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『饅頭と少年 』
楓・兵衛3940


 嬉璃が楓兵衛(かえで・ひょうえ)の部屋を訪れたのは、多分、暇をもてあましていたからだろう。彼女がこの『犬のふぐりの間』を訪れる時は、暇で暇で仕方がないか、ろくでもない事を思いついた時だけなのだ。そして大概、兵衛は彼女の暇つぶしの相手をさせられるか、遊びの道具にされる運命にある。が、しかし。この日は少し、違っていた。

「暇ぢゃろう、兵衛」
 決して彼の都合は考えない第一声に、兵衛は教科書から顔を上げた。日々鍛錬を怠らない兵法師といえども、小学生は小学生。学業もまた本分であり、明日はテストがあるのだ。普通、教科書を開いて勉強している小学生を見て、暇そうだと思う者は居ない。だが、この場合相手が悪かった。このあやかし荘の影の(?)主とも言うべき彼女は、『普通』ではないからだ。当然ながら、
「いえ、残念ながら今は…」
 と、断ろうとした兵衛に皆まで言わせず、嬉璃は
「仕方ないのう。わしが少々、話相手になってやるのぢゃ」
 とばかりにちゃぶ台の前にすとんと座った。こうなっては兵衛に抗う術は無い。名残惜しげに教科書閉じつつ、溜息を吐いた兵衛に、嬉璃がにやり、と笑った。
「何でござるか、嬉璃殿」
「いや、日々精進を重ねて居るおんしでも、やはり『てすと』は怖いものらしいと思うての」
 一体どこで明日が『てすと』であると聞いてきたのか。内心舌を巻きつつも、兵衛は努めて平静に、いえ、と首を振った。
「怖い訳ではござらぬよ、嬉璃殿。これもまた本分故、疎かにしとうは無いのでござる」
「怖くはないのか」
 こくり、と頷くと、嬉璃はむうう、と眉根を寄せた。…つまらないらしい。
「学生というものは、皆『試験』だの『てすと』だのが怖いと聞いたのぢゃが…」
 誰がそんな話をしたのやら。大体の予想はついたが、兵衛は黙ってまた、溜息を吐いた。
「修行中の身とは言え、拙者は仮にも兵法師、テストごときに臆しはせぬのでござる」
「注射はどうぢゃ」
「痛みに臆するようでは修行など…」
「地震はどうぢゃ」
「いつかは止むでござる」
「雷は」
「それも同じく」
「火事は」
「消えぬ火事もまた、ござらぬ。次は、『親父』と来るのでござろうが…」
「それでは、何が怖いのぢゃ!怖いものを言うのぢゃ!言わぬと酷いのぢゃ!」
 『酷い』の内容を一瞬のうちに想像した兵衛は、やれやれと肩を落とした。何が怖いかと言われて素直に嬉璃に話す程、兵衛も間抜けではない。だが何か言わない限り、解放して貰えそうにないのもまた、確かだった。
「ううむ…どうしても、教えねばならぬのでござるか」
「当たり前ぢゃ」
 考えあぐねたところで、ふとある事を思いついた。つと嬉璃から目を逸らし、呟いてみる。
「…饅頭」
「んん?」
 身を乗り出した嬉璃をちらりと見やり、再び目を逸らして、言った。
「…饅頭が…怖いのでござる」
「ほほう、饅頭が怖い、とな?」
「どうか、これは内密に…」
 目を伏せて言った次の瞬間、嬉璃の姿は消えていた。
「ううむ…」
 兵衛は軽く唸って、また教科書に手を伸ばした。以前聞いた小噺を思い出して言ってみたのだが。
「嬉璃殿は、もしや真に…」
 呟いた兵衛の前に、どさり、と何かが落ちてきて、彼は思わず飛び退った。途端に嬉璃の嬉しそうな声が響く。
「ほほう!本当なのぢゃ!」
 ちゃぶ台の上に山と積まれた物体を見て、兵衛はもう少しで笑みを漏らす所だった。だが、ここで引いては、面白くない。むうう、と眉間に皺を寄せると、じろりとその物体…饅頭の山を見やり、慌てて目を逸らした。我ながら臭い芝居と思ったが、絶好調の嬉璃はすっかり騙されているようだ。嫌がる兵衛を、にこにこしながら見詰めていた。
「あいすまぬが、こ奴らを外へ出してはくださらぬか、嬉璃殿」
 苦しげな声を出せば、嬉璃はにんまりと笑って、
「嫌ぢゃ」
 と答える。
「ならば仕方がないでござる。こうして目を逸らしておれば堪えられぬものでも無かろう故…」
「それはいかん」
「いや、良いのでござる。これくらいなら、まだ…」
 平気、などと言い終える間もなく、また嬉璃の姿が消える。そしてすぐにまた饅頭の山が届けられ、兵衛がまだまだ、と苦しげに呟く。するとまた、嬉璃が飛び出していく。最初はちゃぶ台の上に乗る限りだった饅頭の山は、何時の間にやら四畳半を埋め尽くす勢いだ。包みを見れば、既に町中の和菓子屋を制覇しているのがわかる。
「ふうむ、そろそろ…」
 包みの一つに手をかけて、がさがさと開く。
「ほう、赤福…」
 ぱくり。
「こちらはみたらしか」
 ぱくり。
「おお、漉し餡も」
 ぱくぱくぱくぱく。こうなるともう止まらない。元よりそのつもりではあったが。小学生らしからぬ速度で、兵衛は目の前の団子の山をクリアした。
「…このように沢山の団子を食うのは、きっと一生のうち最初で最後でござろうな」
 けふ、と息を吐きながら、兵衛はのろのろと立ち上がった。廊下へ出ようとした所で、駆け込んできた嬉璃と衝突した。腹が一杯なせいだろう、いつもの三割増しに重い体で、すとん、と尻餅をついた。その上からばらばらと団子が降ってくる。さすがにもう食べる気がしない。そう…やはり最後は。
「ひょ…兵衛?」
 散乱した団子の包み紙やらパックやらを見回して、目を白黒させている嬉璃をちらりと見上げて、言った。
「ううむ…今度は、渋いお茶が怖いでござる」
 次の瞬間、騙されたと気づいた嬉璃の悲鳴があやかし荘中を震わせたのは、言うまでもない。してやったりと思わず笑みを浮かべてしまった兵衛が、翌日からどんな目に遭ったか…。あやかし荘の住人たちをして、『語るも哀れ』と言わしめた顛末は、また別の話である。

<終り> 

PCシチュエーションノベル(シングル) -
むささび クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月25日

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