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『aim to 』
久我・高季3880)&曲・闇虎(3884)

「闇虎」
久我高季は夢に名を呼ぶ自分の声で、眠りから醒めた。
 暁闇の深さを漸く抜けて、曙光がカーテンの隙間から覗く刻、高季はそのまま闇が払われ、世界が朧気に形を取り戻し始める様を凝視しながら、夢に得た思考を深く、裡へと沈み込ませていた。
 傍らに寝息を立てるは異形――数多の獣性を秘め、風雨を操る。此の国で最も旧い妖の一族、鵺。眠るまでは情を、先までは夢の逢瀬を交わしていた相手だ。
 寝ても醒めてもとはまさにこの事か、と己の思考に苦笑して、高季は視線を横に流した。
 曲闇虎と名乗って意外な程巧みに、場合によっては自分以上に現代社会に馴染む彼……なのだが、今現在は女性である。
 己の性別すら自在に操るこの妖は、サービスと称して女性体となった昨夜の流れから、そのままで眠ってしまったようだ。
 シーツの上に無造作に乗せられた腕、剥き出しの肩へと続く琥珀の肌は朝の光に金を帯びるかのようで……それはいつか、闇虎自身に送られた裸石の色合いに似る。
 高季は僅かに目を細め、光量を増す朝日が浮かび上がらせる闇虎の横顔を眺めていたのだが、静かな時間はベッドサイドに置かれた携帯電話が一定の律で繰り返す振動に破られた。
 高季の見守る中、腕だけが伸びて迷わず携帯電話を掴み、振動を止める……タイマーで起床時間を設定していたらしい、闇虎は片手に携帯を握り締めながら上体を起こして大きく伸びをする。
「ぁ〜……あ、悪ぃ。起こしちまった?」
大きく欠伸をする途中、高季の視線に気付いた闇虎が軽い謝罪を向ける……声こそ高いが、少し掠れるような語尾と口調、そして朱金と青灰の瞳は変わらない。
 左右を違えて同じ色合いを持つ、己の瞳に無意識の動作で手をやって、高季は問いに問いで返した。
「いつも、こんな時間に?」
起きているのか、と主語を欠いた高季の短い問いに、闇虎は肩を竦めて眉を上げる。
「年寄りは朝が早いモンだろ」
 自分より起床時間が早い事は知って居たが、日常的にここまでとは思わずに高季は沈黙する。
 実年齢で言えば高季とて六十三の立派な高齢者である……が、やはり齢、千を越える妖には背伸びしようが逆立ちしようが敵わない。
 とはいえ、双方共に肉体の年齢は二十〜三十代で、一般的に認識される老年の常識が対応するかは甚だ疑問であるのだが。
 納得は出来ない答えを胸中に納めたまま、高季はベッドから滑るように抜け出した闇虎を眺め、歩みに緩やかに波打つ黒髪の流れる背に、声をかけた。
「頼みがあるんだが」
声に振り返る闇虎が小さく首を傾げるのに、ベッドに上体を起こし返答を待たずに続ける。
「三日程ずっと、本性のままでいてくれないか」
本性……闇虎、の名が示すとおり、赤黒い虎の姿が彼の本来の姿である。
「……どして」
前触れも脈絡もなく。全く唐突としかいいようなの要請に、思った通り説明を求める闇虎に、高季は。
「どうしても」
理由を告げぬまま、けれど求める要求を撤回はせずに、闇虎を見詰めた。
 その眼差しを真っ直ぐに受け止めて、闇虎はその裡に答えを見出そうとでもするように、視線を合わせたまま思案に黙り込んだ。
「……まぁ、いいか」
決は軽い吐息に乗せられ、力を抜いた肩の位置が下がる。
「高季が珍しくお強請りして来たしな」
許容の理由を明確にして、闇虎は続ける。
「当然、その後俺にもお強請りする権利、あるよな?」
そうちゃっかりと権利を主張した闇虎は、にやり、としか言い様のない笑みを浮かべた。


 地は濃い赤みを帯び、縞は闇に溶ける程に純粋な黒。その対比で構成された美しい肢体でリビングに寝そべったまま、闇虎は高季を迎えた。
 本性だと家の中で出来る事がない、とついでに三日間の家事放棄を宣言し、ソファを避けて其処を定位置に陣取っている。
 マンションのリビングは狭くない筈だが、やはり体長2mを越す大型肉食獣が寝そべったままだと少々手狭に感じられる。
 おかえり、と意を示す尻尾がパタンとフローリングを叩き、高季はネクタイを抜きながら無言で頷くと、ソファよろしく闇虎を背もたれに床に座り込んだ。
「コウキ」
喉の奥で低く唸るような声で名を呼び、闇虎はそれを許さずに頭でぐいと高季を押す……嫌がっての事ではなく、腰を落ち着けてしまえば立ち難く、夕食を取らない可能性がある、事を見越して食べる準備をしてからくつろげと、妙な所でうるさい妖である。
 最も、人型を取る時は上膳据膳、食事か風呂かそれとも俺? と些かサービス過剰的なまでに家事を担っている……主夫だけに、日頃の気遣いを無碍にする訳にも行かず、高季は渋々ながらキッチンに向かった。
 用意、と言っても難がある訳でない。
 闇虎が作り置いておいた……日持ちを考え、ラップにマーカーで日付指定のされた皿をそのままレンジで温めればいいだけである。
 今日は根菜をたっぷりと煮込んだ温野菜のスープ、ベーコンと煮込んだそれに、冷凍してあったブロッコリーを適当に放り込んで彩りにし、レンジに放り込めばそれで完成……何処で覚えたんだと聞けば、忙しい奥様の為の簡単5分料理というコーナーが出典と聞いて軽い眩暈を覚えた記憶も新しい。
 肩越しにリビングを見れば、前脚に顎を乗せる形で落ち着く鵺の姿。本性の時の食事は限られるからしなくていい、と。元より自然より成った化生、糧とするなら万物の気、それだけでも事足りるのだとこの三日、勧めたアルコール舐める程度、食料を口にした様子はない。
 しかし本人は暇である以外に難はない様子で、昨日などはあまりの天気の良さに、布団を干したい衝動を抑えるのが大変だったと言い……その代り、自分がたんまりと日向ぼっこして存分に陽の香りを纏っていたのだが。
 自分だけの食事を整えて戻れば、闇虎はそれで満足したのか今度は抵抗なく、子を抱く母虎の要領で高季を身の間にすっぽりと納める。
「……食べるか?」
試しに、一口に切ったじゃがいもをスプーンに乗せて口元に運ぶが、身を伏せたまま、朱金と青灰の眼で高季を見上げるのみで動かない闇虎に、高季はふぅ、と短い溜息をついてスプーンを器に戻した。
「コウキ」
呼ばれる名は不明瞭ながら、咎める響きが籠もっている事を感じ取りつつも、高季はそれを無視して体重を闇虎に預ける。
 呼吸に揺れる腹の動き、滑らかな毛並みに手を滑らせて、流れに合わせて梳く。
「……コウキ」
不審気に身を起こそうとする闇虎を制して、高季は身を捻るようにしてその毛皮に顔を埋めた。
「俺は求めないんだな」
呟きに、闇虎の耳が動く。
 高季は手を伸ばし、縁の柔らかな毛並みを指先で触れ、皮膚の顕わな耳の内側を親指で擦る。
 手慰みな仕草に闇虎は諦めたのか、再び身体の力を抜いて高季の体重を支える。
「それとも、俺は食うにも値しない?」
「ナニヲ、言ッテ」
本性の声帯は、人の言葉を操るに不向き、と主張するだけに片言になっている闇虎に少し笑って、高季はその鼻筋に指を伸ばした。
 鼻筋を指先で軽く掻けばくすぐったいのか、髭が独特の動きで揺れ、表情と呼べるもののない獣の顔に何処か不満げな雰囲気を作る。
 この三日、闇虎は自分を求めようとしない。
 人の姿と獣の別、種としての禁忌の念を誘うそれとは一線を画して、本性で居るその事で常とは違う線が引かれてしまっている……高季には決して踏み込ませない、領域。
 この獣は本来人すらも犯し喰らう。それでいて、その無念や悲観に性を歪めることなく、ただ奔放に生きる己を貫いてしなやかに靱い。
 夢に見た。
 人を、獣を喰らい、血に染まり。朱金と青灰の瞳を神の如き残酷な慈悲深さに光らせて。
 美しい化生は、高季の喉に牙を突き立てた。
 ……あの、一瞬の恍惚。骨を砕かれ、身を食まれ、美しい獣を彩る赤になれるのだという、充足感。
 永劫に離れることなく。
 まるで神を前にする誓いのように。
「闇虎」
言い様のない満ち足りた気持ちに溶けるように、呼んで夢から醒めてしまった名を、もう一度口の端に上らせる。
 毛皮に顔を埋めたまま目を閉じた高季に、闇虎は大きく息を吐く。
「……コウキ、ナニガホシイ」
表情の乏しさを補うように、万感の思いを……この場合は呆れと諦めとをふんだんに込めた問いに、高季は目を瞑ったまま答える。
「何も要らない」
ただ与えたいのだ。髪の一筋から爪の先に至るまで全て、この獣が求めるままに捧げて、証に。
 何も残さない、証になりたいのだ。
 けれど闇虎が高季を護り続ける限り、与えようとする限り。
 そして礎となる契約が、命を繋ぐ限り、叶わぬ願いである……けれどこの身体を賭して繋ぎ止めるより他、獣の抑止力となる物を高季は持たない。
「コウキ?」
獣の体温と規則的な呼吸は眠りを誘う。そういえば、闇虎のお強請りを聞いてなかったなと思いながら……そしてその内容は大まかながらの見当をつけながら、名を呼ぶ闇虎の声に答えられずに高季は眠りの淵に沈んだ。
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東京怪談
2005年10月24日

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