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『『体温のかけら』 』
藤咲・愛0830


 紅い紅い紅い色が世界を染めている。
 空は夕日の広げた反物、薄い菫色が染めている。
 空間は紅葉。枝からくるくるとまわりながら舞い落ちた紅葉の紅が空間を染めている。
 大地は舞い落ちた紅葉。それが大地にかさばって紅に染め上げる。
 そこは緋に溢れた森の中。
 風が紅を広げていく。
 大地にかさばった紅葉を再び空間に舞い上げて、染めて、
 降り落ちて、大地に再びかさばって広がっていく。
 紅が侵食していく、森を。
 緋が伝染していく、森の広きに渡って。
 菫色の光の反物から色が零れ落ちたかのような夕暮れ時の明かりの中で、緋が広がっていく。


 それが秋の森。
 秋の森には緋が満ちる。


 それを半開きの瞳で見据えながら彼女は降り積もる紅葉に覆われて森を見つめている。
 気の早い蟻が、まだ秋だというのに活動している蟻が、彼女のやつれた色の悪い肌の上を歩くけれども、でももう彼女にそれを追い払う力は残っていない。
 くるくると降るように舞い落ちてくる紅葉が彼女を覆い包む。埋めていく。染め上げようとする。大地に転がる遺物を。
 森はきっと嫌っている。
 いや、哀れんで、森に取り込もうとしているのかもしれない。
 紅葉に覆われながら彼女は何を想う?


 どうせなら緋じゃなくって火ならよかったのに―――


 それは願いであり、呪詛。
 彼女は人を悲しみ、人を恨んでいる。
 嫌いだ。嫌い。大嫌いだ、人間なんて。
 みんな嫌い、大嫌い。
 だから火ならよかったのに。


 火ならきっと温かい。
 たくさんの降るように舞い落ちた紅葉に覆われながら、凍えるように冷たい死の闇の中で彼女はただ火を望んだ。



 嫌い、嫌い、大嫌い。
 人なんて皆、大嫌い。


 さびしくって、
 かなしくって、
 こころ、いたくって、


 彼女は人を呪いながら緋の森の中で死んでいった。
 口減らし。
 彼女は十で親に森に捨てられて、死んだ。
 彼女の小さな躯はそこで朽ち果てて、消えるけれども、そこに繋がれた呪詛は魂を捕らえ、それは秋が来て、森が緋に満ちる度に鬼へと変化していく。
 救いはある事、無く。
 口減らし。
 彼女は十で親に森に捨てられて、飢えて、病に犯されて、死んだ。



 ―――――――――――――――――――序章 十で死んだ子



【一】


 花束を持った彼女が降り立ったバス停はどこか幼い頃に両親とまだ幼かった弟たちと一緒に見に行ったアニメ映画に出てくるようなバス停だった。
 古い木製の屋根の下のベンチ、そこに置かれたバス停の標識。始めて降り立つ場所なのにどこかそれは懐かしい。
 ベンチの上には灰色の年老いた猫が居て、その猫の瞳がバスから降りてきた自分を見つめている。
 出迎えてくれた、訳ではないらしい。
 猫はバスから降りたのが彼女だけなのを見るやいなや、猫特有のしなやかな動きで、ベンチから飛び降りて、その下にもぐりこんで、それから猫の気配は消えてしまった。
 彼女は苦笑を浮かべて肩にかかる赤髪を払う。
「お客さん、このバスが今度ここに戻ってくるのは3時間後ですので、それまでにここに戻ってきてくれていないと麓へ戻るバスはありませんからね」
「ええ。ありがとう、運転手さん」
 前髪を右手の指で弄いながら微笑んだ喪服の彼女にその年若い運転手はほのかに頬を赤らめてバスを発進させた。
 それを見送って彼女はうーんと伸びをする。さすがに長時間のバスでの移動はお尻が痛い。
 彼女の能力も自分には使えないのだ。
 ここは東京から遠く離れた山間のバス停。周りには深い森が、清流があるばかりで他には何も無い。
 前は村があって、近くにはキャンプ場もあった。
 だけど十数年前にダムの計画が持ち上がり、そして元から過疎化が進んでいた村はダムに沈む事になって、そこの住民は皆移動して、キャンプ場も閉鎖された。でも不況のせいでそのダム建設の計画は立ち消えとなって、今に至る。
 ただ村とキャンプ場の廃墟だけが忽然と山間の中にうち捨てられたような場所がわびしさをかもし出す。
 それでもそれはひょっとしたらそれで良かったのかもしれない。
 この村には、場所に住んでいた人たちの中には哀しい記憶が伝え受け継がれているから。
 口減らし。多くの子をこの村の人たちは生き残るために捨てた記憶。普通は民俗学などで研究されているようにそういう記憶は違う形となって受け継がれていくようなモノだけど、でもこの村の人は、それをしなかった。
 きっと山に置いてけぼりにした子たちの目が、声が、親が流した涙が、あげた絶望が、後悔と懺悔が、贖罪としてそれをさせなかった。
 ごめんね、ごめんね、ごめんね。母さん、ごめんね。
 そう言う声が聞こえてきそうなほどに未だに悲しみが、死が、ここの空気に孕まれているような気がした。
 初めてここに来たのが七年前。まだ彼女が大学生だった頃。その日からずっと毎年秋、彼女はこの土地を、森を訪れている。
 それが彼女、藤咲愛が哀れな少女と取り交わした約束だから。


 約束。
 ―――約束をしてくれるかしら?
 して欲しいの………


 するよ。
 約束。



 指きり。



 小指は大切な指。約束をする指。糸と糸とが繋がっている指。
 ―――永遠にあなたとあたしを繋ぐ指。



 ヒールの高い靴でアスファルトを打って奏でる音は軽やかで、その音も大切な愛を演出する音。硬く響く音はだけどどこか高貴で、気高い良質の薔薇が花開くような音を想わせて、それが彼女を音色で表現するには似つかわしく、その音色に誘われるようにバス停の屋根の上にとまっていた雀たちが彼女をつぶらな瞳で見据えてくる。
 どこまでもしなやかに美しく、まるで貴婦人のようなその艶やかな色気を立ち振る舞いから感じさせて、彼女は雀たちに微笑んだ。
 どうやらその美貌は、艶やかさは、雀たちにも有効であったようだ。
 雀はまるで街中で、戯れに愛が微笑んでやった男が魂を抜かれて固まるように、愛をじっと凝視する。
 見詰め合い。愛と雀の。でもそれは通り過ぎていく車の乱暴なクラクションの音で壊れて、雀は驚いたように翼を数度羽ばたかせてから、屋根を蹴って空に飛んだ。
 それを見送って愛はそれからさらに顎の角度をあげて、空を見る。青い空。秋の昼間の空は夏の空ほど高い透明度は持ってはいない。そしてもう冬の訪れを想わせる肌寒さのせいか、その空の青はどこか硬いように感じられた。
 赤いとんぼが飛び交うキャンプ場の方から吹いた風はさらに肌寒く、そして秋特有の枯れ草の匂いを感じさせて。
 吹く風に揺れる髪。その髪に移る枯れ草の香り。だけどそれに血の匂いのような鉄錆にも似た匂いがしたような気がしたのは、それはこの村の記憶を知るから。この森で、愛は出逢いを果たしたから。
 また乱暴にクラクションを鳴らして、峠のカーブを猛スピードで走り去っていく車。それを細めた冷たい無機質な光を宿す瞳で愛が見たのは、今そこにある風景か、それとも七年前の風景か。
 瞼を閉じて、見る風景は、瞼が覚えている風景。
 今のようにこの峠で自分のテクを試したがる無謀な人間が運転する車に猫が轢かれた。その猫は車のタイヤの回転に巻き込まれて、そして数メートル走った車から開放されて、もがき苦しんで、よろけて立って、そうして道端に倒れこんでまたもがき苦しんで。
 苦痛が続くその猫に、影が、伸びて――――


 ヒキャァキャァ――――


 森から、数羽の野鳥が乱雑な響きの羽音をあげて、飛びだって、開けた瞼、広がる視界、そこにはただ今が、広がるばかり。
 そう、今が。



【二】


 大学の3、4回生ともなればそれぞれの学部の専門的勉強で忙しくなるが、1、2回生はその学部の専門講義だけではなく、さまざまな分野の知識を均等に学べるようにと、その系統の必須単位数も決められている。
 そしてその中には基礎ゼミという講義があり、これは3、4回生から始まるゼミのための準備をする講義であり、愛もまたこの基礎ゼミのコマを取っていた。
 彼女が一年間学ぶべく専攻した基礎ゼミは都市論を学ぶ基礎ゼミで、人数は1、2回生8人の小人数ゼミである。
 学ぶのは都市作りにおける公益性、弊害など。基礎ゼミながら二月にはそれぞれのゼミの研究成果を発表するゼミ討論会での発表もある。去年は長浜へと赴き、そこで五日間滞在して研究をしたらしい。
 そして今回は学園祭後の休日二日間と土日とを利用した計四日間でのフィールドワークとしてこの捨てられた村へとやってきたのだ。
「うーん、お尻がいたぁーい」
 長時間のバスでの移動、それからジーパンを履いている事も関係あるかもしれない。
「ちょっと長すぎたよね」
 お尻や腰をさする愛に友人の彼女も同意する。二人で腰をさすっていると、さらに他の友人が運動が足りんよ、と笑った。そんな友人に愛たちが半目になったのはその友人はワンダーフォーゲル部と私的な旅行で夏休みには穂高岳・槍ヶ岳を登った強者だからだ。そんな彼女と普通のか弱い自分たちとを一緒にされても困る。
 その二人の口よりも雄弁な視線に彼女は苦笑いを浮かべて、それから二人の首に腕を回してぐいぐいと締め付けて、愛たちも疲労も忘れてくすくすと笑いあった。
 ぱんぱん、と手をたたく音。
 古びた木製の屋根があるバスの停留所の前でたむろする学生たちに教授は手をたたき、その視線を自分に集めさせると、キャンプ場を指差した。
「今日からはあのキャンプ場でテントを張り、そこを拠点として活動します。所持品の確保はそれぞれ自分で責任を持ってやる事。当然、貴重品は肌身離さずに持っているようにしてください」
 ペンキが禿げた看板を目にして女性陣(一人は当然除かれる)は少し引いたような顔をした。
「どうしたのよ、皆?」
 友人や先輩たちを見て彼女は小首を傾げる。
「だってあんな、いかにも出そうな場所にあえてキャンプをするなんて…」
「それにトイレってどうなっているのよぉ〜」
 などともっともらしい事を言う愛たちに彼女は興ざめ、というような感じで鼻を鳴らすが、しかし実は男子たちのほうも引いていて、ますます彼女は大きくため息を吐いた。
 愛は苦笑し、それからあらためてキャンプ場の方を見る。そこは鮮やかな紅葉の紅葉がとても綺麗で、緋が零れ溢れるように満ちているような気がした。
 でも………
「あれ?」
 ざぁーっと吹いた風。キャンプ場の方から吹いてきたその風は秋特有の枯れ草の匂いに満ちていたが、しかしその匂いのもうひとつの名前、鉄錆びの香り………それによく似た、とても甘美で、そして恐ろしいその名前は………
 愛の肌に鳥肌が立ったのはその風が肌寒かったからだけではなく、本能的にそのもうひとつの名前に気づいていたから。
 そう、その風が孕むのは、血の匂い。
「愛、どうした?」
「ん、ううん。何でも無いわ」
 覗き込んできた友人の顔に驚いたように目を見開き、それから顔を左右に振って、鷹揚に微笑んだ。
「そう? じゃあ、行こうか?」
 もう既に他の皆は廃村へと移動を始めていて、他の皆もちらちらとこちらを振り返りながら口々に「早く」、「愛」、などと言っている。
 友人は愛の手を握り、歩き出し、愛もそれに引きずられるように歩き出して、でもその愛の足が一瞬止まって、そして愛がそちらを見たのは、
 ――――――――――――――――――――――視界の端にちらりと狐の面をつけた女の子が見えたから。
 紅葉が飛び散る血のように空間に舞い飛んで、その向こうに着物を来た彼女は走り去っていってしまった。



【三】


 物心がついた時には既にその能力を使っていた。
 母の産道を通ってこの世に産み落とされたその瞬間から人が呼吸をするのを知っているのと同じ感覚で、その能力の使い方を知っていたのだろう。
 祖父母や両親のマッサージ、最初はそれだった、能力の使い道は。その時はまだ自覚は無い。それでも無意識に能力を使っていた愛は、祖父母や両親に重宝された。
 自分の能力に気がついたきっかけは鉄棒から落ちた弟の傷口に触れて、泣いていた弟が泣き止んでくれた時。それで明確に彼女は自分の能力を知る。
 別にその能力には悩まなかった。それは忌むべき力ではない。寧ろ人を救える力。
 一時期は本気でその能力の正しき方向性であると信じられた医療関係への道を考えたが、しかし彼女がそう考えた矢先、癌で苦しむ祖母の死の場面に携わり、その祖母の痛みを癒した事で、その能力の正しき使い方とは実はそのような死への苦しみを癒しへと換える、死と直結した力のように思え、それに絶望し、故に彼女はそれを封印してしまった。
「これもトラウマ、とでも言うのかしらね」
 愛は苦笑する。
 村はダム計画で廃村となったがこの市の自治体が経営するキャンプ場はぎりぎりまで経営する方針らしく、だから心配したほどは使い心地は悪くは無かった。トイレもあるし、電気も繋がっている。
 トイレを済ました愛は手洗い場で手を洗い、口にくわえていたハンカチで手をふいて、それをポシェットの中に入れた。
「愛、そこに居てくれているぅ〜?」
 泣きそうな声がトイレの中から聞こえてくる。いっしょにトイレに来た友人だ。愛は苦笑。
「うん、居るよ。居たあげるから大丈夫。なんならここに居る証拠に歌でも歌っていようか?」
 冗談でそう言ったら、中からうん、という返事が聞こえてきたから、愛は笑った。
「冗談よ」
 そう言って愛は夜が支配するような夜空を見上げる。
 東京では到底お目にかかれないような星々が輝いて、とても綺麗だった。
 風が辺りを渡り、梢が揺れて、波のような音色を奏でる。それはいつか雑誌で見たマリンスノーのような光景にもひどく似ていて、愛は幼い子どものように無邪気に目を細めた。
「どうしたの、愛?」
「ん。星が綺麗だな、って」
「わぁ、本当。すごく綺麗。星の数が多すぎよね」
「うん」
 友人も手を洗い、そして二人はキャンプファイアーをしている皆の元まで戻って、でも愛はこっそりとそこを抜け出した。
 もう少し静かな場所で、純粋な夜の中で星を見たかったから。
 キャンプ場の出口の辺りまで歩いていく。そちらの方ならキャンプファイアーで楽しむ皆の声も聞こえてはこない。
 ほのかな月明かりを浴びる満月の明かりはとても明るく、紅葉を照らすにはそれ以上の光など考えられなかった。
 風は常に一定の風量で吹き続け、木の葉がさらさらと揺れていた。
 砂利を踏みしめて彼女は歩いていく。
 そしてざぁーっとふいに強くなった風に大きな枝が擦れる音を奏でた木を見つめ、そういえば、と、思い出す。
 愛はあの彼女が居た場所に視線を向けて、数秒逡巡した後にそちらに向かおうとして、そこで夜の闇を切り裂く車のヘッドライトが視界に飛び込んできて、足を止める。
 聞けばこの峠は走り屋たちのスポットとなっているらしいのだ。
 車はサスペンションの軋む音を奏でさせながらカーブを曲がろうとし、だがその車がぶれたかと思えば、きぃーっとブレーキがかけられる音が夜のしじまを引き裂いて、鳥が鳴き声をあげて、飛びだった。
 愛の視線も思わずそちらに行き、そして何か小さなモノが車のタイヤに巻き込まれ、通りすぎた車の下からころころと転がり出て、よろよろと立ち上がって、道路から出ると、そこでようやっと痛みにもがき出した。
 車はそこからすぐさまに走り去る。自分が轢いた命から逃げ出すように。もしくは何も思わぬように。
 愛は砂利を踏むようにその小さなモノの方へと走って、そしてそれが仔猫だと気づいたのは、それの傍らに立ってからだった。
 べこりと何か奇怪な感じで身体がひね曲がっているその仔猫に手を伸ばしかけて、でもその指先が猫に触れそうな場所で止まったのは、何もその仔猫を汚いとかそういう風に思ったからではなく、寧ろもはやその命を救えないことが一目でわかるから、だから―――


 浮かんだのは祖母の顔だった………
 ―――『ありがとう、愛』
 祖母はわかっていたのだろうか、愛の力を………


 きゅっと愛は下唇を噛んだ。
 それから両手を仔猫へと伸ばして、
「殺してあげるの?」
 ざぁー、風が吹き、夜の中で、それでも緋は鮮やかに森に溢れる。
 森の中からあの狐の面を顔のつけた子がそう訊いてきた。
「違うよ。助けてあげるの」
「嘘。その子はもう助からないよ。死んじゃうよ」
 影が伸びる。影が猫を覆う。
 それはあるいは死神、そう呼ばれるモノなのかもしれない。
 愛はわずかに目を見開くが、でも下唇を噛んで、仔猫を抱き上げて、ぎゅっと抱きしめる。
 それまで苦痛にもがき苦しんでいた仔猫はだけど彼女の腕の中で、ただ一声、「にゃぁー」、と力弱く鳴いた。
 愛はその場に座り込んで、泣きながら仔猫を抱き続ける。
「どうして?」
 それは無機質な声。感情も温もりも無い。
「助けて、あげたいから」
「偽善だよ。死んじゃうのに、もう」
「そうだね。死は、もう避けられないけど、でも楽にしてあげることは出来るから」
「だったら首の骨を折ってあげればいいんだ」
「生きて、いるのに?」
「そんなになってまで生きたくないよ。そうだ。私は生きたくなんか無かった。病気になって、飢えて苦しむぐらいなら、捨てられてしまうぐらいなら、私は生きたくなかった。生きてるから辛いんだ。だから殺すんだぁ」
 女の子の手が伸びる。
 愛は仔猫をぎゅっと抱きしめる。
 能力を開放し続ける。
 仔猫に触れようとする彼女に、愛は優しく微笑む。
「生きているのよ? だからあたしはこの子が最後まで生きられるように、生きぬけるようにしてあげるの。最後の最後までこの子が生きようとする限り、それに応え続けるわ。そしてこの子は諦めて、いないのよ」


 女の子の指が止まる。
 震える指先のすぐそこにある小さな身体はわずかに身を震わせて、そして最後の最後の一欠けらを使って、



「にゃぁ〜」



 と、鳴いた。
 鳴いて、力尽きて、そうして最後まで生きぬいて逝った。
 その顔はどこか満足げだった。誇らしげであった。
「こんな風になったのにどうして、この子、笑って死ねたんだろう? いいなー。いいなー。いいなー」
 女の子は身体を震わせて泣き出した。 
 愛はそっと仔猫の躯を傍らに置いて、女の子を抱きしめる。
 能力を開放して。
 この女の子はずっと泣いていたのだ。
 ずっと。
 心が痛くって、泣いていたのだ。
 だったらその能力を使って、彼女の心の痛みを快楽に、優しさにかえたくって………



 かえたくって―――



 自分の能力に絶望したのは、それは自分の力では死に抗えないから。
 死が絶対のものだとわかってしまったから。
 それの前では本当にそれは儚く、儚く。


 でも本当は違う。
 この能力は死に抗うモノではない。
 死に抗う心の恐怖、痛みを砂糖菓子が水に溶けるように溶かし、死を受け入れさせてあげるもの。
 そう、そういう使い方。死は怖くは無い。それは新たなる旅立ち。ただ、その旅立ちはいつだって平穏に眠るように行けるわけではないから、だからそれを平穏に変えて、送り出してあげて。



 そう。もうあたしは死を恐れない。
 自分の能力を悲観せずに、受け入れる―――



「温かい。温かいなー。ありがとう。あなたの体温が私の身体に移ってくる。とても寒かったんだ。寒くって、寂しくって、痛かったんだ。だから早く死にたかった。でも本当は、死にたくなかったぁ」
 腕の中で彼女は泣いて、愛はぎゅっと彼女を抱きしめる。
 愛の能力―――否、優しい心は、その哀れな小さな魂を温めて、癒す。
 金色の輝きをその小さな身体は放って、狐の面はするすると光りとなって消えていき、黒髪に縁取られたその幼い顔はとても温かそうな表情をしてくれていた。
「あなたの体温のかけらが心にあるよ。これで私は成仏できる。でも約束。約束をして欲しいの………」
 まるでそれを言う事こそが罪かのように女の子はそう言うから、愛はこくりと優しく頷いた。
「するよ」
 上目遣いで愛を見ていた女の子は、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。あのね、私を忘れないで………」
「いいよ。あたしはあなたを忘れない。約束」
 愛は小指を出して、
 二人で小指を絡み合わせる。
「「指きり」」
 女の子は小さく微笑んで、そして最後にお互いの名前を教えあって、成仏した。
 森の緋はいよいよ溢れて、それは緋の葬送。
 あの日、女の子が望んだのは緋ではなく火、だった。
 ――――でも本当は火は体温の喩え。


 彼女は愛の体温のかけらを得て、救われた。



【終章】


 あのキャンプ場ももうやってはいない。
 あのバスの停留所ももう直に無くなるそうだ。
 それでも、約束、したから、だから彼女は来ようと思う。これからも。
 綺麗に紅葉が紅く色づいた森の中を進んでいく。奥に行けば行くほど、そこは緋が溢れて、それは零れるように外側へと広がっていっている様がよくわかる。
 喪服を着た綺麗な女性は森の中央にある一際綺麗に紅く色づく紅葉の木の下でしゃがみこんで、手に持っていた花束を添えて、手を合わせた。
 さぁーっと吹く風に揺れた木の枝が、愛にありがとう、そう言っているような気がした。
 いや、きっと………
 きっと………
 緋の溢れる森はとても美しく、優しかった。



 【了】



 ++ライターより++


 こんにちは、藤咲愛さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回はご依頼ありがとうございました。^^
 とても頂けたお言葉が嬉しかったです。^^


 はい、覚えていますとも。^^
 前回の依頼の時もとても楽しく書かせていただけましたし。^^
 ですから今回のお話はプレイングでも猫を癒した時のお話、という事ですからしっとりとした優しいお話にまとめてみました。^^
 やや、女王様モードの愛さんも書いてみたかったのですが。



 今回のお話では現在と過去、それが入り混じって書かれています。
 こうしたのは能力をシーンで魅せる(見せる)というのが今回のお話の基本という事になりますので、それならば能力への葛藤、受容、そういう姿を見せる事で、よりその能力を持つ愛さんの姿が、リアリティーを増すかな、と思い書かせていただきました。何よりも私がそういう愛さんの姿を書いてみたかったですしね。^^
 ただPLさまの中の設定に反していないか、少し心配だったりします。
 優しさの部分は猫を抱きしめて癒す、その姿でも十分に書けたのかもしれませんが、でも優しさ、それは本当に大きく深い、そして温かい、そういうのが伝えたくって、狐の面の女の子との触れ合いを盛り込ませていただきました。
 救い、というのはやはり心の温かさとか、許し、だと考えます。少しでも何かこの子と愛さんとの触れ合いがPL様にもたらしていれば、すごく嬉しいと思います。^^
 いかがでしたか、今回のお話は? もしもお気に召して頂けていましたら幸いです。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2005年10月12日

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