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『南瓜お化けの日 』
藤野 羽月1989)&リラ・サファト(1879)

●準備
 毎日見上げているはずであるのに、いつの間にやら空はすっかりと高い。夏の身を焦がすような陽光とは打って変わり、柔らかな日差しが木立の影をいくつも落としていた。
 閑静な和風邸宅である。
 隅々まで手入れが行き届いた庭には、季節の花々が咲き乱れている。毎年、この時期になると梢にこぼれんばかりの小さな花を付けた金木犀の甘美な香りが大気に溶け出して、ここら一帯に漂う。それをめいっぱい含んだ心地よい秋風が撫子や竜胆、吾亦紅などのこうべを儚げに揺らしていた。

 ソーンでは「悪戯か、お菓子か」でお馴染みの祭りが近づいていた。子供達が火を灯した南瓜の提灯を手に、近所の家々を回ってお菓子を貰う習慣である。
 例に逸れることなく、ここでも祭事の準備が着々と進められていたのだった。
 斜光の降り注ぐ濡れ縁に腰を下ろし、藤野羽月(とうの・うづき)はナイフを手に、手際良く南瓜をくり貫いている。脇には従来の深緑色のものの他に、赤や白といったこの祭典ならではの大小様々な南瓜が大きな籠に盛られていた。
 提灯の目の部分をくり貫いた辺りで、一息付く。それから、振り向き様に台所へと視線を投げる。

 その台所では、エプロンを付けたリラ・サファトが夫のくり貫いた材料で、焼き菓子をこしらえていた。遊びに来る子供たちに配るためのお菓子である。
 香ばしい香りが室内を満たしている。竈の中を覗けば、南瓜パイがこんがり狐色に染まっていた。
「うん。良い感じ」
 頃合いを見定めて、熱々のパイを取り出す。リラの横では、飼い猫の茶虎が興奮気味に尻尾をパタパタ振りながら、お菓子の魅力につぶらな瞳を輝かせていた。
 粗熱が引いた後、それらのお菓子を可愛らしく包んでいく。鼻歌交じりにリボンで蝶結びを作っていると、提灯入りの籠を抱えた羽月が暖簾を分けて台所に入って来た。
 すると、リラが慌てて後ろ手に何かを隠した……ような気がしたのだが。
「リラさん?」
 籠を片隅へ押し遣り、口元に微笑を浮かべたまま、僅かに眉根を寄せてみせる羽月。青の双眸は勿論、愛しい女性を捉えている。
 明らかに動揺している姿。それがまた愛らしいのだ。
「えっと、あの……あ、丁度一区切りしたところですし、休憩にしましょう。ね?」
 そう言うと、食器棚の中から茶器を出しつつ、代わりにその『何か』を仕舞い込んだ。
 一体、あれはなんだったのだろう。
 茶の間で胡坐をかいてそのようなことをぼんやり考えていると、当のリラが緑茶を運んで来る。いつも通りの妻のにこやかな顔。
 卓袱台の下では、茶虎がリラからお菓子のおこぼれを貰って、ご機嫌である。

●祭事の夜に
 時は流れて、祭り当日。
 日が暮れ、街中が幻想的で怪しげな雰囲気に包まれる。
 家々の軒先や通りには、数え切れない程の南瓜提灯が吊るされている。皆がこの日のために用意したものである。どれも少しずつ表情が異なっているのは、作り手の性格が滲み出ているからなのであろう。一つ一つ見比べていくだけでも、実に面白い。
 その中に火が灯されると、まるで本物の南瓜お化けの大群かと見紛う程に、迫力もひとしおというもの。
 普段とは違う特別な日に、子供達も大はしゃぎだ。今日だけはちょっぴり夜更かししたって、大人に大目に見てもらえる。その上、美味しいお菓子まで貰えるとあっては、無理もない。
 そこここで、魔物の衣装を纏った人々が行き交っている。明るい笑い声、歓喜にも似た悲鳴が木霊した。

「リラさん、邪魔しても良いだろうか?」
 寝室の襖障子の外側から、羽月が声をかける。
 彼は妻に内緒で、予め支度していた吸血鬼の格好に身を包んでいる。白いワイシャツの襟元を蝶ネクタイで飾り、黒いスラックス、黒マント、シルクハットという身ごしらえはいつもの彼とは大分違う印象だ。
 これでリラを驚かせようという茶目っ気たっぷりの演出なのだが、はてさて……。
「あ、ちょっと待って…………はい、どうぞ」
 なぜだか少々躊躇したものの、ややして許可が下りる。
 思い切って襖を開ける羽月。姿見の前のリラと目が合う。
 そして、沈黙。
 そこには、浅緋色のワンピースとマント、頭にトンガリ帽子を乗せてリトル・ウィッチに扮したリラが、きょとんとした表情でこちらを見ていたのであった。まさか、彼女もまた自分と同じことを考えていたとは。
 一瞬、目を丸くするも、自らの仮装などすぐに忘れて、リラの姿に心を奪われてしまう。
「リラさんにぴったりだな」
 感嘆の溜息を漏らす羽月に、リラが歳相応のはにかんだ笑みを浮かべる。
「羽月さんも、とても良くお似合いです。でも、これじゃあ、お菓子を取りに来る子供達が逆に驚いてしまいますね」
 顔を見合わせ、2人してくすくすと笑う。
 と、早速玄関を叩く音が聞こえてきた。
「お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ!」
「あ、いけない!」
 ぱたぱたと駆けていく妻の後姿を目で覆いながら、羽月は独り、微笑んでいた。

 リラの推測通り子供達は最初、2人の仮装にぎょっとしたものの、
「うわぁ、可愛い魔女さんだね」
「お兄ちゃんも格好いい」
 などと、すぐに打ち解けてしまった。純粋さの成せる業とでもいうべきか。手製のお菓子を渡してやると、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
「有り難う、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
 子供達はぺこりとお辞儀をすると、軽快な靴音と共に駆けて行ってしまう。
 決して戻れ得ぬ『刻』。永遠ではないからこそ、それは光り輝くのだろう。あの子供達の無邪気さが羨ましくもあり、またかつては自分もそうであったのだと懐かしくもある。
 彼らを見送る傍ら、妻の肩へ回した手に自然、力がこもった。

 その後もリラの焼き菓子は盛況で、子供達へ渡す分はあっという間になくなってしまったのである。

●悪戯? お菓子? それとも……
 屋敷には再び静寂が戻っていた。
 南瓜提灯の明かりだけで濡れ縁に出ると、冷たい澄んだ空気が肌に触れた。草むらに潜む虫の音が届いてくる。
 ふと空を見上げれば、下弦の月が中天に掛かっていた。不気味に赤い。いつもならば不吉の前触れかと思うところも、今日という日にはそれもお似合いであろう。

 星月を愛で、湯呑みを仰いでいると、リラが隣に腰を下ろした。先日同様、両手を背に回して、何か隠し持っているようだ。
 リラが囁く。
「羽月さん。お菓子と悪戯、どちらが良いですか?」
 彼女の持っていた物、それは羽月のために作っていた甘くないお菓子であった。
 先程、屋敷に訪れた子供達に酷似した表情を浮かべている。これで辺りが暗くなければ、頬を薄紅に染めていたのが見て取れたはずだ。
 羽月の答えは勿論「悪戯」。リラがどんな悪戯をするのか、是非にも見てみたい。かといって、せっかくこの日のため、そして自分だけのために作ってくれたお菓子を無下にはしたくなかった。
 暫しの思案後、羽月は結論を告げた。
「どちらも、というのは欲張りかな?」
 予期せぬ夫の言葉に、小首を傾げるリラ。が、ふっと笑うとお菓子の包みを羽月の目の前に差し出す。受け取り様に、リラが素早く彼の頬へ唇を当てた。丁度、風が通り過ぎて行くかのごとく、そっと、そっと……。
 これがリラの羽月への悪戯なのだ。恥ずかしげに俯いている。その様子がこれ以上なくいじらしい。
 気付けば、羽月はリラを抱きしめていた。

 狂おしい程に愛しい女性。
 妻と共にいられること。
 傍にいてくれること。
 こうして抱きしめていられること。
 その全てに感謝の想いを込めてリラの華奢な体を包み込み、柔らかな髪に口付ける。
「羽月さん……」
 戸惑いの色が混じった声音を漏らして、リラが仰ぐ。ライラック色の瞳に自分の姿が映っている。
 出会いがあるなら、別れの時はいつか平等に訪れる。この世の万物の理であり、誰しもが――例え神とてそれは逃れようのない定めだ。けれども、自分がいることで彼女が幸せであるのならば、決して彼女を離しはしない。
 この瞳が悲しみで曇ってしまわぬように。
「少しだけでいいから、今はこのままでいさせて欲しい」
「……はい」
 リラがそっと頭を傾けて、羽月の胸へ預ける。

 秋の夜長である。
 穏やかなひとときがゆるゆると過ぎ、2人の夜は更けていく――。


―End―


【ライター通信】
 こんにちは。ライターの日凪ユウト(ひなぎ・―)です。 お世話になっております。
 この度は、シチュノベ(ツイン)をご発注いただきまして、誠に有り難うございます。そして、お疲れ様でした。

 今回は「ハロウィンのお話」ということでしたが、作中では「ハロウィン」という単語を使わずして描写させていただいております。私の中では、羽月さん=和風な二枚目お兄さんというイメージがありまして、どうしても和風であることに拘りたかったんですね。ですので、なるべくカタカナ単語を少なめにし、且つ表現もちょっぴり和風チックにしてみました。このようなハロウィンを作り上げてみましたが、いかがでしたでしょうか?
 ところで、毎度のことながら、お2人の仲睦まじさは本当に素敵です。もう、プレイングのほのぼの感がたまらなく癒されました。羽月さんとリラさんの仮装、是非にも一度拝見してみたいものです。きっと、よくお似合いなのだろうなぁ、と思います。
 なお、違和感などありましたら、テラコンにて遠慮なく著者までお申し付け下さいませ。

 それでは、またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願い申し上げます。


 2005/10/25
 日凪ユウト
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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聖獣界ソーン
2005年10月25日

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