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『歌の生まれる瞬間 』
狂歌1910)&ルヴィア・シュクレイザ(2539)



 緩やかに風が吹き、狂歌の長い髪が空に舞う。緩いウェーブのかかったそれは銀糸となり、太陽の光を受けて煌めいた。
 それを後ろから眩しそうに目を細め眺めているのはルヴィア・シュクレイザだ。
 聖都を離れ、小旅行に来ていた二人は紅葉の美しい湖畔を歩いていた。赤や黄に染まった葉は真っ青な空の下で色鮮やかに映えている。寒暖の激しいこの場所は聖都にはない、美しさがあった。
 日差しも温かく、散策するにはぴったりの日で旅行初日から天気に恵まれている。
 柔らかな笑みを浮かべた狂歌はご機嫌な足取りで、キラキラと輝く湖を横に眺めながら先へと進む。
 二人が歩く度に足下の木の葉が軽い音を立てるが、その音をリズムに狂歌は鼻歌を歌い始めた。
 やがてそれは歌詞を伴った歌へと変わる。
 ずっと心の中に暖めていた楽曲の卵が割れて歌の生まれる瞬間。
 美しい歌声で紡がれるその歌は柔らかく、そして甘い。
 ルヴィアはその曲が今まで一度も聞いた事のない曲だという事に気づき、その歌に耳を傾けた。
 それは穏やかな風に運ばれ、何処まで遠くまで飛んでいく。

 歌い終えた狂歌は、くるり、と反転しルヴィアに向き合った。
「やっと出来た」
「ええ歌やったけど、即興で作ったんか?」
 ルヴィアの言葉に狂歌は、ちょっと違うかな、とはにかむような笑みを浮かべる。
「あのね、前に曲が出来なくて煮詰まっちゃった事があったの。その時に眺めてたのもこんな綺麗な湖だったんだよ。ルビーと一緒にここを歩いてたらその時の事思い出しちゃって……自然と歌が生まれたんだよ」
 きっとね、ここに曲の卵があるんだと思うよ、と狂歌は自分の胸を軽く叩いてみせた。
「それやったら、きっと、狂歌はぎょうさん曲の卵持ってんやろうな」

 自分の歌を聞いて、幸せに感じてくれる人がいたら嬉しいとたくさんの歌を歌い続ける狂歌。
 そんな狂歌の姿をルヴィアはずっと見てきている。
 そしてルヴィア自身も狂歌の歌を聴いて心が落ち着く事が何度もあった。狂歌の歌はただ上手く美しいだけではなく、人の心に染み込んでくる。それが胸につかえた何かをゆっくりと優しく溶かしていくのだ。
 そして前へと進む道を見つけ出す。
 狂歌の歌は前へと進む力を与えるのではなく、自らその道を探させるそんな力を持っているのかもしれない。
 俺は狂歌の存在に救われている、とルヴィアは思う。
 ルヴィアがそう思っている事に気付いているのか、いないのか。
 狂歌はいつも甘えるように、笑みを浮かべルヴィアの傍で歌っていた。それが当たり前のように。

「たくさんの卵……そうかも」
 にっこりと微笑んだ狂歌は嬉しそうにルヴィアの腕に自ら腕を絡める。
 狂歌はルヴィアと一緒にいる時は、無意識に甘えてくっつく癖があった。触れていると安心するのだという。優しい気持ちになれるの、と夏の暑い日も冬の寒い日も腕を組んで歩くのが好きだった。ルヴィアも狂歌を邪魔だと思った事は無い為、いつも狂歌の好きなようにさせていた。
「でもね、曲が生まれるのは、楽しい事があったり、嬉しい事があったり、心に響く何かがあった時。……心がね、歌う時なんだよ」
 今もそう、と狂歌はルヴィアと腕を組みながら歩き出して笑う。
 ほんの少し肌寒くなった風が吹いてきても、触れる温もりがあるから温かい。
 秋になると人恋しくなるのは、気温のせいもあるのかもしれない。
 そして互いに触れて温もりを感じて、心の温かさを確かめ合うのかもしれない。
「卵がたくさん心の中にあっても、一人の時ってなかなか割れないみたい。煮詰まっちゃって大変だもの。出来ない時は本当に全然曲も歌も出てこないんだよ。そんな時はもう人生最悪な気分になっちゃって、どん底まで落ちちゃうの」
「そら難儀だな」
「冗談じゃないんだからね」
 ぷぅっ、と頬を膨らませてみせる狂歌の頭をルヴィアは笑いながら撫でる。まるっきり子供扱いのそれに狂歌は更に頬を膨らませるが、急に笑顔になると告げた。
「でもね、ルビーと居る時は凄いの。さっきもね、ルビーと一緒に旅行に来れて嬉しいなって思ってたら、自然と曲が生まれたの。ルビーと一緒にいるとね、胸が震えるみたい。歌も曲もたくさん出てくるんだよ」
 俺達多分凄く相性が良いんじゃない?、と悪戯な笑みを狂歌は浮かべてみせた。
 それにルヴィアもつられて微笑む。

 先ほど狂歌が歌ったのは甘い恋の歌。
 それはルヴィアという存在が狂歌に歌わせた柔らかく甘い歌だった。
 ルヴィアが居なければ狂歌はその歌を作る事は無かっただろうし、これからも生まれる事は無かっただろう。
 互いの存在が互いの心を震わせて、新しい物語を紡いでいく。
 狂歌が歌を歌い続けるのは、誰かを歌で救えるようになりたいと願うからだったが、その原動力ともいえるのはルヴィアの存在に他ならない。

「俺ね、もっといろんなものを見て、たくさん歌を歌って歩いていきたいの。でもね、一人よりも二人が良いんだ」
 ルビーが隣に居ないとつまらないの、と狂歌は言う。
「そらオレも一緒やねん」
 狂歌が居なんだら楽しさは半減すよる、とルヴィアが言うと狂歌はじとーっとした目でルヴィアを見つめる。
「半減? 半分だけ?」
 俺はすっごくなのに?、と言う狂歌を宥めつつルヴィアは告げた。
「嘘やねん。ほんまはもんごっつぅ。哀しみで世界の終わりが見えそうなくらいやねん」
 その言葉を聞いて狂歌は幸せそうな笑みを浮かべる。
「良かった」
 くすり、と笑い狂歌はルヴィアの頬に軽く音を立ててキスを落とす。
「明日は何処へ行く?」
「狂歌の見たい所でええんとちがか?」
「うーん。それじゃ、宿に着いたら一緒に探そうね」
 明日も楽しみ、と狂歌はルヴィアの温かさに触れながら歌を歌い出す。
 それは紅葉よりも鮮やかな夕焼けの空に溶けていった。

 きっと明日も新しい歌が生まれるに違いない。
 暖かな温もりと微笑みの中で。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
紫月サクヤ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2005年10月17日

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