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『■ひなたのなかの、かすかな羽音■ 』
聖嵐・優夢3661

 不思議な場所だ、とおもった。
 走って、走って、たどりついたばしょは。
 そこには、鬼のような誰かもいなかったし、待ち構えてもいなかった。
 かわりにいたのは、一生自分にできることのないとおもっていた、「大切なひと」と「あこがれのひと」。

 ヨドンダ バショデ イキテキタノニ

 ケーキを作りながら、そんな思いが何度も胸を突き上げてくる。
 二人の優しさに救われながら、それでも。
 優夢は、彼女は、何度も───すぐそばまであった確かな過去と、たたかっていた。



『また、ですか。優夢!』

 いつ。
 いつ、また。
 あの、雷がどこからか落ちるやもしれぬと思うと。
 目の前が明るくなっても、またいつ淀んだ空間に引きずりこまれるのかと思うと。

 コワかった。

 今貴女が落として割ってしまったお皿は、我が聖嵐家と深く縁のあるお家が下さったもの。間違って割ったなどと、あってはならぬことなのですよ!
 優夢。貴女におままごとなど必要ありません。女性がしなくてはならない、本当のことを教えてさしあげますから。
 そんなようなことを、もう何度言われたか分からない。
 何千回、いや、何万回、何十万回?
 物心つく前から、そうして数え切れないほどの「家のしきたり」にがんじがらめにされてきた。
 「それ」が絶対だと思っていた。
 何故なら優夢は、そう「教えられてきたから」。
 疑うことも、あってもすぐに罰と共に打ち消された。

 でも。

 ある日、心が「拒否」をした。
 だから、彼女は家を飛び出し、ここに偶然行き着いたのだ。
 夜になってしまって、野宿しかないだろうか。
 そんなことを思った、矢先のこと。
 ここは、あたたかな人たちのいるライブハウスで。
 優夢には、彼らの言うことも限りなく不思議で。
 何もかもが新鮮で。
 やさしくて。
 ようやく、「自分は好きなようにしても、少しだけならしても、いいのだろうか」と。
 思うことが、できはじめてきていた。
 目の前の二人は、いつの間にやら仲良く会話を続けている。
 その二人の会話のほとんどの単語が優夢には新鮮だったが、置いてきぼりにされた、とは思わなかった。
 なぜなら優夢は、「置いてきぼり」にされることが普通だと思っていた。だから、気づかなかった。
 単語を知ろうとすることも、特に思わなかった。
 ただ、今までと違っていたのは。
 少しだけ、
 さみしかった。

 ナレテイタ ハズナノニ

 暗く淀んだ、優夢の過去。
 いつそこに引きずり戻されるかは、分からないけれど。
 さっき二人のためにと作った、ケーキのたねのやわらかさは、ゆめではないから。
 きっと、そんな残酷なことではないだろうから。
 さみしい、なんて我侭なことを思ってしまった自分を少しだけ許して、優夢は、ひとつだけ、知らない単語の意味を尋ねた。
 こんなことは、初めてなことだったから。笑い飛ばされると思った。ええ、知らないの?とか。あ、知らないんだ。とか。驚かれたり、軽蔑されたり。
 される のか と───

 コレハ ユメ ダ

 二人は優夢が考えた、どれでもなかった。
 笑いもせずからかいもせず、真剣に考えてくれているのだと、優夢にでさえ分かった。
 だから。
 「これ」は夢なんだ。
 だって、できすぎている。
 こんな現実は、幸せすぎている。
 息苦しかった。家事を、しっかりこなせるようになって、本当の意味ではなく「誉められて」。
 嬉しいとも感じない。そしてまた、新しい家事へとステップを踏んでいく。
 食事だって、好き嫌いがあれば、見合いの時に何かと面倒かもしれない。
 そんな不安要素はすべて、優夢の中から排除されてきた。いつのまにか、味覚はなくなった。食事を作るときはいつも、身体が覚えていたから、ただ、それだけのこと。
 おいしい、なんて思える日が、またくるだろうか。
 お見合いの席で、つくり笑いをするのも慣れている。
 それでも「無表情」に近くて。
 けれど、それは優夢のせいではなくて。
 どうしたらいいの、と何度も悪夢を見ては布団の中、飛び起きては歯軋りをして涙と共に心の血を飲んだ。

 コレハ ユメ ダ…………

 何度、そう思おうとしたか知れない。
 けれど、朝日は容赦なく、布団の中の優夢を現実に戻したし、誰も助けてはくれなかった。待っているだけのお姫様。かわいそうなお姫様。そんな童話を、いつか読んだことがあった、と優夢はぼんやれと思い出す毎日で。

 やだ、この方って、とっても暗いから近づくと「うつる」のよ。

 学校で、そんな風に陰口されているのも、分かっていた。それでも、つらいとは思わなかった───否、思ってはいけないと───思っていた、から。



「かみさま」
 かみさま。そこにいるのですか。どこにいるのですか。ほんとうに、いるのですか。
 だとしたら。
「どうか」
 どうか、ひとつだけねがいをかなえてください。
「わたしをころしてください」

 コロシテ クダサ イ

 がたがた、がたがた。
 何にか、分からなかったけれど。
 優夢は毎晩、「かみさま」に頼んだ。布団の中、くるまって。震えながら。



 ぱちん、と泡がはじけたように、目の前が明るくなる。
<あ───>
 オーブンの音が、優夢を現実に引き戻したのだ。
 ああ、
 これは。

 ユメ ジャ ナイ───

 うれしくて。
 優夢は、今までとまったく同じように二人と話しながら。
 思うのだ。
 この、あこがれの自分よりちいさなひとつ年下のひとのためなら。
 ひなたの香りのする、かなしく明るい大切なひとのためなら。
 こんな命なんか、何の価値もないかもしれないけれど。
<この命すら、投げ出しても>
 投げ出しても───こんな自分でも癒せるものなら、癒していってあげたい。
 初めて、優夢は。
 光のほうに、
 こころが歩き出す羽音が聴こえるのを、感じていた。



《END》
**********************ライターより**********************
こんにちは、初めましてv ご発注有り難うございますv 今回「ひなたのなかの、かすかな羽音」を書かせて頂きました、ライターの東圭真喜愛です。
今回、あえて「精神世界」での葛藤を主に書いてみました。なんとなく現実世界のことをごちゃごちゃと書くよりは、このほうが「らしいかな」と思いましたので。
「お二人」にも気持ちがしっかり届くノベルになっていることを、お祈りしておりますv
ともあれ、ライターとしてはとても楽しんで、書かせて頂きました。本当に有難うございます。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。これからも魂を込めて書いていこうと思いますので、宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆

【執筆者:東圭真喜愛】
2005/10/19 Makito Touko
PCシチュエーションノベル(シングル) -
東圭真喜愛 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月19日

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