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『美味礼賛、秋の味覚堪能ツアー! 』
鈴森・鎮2320


 ころころ。
 まな板の上で、ホクホクと湯気を立てる金色が転がる。
「はいっ、このようにー、軽く茹でてから剥きますとね、鬼皮が柔らかくなりまして、ほら、剥きやすいんですよー」
 ブラウン管の中で繰り広げられるのは、主婦層に人気の料理番組。福々しい顔つきの料理研究家が、鮮やかな手つきで包丁を操り、くるくると栗を剥いている。
「こちらね、栗ご飯にしてももちろん宜しいですし、裏漉しにしてきんとんやモンブランなどを作っても宜しいですね〜。でも今日は、ちょっと目新しく、豚肉と栗の甘辛煮の作り方をご紹介しましょう」
 にっこり笑う料理研究家の顔から、画面が切り替わり、みりんと醤油でつやつやに光る煮物が大写しになった。
「…………くり……」
 鈴森・鎮(すずもり・しず)は、リビングテーブルに身を乗り出してテレビ画面を凝視していた。
「キュ?」
 テーブルの上から、手のひらサイズのふわふわした生き物――ペットのイヅナ、くーちゃんが鎮を見上げる。
「栗かぁ。秋の味覚だよなあ……」
 涎でも垂らしそうな表情で呟く鎮の目は、もうテレビを見ているようで見ていない。
「そういえば、あそこ、良さげだったよなあ……」
 思いを馳せるのは、夏休みの間に目をつけた、とある里山である。
 ちょっと空の上からチェックしてみただけでも、近頃珍しく手入れの行き届いた、柿の木あり栗の木ありの、なんとも魅力的な山だった。
「今ごろは、きっと美味しいものがわんさかわんさか……」
 うっとりと呟き。テレビのスイッチを切ると、鎮はすっくと立ち上がった。
 何をするのかと思いきや、窓を開け、空を見る。天は高く、薄雲のたなびく秋晴れ。
「よっし!」
 拳を握ると、鎮はなにやら慌しく居間とキッチンとを往復しはじめた。ややあって、拳ほどの大きさの風呂敷包みが出来上がる。それを持って、鎮は再び窓際に駆け寄った。
 くるり、身を翻すが早いか、そこにはもういかにもヤンチャそうな小学生男子の姿はない。
 サッシの上に降り立ったのは、風呂敷包みを首にかけて背に負った、茶色い毛並みの鼬(いたち)である。
「行くぜ、くーちゃん! いざ、秋の味覚を堪能だ!」
 一陣の風が、鼬に姿を変えた鎮を乗せ、駆け寄ってきたくーちゃんを巻き込んで空へと吹き上がる。鎮の正体は、風を操る鎌鼬の三番手。
 風に乗ることなど造作もないのだった。


            +++


 こうして、鎮の(自主的)秋の味覚堪能ツアーは開催された。
 文字通り飛んでいった先は、もちろん件の山だ。
 夏に見た時はひたすら青々としていたが、今は色づき始めた紅葉が山肌を彩っている。しかし鎮にとっては花より団子、紅葉よりも実り。
 まずは手始めに、たわわに実をつけた柿の木に駆け寄った。
「甘っ。うまっ」
「キュウ〜」
 程よく熟した甘柿に、まずは二匹でかぶりつく。
 美味しいものを知っているのはもちろん山に住んでいる動物たちも同じで、柿の木には実の他に、たわわに……日本猿の群れがぶら下がっている。
「キキィ!」
 牙を剥いて(猿の歯は、意外に鋭い)、一匹の猿が鎮を睨みつけた。鎮が居るのは細い枝の先で、体の大きいその猿にはとてもそこまでは行けない。見えている柿の実を取られてしまうのが悔しいらしい。
「欲張り! そっちにもいっぱいあるんだから、そっちのを食べれば良いだろー!」
「キィ!」
 べー、と舌を出した鎮の言っていることがわかるのか、隣の枝の子猿が同意を示すように鳴いた。自然界の生存競争は厳しいのである。小さい者には小さい者なりの有利な点があるのだから、利用するのが当然だ。鎮が人間の姿ではなく、鼬の姿でやってきたのはそういう理由もあったりした。
「まずはコレ、お土産だな!」
 大きな実を一個まるまる食べ終えると、オレンジ色に染まった口元を拭う時間すら惜しみながら、鎮はせっせと持ち帰り用の実をもいだ。
 背負ってきた風呂敷から出てきたのは、もう一枚の大きな風呂敷。抜かりはないのであった。
「よーし次ー! 秋の日は釣瓶(つるべ)落としだからな、日が暮れるまでにガンガン堪能するぜ!」
 柿の木から飛び移った先は、山葡萄の蔓である。紫色に色づいている葡萄は、房は小さいものの甘い匂いをさせている。
 いそいそと蔓を引き寄せ、小さな実を頬張って、鎮は鼻面に皺を寄せた。
「すっぱ!」
「キュッ!」
 くーちゃんも鎮と同じ反応をしている。
「先に柿食べたの、失敗だったなあ」
 種と皮を吐き出しながら、鎮の顔はまだ元に戻らない。甘いものを先に食べてしまうと、次に食べたものの甘味を感じにくいものだ。
「これもまた秋の味! うん、次っ!」
 気を取り直した鎮の隣で、くーちゃんが鼻をヒクヒクさせた。
「ん? 何か見つけたのか?」
 駆けて行く尻尾を追いかけて、鎮が見つけたのは見事にはぜて口を開けたアケビだった。
「おぉお! でかした! 偉い!」
 アケビは鳥たちの大好物でもあるので、良く熟した実を彼らよりも先に見つけるのは結構難しいのだ。
「いただきまーす!」
 歓声を上げた鎮が、風呂敷から取り出(いだ)したるは、プラスチック製のスプーン。コンビニでヨーグルトなどを買うとつけてくれるタイプのもので、軽く鎮の体の大きさにも丁度良い。
 実っているままのアケビにぐりぐりとスプーンを突っ込んで、掬い出した中身を口に含み、鎮は目を細くする。
「うま〜!」
 種が多くて食べ難いのが難点だが、クリーミーな果肉と上品な甘味が堪えられない。
 かわるがわるに食べて、二匹で一つ食べ尽くすと、流石に満腹が近くなってきた。
「うーん、しばらくはお土産集めするか」
「キュ!」
 お腹を撫でながら周囲を見回して、鎮は目を輝かせる。
「早速みっけー!」
 駆け寄る先には、地面の上に点々と落ちている栗のイガ。山の獣が先に食べてしまったのだろう、ほとんど中身はからっぽだったが、イガが落ちているということは当然、その上に生えている木が栗の木だということで。
「なってる、なってる。よーし……」
 上を見上げ、枝に枯葉とイガグリとが風に揺れているのを確認すると、鎮は(服など着ていないのだが)腕まくりの仕草をして、栗の木に向かい合った。
「くーちゃん、どいてろよー!」
 ダッシュ、そして体当たり。小さな体から繰り出されたパワフルな一撃が、栗の木の梢の先まで震わせる。
「あ! しまった!! いてて、てててて!! うわ!」
 雨あられと落ちてきたイガからアワアワと逃げ惑い、鎮は目の前に現れた毛むくじゃらの何かにぶつかってひっくり返った。
「痛ってえな! ……んん!?」
 見上げれば、ぶつかった相手は狸。それも、大きな古狸だ。
 フン、と鼻を一つ鳴らすと、狸は興味なさげに鎮から目をそらし、地面に落ちたイガグリに悠然と鼻先を寄せた。
 イガの中に隠れた狸の口元で、ぼりぼり、栗の実を美味しく食んでいる音が聞こえてくる。
「ちょ、待てよ! 俺が命がけで落とした栗をっ!」
 鎮が尻尾を引っ張っても、狸はどこ吹く風だ。
「く……っ。こうなったら、早いもの勝ちだァ!」
 狸が食べ尽くすのが早いか、鎮たちの栗拾いが早いか。思わぬところで勝負が始まってしまった。
 硬くて痛いイガに苦戦しながら、丸々と太った栗の実を集めて集めて。
「ふふ。空にしたイガの数、6個と8個。どうやら俺たちの勝ちだな!」
 風呂敷いっぱいに山盛りになった栗を前に、鎮は後足で立ち上がって胸を反らした。狸はというと、フン、と興味なさげに鼻を鳴らすと、のそのそと山の奥へと去っていった……。
「ふう。まあ、こんだけあれば、栗ごはんができるよな」
 額の汗を拭い、鎮はいそいそと風呂敷を包んだ。
 背負ってみると、欲張って集めた柿と栗はぎっちり重い。欲張りすぎかとも少し思ったが、家族ぶんの夕飯とデザートにしたかったらこれくらいは要るだろう。
「秋の味覚の王様も欲しいとこだけど……」
 上空から見渡した時、山の中腹あたりに赤松の群生地があったのを思い出しながら、鎮が唸った、その時だった。
「ん?」
 不穏な気配を感じて、鎮は動きを止めた。気が付けば、猿たちや鳥の声でにぎやかだったのに、あたりはしんと静まり返っている。
 鎮の頭上が翳った。
 空は晴れている。なのに、暗くなった。
「んんんん……?」
 何やら荒い息遣いを背後に感じ、恐る恐る振り向き、
「――――!!!!」
 鎮は声にならない悲鳴を上げた。一気に全身の体毛が逆立つ。
 背後の茂みから顔を出し、フウフウと生暖かい鼻息を吹いているのは、それはそれは立派な、熊だった。
 折しも冬眠前、皮下脂肪を貯蓄するために食欲旺盛な彼(彼女かもしれないが)のお出ましを敏感に感じ取って、他の動物たちは姿を消したのだ。
「ひえ!」
 涎を垂らしているあの大きな口。その気になれば、鎮など一口でパックンペロリだろう。
 慌てて逃げようとするも、背中の荷物が重い。背に腹は代えられない!
 風呂敷包みの中身を思い切り後ろに放り出し、鎮たちは一目散に逃げた。
 風に乗って上空に逃げる寸前、鎮が苦心して集めた栗と柿を、熊がうまうまと食べているのがチラリと見えた。


            +++
 
 
「……ただーいまー」
 出かけたときと同じく窓から家に入り、人の姿になると、ソファに背を埋めて、鎮はしょんぼりと溜息を吐いた。
「あーあ。お土産はぱあだよ……」
 空っぽの風呂敷を、鎮はリビングテーブルに放り出した。と、テーブルの上に何か置いてある。
 ナプキンをかぶせてあるザルと、メモ用紙。
 メモには、窓を閉め忘れて出かけたのを叱る旨の後、おやつを用意してあるからありがたく食べるようにとのお言葉。
 ナプキンをどけると、ザルの中には山盛りのふかし芋が入っていた。まだ暖かく、ほんのり甘い香りの湯気が上がってきて、ぐう、と鎮のお腹が鳴る。
 あれだけ食べても、またお腹が空くのは食欲の秋だからだろうか。
「……んまい」
 ほくほくのさつま芋を一口かじって、鎮は呟いた。これもまた、里の秋の味。
 しかし。
「ちぇー。栗、食べたかったよなあ!」
「キュウ〜」
 悔しげな鎮の台詞が茜色の夕日が差し込む室内に響き、それに同意するように、くーちゃんが鳴いた。
 テレビのスイッチを入れると、出掛けに見ていた料理番組の再放送をしている。
 もちろん、鎮は速攻でチャンネルを換えた。


                                                              END






<ライターより>
 いつもお世話になっております。
 行楽は良いですね。秋の美味しい食べ物を鎮くんに楽しんでもらって、書いているこちらも楽しい気分にならせていただいてしまいました。
 またの機会がありましたら、是非、よろしくお願いします。ありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(シングル) -
階アトリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月31日

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