▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『友情酒に映る月』 』
ティアリス・ガイラスト1962)&ヴェルダ(1996)


 作家とは己の命と心を込めて作品を作る。
 その作品を得た人が喜んでくれるように。
 目を潤せるように。
 使い勝手がよいように。
 そして感謝を込めて。
 感謝を、込めて…………




 ――――――『友情酒に映る月』



 ティアリス・ガイラストは一国の王女だ。
 今現在はその見聞を広めるためとして旅をしている。
 その旅は多くの出会いと経験を彼女にもたらして、その成長を促していた。
 と、言っても面白おかしくが今のところ彼女にとっては最重要課題で、それは彼女にとって面白おかしい事はもちろんの事、あまり歓迎しない危険な出来事も彼女に経験させた。しかしそれすらもまた彼女は、楽しむのだが。
 そう、面白おかしい事をもっとも尊ぶという事は、どのような事も楽しめる、という才能の持ち主だという事。それ相応の苦労もあるのだが、本人はそれすらも楽しむのかもしれない。悩みは自慢の金糸のような髪が戦闘の度に傷つくことか。
 ウィンドウに映る自分の髪を半眼で見据えながらティアリスはげんなりとため息を吐いた。
「あ〜ぁ、自慢の髪が台無し。だったら髪を切ったり、縛れ、っていうのよね。でも女の髪はおろしていてこそ美しいのよ」
 それは彼女の持論。こだわり。
 でも髪が傷つくのは勘弁して欲しい。
 女だからこその葛藤。
 憂鬱。
「なんか楽しい事でもないかな?」
 ぱぁーと騒いで、嫌な事を忘れたい。
 感情の上書きは失恋だけじゃない。女の子は嫌な事全ては上書きにする。寝て忘れて、食べて忘れ、騒いで忘れて、明日は元気に。
 ティアリスはひょいっと肩を竦めた。
 そしてにやりと彼女が笑ったのは生贄…もとい、女友達を見つけたからだ。
「ヴェ・ル・ダ♪」
 よく見知った彼女の後ろ姿を見つけて、ティアリスはスキップを踏んで後ろから立ち止まってウィンドウを見つめている彼女に抱きついた。
「Hello!」
 急に背中に感じた重み、柔らかみに後ろから抱きつかれたヴェルダはため息を吐いて、冷静に後ろから自分の首に絡められたティアリスの腕を解いた。
 そしてもう一度ため息を吐きつつ頬にかかる髪を耳の後ろに流しながら振りかえった。
「お・も・い」
 右手の人差し指でティアリスの額を押し、ヴェルダは幼い子を嗜めるようにめ! とする。
 ティアリスは唇を尖らせて肩を竦めた。
「軽いスキンシップなのに」
「それで用事はなんだい?」
「あら、用事が無いといけないの?」
 小首を傾げて構いたがってもらっている仔猫が飼い主にじゃれ付きたがるように甘えてくるティアリスにヴェルダはしょうがないな、というような余裕のある大人の苦笑を浮かべると、さらりと前髪を揺らせて小首を傾げた。
「世間話になら付き合うよ」
「世間話?」
「そう。でも惚気話には付き合わない」
 そうするとティアリスは背伸びをして唇を囀らせた。
「あら! そういうのは女友達だからこそできるお話じゃない」
 ヴェルダはとても綺麗ににこりと微笑む。
 ティアリスは「ぅー」、と何やら不満そうだが、まあ、これにはもうこれ以上は踏み込まない方が無難なのかもしれない。
 彼女は肩を竦めて、右手の立てた人差し指をリズミカルに振りながら口を動かす。
「騒ぎたいな、って。良い?」
 上目遣いでヴェルダを見るティアリスにヴェルダはため息を吐きながら頷いた。
「美味しいお酒はもちろんあるのだろうね?」
「もちろん♪」
 ひょいっとヴェルダは肩を竦める。
 それから片手をひらひらとさせた。
「それじゃあ幹事はあなたに任せるよ、ティアリス」
「あら、一緒にこれから行動してくれないの?」
「ああ、私はちょっとこれからお買い物があるのでね」
「お買い物? お洋服? だったら二人で一緒にお買い物した方が楽しいわよ?」
 胸の前で祈りをするように両手を組み合わせたティアリスにヴェルダはまた苦笑した。
「残念。歴史ある品を買いに行くのだよ。行くかい、あなたも? なんなら講義もサービスでしてあげるよ?」
 悪戯っぽく両目を細めながら小首を傾げたヴェルダにティアリスは苦虫を噛み潰したような表情で後ろに三歩下がった。
「あー、えっと、とりあえず私は秋の夜にお酒を飲むに相応しい場所を探してみたりするから。じゃぁ!」
 と、とてもわざとらしい声でそう述べて、逃げ足もそこまで行けばすがすがしいほどに一目散に逃げ出して、それを見送ったヴェルダはしばし目を何度か瞬かせて、それからくすくすと笑った。



 +++


 記録者。それが私の仕事。
 私はその生涯を知識や記憶の蒐集に捧げ、それを記録し、保管する。
 それが私の運命。
 故に他者に比べて『記憶』という点で優れ、そして『忘却』、という点では劣る。
 だけど忘れたくないという事も当然あるのだから、その性に時折感謝したくなる事がある。
 嬉しかった事、
 楽しかった事、
 見た風景の美しさ、
 そしてあなたの事。
 前に死んでしまった絵描きであるあなたの事はちゃんと心で覚えている。
 それは悲しみとしてではなく、大切なあなたと過ごした心愛しい時間として昇華され、心の奥底の小箱の中にそっとしまわれている。
 でもふいにその小箱は蓋が開き、オルゴールの音色が溢れ出すように彼の想い出が零れ出す。
 今回も、そう。
 それのきっかけはあの人が見たがっていた緋の花器。
 噂を、聞いたのだ。
「緋の花器が?」
「ああ。入ったってよ。この古道具屋だ」
 その男は珍しい古物を専門に取り扱っているブローカーで、幾度か私とも一緒に仕事をした事のある男。
 その男によってもたらされた情報は長年私が追い求め続けてきた物だった。
 欲しかった緋の花器。
 私はそれを買いつけるためにこの街へとやってきたのだ。
 ウィンドウに映る自分の横顔がふいに視界の端に映り、その横顔が………
 私はその自分の横顔にはっとし、そしてその後に苦笑する。


 窓に見たのは久方ぶりに見る自分。
 遠い昔、絵描きの彼と愛しあっていた頃の私の顔。
 女の、顔。


 久方ぶりに見た自分のそういう顔は私に初心な少女であった頃の自分を思い出させ、そしてそんな感覚を私は悪くはないと思うのだ。
 それは色濃く自分に彼の事を思い出させてくれるから。
 彼の描く絵を見ていた頃の自分。
 じっとしたまま椅子に座っている事が苦痛でそれの文句を言ったら、彼に笑われた事。
 先に酔いつぶれた彼に毛布をかけて、キスをした夜。
 触れ合わせた肌。
 移る、温度(たいおん)。
 唇の、感触。
 彼の心音。
 それは静かであった水面に波紋を浮かべるが如く、私の心臓を早らせる。
 多分それは数秒だったと想うのだ。
 でもその数秒に私が視たのは泡沫の夢。過去の記憶。思い出の中で息づく彼。
 想い出として昇華した想いは、あの頃の熱を帯び、左胸にかすかな痛みを感じさせる。
 唇が動く。
 紡ぎたかったのは…………
 ―――何だったのか?
 それはわからない。
 じゃれついてきた女友達の愛らしさという風にそれは流されたから。
 そして私は気づいていた。
 それにほっとしている自分が居る事を。
 でも私の体温は、色づく乙女のように上がっていた。
 心と身体は繋がっていて、そしてまた同時に別だから。
 緋の花器は手に入れた。
 ずっと永い事探していたそれ。
 手に入れて、それでどうという事ではない。それを最初に探していた彼はもういないのだから。
 だから、私はそれを見たい、そう感じたのだろうか。
 彼の代わりに。
 私は、見守る者だから。



 +++


 元気いっぱいとか、じゃじゃ馬とか、我が侭とか、私としては絶対にそれを認めたくは無いのだけど、そうやって私を見る目はある。
 ううん、寧ろ私にだってそうやって見せている面はある。
 そうやって人に見せる事で自分でも納得しようとしているのだ。過去の………トラウマを乗り越えたのだ、と。
 私は覚えている。
 私がこの手で持つレイピアで彼を殺したのだ。
 今も私のこの手は彼の血で濡れている。
 洗っても洗ってもその血は洗い落とせないのだ。
 その血が私を縛るから。
 私を縛る彼の血が私の心を沈めていくから、だから私はもがくのだ。
 もがいて、もがいて、もがきまくって、そうして笑っている。
 その心の痛みすらもいつか気高く美しい宝石の輝きとするために。


 痛みを気高さに変えて、それを私は誇りに想う―――


 そしてね、私とヴェルダの友情、そんなにも儚い物だと想う?
 ヴェルダの様子、おかしい事に気がついたわ。
 私も、過去の恋が未だに苦しいから、だからわかった。
 ああ、過去の恋を想って、この娘も苦しんでいるんだ、って。
 過去って厄介。
 どれだけ昇華した、感情の上書きをした、と想っても、油断をしているとあっという間に過去は心をさらっていく。
 それに苦しめられる。
 心は過去によって構成されているのだから。
 だから、それから逃れられない。
 でも過去に塗り染められた心を別の色に塗り替える事はできるでしょう?
 心というキャンバスを染めた過去の色。
 だから私がパレット。ヴェルダの心の色を私の友情という色で塗り染めるの。友情の押し売り、だなんて気取るつもりは無いわ。
 ただ、女の友情は儚くない、という事なだけ。
 素敵じゃない?
 ぱぁーと騒ぐには何が良いだろう?
 かわいくって美男子の男の子が接待してくれるお店?
 ダメだ。きっとヴェルダはそういうの好まないだろうし、それに………
「お店の男の子全員を良い潰してもまだ尚お酒を飲んでいるあの娘が想像できる。うぅー」
 ………。
「だったらお洒落な雰囲気!」
 美男子のバーテンダーが居て、美味しいカクテルと甘い言葉をくれて、マジックのサービスなんかもあって………
「いや、ヴェルダ、なんかその場で簡単にマジックの種を言いそうよね」
 …………。
「うーん。だったら二人でお酒を飲める場所か」
 私は腕組みしながら空を見上げる。
 昼間の蒼い空には白い月。
 それはまるでどこか青い海にたゆたう海月のよう。
「海と言えば夏、か。じゃあ、秋といえばスポーツ。違う。月、かな?」
 ふいに降りた神様からの天啓。
「そういえば………お茶屋の女将さん、言ってた!」
 とても良いアイデア。
 素敵な現実♪
 これならきっとヴェルダにも喜んでもらえる。
 私はこみ上げてくる嬉しさの笑いを我慢しつつ、昨日の昼間に私にその事を教えてくれたお茶屋の女将さんの元まで走った。



 +++


「こっちよ、こっち。ヴェルダ、こっち」
 まるで幼い子どもが軒先で見つけた仔猫の元まで母親を連れて行くような感じでティアリスは両手でヴェルダの手を握って、彼女を引っ張りまわした。
 連れてきた場所はお茶屋。
「お茶屋?」
 夕暮れ時のそこは一仕事終えた女性たちが集まっていてとても繁盛しているように見えた。
「おぜんざいでもおごってくれるのかい?」
 小首を傾げるヴェルダにティアリスはふふん、と笑う。
「いいから、さあ、入った。入った」
「?」
 中に入ると三味線の音。
 奥座敷の部屋には美しい着物があり、そしてこの部屋へと案内してくれたティアリスと女将さんを見ると、二人は何やら背筋に怖気が走るようないやらしい動きで手の指を動かしながらヴェルダへと近づいてくる。
 ヴェルダはうぅっと何やら身の危険を感じて、顔を引きつらせるが時既に遅し。ティアリスと女将さんは肉食獣が憐れな草食獣に襲いかかるようにヴェルダに飛びかかり、服を脱がせにかかる。
「こら、ティアリス。やめろ。あなたも女将さん。私にはそんな趣味は無い。って、ティアリス、こら、どこを触っている」
 悲鳴を上げるヴェルダにティアリスは不服そうな表情をする。
「失礼ね。私にだってそんな趣味は無いわよ! 着物に着替えさせよう、ってね」
 右手の人差し指をリズミカルに振って、両手であらわになった胸を隠すヴェルダはため息を吐いた。
 そしてティアリスとヴェルダ、二人は着物に着替えて、お茶屋の前に止まった牛車に乗る。
「それでこの牛車はどこへ向かっているんだい?」
 小首を傾げるヴェルダにティアリスは嬉しそうにふふんと笑う。
「そのうちわかるわよ」
 伸ばした右手の人差し指をぴぃーんとヴェルダの目の前に突きつけるティアリスにヴェルダは肩を竦めた。
 牛車は両を竹やぶに挟まれた道を走っていく。
 のんびりとした牛の闊歩する音に、竹やぶを渡る風が奏でる涼やかな竹林の音。それが心を、穏やかにしてくれる。
 ヴェルダは瞼を閉じ、ひざの上の包みをぎゅっと手で抱く。
「あっ、ついたわ♪」
 歌うような声は彼女の普段の喋り方。それでもそれはいつもよりも上機嫌で、どこか新しい玩具を買いに行くとか、家族で遊びに行く時かのような子どもの喋り方のようでヴェルダはわずかに両目を見開いて、その後にくすりと笑った。
 牛車から降りれば、そこは竹林の中の家だった。
 とても古い木造のその家の戸が、中から開けられて、着物を着た女性がその場に三つ指をついて出迎えてくれる。
「ようこそ、おいでくださりました。お嬢様方。さあ、こちらへ」
 部屋の中に入る。畳のイグサの心地良い香りが嬉しい。
 部屋のテーブルの上には豪華な料理と芳醇な香りをたゆらせる酒が置かれている。
「ほぉー。これはすごいね」
「でしょう? さあ、座って、座って、ヴェルダ」
 部屋に二人きりとなると、ヴェルダを上座に座らせて、ティアリスがヴェルダにお酒を注ぐ。
「一国の王女にお酒をついでもらえるなんて、なんか悪いね」
「うふふふ。サービスよ。サービス。あ、でも帯を解いて、くるくる、ってのは無しね?」
 おどけたようなティアリスの言葉にヴェルダは苦笑を浮かべる。
「だから私にはそんな趣味は無いよ」
 ティアリスは「残念」、ととても楽しげに笑いながら言うと、立ちあがって、障子を開けた。
 夜の澄んだ夜気が温かな部屋の中に入ってくるが、かえってそれが素肌に心地よい。
 そしてそこから見えるのは夜が支配する空に浮かぶ茫洋な光りを放つ満月。
 その光景を演出する涼やかな竹林の音に、それに華を添える秋の夜の虫の鳴き声。
 美味しい料理に酒、そのつまみには最高の月。
「見事だね」
 ヴェルダは満足げに微笑み、そして一気に酒をあおった。
「ねえ、ヴェルダ、月って不思議よね?」
 二人して料理が乗った机を部屋から縁側へと運んで、そこでおちょこに注いだ酒に月を映し、その酒を飲みながら、ふいにティアリスがそんな事を言い出す。
 彼女の雪のように白い肌は上気したようにほんのりと紅い。少しばかり胸元をはだいたティアリスはとても色っぽかった。
 そんな女を感じさせる彼女が紡いだのは、
「だって月っていつも私を追いかけるのだもの」
 と、いう言葉。
「子どもの頃からずっと不思議だったわ。だって、馬車に乗って窓から月を見れば、私が乗る馬車をいつも月は追いかけるのだから。だからね、私、月は私に恋をして、それで追いかけてきているのだと想いこんで、いつか月がとても綺麗な男性に変化して、私を花嫁にするために迎えに来るのだと想っていたの」
 とても無邪気で、無垢なその純粋な女の子の思い出話にヴェルダはお酒を飲む手を止めて、くすくすと笑った。
 ティアリスは「あ、ひどい!」、と頬を膨らませて、使い慣れない箸で生のお魚を酢飯に乗せた物を口に運ぶ。
 わさびが………
「何も涙を流して悔しがる事も無いだろう」
「違う! わさびが、きつかったのよ」
「あはははは。子どもだね、ティアリスは」
「そんな事は無いわよ! ヴェルダだって食べてみてよ」
 ティアリスが箸でトロのお寿司をとって、それをヴェルダの口元に運ぶ。
 ヴェルダはひょいっと肩を竦めて、それから頬にかかる髪を耳の後ろに流しながらぱくり、と食べた。
「うん。美味しいね」
 平然とお寿司を食べて、にこりと笑う。
 それから月見酒。
 ティアリスはむぅーっと頬を膨らませる。
「納得できない!」
 そしてトロをまた口の中に放りこんで、
「やっぱり、わさびが………」
 つーんと目に来たわさびの効果にティアリスはぼろぼろと涙を零して、ヴェルダは苦笑しながら指でティアリスの涙をぬぐう。
「やっぱり子どもだね、ティアリスは」
「そんな事、無いわよ。運が悪かっただけだわ」
 たまたま選んだお寿司がわさびが多かったのだ。
 断じて私の味覚がお子様な訳ではない!
 ヴェルダはそういう事にしておいてあげるよ、と笑った。
 ティアリスはますます不満。この余裕。ぶぅー。
 ヴェルダはお寿司を食べながらお酒を飲む。
 穴子のお寿司がだけど、少し崩れてしまって、慌てて食べるヴェルダ。その彼女の口元についたご飯粒。
 キラーン、と輝くティアリスの目。
「あら、ヴェルダ。ご飯粒。ダメじゃないのよ!」
 余裕のあるお姉さんのような感じでティアリスは指でヴェルダのご飯粒を取って、それを自分の口の中に入れる。
 ヴェルダは頬をほんのりと紅くする。
 そこからは乙女のシークレットトーク。
 内緒のお喋り。
 お喋りは女の子の得意技。
 夜通し喋る事ができる。
 お料理は全て食べ尽くし、食後のデザートは満面の笑みを浮かべて、そして縁側でお酒を飲みながらお月見。
 ティアリスが横目で見たヴェルダの顔は平然としている。
 だけどティアリスはちょっと頭がぼぉーとする。
 ―――本当にヴェルダったらザルっていうよりも沼ね。本当に。
 幼い子どものようにお猪口を両手で持って、ちょっと怪しい顔でお酒を飲むティアリスにヴェルダは苦笑を浮かべる。
「もうそろそろティアリスはここでお酒を飲むのは止めにしときなさい。顔が怪しい」
 そう言われると、ティアリスは、
「いーや」
 と、断固それを拒否した。
「酒は飲んでも飲まれるな、だよ?」
「ええ、そう。でも私はヴェルダを飲ませて、酔わせて、へべれけにするの」
「へべれけにして、どうするのさ?」
 月が映る酒を飲み干す。
 そしたらティアリスがヴェルダに抱き着いて、彼女の豊かな胸の中で泣き出す。泣き上戸?
「どうしたのさ、喧嘩でもしたのかい?」
「私の事はどうでもいいの。私が知りたいのはヴェルダの事なんだから。私たち友達でしょう? 友達が馬鹿な恋をしていたら止めたいし、相談にだって乗りたいし、愚痴だって聞きたいし、愚痴りあいも惚気あいもしたいし、たくさんそういうのしたいの! 話してよ、ヴェルダ。元気の無い事。愚痴って、愚痴って、愚痴って、ぱぁーっと騒いで………」
 そのままティアリスは眠りに落ちる。
 そんな彼女にヴェルダはわずかに両目を見開いて、それからくすりと笑う。
 とても幸せそうに、嬉しそうに。
「ありがとう、ティアリス」
 そっと、ティアリスを起こさないように両腕で抱えて、ティアリスの額にヴェルダはキスをする。
 そしてティアリスにヴェルダは膝枕をし、ティアリスの着物の乱れを整えてやる。
 それからそっと指先でティアリスの肌をなぞった。
 ティアリスはくすぐったそうに眠りながら笑う。
「ありがとう、ティアリス」
 ティアリスはその言葉が届いたようにくすっと笑って、
「どういたしまして」
 と、呟いて、その後は心地よさそうにヴェルダの太ももの柔らか味を感じながら眠り続け、ヴェルダは沈んでいく月、明けていく空を見続けながらお酒を口にし続けた。
 その太ももにティアリスの重みと温もりを感じながら飲む酒は、とても美味しく、そしていつもよりも彼女を心地よく酔わせる。
 ヴェルダは絵描きの彼の名前を口にし、そして、
「私はたくさんの大切な友人に囲まれて、幸せに暮らしているよ」
 と、最後の星に向かって囁き、
 そうしてその星がそれを聞いて安心したかのように、ふと太陽の光にその身を消されたのを待っていたかのように、ヴェルダは、とても美味しい、友人の体温を感じながら飲み続けたお酒に、深い眠りに誘われた。



【ラスト】


 とても快い、幸せな夢を見た。
 それは大切な彼の夢。
 自分がこの手で殺してしまった彼は、ティアリスの額に優しくキスをして、その後に馬鹿だな―、ティアリスは、と呟き、そして幸せにおなり、と、願ってくれた。
 それは起きると共に忘れてしまった夢。
 だけど柔らかな感触と、心地よい弾力、優しい温かみを感じながら目覚めた彼女の胸にはほんわりと温かな温もりがあって、それがとてもティアリスを幸せにしてくれた。
「ヴェルダ?」
 瞼を開くとヴェルダの顔があり、そしてものすごく珍しい事にどうやら彼女は酔いつぶれてしまったようで、
 それを見たティアリスはくすくすと微笑んで、そっと身を起こすと、今度は自分の太ももの上にヴェルダの頭を乗せて、子どもをあやすように優しくとんとん、とヴェルダの背中を叩きながら子守唄を詠った。
 優しい歌声はとても清らかな願いのように朝の空気に溶け込んでいき、そしてそれは確かにヴェルダにも届いたようで、いつも超然とした大人の女性の表情を浮かべているヴェルダが幼い少女のように「うぅーん」、というかわいらしい寝言を呟いて、そして朝の空気にティアリスの嬉しげな笑い声が、ヴェルダの幸せそうな寝息と重なって、流れていた。



 【END】


 ++ライターより++


 こんにちは、ティアリス・ガイラストさま。
 こんにちは、ヴェルダさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 このたびはご依頼ありがとうございました。


 いかがでしたか?
 女の友情、というのをテーマにして書いてみました。
 お互いを思いやる気持ち。
 過去を昇華しようと想う気持ち。
 抱く想い。
 人として、大切なそんな想いを抱きあっているお二人を書けてとても嬉しかったです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年10月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.