい光が巻き起こり、そして、気付けばその場から3人とも消えてなくなっていた。
 そして、本が誰もいないのにぱらぱらぱらぱらとめくられ、最初のページへと戻って行く。
 そこの挿絵に描かれていたのは――。

*****

「うー……えらい目にあった」
「そのようですね」
「っておまえ、何余裕でお茶飲んでるんだよ!」
「仕方ないじゃないですか」
 良く手入れのなされた芝生の上に、テーブルクロスを掛けた大きなテーブルがどんと置いてあり。そこに座りながら、ルイは紅茶カップを優雅な手つきで持っていた。
「そういう『役割』のようなんですから」
「役割?」
 ぱんぱんとチョッキに付いた草を払い落としながら、うん?とオーマが自分の格好を見下ろし……そして、
「何だこりゃあああっっ!?」
 叫んだ。
 見下ろした時に、頭のてっぺんからたらんとぶら下がってきたものにも、慌てて手で触ってみてその感触にぞわわわっと背中の毛を逆立てる。
 頭からぶら下がっているものは、白くてふさふさした……長い耳。
 同じく白いチョッキには懐中時計が仕込まれており、何故だかやたらとやかましくちくたくと時を刻んでいた。
 手には白手袋、ズボンも折り目正しい白い礼服ズボン。
「わたくしは、帽子を被っていたから帽子屋なのでしょうね」
「へ? 帽子屋?」
「まだ気付かないのですか? オーマさん」
 かたん、と席を立って隣の席へ移り、新たなカップに紅茶を注いでくいと飲みながらルイが呟く。
「ここは本の中。……わたくしはいかれ帽子屋、オーマさんは……時計ウサギのようですね。その耳から推測するに」
 後はあの子がいれば、とルイが呟いて立ち上がる。
 その周囲にいたウサギと小さなねずみが誕生日以外の日を順繰りに祝っているのを横目に、
「出かけますか。面白い出し物が見られるかもしれませんよ」
 彼らに別れを告げ、いつもとは違い帽子だけがやや大きく見えるものの、その他はごく普通の服に身を包んだルイがにこりと笑って告げた。
「時間が時間がーって俺様も言いながら走り回った方がいいんだろうか」
 小さな女の子が駆け抜けたらしき跡を辿りながら、オーマが呟く。
「無駄に体力を消耗するのはやめておきましょう。――幸い、わたくしたちに自我はあるようですしね」
 歌を歌う白ゆりの群れを抜け、カードの兵隊たちがくすぐったそうに笑いながら赤く染められていく人面薔薇にペンキをべたべた塗りつけて行く様を見、伯爵夫人が大人な顔の赤ん坊を必死であやしていく側を抜ける。
「他の連中には俺様たちが役割通りの姿に見えるらしいな」
 親しげに声をかけて来る者たちの言葉を聞けば、それはすぐにわかる。
「それにしてもあの子はどこにいるんでしょう。もう少し時間をかけて本を読めば、ここから出る方法もすぐに分かったでしょうにね」
 ぱたぱたとすぐ近くを走り抜けた音はするものの、振り返ればまだその姿は見付からない。
「主役じゃねえもんなぁ」
「ウサギはわたくしより重要らしいですけれどもね」
「……よせやい。俺様よりずっとまともな格好をしてる癖によ。ウサ耳生やして何が楽しいんだか」
 ぴこぴこと耳を動かしながら、オーマがぐるんと脇を見た。
「どうかしましたか?」
「いや。どうやらこの耳は本物らしいな。声が聞こえるぞ」
 迷路庭園を歩きつつ、オーマがぴくぴくと長い方の耳を動かしながらどんどんと先へ進んでいく。
「……その耳くらい普段も役に立つものがあればよろしいですのに」
 ぼそりと背後で呟いたルイの声に、聞こえないふりをしながら。
 がさっ、と開けたその先は、青空裁判が開かれている真っ最中だった。
 ブルーのエプロンドレスを着けた後姿の少女が、身振り手振りで何か必死に釈明しているのが見える。
「……! ……、………!!」
 大上段に構えて、偉そうにふんぞり返りながら一番偉そうな王冠を被った大きな女性が、小さく縮こまった同じく小ぶりながら王冠を被った男性を、そして少女を睨みつける。
「――そのものの、首をはねい!」
 びしっ、と扇子を突きつけた女性が大声で喚くと同時に、少女が仰け反って、一瞬その横顔が見えた。
「――――ってちょっと待て、あれはディアナじゃねえかっ!?」
「なるほど。彼女も来ていらしたのですか。……確かに唯一の女性ですね。わたくしやオーマさんがあの役割を振られていたかと思うと、少々背中が涼しく感じます」
「まあそりゃそうだがってそうじゃねえ、急いで助けねえと! ディアナ、ディアナ! こっちだ!!」
「……えっ?」
 ぴくんと身じろぎした少女――ではなくディアナが、オーマたちを見る。一瞬きょとんとした顔をした後、ぱちぱち、と数度またたいて自分の格好を眺め、
「な、何よこれっ!?」
 そう叫んだ。
「いいから来い、俺様たち本の中に入ってるんだ、どんな不条理な事されたって文句は言えねえぞ!」
 その言葉を聞いて、はっとしたディアナが女王と王を見、薄っぺらい兵士や陪審員を見、そして――納得したような顔をして被告台を降りた。

 とん、と――地面に降りたにしては随分と固い音が辺りに響き渡る。
 そして、そこから、激しい風が吹き上げて来た。目の前が見えなくなる程の。

*****

 はっ、とオーマが気付いた時には、三人とも図書館のテーブルに座っていた。テーブルの中央には本がラストのページを開いて止まっており、そこには、眠りから覚めた少女が姉に起こされて、夢だった、と気付く挿絵で終わっていた。
「……変な、夢を見たわ」
 ディアナがそう呟いて、本を手に取る。
「なるほど。少女が夢から覚めて、物語が終わる――つまり今回のこれはディアナ様が現実の事ではないと気付いた事が、終わるきっかけだったのですね」
「そうみたいね……本を読む前にほとんどの話を知るなんて滅多に出来る経験じゃないけれど、やっぱり勘弁して欲しいわ。首が伸びたり巨大化するなんてもう沢山」
 暫く卵が食べられなくなりそう、そう言ってディアナが苦笑する。
 もぞり。
「!?」
 そこで、オーマが気付いた。もうひとつの存在が膝の上にいる事に。
 それは、縞模様の入った、にやにや笑いが得意な猫――の姿をしてはいるが。
「おまえさん……も、取り込まれたクチか」
 床に降ろすと、元の姿に戻ってあたふたと外へ飛び出していく。
「いいんですか? オーマさん。あれ、ウォズなんでしょう?」
「この場所で戦うわけにゃいかねえしな。害も無さそうだから問題はねえよ。それよりもだ――ルイ、さっきのかけらはどうした?」
「これですか? そう言えば、オーマさんが何か言いかけていましたけど」
「そりゃそうだ。これは例の『かけら』なんだからな」
 オーマがルイがまだ摘んだままだったそれを受け取って、腰の小さな皮袋の中にぽいと放り込む。
「何の因果か、この本に挟まってたから、物語を吸収しちまったんだろうなぁ……つうことでディアナ、これはもう大丈夫だぞ」
「そうね。ありがとう」
 本を恐る恐る受け取ったディアナが、中身をチェックして大丈夫みたいね、と呟く。
「今日はお開きにしましょう。何だか疲れてしまって」
 本の中に入り込み、あまつさえ主役の役割を与えられたディアナは、本当に疲れた顔をして、かたりと立ち上がって二人に告げた。

*****

 それからも。
 時々、納品物が増える度にオーマは図書館へ出かけて行く。
 例の本は特殊棚に並べられ、ピンクのカバーと共に異彩を放っていた。
「あれから変な事は起きてないみたいだな」
「ええ。良かったわ、これ以上変な事が増えても困るもの」
「……これ以上?」
「あら?私何か言った?」
 にこりと笑うディアナに、オーマは何も聞くなという強い意志を感じ取って、ふるふると首を振る。
「それにしても……良くばれねえなぁ」
「あら、何が?」
「……いや、何でもねえ」
 そして、未だに無給状態でバイトしていると信じ込んでいるオーマが何度も首を傾げるのを、ディアナが不思議そうに見詰めていた。


-END-
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
間垣久実 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年11月07日

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