▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『にがいアップルパイ』 』
セフィス1731


 訓練所グランドの門をくぐると、賑やかな声が聞こえて来た。竜騎士候補生達が、初めて飛竜に乗るようだ。
 トンボが行き交う庭、通路の脇には秋の雑草が生え放題である。彼らの嬌声が風と共にセイタカアワダチソウを揺らす。
 セフィスは、竜騎士養成機関の事務所を訪れたところだった。スーツを着こなし薄く化粧をしたこの姿だと、普段飛竜に乗ってランスを振り回すところは想像できない。
 遠く、グランドの真ん中に、一頭の行儀良い竜が伏臥の姿勢で騎乗を待っている。その横には30名ほどの竜騎士の卵が並んでいた。
 セフィスはハイヒールの歩を緩めた。淡いローズに染めた唇を笑みの形に動かし、見習達に視線を止めた。
竜の手綱は教官がしっかり握っているが、順番の来た者は、びくつきながら竜の腹に触れる。まず、鋼鉄のように固く冷たい鱗の感触に驚くことだろう。
 突然に竜が鳴いた。象の泣き声に似たその声。竜騎士のセフィスには、それが挨拶に似たものだと知っている。だが、騎士候補生は驚いて後ろに飛びのき、さらに芝の上に尻餅をついた。他の生徒達はどっと笑い声をたて、広いグランドに声が響いた。セフィスも失笑を噛み殺す。

 セフィスは、自分の候補生の頃に想いを馳せた。真面目に学んではいたが、それでも失敗のにがい記憶は色々と残った。その中での最高は・・・。
『やっぱり、アレよねえ』と頬に手を置く。知らず、ため息が出た。

* * * * *
 セフィスの相棒は、光によって紫にも青にも見える美しい飛竜だ。セフィスにはその鱗の色合いも自慢の一つだった。
セフィスは小遣いを削ってワンランクいい肉を与えていた。流行の服も新しい髪止めも我慢した。自分が着飾るより、相棒が綺麗と言われる方が嬉しい。そんな心も通じていたのか、竜はセフィスに懐いてくれているように見えた。
 外見が美しいだけでなく、もちろん騎乗竜としても優秀だ。ルビーの瞳は知的に輝き、セフィスの命令を聞き違うことはない。俊敏な動きと強靱さ、あ・うんの呼吸。こんなに気が合う相棒と出会えた自分は幸せだ。セフィスは、彼が運命の竜だと思っていた。竜騎士の最終試験も、首席か二位で通過できそうだ。

 試験の内容は、自在に竜を操れるかどうかだ。最終試験は、実際に街へ出る。聖都エルザード内を指定された通りに飛ぶというものだった。教会のツインタワーの間をすり抜け、湖を水面スレスレで飛び、市街地は低空でしかも建物に掛からぬように通過せねばならない。合格者の中で速かった者3位までが表彰される。セフィスは当然表彰台を狙っていた。
「がんばりましょうね」
 竜はセフィスに鼻を撫でられて、嬉しそうに目を細めた。

 天気は快晴、風も無く、よい気候だ。相棒と共に空を飛翔するセフィスは、あまりに心地よくて、試験というのを忘れそうだった。
 指定の湖面を水しぶきを立てて飛ぶと、キラキラと水滴に虹が出来た。のんびり遊んでいた水鳥の集団が、驚いて次々と飛び去る。
「驚かせてごめんなさい〜」
 湖畔に佇む教官が見えた。頭上、腕で大きく輪を作った。ここは合格だ。

 次に通る双塔が見えて来た。騎乗竜はスリムタイプではないので、注意が必要だった。だが、ここさえ通れば後は楽勝だ。
「行くわよ。おなか、引っ込めてね」
『まかせろ』と言うように、相棒がパォゥと鳴いた。
 広場を隔てて立てられた二つの塔の間を、竜は体を斜めにして抜ける。セフィスも斜めの状態で首にしがみつく。騎乗者が壁に触れてもいけないので、足をぴたりと鱗に密着させた。天に青い片翼が見えた。真上にピンと、指先まで伸びたような美しい所作だ。地面に近い方の翼も、地を擦る衝撃も無く無事に抜けた。
「尾に気をつけて!」
 相棒も心得ている。“体が通って安心した途端にシッポが壁に触れる”などという失態は犯さなかった。

 最後は、低空で市街を通るというものだ。飛竜の起こす風で、街路樹が震える。セフィスは「もっと速く」と相棒を煽った。頬に強い風が当たり、気持ちを高揚させる。
「もっともっと速く!」
 疾走感がセフィスを瞬間攻撃的な性格に変えていた。それは、たぶん、竜も同じだった。
 大通りに市場が出ていた。翼の煽りで屋台が転んでもまずいので、少し速度を緩めた。このスピードだと、店に並ぶ野菜や木箱の中の果実も認識できた。艶やかにピーマンの緑が光り、茄子の表面からはつるんと雫が落ちそうだ。
『試験が終わったら、前祝いに御馳走を作ろうかしら。何がいいかしらねえ』
 食材に目を止めて、そんな事を考えていた、その時。
 がくりと高度が下がった。
「えっ?えっ?なに?どうしたの?」
 まるで飛ぶのをやめたみたいな降下の仕方だ。
 竜は、市場の細い通路に向かって突進していく。セフィスにも、灰色の石ただみの上をちょろちょろと動く小さな生き物が見えた。
『ねずみ?』
 もしや、狩猟本能に突き動かされて、ねずみを追い始めたと言うのか?
「ダメよっ!戻って!」
 いくらセフィスが手綱を引いても、親友はびくともしない。ねずみの走りを追い、ついに市場に突っ込んだ。
「うわーっ!」「きゃあ、竜!」
 進行方向では、相棒を見た通行人が悲鳴を挙げる。セフィス達が通りすぎた背後では、出店の建物が倒壊する音、荷が崩れる音、瓶が割れる音が派手に響いていた。
「ねずみなんておいしくないわよ!」
 あんなにいいお肉を与えているって言うのに!
 
 追われたねずみは籠の林檎をひっくり返し、それを追う竜はカボチャを積んだ荷車を壊した。食材は道にごろごろと転がっていく。屋台や樽にぶつかって割れ、踏んだ婦人はひっくり返り、果肉の破片は四方へ飛び散る。竜の鼻面に叩かれ横倒しになった屋台は魚屋のもので、銀に光る鰯の群れが道に放り出された。
 セフィスは涙まじりの悲鳴のような声で、何度も相棒の名を呼んだ。
 セフィスの声は耳に届かないのか。心に届かないのか。あんなに通じ合っていると思っていたのに。こんな大切な時に。紅く血走った竜の目には、もうねずみしか映っていない。
 手綱を握ったセフィスの指から、力が抜けていった。私には何の力も無い。私に、友を抑えることはできない。
『わかったわ。気が済むまでねずみを追いなさいよ』
 自暴自棄な気持ちだった。もう止めることは諦めた。

 ねずみは市場の通りを走り抜けると、突き当たりの塀に空いた穴へぴょんと飛び込んだ。停まりきれず飛竜は塀へ激突し、セフィスは道へ振り落とされた。背中でべちゃりと鳴ったのは、トマトを潰したのかもしれない。
 相棒の興奮はまだ醒めず、唸りながら塀に頭をぶつけている。
「セフィス!大丈夫か!」
 騒ぎを知った教官達が駆け付け、竜を鎮めた。セフィスはのろのろと起き上がり、手で背に張り付いたトマトを剥がす。朱色の汁が血ならいいのにとさえ思った。
 
 最終試験三つ目のテストは0点だったが、他の成績はよかったのでセフィスは落第しないで済んだ。ただし、あの事件で5日の謹慎を食らった。5日間、自室から出てはならず、終了式の式典にも出席できなかった。
 今頃、仲間達は礼服を身に付け、賞状とバッジを受けているのだろう。セフィスはベッドの上で膝を抱えたまま林檎を齧った。ベッドの上には30個ほど林檎が乗っている。市場で傷つけてしまった商品を、全部買い取らされたのだ。床は、ピーマンの籠やらトマトのバケツやらオニオンの木箱やらで、足の踏み場も無い。竜騎士になってから半年、お給料からこれの賠償金が引かれ続けるのだ。
 泣くものかと、セフィスはさらに膝をきつく抱き、敵に挑むように激しく林檎を齧った。

「セフィス?」
 ノックと共に扉を開けたのは、竜の飼育担当者だ。部屋を一瞥すると、気の毒そうな視線をセフィスに向けた。
「なにか?」
 見返すセフィスの視線には棘がある。
「・・・謹慎はいつまでだい?」
「5日って聞いているでしょう?学園中が知ってるわよ。あと2日よ」
 セフィスがため息をついたのはわかるが、なぜか彼も落胆の息を吐いた。
「君の相棒が・・・食べないんだ」
「え?」
「事件の後から、食事を取らないんだよ。きっと失敗にしょげているんだ。毎日会いに来ていた君も来ないから、愛想をつかされたと心配なのかも」
 あの子が。
 小犬のように気弱に竜舎で蹲まる青竜の姿が目に浮かび、一瞬胸が痛くなった。
 だが、「いいえ」とセフィスは唇を噛む。
「しょげているなんて、人間じゃあるまいし。頭を撃ったけど、検査はしたの?あ、そうだ、私がいい肉をあげてたからだわ!」
 あの子は竜なのだ。友達でも愛玩用ペットでもない。心が通じる等と自惚れてはいけない。セフィスが冷静に状況を判断し、制御すべき相手だ。
 いい気になって速度をあげすぎた。相棒の精神に注意すべきだった。市場に入る時も、話しかけて下の様子から気持ちを逸らせる等すればよかったのだ。今回は怪我人が出なくて幸いだった。
「空腹が耐えられなくなれば、安い肉でも食べるでしょう。ごめんなさい、私が甘やかしたせいで」
 いや、自分が「甘えて」いたのだ。精神的に相棒に依存していた。『気持ちをわかってくれる』なんて。それは、自分の未熟さをフォローして欲しいというわがままだ。
 いい竜騎士になりたい。セフィスは強くそう願った。

「セフィスの謹慎が解けるのを待って、みんなで卒業パーティーだそうだね。
 何か食べ物のリクエストはある?伝えておいてやるよ」
 飼育係りの提案に「そうね」とセフィスは部屋を見渡す。
「アップルパイとピザ、かしら。ここの食材を使って」
 やっと、ふふっと笑顔を作ることができた。シナモンの甘い香りを想像して、頬が緩んだ。


< END >
PCシチュエーションノベル(シングル) -
福娘紅子 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年10月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.